激しい雨が降り注ぐ雲の上、月夜に照らされた夜空を一機の輸送機が飛んでいる。
Ju52輸送機――。 カールスラントが作った中型輸送機。
外観は三発の発動機からして古臭い印象を受けるが、機体の信頼性は折り紙つきで、今なお各国で使われている傑作輸送機である。
その機内の中、坂本は不満そうな顔を隠そうとはしていなかった。
「むう……」
「不機嫌さが顔に出ているわよ、美緒」
正面に座っていたミーナが笑顔で窘める。だが、坂本の表情は変わらない。
「当たり前だ。まったく、わざわざ呼ばれたと思ったら予算削減だと聞かされたんだ」
「それはわかるけど……啓一郎のおかげで、何とか大丈夫だったじゃない?」
そう言いながら、ミーナは後ろの方で横になっている上坂に視線を向けた。
「予算をこれ以上削減されなかっただけ、まだましよ」
「それはそうだが……いや、別に上坂に不満があるわけじゃないんだが……」
坂本は苦い表情になる。
「せめてもう少し予算を請求出来たらな……と思ってな」
「……無茶言うな」
「あらっ、寝てなかったの?」
上坂は身体を起こし、頭を掻きながら話に加わる。
「大戦が始まって既に5年。リベリオンや扶桑の支援があるとは言っても、ブリタニアの財政は火の車。それなのにウィッチ達だけがいつも戦果を挙げているんだ。あいつ等は焦っているんだ。そのくらいは大目に見てやろう」
「連中が見ているのは、自分達の足元だけだろ」
「戦争屋なんてあんなものよ。もしネウロイがいなかったら、あの人達、今頃人間同士で戦いあっているのかもね」
「さながら世界大戦だな」
鼻で笑う坂本
「……その先兵に立つのが俺達ウィッチ……。世界が違ったらお互い銃を向け合っていた、と。ふん、笑えんな」
坂本の冗談に、上坂は肩をすくめる。上層部の体たらくをよく知る彼にとって、それはありえたかもしれない現実だと思った。
「……すまんな、宮藤」
坂本は隣に座って窓の外を眺めていた宮藤に話しかける。ちょうど休暇を取った宮藤に、この際ロンドンの町を見せようと連れて行ったのだが、結局上層部との会議だけで時間を潰してしまい、街を案内することが出来なかったのだった。
「いえ……」
宮藤が、軍にも色々な考えを持つ人がいる、と言おうとした時、インカムから流れてくる歌声に気付いた。
「あれ、この声は……」
透き通るようなソプラノが奏でる穏やかなメロディ――。
聞く者がうっとりとするような歌声が、夜空に響き渡る。
「んっ? ああ、これはサーニャの歌だ。夜間哨戒中の」
「あ、ホントだ」
Ju52に並行して飛んでいる影に気付いた宮藤。手に九連発ロケット砲、フリーガーハマーを構え、側頭部にライトグリーンに輝く魔道針。サーニャ・V・リトヴァク中尉である。
宮藤が手を振ると、彼女は頬を染めて雲海に身を隠してしまった。
「……サーニャちゃんって結構照れ屋さんなんですか?」
「まあそうかもな」
宮藤の疑問に上坂が答えた。と、その時。
『……歌?』
「どうかしたのか? サーニャ」
上坂がそうとそう尋ねた時、スピーカーから謎の歌声が聞こえてきた。
「これはサーニャさんの? いえ、これは……」
先ほどのサーニャの歌とは違い、どちらかというと機械的な音に聞こえる。だが、そのメロディは間違いなくサーニャが歌っていたものだった。
「ネウロイ……かしら?」
「まさか。もしそうならとっくにレーダーに捕まっているはずだ」
ミーナの疑問を否定する上坂。ここはブリタニアの海岸線付近で、敵がいるなら、ブリタニア空軍ご自慢のレーダー索敵網に引っかかっているからだ。
『シリウスの方角、接近してきます』
だが、サーニャのはっきりとした声がインカムに入る。恐らく発見できていないか、それともレーダーの故障か。どちらにしろ敵がいることには違いない。
「ふむ……、どうだ? 上坂」
「イヤ……、雲が厚くて見えないな……」
坂本に促され、その方角を眺める上坂。彼の使い魔がフクロウ科なため、夜目が効くのだが、今は雲に覆われていて見通しが悪い。
