ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十八話

夜間哨戒を終えた翌日――。

 

「また予算会議だと?」

 

 上坂は執務室に呼ばれ、訝しげにつぶやいた。

 

 ミーナは疲れたようにため息をつきながら続ける。

 

「幾らなんでもウィッチ隊に予算を割きすぎている。このままでは新型レーダーや対空砲の配備すらままならなくなるって言われて……」

 

「この前のあれが原因か?」

 

 この前のとは以前海上訓練(という名の海水浴)の際現れた超高速型ネウロイのことである。

 

「ええ、あの後ブリタニア上層部は監視所の設備を急いで更新してたのだけど……」

 

 あの時のネウロイは発見時、既に防空圏内に入られていて、あと数分撃墜するのが遅れていたら領土内に侵入されていたと言われている。当然ブリタニア上層部は驚愕し、慌ててリベリオン製の新型対空レーダーの導入を決めたのだが、それをブリタニア全土に配備するには予算が足りないと、上坂はとある筋から聞いていた。

 

「予算が足りないと」

 

「仕方ないわ。大戦が始まって既に5年がたっているもの」

 

「それはわかった。……だが、なぜそれを俺に話すんだ? まさか俺に行けと?」

 

「あなたが今夜間哨戒任務に就いてることはわかってるけど……今回ばかりは予算削減は避けられない。あなたなら上層部とのツテもあるし、予算関係にも強い。確実に必要不可欠分の予算は確保できると私は思ってる」

 

 流石のミーナも、今回ばかりは予算削減は避けられないと判断し、ならばせめて確実に必要な予算だけは確保しようと考えている。そこで上坂に白羽の矢が立ったのだ。

 

「俺は別にかまわないが、夜間哨戒はどうする? 俺の代わりに夜間哨戒に就かせるのか?」

 

「いいえ、ローテーションもギリギリだし、夜間哨戒は三人でやってもらうわ。万が一のことを考えてあなたを置いたのであって、元々サーニャさんやエイラさんだけでも十分だもの」

 

「……わかった。その会議には俺が行こう。だが――」

 

 上坂は一瞬言葉を詰まらせるが、それでも告げる。

 

「――あんまり俺を信用しない方がいいんじゃないか?」

 

「大丈夫よ。こう見えて私、人を見る目はあるから」

 

「……そうか」

 

 ミーナの屈託ない笑顔を見て、上坂は小さくうなずいた。

 

 

 

 

 

 夜――

 

 雲海の上、月が輝き、星が瞬く空の下で、宮藤、サーニャ、エイラの三人は飛行していた。

 

 昨日まで夜間哨戒に就いていた上坂は、夕方輸送機でロンドンに行ってしまった。そのためテッケ(三機編隊)を組んでいる。

 

「ねえ、聞いて」

 

 しばらく何もない空を飛んでいると、宮藤が唐突に呟いた。

 

「今日はね、私の誕生日なの」

 

「えっ?」

 

 突然の告白に驚くサーニャ。

 

「何で黙ってたんだよ。誕生日をみんなで祝えないじゃないか」

 

「うん、でも……私の誕生日は……お父さんの命日でもあるの」

 

「…………」

 

 黙り込む二人。宮藤の父――宮藤一郎は現在使用しているストライカー、「宮藤理論式ストライカーユニット」の開発者である。しかし彼は大戦が始まる直前、事故で亡くなったのだった。

 

「……ばかだなあ」

 

 やがて、エイラがポツリとつぶやく。

 

「こ~ゆ~時は楽しいことを優先したっていいんだぞ」

 

「そういうもの……かな?」

 

「エイラの言う通りよ、宮藤さん」

 

 サーニャがは続ける。

 

「それに、お父さんも宮藤さんの誕生日を祝ってくれているはずだもの」

 

「そ……そう?」

 

「耳を澄まして」

 

「えっ?」

 

 サーニャに促され、宮藤は耳を澄ます。すると耳に付けた無線機から人の声と音楽が微かに聞こえてきた。

 

「これは……」

 

「ラジオの音」

 

 エイラはつまらなそうに言う。

 

「夜になると空が静まるから、ずっと遠くの山や地平線からの電波も、聞こえてくるんだ」

 

「へぇ~! 凄いなぁ~!」

 

 宮藤はそう言うと、静かに異国の音楽に聞き耳を立てる。その横で、エイラは彼女の耳に入らないよう小声でサーニャにささやいた。

 

「……サーニャ、二人だけの秘密じゃなかったのかよ?」

 

「ごめんね。でも、今夜は特別」

 

「……ちぇっ、しょうがないな~」

 

 微笑むサーニャを見て、エイラは渋々と引き下がった。と、その時。

 

「――あれっ?」

 

 宮藤の耳に、別の音が紛れ込んでくる。

 

「サーニャちゃん、これって……」

 

