「……それじゃあ今回のネウロイは、サーニャ以外誰も見ていないのか?」
帰還後、一旦休息を取ってミーティングルームに集まった隊員達。ミーティングルームと言っても、そこにはピアノやレコードが置かれており、どちらかというとレクリエーションルームとして使われていた。
「ああ、ずっと雲に隠れていて、発見できなかった」
休憩中にシャワーを浴びていたらしく、制服を脱いだ格好のバルクホルンに、作務衣姿の上坂が答える。見れば他の隊員達も、寝間着、もしくはラフな格好に着替えている。本来なら男子禁制なこの部屋だが、ウィッチであり仲間である上坂は例外扱いとなっている。……最も、誰も彼がいることに疑問を持たなかったが。
「けど、何も反撃してこなかったって言うけど、そんなことあるのかな? それに歌を歌っていたって……それ、本当にネウロイだったの?」
ソファーの肘掛けに寄りかかっていたハルトマンは、サーニャに疑問を投げかける。彼女に他意はなかったのだが、引っ込み思案なところがあるサーニャは、すまなそうな顔になり、顔を伏せる。
「ええと……、恥ずかしがり屋のネウロイ!」
「…………」
「……なんてことないですよね。……すみません」
場の雰囲気を和ませようと冗談を言ったリーネだったが、皆のかわいそうな人を見るような視線に、身を縮ませた。
「……まあ冗談は置いておいて」
一つ咳ばらいをした坂本。さらに身を縮こませるリーネ。
「他に何か意見はあるか?」
「ちょうど似た者同士、気でも合ったんじゃないでしょうかね?」
ペリーヌは横目でサーニャを見ながら、一見丁寧そうに聞こえて、結構辛辣な意見を述べる。
サーニャの隣で、むっとしたエイラは、ペリーヌに向かって舌を出した。
「……ネウロイとは何か」
ミーナのつぶやきで、全員の視線が彼女に集まる。
「有史以来人類が敵と認識しているネウロイ。でも、その正体は全く分かっていないわ」
「確かにな」
自らの体に傷を負い、戦場でネウロイの進化を見続けていた上坂は、ミーナの言葉に同意する。
「あいつらの行動を、人類の考え方で予測するのは危険だ。ましてや歌を歌うなんて……奴らは、さらに進化しようとしているのかもしれん」
「そうね。そこでしばらく夜間戦闘を想定したシフトを敷きます」
そう言うと、ミーナはサーニャ、次に宮藤に視線を送った。
「サーニャさんと宮藤さん。当面の間あなた達を夜間専従班に任命します」
「わ、私もですか?」
突然指名されて、戸惑う宮藤。
「夜間飛行の訓練を受けていないのは、宮藤だけだからな。ちょうどいいだろう」
「ええっ、でも……むぐっ」
宮藤が反論しようとした時、エイラがソファーの後ろから宮藤の頭にのしかかり、手を上げた。
「はい、はい、はい、はい! 私もやる!」
エイラとしては、サーニャが宮藤と二人で夜間哨戒に出るのが許せないのだろう。誰もあまり積極的にやろうとしない夜間哨戒に志願する。
「それはいいけど……、そうなるともう一人必要ね」
501では基本的にロッテ(二人組)で編隊を組み、これを二つ作って一個中隊とし、三個飛行中隊が基本的編成になる。そのため、エイラと組む人がもう一人必要なのだ。
「いや、私はサーニャと……」
「啓一郎、やってくれる?」
エイラの声を無視して、ミーナは上坂に顔を向ける。
上坂は時々サーニャの代わりに夜間哨戒をやっているし、新人教育にも明るい。これほどうってつけの人材はいないだろう。案の定上坂から、了承を得た。
「それじゃあ啓一郎とサーニャさん、エイラさん、そして宮藤さん。お願いね」
四人はそれぞれ一様に頷いた。
「ブルーベリー?」
朝食後、デザートとして出されたのは、ボウル一杯のブルーベリー。
「私の実家から送られてきたんです。ブルーベリーは目に良いんですよ」
ペリーヌの疑問に、リーネが答える。その手にはザル一杯に盛られたブルーベリーがある。見れば厨房には同じく山盛りのザルが二つあった。
「大量にあるから、とりあえずはそのままで。残りはジャムにしようと考えている」
さらにもう一つザルを持った上坂が、厨房に入ってきた。
「ジャムですか。パンに塗って食べるのも良いですね」
「確かにそうですわね」
そんなやり取りをしている時、テーブルの方では、隊員達が大量のブルーベリーを堪能していた。
「いっただき~!」
ボウル一杯のブルーベリーをかきこむのはエーリカ。相変わらずの食欲で、ボウル一杯に会ったブルーベリーが瞬く間になくなる。
「たしかブルーベリーは目に良いと聞いたことがあるが……まぁ、単なる噂話だろう」
そう言いつつも、しっかりと残さず食べるバルクホルン。他の隊員達もおいしそうにブルーベリーを食べていた。
その後、ルッキーニ達が紫色になった舌を見せ合って笑いあっていたり、紫色になった舌を坂本少佐に見られて半泣きになってしまったペリーヌなど、些細な問題が起きたものの、無事に食事が終了した。
