ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十五話

「いやー、いい天気だねー」

 

 さんさんと太陽の光が降り注ぐ浜辺に、水着姿のシャーリーが寝転がっている。その隣には、先ほど訓練を終えた宮藤とリーネの姿もあった。

 

「どうかしたの? 芳佳ちゃん」

 

「えっ? うん……」

 

 ずっとうわの空だった宮藤に、リーネが尋ねる。

 

「……上坂さんって、私が普通に暮らしている時もずっと戦って来ていたんだなって思って……」

 

 宮藤は先ほど見た上坂の傷を思い出す。

 

 今でこそネウロイの攻撃手段はビームだが、扶桑海事変や大戦初期は人類と同じく機関銃だった。その頃から戦っているということは、少なくとも五年間以上ずっと戦っていることになる。そんなに長く戦い続けている人がいたということに、宮藤はショックを隠せなかった。

 

「言っておくが、坂本少佐や私達だってそうだぞ」

 

「あっ、バルクホルンさん」

 

 宮藤の言葉が耳に入ったのか、泳ぐのをやめ、休憩に入ろうとしていたバルクホルンとエーリカが近づいてきた。

 

 彼女達はそのまま宮藤の隣に座る。

 

「私達だって啓一郎よりは少し遅いけど、カールスラント防衛戦には参加していたんだから」

 

「そうなんですか……」

 

「あの頃はどの部隊でも戦力不足でな、必然的に私達が一日に何度も出撃してネウロイを迎撃していた。そのため良くて戦闘不能、悪くて戦死する者が絶えなかった」

 

「…………」

 

「だけど、啓一郎が来てからは損害が急激に減って、士気も高くなったんだよね」

 

「……最も、啓一郎の怪我も多くなったがな」

 

「へー、イチローって昔から無茶していたんだなー」

 

 それまで黙っていたシャーリーも話に加わる。バルクホルンは、遠い目で海原を眺めた。

 

「……あいつが居なかったら、もっと多くの人の命が奪われていただろう。だから私はとても啓一郎に感謝しているんだ」

 

 まああいつは感謝される筋合いはないっていうだろうが……。とバルクホルンは苦笑した。

 

「……すごいな」

 

「んっ? どうかしたのか宮藤」

 

「あっ、いえ、その……」

 

 シャーリーに尋ねられ、しどろもどろになる宮藤。彼女は軽く息を整えると、静かにつぶやいた。

 

「私も上坂さんの様に、多くの人を守れたらいいなって思って……」

 

「コラッ! 宮藤!」

 

「ひゃっ!」

 

 突然エーリカに怒られ、宮藤は首をすくめた。

 

「私達は守れたらいいな、じゃなくて守らなきゃ、なんだよ! そんな弱気になってちゃだめだよ」

 

「エーリカの言う通りだ」

 

 バルクホルンも同意する。

 

「私達ウィッチは、戦えない人たちの分まで戦っているんだ。だからそんな弱気になってはいけないぞ」

 

「はっはい!」

 

 宮藤はバルクホルンの静かに、諭すような口調に少し違和感を覚えながらも、慌てて返事をした。

 

「まっ、そうだな。あたしも頑張んないと……」

 

 そうつぶやきながら上を向いたシャーリーの表情が、険しくなった。

 

「んっ? どうしたリベリアン」

 

「いや、今何か見えたような気がして……」

 

「……?」

 

 宮藤達もつられて空を見上げる。

 

「ん……? あれ?」

 

「どうしたの芳佳ちゃん」

 

「あそこ……真っ直ぐな雲?」

 

 芳佳の指差した方向。青い空に、小さな引っかき傷のような、白い軌跡。

 

 本当に小さく、それこそ長さで言えば指の爪ほどのそれは、確かに雲で。そして、不自然だった。

 

「……あれは……! ヤバイ!」

 

 そうつぶやいたかと思うと、シャーリーは基地に向かって走り出す。数瞬遅れてその存在に気付いたバルクホルンの声と、警報を告げるサイレンが鳴るのは同時だった。

 

「敵襲―――――!」

 

 

 

 

 

「くそっ! こんな時に……!」

 