 どこか聞いたことがある機械的な音。明らかに以前ネウロイが接近してきた時聞こえてきたものだ。

 

 だが、それだけではない。

 

「どうして……?」

 

 それがはっきりと聞こえてくると、サーニャは驚愕した。

 

「なんで……なんでサーニャの歌が聞こえてくるんだ!?」

 

 それはまさしく、普段サーニャが歌っている歌だった。

 

 

 

 

 

 同時刻。501基地管制塔でも、ネウロイの声を捉えていた。

 

「これが……ネウロイの声……?」

 

 ミーナはスピーカーから流れてくる歌を聞きながら、困惑する。今までネウロイは鳴き声らしき声を上げていたことはあったが、今回の様に歌を歌うという行為はいままでなかったのだ。

 

「サーニャの歌を真似ているのか……サーニャ!?」

 

「サーニャさんは宮藤さん達と夜間哨戒に就いてるわ……まさか!?」

 

 スケジュール表に視線を移したミーナは、坂本と同じく敵の狙いに気付き、驚愕する。

 

「すぐに呼び戻せ!」

 

「無理よ! 通信が繋がらないし、どこにいるのかも……」

 

 歌が流れてきたと同時に、無線通信が出来なくなり、基地のレーダーも妨害を受けているのか、画面が真っ白になっていた。そして、ミーナの固有魔法“空間把握”では探査範囲外。

 

「そうか……敵の狙いは……」

 

 坂本は唇を噛みしめ、拳を握りしめた。

 

 

 

 

 

「どうして……?」

 

 サーニャはネウロイの歌を聞きながら、茫然と空を漂っている。

 

 その近くで、宮藤とエイラは混乱していた。

 

「ど、どういう事だよ宮藤!?」

 

「わ、分かりませんよ、私にも!」

 

「二人とも、避難して!」

 

 サーニャは珍しく叫ぶと、そのまま上昇する。

 

「サーニャ!」

 

 と、次の瞬間、雲間から赤いビームが伸び、サーニャの左ストライカーユニットを破壊した。

 

 エイラは慌てて落下していくサーニャを受け止める。彼女の左足から完全にストライカーが消え、履いていたストッキングもボロボロになり、白い足が月明りに照らされていた。

 

「馬鹿! 一人でどうする気だよ!」

 

「……敵の狙いは私……間違いないわ」

 

 サーニャは自分の歌が流れると同時に理解した。ネウロイは同じく一人で戦う自分をターゲットにしているということを。だからこそ、彼女は上昇したのだ――エイラと宮藤を巻き込まないために。

 

 エイラの袖をつかむサーニャの指に、力が入る。

 

「私から離れて……一緒に居たら……」

 

「馬鹿! 何言ってんだ!」

 

 エイラは怒鳴る。彼女には最初から仲間を、ましてやサーニャを見捨てるという選択肢などない。

 

「そんなこと、出来るわけないよ!」

 

 それは宮藤も同じ。彼女も力強く首を横に振った。

 

「でも……」

 

「…………」

 

 それでも言いよどむサーニャを宮藤に預け、エイラはサーニャのフリーガーハマーをひったくった。

 

「エイラ……?」

 

「サーニャは私に、敵の居場所を教えてくれ」

 

 サーニャの前に出たエイラは、そう言うと振り返る。

 

「大丈夫、私は敵の動きを先読みできるから、やられたりしないよ」

 

 エイラの固有魔法“未来予知”は相手の行動を先読みできるもの。つまり敵の居場所さえ掴めれば避けることなど造作ないのだ。

 

「……あいつはサーニャじゃない。あいつは一人ぼっちだけど、サーニャには私達がいる。絶対負けないよ」

 

「そうだよ、サーニャちゃん!」

 

「……うん」

 

 エイラと宮藤。二人の笑顔を見て、サーニャは小さくうなずいた。

 

「ネウロイはベガとアルタイルを結ぶ線の上を、真直ぐこちらに向かってる。距離約3200……」

 

「こうか?」

 

 サーニャの魔道針からの指示を受け、エイラは夏の東の空に輝くベガ――扶桑語で言う織女星、天の川を挟んだ東南のやや低い位置にあるアルタイル――彦星を、架空の線上で結んだ所に照準を合わせる。

 

「加速している。もっと手前……そう。あと三秒」

 

「当たれよ!」

 

 きっかり三秒後、エイラは右手のフリーガーハマーの引き金を引く。単射モードになっていたため放たれるロケット弾は一発。彼女は引き金を三回引いたため、三発のロケット弾が伸び、光球を生み出した。

 

「外した!?」

 

 エイラは見えていないため、ネウロイの様子が分からない。その代わりにサーニャが答える。

 

「いいえ、速度が落ちたわ。ダメージは与えている……戻ってきた! 前方から!」

 

「戻ってくんな!」

 

 再び接近を感知したサーニャが告げると、エイラは予想進路上に向けて再びロケット弾を連射。

 

