ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

38 / 98
この第十六話(正確には一期第六話)から「にじファン」と少しばかり内容が変わっていきます。ご了承ください。


第十六話

激しい雨が降り注ぐ雲の上、月夜に照らされた夜空を一機の輸送機が飛んでいる。

 

 Ju52輸送機――。 カールスラントが作った中型輸送機。

 

 外観は三発の発動機からして古臭い印象を受けるが、機体の信頼性は折り紙つきで、今なお各国で使われている傑作輸送機である。

 

 その機内の中、坂本は不満そうな顔を隠そうとはしていなかった。

 

「むう……」

 

「不機嫌さが顔に出ているわよ、美緒」

 

 正面に座っていたミーナが笑顔で窘める。だが、坂本の表情は変わらない。

 

「当たり前だ。まったく、わざわざ呼ばれたと思ったら予算削減だと聞かされたんだ」

 

「それはわかるけど……啓一郎のおかげで、何とか大丈夫だったじゃない?」

 

 そう言いながら、ミーナは後ろの方で横になっている上坂に視線を向けた。

 

「予算をこれ以上削減されなかっただけ、まだましよ」

 

「それはそうだが……いや、別に上坂に不満があるわけじゃないんだが……」

 

 坂本は苦い表情になる。

 

「せめてもう少し予算を請求出来たらな……と思ってな」

 

「……無茶言うな」

 

「あらっ、寝てなかったの?」

 

 上坂は身体を起こし、頭を掻きながら話に加わる。

 

「大戦が始まって既に5年。リベリオンや扶桑の支援があるとは言っても、ブリタニアの財政は火の車。それなのにウィッチ達だけがいつも戦果を挙げているんだ。あいつ等は焦っているんだ。そのくらいは大目に見てやろう」

 

「連中が見ているのは、自分達の足元だけだろ」

 

「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイがいなかったら、あの人達、今頃人間同士で戦いあっているのかもね」

 

「さながら世界大戦だな」

 

鼻で笑う坂本

 

「……その先兵に立つのが俺達ウィッチ……。世界が違ったらお互い銃を向け合っていた、と。ふん、笑えんな」

 

 坂本の冗談に、上坂は肩をすくめる。上層部の体たらくをよく知る彼にとって、それはありえたかもしれない現実だと思った。

 

「……すまんな、宮藤」

 

 坂本は隣に座って窓の外を眺めていた宮藤に話しかける。ちょうど休暇を取った宮藤に、この際ロンドンの町を見せようと連れて行ったのだが、結局上層部との会議だけで時間を潰してしまい、街を案内することが出来なかったのだった。

 

「いえ……」

 

 宮藤が、軍にも色々な考えを持つ人がいる、と言おうとした時、インカムから流れてくる歌声に気付いた。

 

「あれ、この声は……」

 

 透き通るようなソプラノが奏でる穏やかなメロディ――。

 

 聞く者がうっとりとするような歌声が、夜空に響き渡る。

 

「んっ? ああ、これはサーニャの歌だ。夜間哨戒中の」

 

「あ、ホントだ」

 

 Ju52に並行して飛んでいる影に気付いた宮藤。手に九連発ロケット砲、フリーガーハマーを構え、側頭部にライトグリーンに輝く魔道針。サーニャ・V・リトヴァク中尉である。

 

宮藤が手を振ると、彼女は頬を染めて雲海に身を隠してしまった。

 

「……サーニャちゃんって結構照れ屋さんなんですか?」

 

「まあそうかもな」

 

 宮藤の疑問に上坂が答えた。と、その時。

 

『……歌?』

 

「どうかしたのか? サーニャ」

 

 上坂がそうとそう尋ねた時、スピーカーから謎の歌声が聞こえてきた。

 

「これはサーニャさんの? いえ、これは……」

 

 先ほどのサーニャの歌とは違い、どちらかというと機械的な音に聞こえる。だが、そのメロディは間違いなくサーニャが歌っていたものだった。

 

「ネウロイ……かしら?」

 

「まさか。もしそうならとっくにレーダーに捕まっているはずだ」

 

ミーナの疑問を否定する上坂。ここはブリタニアの海岸線付近で、敵がいるなら、ブリタニア空軍ご自慢のレーダー索敵網に引っかかっているからだ。

 

『シリウスの方角、接近してきます』

 

 だが、サーニャのはっきりとした声がインカムに入る。恐らく発見できていないか、それともレーダーの故障か。どちらにしろ敵がいることには違いない。

 

「ふむ……、どうだ? 上坂」

 

「イヤ……、雲が厚くて見えないな……」

 