 作務衣に着替えていざ寝ようとした時警報が鳴り、上坂は着替える時間も惜しいと言わんばかりに、格納庫へと駆け出した。だが、向かう途中に自分のストライカーが整備中であることに気付き、悪態をつく。とはいえこのまま部屋に戻るという選択肢があるはずもなく、とにかく迎撃のおぜん立ては出来るだろうと考え、このまま格納庫へと走り続ける。

 

「シャーロット・イェーガー! 出る!」

 

 上坂が格納庫に駆け込んだ時、ちょうどシャーリーが水着姿のまま出撃するところだった。

 

 格納庫内に轟音と青白い光を残し、あっという間に大空へと飛び立つ。遅れて宮藤とリーネが格納庫に駆け込んできた。

 

「あっ! 上坂さん!」

 

「俺は今出撃できない! シャーリーの後を追ってくれ!」

 

「はっ、はいっ!」

 

 二人はそのまま自分ストライカーを履く。

 

「おいっ! 武器を忘れるな!」

 

「えっ! あっ……! すっ、すみません……!」

 

 だが慌てていたためか二人とも銃を持っておらず、上坂の指摘で懸架台にある自分の銃を掴むと、シャーリーの後を追った。

 

「まったく、あいつらは……」

 

 相変わらずの宮藤達にため息をついた上坂は、ふと格納庫の懸架台の一つに目がいく。

 

 そこはいつもシャーリーの愛機であるP-51Dが置いてある所だが、いまは出撃しているため何もない。

 

 その懸架台のちょうど真下の床が黒ずんでいることに、上坂は気付いた。

 

(なんだ……?)

 

 上坂は懸架台に近づき、しゃがみ込んでその部分を指でなぞる。そしてその指を鼻先に近づけて、臭いを嗅いでみた。

 

(……これは……油?)

 

 上坂が疑問に思った時、ちょうどミーナ達が格納庫に入ってきた。

 

「啓一郎! なんであなた出撃していないの……って、そうだったわね……!」

 

 ミーナは途中で上坂のストライカーが整備中だったことに気付き、苦い顔をする。

 

「上坂! 無線機と地図を持ってきてくれ!」

 

「わかった!」

 

 坂本に急かされ、上坂は格納庫の端にあった無線機と地図を持ってくる。ミーナの前にはバルクホルンによって運ばれた木箱が置かれ、その上に地図を広げた。

 

「敵は?」

 

「一機、超高速型よ」

 

「すでに内陸に入られている」

 

上坂は地図上で、ネウロイの予想進路を指でなぞる。

 

「このまま行くと……ロンドン!」

 

 上坂は坂本に目を向ける。坂本はわかったというように頷くと、通信機を取った。

 

「シャーリー! 敵はロンドンに向かっている! お前のスピードを見せてやれ!」

 

『了解!』

 

 無線越しに聞こえるシャーリーの声。

 

「頼んだぞ、シャーリー……」

 

 坂本は祈るようにつぶやいた。その時――

 

「あ~、行っちゃった……」

 

 皆から遅れていたルッキーニが、ようやく格納庫に到着した。

 

「……もしかして、あのままなのかな?」

 

 不安そうなルッキーニの声。それを聞きのがす上坂ではなかった。

 

「何があのままなんだ?」

 

「えっとね、昨日シャーリーのストライカーを……やっ、やっぱり何でもない!」

 

 白状しようとしていたのを、慌ててごまかすルッキーニ。

 

(ストライカーユニット? ……まさか!)

 

 だが、先ほどの黒いしみなどから連想するのは、難しいことではなかった。

 

「まさか、シャーリーのストライカーを壊したのか!?」

 

「こっ、壊してないよ! ちゃんと直したもん! ……たぶん」

 

 ルッキーニの爆弾発言に、全員の顔が真っ青になる。

 

 ルッキ―ニは一戦力としては信頼している。だがトラブルメーカーという点があるため、普段の生活においては全くと言っていいほど信用していなかった。

 

 さらに彼女にはメカニックの知識などあるはずもなく、直したと言ってもそれは適当に組み上げたと同じ意味にしかならない。要するにシャーリーのストライカーは奇跡的に動いていると言っても過言ではないのだ。

 

「フランチェスカ・ルッキーニ少尉?」

 

「ひぃっ!?」

 

 引きつった笑みを浮かべるミーナ。彼女の静かだが、有無を言わさぬその声は、ルッキーニを震え上がらせるどころか、周囲の人達すら肩を震わせた。

 

「シャーリー! ただちに帰投しろ! ……シャーリー大尉! 聞こえないのか! 応答しろ!」

 

 その間にも坂本がシャーリーに応答を呼びかけるが、返答が全くない。

 

「くそっ! こんな時に……!」

 

 上坂は自分のストライカーが整備中だという現実に、歯噛みせずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

(なんだ? 全然加速が止まらないぞ?)

