ネウロイ来襲!」
第31統合戦闘飛行隊が設立されて、しばらくたったある日――。
突如基地のサイレンが鳴り響き、兵士達が慌ただしく動き出だした。ハルファヤ峠で、ネウロイの大規模侵攻が確認されたためである。
「ただちに出撃する!」
「全機、出撃せよ!」
上坂とマルセイユがあっという間に自身のストライカーを履き、待機状態(タキシング)になる。二人の手にはカールスラント製のMG34が握られ、上坂はそれに加え背中にも2丁、機関銃を背負っていた。
「発進!」
二人は同時に叫ぶと、そのまま高度を上げて大空に舞い上がる。
「私達も行くわよ!」
「了解!」
後に残された加東とライーサ。それに稲垣も発進の準備を進める。
本来なら射撃の練習をしていない稲垣を連れて行きたくなかったが、今回の大規模侵攻では一人でも多くのウィッチが欲しいので、仕方なく出撃を許可を出す。とはいえ、流石に彼女一人を前線に送り出すわけにはいかない。そのため加東がお付きとして出撃することとなった。
「いい、私から離れないでね!」
「わかりました、ケイさん!」
頷いた稲垣の顔は初の実戦の緊張からか、若干強張っていた。
「……まさかこの私が二番機になるとはな……」
「なんか言ったか、マルセイユ?」
「いいや、何でも……」
二人は上坂を先頭に、高度3000mを進撃する。アフリカの航空型ネウロイは低空で飛ぶことが多く、さらにキ61、Bf109F共々この高度ならばその性能を思う存分引き出せるので、アフリカでは基本的にこの高度を選ぶことが多かった。
「……それにしても大丈夫なのか、私達が先行して」
「心配ないだろう。それに、ウチ(扶桑陸軍)のヒガシさんや稲垣は、実戦に出せないからな。ライーサに護衛してもらった方がいいだろう」
「まあそうだな、ライーサは私の僚機を務めるぐらいだし」
マルセイユもそこは同意する。稲垣はまだ実戦に出たことはないし、加東は魔法力の衰えでシールドを張ることが出来ない。それならば、護衛としてライーサがいると心強い。
やがて前方のあちこちで爆発が見えてくる。二人は今回の主戦場、ハルファヤ峠上空に到着したのだ。
上空にはアフリカでおなじみの飛行壺(フライングポッド)が、地上型ネウロイに混じって味方の地上部隊に攻撃をしている。地上からそれを落とさんと盛んに対空砲火が打ち上げられているが、そのほとんどが虚しく空に炸裂煙を描くだけだった。
「ようやくだな……よし、どっちが多く撃墜できるか勝負だ!」
「……どうでもいいだろ、そんなの」
編隊を崩し、先に突撃していったマルセイユにため息をつきながら、上坂も戦場に突入していった。
「……えっ?」
ブリタニア陸軍第4戦車旅団C中隊隊長、セシリア・G・マイルズ少佐は、上空を飛んでいた飛行壺(フライングポッド)が、次々と爆発していることに気付いた。
慌てて空を見上げると、上空で二人のウィッチが戦闘を開始している。
一人は見たこともない濃緑の軍服を着ていて、誰だかわからないが、もう一人は見間違えるはずもない――いつも上空援護してくれる、アフリカの頼れるエース。
「全員に告ぐ! “アフリカの星”が来てくれたぞ!」
マイルズが叫ぶと、途端に湧き上がる歓声。ネウロイの猛攻によって下がり始めていた士気は、一気に最高潮に達した。
「さすが“アフリカの星”ね……って、あら?」
マイルズはマルセイユが迎撃している空に、機関銃だけが勝手に飛んで、ネウロイに銃撃を加えているのが見えた。
「なに、あれ……」
謎の珍現象に、マイルズは戦場にもかかわらず、考停止に陥る――と。
「隊長!」
「……あ、ああ、すまない!」
部下の声で現実に引き戻され、慌てて戦場に戻っていった。
「……さすがは噂通りだな、“影(シャドウ)”」
前線から少し離れた場所で、カールスラント陸軍カールスラントアフリカ軍団総司令、エルヴィン・ロンメル中将は、双眼鏡越しに、戦闘を見ていた。
彼の視線の先には、飛行壺(フライングポッド)相手に、圧倒的な強さを見せる上坂の姿がある。
ロンメルは、扶桑陸軍が来たとの報告を受けた後、あらゆる手段を使って、彼女(彼)らのことを調べた。すると、加東は扶桑海事変で23機撃墜したエース、上坂は東部戦線で数えきれないほどのネウロイを撃墜したエースと分かり、彼はそれを確かめようと、わざわざ少数の護衛を連れて、戦闘の視察をしに来たのだった。
そして実際見てみると噂通り――いや、噂以上の働きをしてくれていて、ロンメルは安堵の息をつく。
「これでアフリカも安泰だな……」
アフリカには元々ウィッチの数がその広大な戦線に比べて少ないが、特に航空歩兵に至っては実質マルセイユとその僚機であるライーサしかいない状況であった。そんな中僅か三人――それも一人はシールドが張れない元魔女(エクスウィッチ)とはいえ、戦力が増強されたことは非常にありがたかった。
「閣下!」
ロンメルがそうつぶやいたとき、部下が地平線の向こうを指さす。
ロンメルは双眼鏡でその方向を見ると、遠くから大型陸戦型ネウロイが3機、こちらに向かって来ていた。
「これはまずいな……」
