ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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昨日フミカネさんがお姉ちゃんのチア姿絵をアップしていましたが、あれは素晴らしいですね…… 上坂が見たらどんな反応するでしょうか?


第十四話

 なぜあなたは戦うんですか? とウィッチに尋ねると、ほとんどの者が、こう答えるだろう。

 

――空を飛びたいから

 

 リベリオン陸軍大尉、シャーロット・イェーガーもその一人だ。――もっとも、彼女の場合、言葉の前に“誰よりも速く“とつくだろうが。

 

 そんな彼女は今その艶やかな長い茶髪を泳がせながら、大空を飛んでいる。

 

 彼女の前には何もないが、彼女には“それ”だけしか見えていない。

 

音速――

 

 時速1240km/h。それはいまだ人類が到達していない世界。

 

 彼女は誰よりも早く、その世界を見たいと思っている。

 

 だからこそ、今日もこうしてカスタムした愛機を駆り、大空を飛んでいるのだった。

 

 

 

 

 

「790……800キロ突破! やった、記録更新だよ!」

 

 滑走路で、上空を飛んでいるシャーリーに、速度計の波長を合わせていたルッキーニは、今回の目標だった800km/h越えを達成して、大喜びしている。その周りには、同じくシャーリーの結果に喜んでいる年少組の姿があった。

 

「相変わらず速いな、シャーリーは」

 

 その様子を、基地のテラスから坂本とミーナ、上坂が眺めている。

 

……あんな無茶をやって、よく壊れないものだ、と上坂は内心思う。

 

元々シャーリーの使うP-51Dは、700km/hという快足をもってしてもなお、他の性能を落とすことなく、そのバランスを維持している。だが、シャーリーはそのバランスをあえて崩し、全ての力を速度に当てている。そのため、彼女でしか扱えないピーキーな機体となっていた。

 

「そうね、でもシャーリーさん、本当に生き生きとした表情をしているわ」

 

 ミーナは苦笑しながらも、魔法で強化された視力でもって、高空を飛ぶシャーリーの表情を見ている。

 

「音速か……、どんな世界なんだろうな」

 

「美緒も興味あるの?」

 

「いや、ただこれからも戦争が続くとなると、そう言った新兵器が出てくるんだろうなと思ってな……」

 

「そうだな。確かカールスラントで、レシプロではないストライカーユニットが開発中と聞いたことがあるしな」

 

 上坂の言う通り、現在南米に疎開したノイエ・カールスラントでは、新型のエーテル噴流式ストライカーユニットの開発が行われている。だが、それが実戦配備されるまでには、まだ時間が必要だった。

 

「そう……、戦争も変わっていくのね……」

 

 ミーナはそう言いながら、再び視線を空に向ける。

 

 直線の飛行機雲を描くシャーリー。だが、彼女ですら音速の世界はまだ遠かった。

 

 

 

 

 

「うーん……、ここをこうすれば……」

 

 夜―― 格納庫では、シャーリーが内部構造を露わにした愛機のそばで唸っている。

 

「いや、これだと空気抵抗が増えて、きつくなるからな~」

 

「熱心だな、シャーリー」

 

「んっ? お~、イチローか」

 

 シャーリーの後ろには、背中に二丁の機関銃を背負った上坂が立っていた。その手には、お盆の上に大きなおにぎりが二個置いてある。

 

「夜食だ」

 

「いや~悪いね。……ところで、何でそんなに重武装なんだ?」

 

 シャーリーは渡されたおにぎりをほおばりながら、質問する。

 

「今日の夜間哨戒は俺だからな……って、シフトを見ていないのか……」

 

「あ~そう言えば、今日のは見てなかったな」

 

 相変わらずの彼女に、あきれる上坂。

 

「……それよりも、どうなんだ、調子は?」

 

「あ~……、実は……」

 

 上坂の問いに、シャーリーはおにぎりを食べる手を止め、自分の愛機を見る。

 

「……800km/hを越えたあたりから振動が大きくなってね。今それをどう改善しようか検討中」

 

「……そうか」

 

 上坂は肩をすくめ、シャーリーの愛機の方に目を向ける。装甲が剥がされ、エンジンが剥きだしになったP-51Dがそこにあった。

 

「……しかし、これだけ弄って、よく空中分解を起こさないな。俺ならこうも大規模な改造なんてできないぞ」

 

 航空兵器は開発段階で過酷な試験を突破し、配備されるものである。それを改造するとなると、下手すれば空中分解することだってあるのだ。もっとも、上坂の使用するキ61「飛燕」は、エンジンを川滝のマ40からメッサーシャルフのDB605を乗せている。そのため、従来よりも性能は大幅に上げているのだが。

 

「いや~、あたしは小さい頃から機会をいじくっていたからね。その機械の限界がどのくらいかが、だいたいわかるんだ」

 

「なるほど。“好きこそ物の上手なれ”だな」

 

「なんだそりゃ?」

 

「扶桑のことわざでな、自分の好きなことや、進んで工夫したり努力したりするものの方が、より上達しやすいという意味だ」

 

「へぇ……、格言って奴か。なんかいい言葉だな」

 

 シャーリーは、その言葉に響きが気に入ったようだ。

 

「……才能と趣味が同じっていうのは羨ましいな」

 

 上坂は、ぼそりとつぶやく。

 

「んっ? なんか言ったか?」

 

「いや、何でもない」

 

 適当にごまかすと、上坂は自分のストライカーを履く。青白い光が格納庫を照らし、上坂の足元から魔方陣が出現した。

 

「もう遅いからな。ほどほどにしておけよ」

 

「あいよ~」

 