「……さて、そろそろ食事も終わったようだな」
坂本は夜間専従班になった宮藤、サーニャ、エイラ、上坂に向き直る。
「お前達は夜に備えて……寝ろ!」
「了解」
「えっ? えええぇぇぇ~!?」
全員が了承する中、一人大声を上げる宮藤。
「なっ、何でですか!? だって今さっき起きたばかりなのに……!」
「……今寝ないでいつ寝るんだよ」
「……あ、そっか」
ようやく理解した宮藤を見て、上坂は軽く頭痛を覚え、頭を押さえる。その時ミーナが上坂に笑顔で話しかけてきた。
「あ、そうそう。啓一郎はこの後書類仕事手伝ってね。ここ最近結構溜まっているから」
「……えっ?」
「だって、司令部に提出しないといけない書類が溜まっているのよ。よろしくね」
「……はぁ……」
ミーナの表情は笑っているが、目は笑っていない。いくら百戦錬磨の上坂でもミーナの睨みには勝てない。上坂は諦めたように、ため息をつく。
「……ええと」
「……ドンマイダナ」
「……頑張ってください」
そんな肩を落とす上坂に、声をかける三人であった。
「……遅いね」
宮藤達は薄暗い格納庫に集合していた。だが、そこには上坂の姿が無く、三人は待ちぼうけをくらっている。
「珍しいな。ケイイチローが遅刻するなんて」
「そうね。何かあったのかしら……?」
サーニャが疑問に思った時、入口から二つの影が入ってきた。
「あっ、上坂さん。ようやく来……た?」
宮藤達の目には、疲れたように肩を落とし、目の周りに大きな隈が出来ている上坂と、肌がつやつやして、ニコニコとしているミーナの姿が。実に対照的な二人である。
「あ、あのぅ……、上坂さんは……?」
「ああ、大丈夫よ。ちょっと疲れているだけだから」
――ちょっと……? と心の中でつぶやいた三人だったが、ミーナの目が笑っていない笑顔を見て、何も言わなかった。さわらぬ鬼にたたりなし、である。
「……えっと、大丈夫ですか? 上坂さん」
「……心配ない」
上坂は顔を一旦手でこすり、顔を上げる。すると、先ほどまでの隈が無くなり、いつものような無愛想な顔になった。
「さて、今回は特別シフトを敷き、昨日の歌を歌うネウロイの捜索を行う。なおサーニャと宮藤と、エイラは俺と組む」
「なっ……!」
「何か問題でもあるのか? エイラ」
「問題大有りだ!」
エイラは思わず上坂に詰め寄る。
「なんで! 宮藤が! サーニャと組むんだよ!」
「ああ、……そのことか」
上坂は若干あきれ顔で、説明する。
「宮藤は夜間飛行が初めてだ。だから宮藤には夜間飛行に長けた者が着いた方がいいだろう? 俺やお前は、ただ夜目が効くからいつも代わりに夜間哨戒に出ているだけだしな」
「むう……」
上坂の正論に、エイラは言いかえすことが出来なかった。
「うわ~!」
雲の上に出た上坂達。他の三人にとってはおなじみの光景だが、初めて夜間飛行をした宮藤にとっては非常に幻想的な情景だ。
滑走路に立った時は雲が厚く、真っ暗で怯えていた彼女であったが、先ほどまでの態度はどこに行ったのやら、目を輝かせている。
「凄いです! こんな光景があったなんて!」
宮藤は両手を広げ、星の瞬く大空を自由に飛び回っていた。
「まったく……、あいつこれが任務だということわかっているのか?」
上坂は呆れながらも、宮藤の無邪気さに苦笑する。
「いいじゃないですか。芳佳ちゃんも喜んでいますし」
サーニャは夜の空の素晴らしさを知ってもらってか、少し顔を綻ばせている。だが、談笑している二人の後ろにいたエイラは、不満そうだった。
(……まったく、なんで私がサーニャと一緒じゃないんだ……)
ブツブツと文句を言うエイラ。無邪気に踊っている宮藤を恨めしそうに睨みつけている。
(大体、ケイイチローの方がサーニャよりも夜間飛行時間が長いし、宮藤と組めばいいじゃないか……)
「なんか言ったか?」
声が聞こえてきたのか、上坂が振り返る。
「い、 いや! 何でもない……!」
エイラは全力で首を振った。
「そうか。それにしても……」
上坂はあたりを見渡す。空には星が瞬き、眼下には雲海が流れている。
「サーニャ。何か反応はあるか?」
「いえ、ネウロイの反応確認できません」
「どうかしたんですか?」
ようやく踊るのに疲れるのか、戻ってきた宮藤が尋ねる。
「いや、この前のネウロイが確認されたのがこのあたりなんだが……」
「そりゃあネウロイだって、毎日来るわけじゃないんだしさ。そんなに心配することか?」
「まあ、たしかにそうだが……」
楽観的な意見を述べるエイラだが、上坂の表情は冴えない。彼は長年ネウロイと戦ってきた経験から、何かとてつもない行動を起こすのではと危惧していた。
「……まあいい。しばらく様子を見よう」
だが、いくら待ってもネウロイは現れず、上坂達は明け方に帰投した。