 

 シャーリーはP-51Dがいつもとは明らかに違うことに違和感を感じていた。

 

 違和感と言っても悪い意味ではない。いや、むしろ好調すぎるのだ。

 

 ストライカーは先ほどから細かい振動を繰り返しているが、速度の伸びは緩まず、既に昨日の最高速度を軽く抜いているように感じる。

 

 ただの機械ならば、そんなことは起こりえない――。だが、科学と魔法の集合体であるストライカーユニットは、シャーリー自身の思いを物理的な力に変え、それを可能とした。

 

(この感じ……似てる……)

 

 シャーリーの目の前には、どこまでも続く白い平原が現れた。

 

 ボンネビル・フラッツ――

 

 リベリオン中央部にある、地上最速を目指す強者達が集まる聖地。

 

 かつてシャーリーは、二輪車で最速の時速178.24マイルを叩きだしていた。

 

(そうだ……)

 

 シャーリーはその後の表彰の時を思い出す。

 

(私は……あの時から目指したんだ……世界最速のウィッチを)

 

 あの時ふと聞いた、世界最速のウィッチの話――。

 

 なりたいと思い、その目標に向かって進み続けた彼女の目の前に、そのチャンスはあった。

 

(良いのか? 本当に、行って良いのか?)

 

 理性や本能が、未知への領域へ突っ込むことに、不安と警鐘を鳴らす。だが――

 

「当たり前だろ、あたしはグラマラス・シャーリーだぞっ!」

 

 自然とシャーリーの口を付いて出たその言葉が、彼女の全てを掌握した。

 

 1650馬力のマリーンエンジンンに、シャーリーはありったけの魔法力を込める。

 

 本来あまりに多くの魔法力が一気にエンジンに流れ込むと、最悪エンジンが壊れてしまう。だが、ルッキーニの出鱈目なチューンナップにより、負荷を克服したマリーンエンジンは、その魔法力に答えんとそれをすべて受け止め、爆発的な加速力に変換する。

 

 シールドによって引き裂かれていく空気の壁が生み出す気流が、シャーリーの身体を揺さぶり、一瞬だけ水蒸気の傘を形作る。

 

 魔法によって与えられた加速度が生み出す強烈な負荷を、強化と保護の魔法で握りつぶした次の瞬間。

 

 それは余りに唐突に、そしてあっけなく訪れた。

 

 

 

 

 

「……で、その結果がこれか」

 

 呆れ果てる上坂の前には、バラバラになった、かつてP-51Dだった残骸が転がっている。

 

「いやー、音速を突破したはいいんだけど、そのあとネウロイに突っ込んじゃってさー」

 

 対して悪びれた様子のないシャーリーは、後ろ頭を掻きながらにこにこと笑っている。その肌は非常につやつやしていた。

 

 その後、音速を突破したシャーリーは喜ぶ暇もなく、そのままの速度でネウロイに体当たりして撃墜。だがその衝撃でただでさえ酷使していたストライカーが損傷。さらに魔法力を使い果たしたシャーリーが気絶したため、そのまま海に落下したのだ。(シャーリーは後方にいた宮藤達に助けられた)

 

「お前な……」

 

 上坂はこめかみを抑える。幸いエンジンだけは回収できたものの、機体本体はリベリオンから補充せねばならず、その書類を書くのは本来ならミーナなのだが、彼女なら間違いなく上坂に押し付ける。要するに上坂の負担がさらに大きくなるのだ。

 

「よーし! 次も音速を突破するぞー!」

 

「……もうやめてくれ」

 

 シャーリーのキラキラした目を見て、上坂は盛大にため息をついた。

 

 

 


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