「避けた!」

 

「にゃろっ! 出てこい!」

 

 最後の一発。これがネウロイを捉えたらしく、雲間に白い破片が舞った。

 

「よし……出てきた!」

 

 ようやく姿を現したネウロイ。細長い、剣のような形を持つそれは、エイラ達に向けてまっすぐ突っ込んできた。

 

「エイラ! 駄目、逃げて!」

 

「そんな暇あるか!」

 

 エイラは空になったフリーガーハマーを捨てると、左手に持っていたMG42機関銃を構え、ネウロイに向けて発砲する。

 

 ネウロイは7.92mm弾を大量に浴び、白く光る破片をまき散らす。だが、速度は変わらない。

 

「くっ! ……おっ、宮藤、気が利くな」

 

 エイラの前に、サーニャを肩で支えていた宮藤がシールドを展開する。直後ネウロイの放ったビームがシールドに当たり、赤い閃光を四方にまき散らした。

 

「大丈夫、私達は勝てる!」

 

「それがっ、チームだ!」

 

「……!」

 

 サーニャは宮藤が肩にかけていた九九式13粍機関銃を構え、援護射撃。

 

 7.92mmと12.7mm弾の嵐。

 

 至近距離で浴びたネウロイはあっという間に装甲を崩壊させ、むき出しになったコアを破壊した。

 

 

 

 

 

 既にネウロイの姿は無く、月明りが戦闘直後の三人を照らしている。

 

「まだ……聞こえる」

 

 しかし、スピーカーらはまだサーニャの歌が聞こえて来ていた。

 

「なんで……やっつけたはずじゃ……?」

 

「……違う」

 

 周囲を警戒する宮藤に、サーニャはそう告げると残った右ストライカーで上昇していく。

 

 ――彼女にはわかっていた。今流れている歌はネウロイが歌っているものではない。ピアノによって奏でられているものだと。

 

「これは……お父様のピアノ」

 

 ――小さい頃、雨の日が続いていた時、彼女が退屈して雨粒を数えていた。それをサーニャの父は曲にしたのだ。

 

「この空のどこからか届いているんだ……すごい! 奇跡だよ!」

 

「いや、そ~でもないかも」

 

「えっ?」

 

 興奮する宮藤に、エイラは言った。

 

「今日はサーニャの誕生日だったんだ……正確には、昨日かな?」

 

 エイラは腕時計で確かめる。既に零時を回っていた。

 

「えっ……じゃあ、私と一緒……!?」

 

「そう言うことだ」

 

 エイラは、頭の後ろで手を組んだ。

 

「宮藤さん」

 

 宮藤はサーニャの呼ばれ、振り向く。

 

 月明りに照らされ、輝くサーニャは告げた。

 

「お誕生日おめでとう」

 

「サーニャちゃんも、お誕生日おめでとう!」

 

 誕生日を迎えた二人は、微笑んだ。

 

 

 

 

 

「……いいかね? 大尉。いくらブリタニアといえども予算は無限ではないのだよ」

 

 ブリタニア連邦首都、ロンドンにある空軍省で開かれた予算会議で、ブリタニア空軍大将トレヴァー・マロニーは大尉が提出した予算請求書を一瞥するなりそう告げた。会議には他に数人、高官が出席しているが、彼らは全員マロニーの配下にあるため、大尉に嘲笑を向けている。

 

「ですが、部隊運営に必要な予算です」

 

 大尉は周りからの嘲笑にも動ぜず、請求書に書かれている予算の内訳を話し始める。

 

「今回の予算請求では隊員、整備兵への最低限の俸給、ストライカーユニット各種機材の損耗分の補てん、修理費、それに基地設備の維持費などが含まれています。これ以上減らされると部隊運営に支障が来たし、ひいてはブリタニア防衛に支障をきたすでしょう」

 

「む……」

 

 大尉の意見を聞くなり、マロニーは不機嫌になる。彼は目の前の男性が、暗に自分たちがブリタニアを守っているのだとソフトに――あくまでソフトに主張したのだと気付いたのだ。

 

 とはいえ、言い返すことが出来ないのも事実。実際彼らの指揮下にある部隊はたいして活躍していないにも関わらず、損害ばかりが目立つのだ。

 

「……確かに君達が我が祖国のために働いているのは認めよう。だが――」

 

「――我々の予算を削らないと“魔法使い”を作れないと」

 

「――!?」

 

 大尉の言葉で、その場にいた全員の顔色が変わった。

 

「……なんのことかね? 大尉」

 

 マロニーは冷静を装った様子で尋ねるが、顔色が優れない。

 

「現在ブリタニア空軍は、開発中なのでしょう? ウィッチに変わる兵器を。そう――」

 

 大尉は僅かに口を歪ませ、告げた。

 

「――“ウォーロック” 戦争に革新を起こす新たな兵器を」

 


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