ロンメルは額に汗をかきながらつぶやく。大型陸戦型は非常に装甲が固く、依然戦った時も陸戦ウィッチが弾切れになるまで打ち込んでも破壊できなかった。
あの時は88mm砲の水平射撃によって何とか破壊できたものの、今回はさらに3機も来ているのだ。
「く……、まずいな……」
ロンメルは、ただ悔しそうに見つめていることだけしかできなかった。
「はっはっは、今回は私の勝ちだな!」
敵がいなくなったアフリカの空に、高笑いするマルセイユの声が響く。今回の戦闘でマルセイユは7機、上坂は6機を撃墜し、上坂に撃墜数で勝ったことで鼻高々になっている。
しかしそんなマルセイユとは対照に、上坂は地平線の向こう側から近づいてくる地上型ネウロイに視線を注いでいた。
「これはまずいかな……」
「何がだ?」
上坂の様子がおかしいと気付いたマルセイユは、上坂の見ていた方を見て、途端に険しい顔になる。
「あれはいつかの! くそ、MG34じゃあ全然効かないぞ!」
「……仕方がないな」
「えっ? ……あ、待て!」
マルセイユが止める間もなく、上坂は一気に急降下を開始した。
「まずい、あんなのが3機も……」
地上ではマイルズ少佐が部下達と共に、ありったけの弾を大型陸戦型ネウロイに浴びせかける。しかし、敵はまだ距離が離れているためか、命中しても平然とこちらに向かって来ていた。
「隊長! 徹甲弾、あとわずかです!」
「く、これでは……!」
人類は北アフリカを失う――それはすなわち地中海の制海権を失い、欧州に残された数少ない反攻拠点、ロマーニャを失うことを意味する。
そうマイルズが歯噛みした時だった。
「えっ?」
マイルズのすぐ脇を、黒い影がよぎる。
濃緑の軍服を着たウィッチが、超低空を通過する。いや、確かにストライカーユニットは履いているが、あれはどう見ても……
「お、男!?」
マイルズは突然現れた正体不明なウィッチを見て、素っ頓狂な声を上げる。そうしている間にもウィッチ……いや、魔法使い(ウィザード)は一気に大型陸戦ネウロイに突撃していく。
そして、彼がネウロイの横を通り過ぎた瞬間――
ネウロイの体が横に真っ二つに切れ、そのまま大地に崩れ落ちた。
「なっ……」
その場にいた全員が言葉を失う。その間に男性ウィッチは、あっという間に残りのネウロイを叩き斬り、光の粒子へと変えていった。
彼の手には赤く光る、反りが入った剣が握られている。恐らくそれで敵を切り裂いたのだろうとマイルズは推察する。
「む、無茶苦茶よ……」
通常空中戦は、非常に高速かつ高機動の中で行われる。そのため、少しでも操作を誤ると空中衝突を起こし、大事故につながる。そのため欧州の航空ウィッチの兵装は、あくまで遠距離攻撃が出来る銃火器に限られていた。
そんな常識を覆した謎の男性ウィッチを見て、マイルズは戦闘が終わった後も、しばらく固まったまま空を見上げていた。
3機の大型陸戦型ネウロイを“撃墜“した上坂は、マルセイユの所まで上昇する。その光景を見ていたマルセイユは、憮然とした表情で上坂を迎える。
「……別に地上撃破は数えなくてもいいぞ」
「ダ―――――! 負けたー!」
上坂のつぶやきに、マルセイユは頭を抱え、たいそう悔しがる。
「…………」
その様子を遠くから見守る加東の姿がある。
彼女の顔には険しい表情が浮かんでいた――。
「啓一郎、ちょっといい?」
夜、上坂が今日の戦闘報告書を書いていると、加東がテントの外から顔を覗かせてきた。
「ちょっと待ってください…………はい、なんでしょうか?」
一段落ついて上坂は顔を上げる。それを了承と受け取った加東はそのままテントに入り、適当に置いてあった椅子に腰かける。
上坂が入れてくれたコーヒーを受け取ると、加東は早速話を切り出した。
「早速なんだけど啓一郎、――なんであんな真似したの?」
「……あんな真似、とは?」
「今日のあの機動。いくら陸戦型ネウロイを倒すためだからといって、あそこまで低空飛行しなくても良かったはずよ。なんであんな無茶な機動をしたのよ?」
加東が見た限り、上坂は地上に立っていたウィッチとほぼ同じくらいの場所まで下げていた。確かに対空砲火を避けるため、低空飛行を行うことは良くある話だが、今回のネウロイはそこまで対空砲火が激しくなく、普通に降りて斬れば済む話だったと彼女は思っていた。
「――別に無理な機動だったと思えませんが」
しかし、上坂はあの機動をあくまでも普通のものだと答える。
「そんなわけないわ。いくら激戦の東部戦線でも、あそこまで高度を下げるなんて誰もやらない。――あなたは死にたいの?」
あの機動を見た時、加東は背筋が震えた。上坂が自分の命などどうでもいいと思っているような感じがしたからだ。
しばらく黙っていた上坂は、口を開く。
「少なくとも今、死にたいとは思ってません」
「……そう。けどね、啓一郎」
少なくとも上坂が死に急いでいるわけではないことを知った加東は、内心安堵の息をつきながら忠告する。
「――あんな無茶な機動は二度とやらないで」
「……了解しました」
上坂はゆっくりとうなずいた。
扶桑陸軍がアフリカで挙げた初戦果――。
後日、扶桑皇国でそれが知られると、扶桑陸軍上層部は大混乱が起きた……。