 坂本に促され、その方角を眺める上坂。彼の使い魔がフクロウ科なため、夜目が効くのだが、今は雲に覆われていて見通しが悪い。

 

『通常の航空機の速度ではありません。接触まで、約三分』

 

「ど、どうするんですか!?」

 

 慌てる宮藤を無視して、ミーナはサーニャに命令する。

 

「サーニャさん。援護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦は出来るだけ避けて」

 

『はい。目標を引き離します』

 

 そう返事をすると、サーニャはフリーガーハマーのセーフティを外し、Ju52から距離を取って迎撃に向かった。

 

「……俺も出るか? 一応予備のストライカーはあるが」

 

「……そうね、お願い」

 

 ミーナの許可を得た上坂は、後ろの方に置かれていたストライカーを履く。青白い光が機内を照らし、魔道エンジンがかかる音が響いた。

 

「じゃあちょっと行ってくる」

 

「ええ、お願いね」

 

 機関銃を背負った上坂はそのまま機から飛び降りる――と思ったら、一気に急上昇して視界から消えた。

 

「それにしても、ネウロイが歌を歌うなんて……」

 

「そんな話は聞いたことが無いぞ」

 

「あ、あのぅ……」

 

 ミーナと坂本が話していた時、窓にへばりつき、外の様子を見ていた宮藤は疑問に思っていたことを坂本に尋ねる。

 

「サーニャちゃんってどうやってネウロイを見つけたんですか?」

 

「あいつの固有魔法は全方位広域探査だからな。地平線の向こうまで見えているはずだ」

 

「ぜんほういこういきたんさ?」

 

「電探と同じだと思ってもらえばいいわ」

 

「はぁ……」

 

 あまり理解できていないとわかる宮藤の返事。もしかしたら電探すら知らないのかもしれない。

 

 ――これは座学も必要ね……。

 

ミーナは苦笑した。

 

 

 

 

 

 サーニャは一旦高度を取り、より遠くまで見渡せる位置に付く。地球は丸いため、こうしないと遠くまで電波が届かないからだ。

 

 静かに耳を澄ますサーニャ。夜は音が遠くまで響くため、固有魔法と同じくらい、音というのが相手の位置を掴むのに重要なのだ。ましてや相手は歌を歌っている。位置を特定するのはそう難しいことではなかった。

 

「……あ」

 

 赤く輝くネウロイが接近してくるのを捉える。

 

 サーニャはネウロイの予想進路上にフリーガーハマーを向け、引き金を引いた。

 

 爆音と共に発射される二発のロケット弾。

 

 時限信管が内蔵されたその弾体は、真直ぐ突き進んであらかじめ設定された時間に達すると爆発した。

 

 閃光が晴れた後、雲海に二つの大穴があく。

 

「反撃して……こない?」

 

 疑問に思いながらも、サーニャはさらに引き金を引く。

 

 ロケット弾が発射されるたびに光球が現れ、雲海に大穴を開ける。だが、ネウロイからの反撃はなかった。

 

「もういいぞ、サーニャ」

 

 その時、後ろからぽんと肩を叩かれる。サーニャが振り返ると、機関銃を手に持った上坂がいた。

 

「でも、まだ……」

 

「自分では気づいていないようだが、お前は相当疲れているぞ」

 

 上坂に言われて、サーニャは自分が肩で息をしていることに気付いた。

 

『ありがとう。良く頑張ってくれたわ』

 

 無線から聞こえるミーナの声で、ようやくフリーガーハマーのセーフティをかける。

 

「敵は?」

 

「あっちです……」

 

 上坂はサーニャが指さした方向を睨む。だがそこには所々に穴が開いた雲海だけが広がっていた。

 

「……逃げられたか」

 

「サーニャ!」

 

 上坂がつぶやいたとき、後ろから声が聞こえてくる。

 

 二人が振り返ると、そこにはエイラ。その後方にはバルクホルン達がこちらに向かって来ていた。

 

「サーニャ! 大丈夫か……って! こら、ケイイチロー! サーニャに近づくな~!」

 

「……相変わらずブレないな、お前も」

 

 そう言いつつも、上坂は少しだけサーニャと距離を取る。

 

「戦闘は終わったのか?」

 

 その時、ようやく追いついたバルクホルンが上坂の近くまで来た。他の隊員達も周囲に集まってくる。

 

「ああ、サーニャが撃退した。……それより、お前らびしょ濡れだな」

 

 バルクホルン達は、雲の下を通ってきたため、体中がびしょ濡れである。いくらウィッチとはいえ、長時間そのままでいれば風邪をひいてしまうだろう。

 

「さあ戻るぞ。風邪を引く前に」

 

 そう言うと、上坂は基地の方角に進路を取った。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。