ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十話

「……どういうことだ? ミーナ」

 

 月明りが照らし始めた執務室で、坂本はミーナに尋ねる。その表情は険しい。

 

「……しばらくネウロイが来ていないから、いつ来てもいいように待機させているだけよ」

 

 ミーナは窓辺に立ち、外をずっと眺めている。

 

「そんなわけないだろう」

 

 坂本はミーナが嘘を言っているとわかる。

 

「……まだ忘れられないのか?」

 

「…………」

 

 坂本の言葉に、僅かにピクリと身体を震わせるミーナ。だが彼女は窓の外を眺めるだけで、振り返ろうとしなかった。

 

 

 

 

 

――話は少し前にさかのぼる。

 

 いつもと変わらない501の日常が続いていたある日、珍しい客がミーナの元を訪れた。

 

 扶桑皇国海軍欧州派遣艦隊旗艦「赤城」艦長、杉田淳三郎大佐である。

 

 彼はこのたび、遣欧派遣艦隊の修理が完了し、欧州奪還作戦の前哨戦に参加することになったことの報告と、以前の戦闘の時、助けてもらった宮藤やリーネに扶桑人形を贈るために訪れたのだ。

 

 宮藤やリーネ、そして坂本和やかに談笑している最中、ふと杉田が明日赤城に来てほしいと言ったことが始まりだった。

 

 ――もちろん行かせていただきます。

 

ミーナがそう言うと思っていた坂本達だったが、出てきたのはネウロイの警戒のために行けないという言葉。当然驚いた坂本達だったが、隊長の決定を覆せるはずもなく、杉田は残念そうに基地を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

(……そういえば)

 

 坂本は、今ミーナの立っている窓を見る。その先にはネウロイに侵略され、不毛の大地となっているガリアがあるはずだ。

 

(もう五年、だったか……)

 

ミーナの恋人、クルト・フラッハフェルト。彼が亡くなってから既に五年がたつ。

 

(だから、あんな行動を……)

 

 先ほど杉田が帰ろうとしていた時、付き添いで来ていた兵士の一人が宮藤に手紙を渡そうとしていた。

 

 それがラブレターだったのか、それともただの感謝の手紙だったのか。だがそれを宮藤が受け取ろうとした時ミーナが間に入り、手紙を兵士に付き返した。

 

(皆が自分と同じような目に合わせたくないがために……)

 

 ミーナが兵士に付き返した理由―― それは、必要以上にウィッチに近づけさせないようにするためにミーナ自身が作った規則のため。それは、隊員達がこれ以上自分と同じような目に会ってほしくないという願いからなのだろう。

 

(……だが)

 

 確かにそのような規則は大切だ。――しかし、それは上坂という異分子(・・・)によって、それが前提から崩壊してしまっている。

 

 男でありながらウィッチ――いや、ウィッチでありながら男である上坂は、他の隊員達と当たり前のように接している。いくら彼がウィッチだとは言っても、傍から見ればひいきにしか見えない。

 

(……わからんな。大切な人を失ったことのない私には)

 

 坂本は、黙ったまま外を眺めているミーナを見ていた。

 

 

 

 

 

「いやー、ホントにびっくりした~」

 

 エーリカは、食堂で机に突っ伏した。彼女の隣にはバルクホルン、そして今厨房からクッキーの乗った皿と自分用のコーヒーを持ってきた上坂がいる。

 

「クリスが入院したって聞いたときの、トゥルーデの慌てふため様と言ったら」

 

「しっ、仕方ないだろ! いきなりクリスが入院したって聞いたもんだから……!」

 

「言っておくが、あの時ちゃんと風邪だって言ったはずだが?」

 

「いや、だがな……!」

 

 今日の朝、基地に一本の電話が入った。その内容は、クリスが入院したというものだ。

 

 バルクホルンはその電話を受け取った上坂から話を聞くな否や、慌てて基地の車を無断借用し、助手席にまだ舟を漕いでいるエーリカを放り込むと、ロンドンの病院へと向かっていった。

 

「……あの時、俺が急いで車の借用許可証を書いたからよかったものの、本来なら規則違反で罰則ものだったんだぞ」

 

「そっ、それは感謝している……」

 

 バルクホルンは、語尾が尻すぼみになりながらも、上坂に感謝する。

 

「……ホント、ケーイチローって甘いよね~。そんなの別に書かなくても良かったのに」

 

「……なるほど、それじゃあ今度からはエーリカの手助けは控えることにしよう」

 

「嘘っ! 嘘っ! もぉ~、ケーイチローは冗談が通じないんだから~」

 

 もし上坂が手助けしなかったら、エーリカの営倉入りが今の三倍にもなっていただろう。なんだかんだ言って、エーリカは一番上坂に助けられているのだ。

 

 まったく……と、ため息をつく上坂。そんな会話をしていると、食堂にミーナがやってきた。

 

「お、ミーナ。コーヒーでもいるか?」

 

「えっ? ええ……、頂こうかしら」

 

 夜も遅かったため、人がいないと思っていたのだろう。ミーナは上坂達がいたことに若干驚きながらも、そのまま席に座った。

 

「どうかしたのか? 妙に疲れているみたいだが」

 