『通常の航空機の速度ではありません。接触まで、約三分』
「ど、どうするんですか!?」
慌てる宮藤を無視して、ミーナはサーニャに命令する。
「サーニャさん。援護が来るまで時間を稼げればいいわ。交戦は出来るだけ避けて」
『はい。目標を引き離します』
そう返事をすると、サーニャはフリーガーハマーのセーフティを外し、Ju52から距離を取って迎撃に向かった。
「……俺も出るか? 一応予備のストライカーはあるが」
「……そうね、お願い」
ミーナの許可を得た上坂は、後ろの方に置かれていたストライカーを履く。青白い光が機内を照らし、魔道エンジンがかかる音が響いた。
「じゃあちょっと行ってくる」
「ええ、お願いね」
機関銃を背負った上坂はそのまま機から飛び降りる――と思ったら、一気に急上昇して視界から消えた。
「それにしても、ネウロイが歌を歌うなんて……」
「そんな話は聞いたことが無いぞ」
「あ、あのぅ……」
ミーナと坂本が話していた時、窓にへばりつき、外の様子を見ていた宮藤は疑問に思っていたことを坂本に尋ねる。
「サーニャちゃんってどうやってネウロイを見つけたんですか?」
「あいつの固有魔法は全方位広域探査だからな。地平線の向こうまで見えているはずだ」
「ぜんほういこういきたんさ?」
「電探と同じだと思ってもらえばいいわ」
「はぁ……」
あまり理解できていないとわかる宮藤の返事。もしかしたら電探すら知らないのかもしれない。
――これは座学も必要ね……。
ミーナは苦笑した。
サーニャは一旦高度を取り、より遠くまで見渡せる位置に付く。地球は丸いため、こうしないと遠くまで電波が届かないからだ。
静かに耳を澄ますサーニャ。夜は音が遠くまで響くため、固有魔法と同じくらい、音というのが相手の位置を掴むのに重要なのだ。ましてや相手は歌を歌っている。位置を特定するのはそう難しいことではなかった。
「……あ」
赤く輝くネウロイが接近してくるのを捉える。
サーニャはネウロイの予想進路上にフリーガーハマーを向け、引き金を引いた。
爆音と共に発射される二発のロケット弾。
時限信管が内蔵されたその弾体は、真直ぐ突き進んであらかじめ設定された時間に達すると爆発した。
閃光が晴れた後、雲海に二つの大穴があく。
「反撃して……こない?」
疑問に思いながらも、サーニャはさらに引き金を引く。
ロケット弾が発射されるたびに光球が現れ、雲海に大穴を開ける。だが、ネウロイからの反撃はなかった。
「もういいぞ、サーニャ」
その時、後ろからぽんと肩を叩かれる。サーニャが振り返ると、機関銃を手に持った上坂がいた。
「でも、まだ……」
「自分では気づいていないようだが、お前は相当疲れているぞ」
上坂に言われて、サーニャは自分が肩で息をしていることに気付いた。
『ありがとう。良く頑張ってくれたわ』
無線から聞こえるミーナの声で、ようやくフリーガーハマーのセーフティをかける。
「敵は?」
「あっちです……」
上坂はサーニャが指さした方向を睨む。だがそこには所々に穴が開いた雲海だけが広がっていた。
「……逃げられたか」
「サーニャ!」
上坂がつぶやいたとき、後ろから声が聞こえてくる。
二人が振り返ると、そこにはエイラ。その後方にはバルクホルン達がこちらに向かって来ていた。
「サーニャ! 大丈夫か……って! こら、ケイイチロー! サーニャに近づくな~!」
「……相変わらずブレないな、お前も」
そう言いつつも、上坂は少しだけサーニャと距離を取る。
「戦闘は終わったのか?」
その時、ようやく追いついたバルクホルンが上坂の近くまで来た。他の隊員達も周囲に集まってくる。
「ああ、サーニャが撃退した。……それより、お前らびしょ濡れだな」
バルクホルン達は、雲の下を通ってきたため、体中がびしょ濡れである。いくらウィッチとはいえ、長時間そのままでいれば風邪をひいてしまうだろう。
「さあ戻るぞ。風邪を引く前に」
そう言うと、上坂は基地の方角に進路を取った。