 シャーリーの返事を聞くと、上坂は格納庫から飛び出し、夜空へと消えて行った。

 

 

 

 

 

「な、何でこんなの履くんですかぁ~っ!?」

 

 翌日―― 基地の敷地内にある海岸にて、水着姿の宮藤の悲鳴が響き渡った。

 

 彼女と同じく、水着姿リーネの足には、ストライカーユニットの模擬体が装着されている。

 

「はっはっはっ、当たり前だ! これは訓練なんだからな!」

 

 その二人の前には、地面に竹刀を突き立てている坂本が立っていた。

 

「訓練って……、遊べるって言ったじゃないですか~!」

 

「心配しなくてもいいわよ。この訓練が終わったら、思いっきり遊んでいいから。……最も、遊ぶだけの体力が残っていたら、の話だけれど」

 

「そんな~……」

 

 坂本のそばにいたミーナの言葉に、宮藤は情けない悲鳴を上げる。

 

「とりあえず……、つべこべ言わず、さっさと飛び込めぇ!」

 

「ああぁぁ~~!」

 

 坂本に襟首を掴まれた宮藤とリーネは、そのまま海に向かって放り投げられた。

 

 盛大な水音を立てて、海中に没する二人。

 

「……さすがにちょっとやりすぎなんじゃないか?」

 

 その光景を近くで見ていた上坂が、眠そうな顔を引き攣らせている。彼だけは他の隊員達と違って、いつもの制服姿である。

 

「心配するな。あいつは初めてストライカーを履いた時も、飛ぶことが出来たんだ。そう考えれば泳ぐことなど簡単だ」

 

「そう言っている間にもう一分経ったが、一向に顔を出す気配が無いぞ」

 

「…………」

 

「……浮かんでこないわね」

 

 先ほどの水柱はどこへ行ったのやら、海は非常に穏やかだ。

 

「……そろそろ救助に行った方がいいのかしら?」

 

 さらに一分が経過し、さすがにまずいのではとミーナが思った時――

 

「うげ、がは、げべ、ごほ……」

 

「プハァ、ハウ、アウ、ウップ……」

 

 ようやく宮藤とリーネが水面に顔を出した。

 

「ふむ、なかなか肺活量はいいようだな」

 

「……そういう問題じゃないと思うのだけど」

 

 必死にもがいている二人を尻目に、上坂とミーナは他愛もない会話を続ける。

 

「うっぷ、いきなり……ゴボボ……無理……」

 

 そうしている間に、二人は力尽きたのか仲良く海中に没していった。

 

「……はぁ、……バルクホルン、救助を頼む」

 

「了解した」

 

 坂本は近くで泳いでいたバルクホルンに、救助を要請した。

 

「……さすがに飛ぶようにはいかんか」

 

 バルクホルンに襟首を掴まれ、浜辺に引っ張り上げられた二人を見ながら、坂本はつぶやく。

 

「当たり前だそんなの」

 

「むう……」

 

 上坂のツッコみで、坂本は手を顎に当てて考え込む、そして何かひらめいたかと思うと、むんずと上坂の襟首をつかんだ。

 

「おい、何やっているんだ?」

 

「簡単な話だ、要するに誰かが見本を見せればいいんだろう。……というわけで、上坂、行ってこいっ!」

 

「ちょっ、待て! 俺は……!」

 

 坂本は有無を言わさず、自分よりも体格の大きい上坂を海に向かって放り投げた。

 

 綺麗な放物線を描き、そのまま海に落ちて水柱を上げた上坂。その様子を隊員達は呆れた表情で眺めていた。

 

「大丈夫かな、上坂さん……」

 

「うーん……、まあ上坂さんなら多分……」

 

「……そういえば」

 

 リーネと宮藤の会話の最中、ふとエーリカは思い出す。

 

「どうかしたのか? エーリカ」

 

「いや、なんていうか……啓一郎って確か泳げなかったはずじゃ……」

 

「………………えっ?」

 

 その一言によって全員が固まる。事実、上坂は海に没したまま浮かび上がって来ていない。

 

「……………」

 

 既に一分経過。だが、相変わらず海は凪いだままだ。

 

「……きゅっ、救助! 急いで!」

 

 ミーナの命令で、隊員達が慌てて海に飛び込もうとしたその時――

 

「ブハッ!」

 

 上坂が海面から顔を出した。

 

「かっ、上坂!?」

 

「いきなり何するんだ坂本!」

 

 驚愕する隊員達をよそに、海面から顔を出しながら怒鳴る上坂。そのまま平泳ぎで浜辺まで戻ってきた。

 

「お前……泳げたのか?」

 

「当たり前だ! 全く……」

 

 上坂は悪態をつきながら、びしょ濡れになった上着を脱いだ。

 

「――っ!」

 

 その瞬間、坂本とカールスラント組以外の隊員達が息を飲む。

 

「かっ、上坂さん……それ……」

 

「んっ? ああ、これか……」

 

 上坂の鍛え上げられた上半身には、無数のミミズ腫れの跡や銃創の跡が残っている。

 

「今までネウロイと戦ってきたからな。その代償だ」

 

「あの……それ、痛くないんですか?」

 

「昔の傷だからな」

 

 上坂は濡れた上着を絞る。上着から大量の水が出て、乾いた砂浜の上に降り注いだ。

 

「……さて、俺はさっさと戻って寝る。昨日は夜間哨戒だったから寝てないんだ」

 

「そうね。今日はネウロイの襲撃もないと思うからゆっくり休んで頂戴」

 

「わかった。……最も、ストライカーは整備中で、出撃できないんだがな」

 

 上坂は肩をすくめると、基地へ戻っていった。

 

 


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