「えっ? そうかしら? 私はあまり疲れていないけれど……」

 

 バルクホルンの指摘に、慌てて顔に手を当てたミーナだが、特にしわが寄っているということはない。

 

「そうか……いや、すまん。私の見間違いだったようだ」

 

(見間違いじゃ……ないのかもね……)

 

 ミーナはここの所の自分を振り返ってみる。ブリタニア空軍上層部との会談やマロニー大将の身辺調査。そして部隊の武器弾薬などの消耗品要望書類の記入など――

 

 ある程度は上坂に頼んでいる(押し付けている)ものの、全て上坂に託せるわけもなく、必然的に自分にもその仕事が回ってくる。恐らくそれらのために疲れているのだろうとミーナは考えた。

 

「仕事疲れか? たまにはゆっくり休んだ方が良いぞ」

 

 ミーナより明らかに働いているはずの上坂が、コーヒーの入ったカップを差し出す。彼女は内心上坂の体の構造はどうなっているのかしら……? と思いながら、それを受け取った。

 

「そうね……。でも、そう言うわけにはいかないわ」

 

 ミーナは、しかし首を振る。第501統合戦闘航空団隊長として休んでいられない――責任感が強い彼女には、休むという選択肢など元から無かった。

 

「でも、大丈夫なの?」

 

 さすがのエーリカも、心配そうな表情だ。

 

「ええ、心配しなくて良いわ」

 

 私には、こうやって心配してくれる仲間がいるから――。ミーナは仲間に感謝しながら、コーヒーに口をつけた。

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 基地にネウロイの来襲を知らせる警報が響き渡った。

 

「ガリアから敵が侵攻中とのことです」

 

 ブリーディングルームに集まった隊員達を見渡すミーナ。

 

「今日は珍しく予想が当たったな」

 

 いつもは外れる予想が当たり、何とも言えない笑みを浮かべる坂本。

 

「それで、進路は?」

 

「現在高度15000。進路は真っ直ぐ基地に向かって来ているわ」

 

「となると、目標はココか……」

 

 坂本は少し思案すると、おもむろに立ち上がった。

 

「よし、バルクホルンとハルトマンは前衛。ペリーヌとリーネは後衛。宮藤は私の、上坂はミーナの直援に当たってくれ。他は基地にて待機!」

 

「了解!」

 

 坂本の号令で呼ばれた八人は格納庫に向かい、大空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 ドーヴァー海峡上空――

 

「敵機発見!」

 

 坂本は魔眼でネウロイの姿を捉える。

 

「タイプは……300m級だな……」

 

 坂本の右目には、巨大なキューブ型のネウロイが、ゆっくりとこちらに向かって来ているのが見えた。

 

「わかったわ。全機! いつものフォーメーションにて突撃!」

 

 ミーナの指示で、ローリングしながら降下を開始するバルクホルンとエーリカ。これに続くはリーネとペリーヌ。上坂と宮藤はそのままミーナと坂本の後ろに付いていた。だが――

 

「!?」

 

「分裂した!?」

 

 照準を合わせようとしたエーリカの目の前で、突如ネウロイが分裂、無数の小型キューブ型が空に散っていった。

 

「右下方80、中央100、左30」

 

「210機か……なかなか多いな」

 

 固有魔法“空間把握”にて、冷静に敵を分析するミーナ。隣に待機している上坂も、言葉とは裏腹に慌てていない。

 

「とりあえず、美緒は私と共に敵のコアの捜索を、宮藤さんは私達の直衛に。バルクホルン隊は中央、ペリーヌ隊は左、上坂大尉は右側をお願い」

 

「了解!」

 

 ミーナの指示によってそれぞれ散らばる隊員達。

 

 最初に戦果を上げたのはやはりバルクホルン隊。

 

 見事な連携機動で敵を翻弄し、毎分1100発の弾丸の嵐をネウロイ群に叩きつけている。

 

 続いて左側。ペリーヌが固有魔法“電撃(トネール)”で周囲の敵を粉砕し、撃ち漏らした敵をリーネが丁寧に射貫いていた。

 

 だが彼女達の活躍も、彼の戦いによって霞んでしまう。

 

「やれやれ。わざわざ乱戦を挑んでくるとはな……」

 

 右側を一人任された上坂は肩をすくめると、背負っていた二丁のMG42を無造作に放り投げる。

 

 放り投げられた機関銃はそのまま青い光を纏り、空中で浮遊した――と思うと、そのままネウロイ群に突っ込み、片っ端から敵に銃撃を浴びせ、空中に白い破片を舞い上がらせる。その中を通過する上坂。後ろには三機のネウロイがついて来ていた。

 

「ふんっ」

 

 振り向きざま、上坂は苦無を投げつけ、三本とも正確にネウロイの中心を貫く。そして、後ろから襲い掛かろうとしていたネウロイを横滑りで回避すると、そのまま居合いの要領で腰に差していた黒耀で切り裂いた。

 

「……さて、どっからでもかかってこい」

 

 右手に赤く光る黒耀、左手にホ103機関銃、そして彼の周りを飛び回る二丁のMG42 ――

 

 上坂は、まさに鉄壁の布陣でネウロイに挑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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