ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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あけましておめでとうございます。
いや……本当なら去年までにこの作品を終わらせるつもりだったのに……まあ仕方ありません。今年こそ次回作に入れるよう頑張って執筆していきます。
本年度もよろしくお願いします。


第十三話

月明りに照らされた部屋――

 

 ウィッチ達の宿舎区域から隔離(・・)された上坂の部屋には、たくさんの酒瓶が整然と並んでいる。そのほとんどが米から作られた扶桑酒だが、中にはウイスキーやスコッチ、ウォッカなどもちらほらと見えた。

 

 それらがすべて月明りに照らされている中、上坂はベットに寝かされていた。傍にはそばに置かれた椅子に座るバルクホルン。彼女は寝息を立てている上坂を見守っていた。

 

 ドアが開く音。

 

「どう? 啓一郎は?」

 

「ああ、ハルトマンか」

 

 バルクホルンが振り返ると、扉から顔だけを出したエーリカがいた。

 

「心配ない。ぐっすり眠っている」

 

「そっかー、良かったー」

 

 エーリカは、音を立てずに部屋に滑り込み、バルクホルンの横にあった椅子を反対向きにして、背もたれに顎を乗せた。

 

 しばしの静寂。聞こえるのは、上坂の規則正しい寝息だけだ。

 

「……それにしてもさー」

 

 その静寂に耐え切れなくなったのか、エーリカが口を開く。

 

「どうして啓一郎って、こうも無茶できるんだろうね?」

 

「……そうだな」

 

 バルクホルンはうなずきながら、上坂の右頬の傷を眺める。

 

 かつて味わった敗北の際に受けた傷――

 

 それは未だ消えることなく、彼の頬だけでなく、心にまで深く刻まれているのだろう。

 

「……上坂は、一度大切な人を失ったからな……」

 

バルクホルンは、かつて上坂が酔っていた時に話していたことを思い出していた。

 

(当時俺は、姉さんにとってただのお荷物だと思っていて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だけど十歳の時に、俺は偶然魔法力を手に入れた――。その時はうれしかったな)

 

「それって、確か啓一郎のお姉さんだよね?」

 

「ああ。……あんな思いは二度としたくないんだろうな」

 

「……そっか」

 

 エーリカはそうつぶやくと、再び黙り込む。彼女達もまた、多くの戦友達を失ってきて、上坂の気持ちが分からないわけではなかった。

 

「フラウ」

 

 エーリカの愛称―― このとき、バルクホルンは戦友としてではなく、親友としてエーリカに話しかけていた。

 

「なに、トゥルーデ?」

 

 エーリカも、それを理解している。

 

「すまなかったな。色々と迷惑かけて」

 

「何言っちゃってんのさ、トゥルーデ。 別に私は気にしてないよ。それに、私よりも啓一郎の方がよっぽど迷惑かけたんじゃない?」

 

「…………」

 

 黙り込むバルクホルンを見て、エーリカはため息をつく。

 

「駄目だよ、トゥルーデ。いくら啓一郎が優しいからって、お礼も言わないのは」

 

「いや、そうじゃなくて……」

 

 バルクホルンは、羨んだ目で上坂を眺める。

 

「……上坂の様に、私も皆を守れるような存在になりたいと思ってな」

 

「……ぷっ」

 

「……なぜ笑う」

 

 バルクホルンは、吹き出したエーリカを睨みつける。だが彼女はそれを全く気にしていない。

 

「だって……、それって宮藤が言っていたことと同じなんだもん」

 

 かつて、バルクホルンが甘いと切り捨てていた考え―― エーリカはそれをまさか本人から聞けるとは思っていなかったからだ。

 

「……たしかに、今でもこの考えは甘いと思っているさ」

 

 だがな、とバルクホルンは続ける。

 

「その甘さも、――そうやって思うことが出来る余裕が、時には必要なんだとも思うんだ」

 

 自分に足りなかったもの―― それは、多分心の余裕なのだろう。

 

 実際、上坂もエーリカも、日常生活において非常にリラックスしている。 だが、自分はいつも規律規律と、自分を律することばかり考えていて、余裕などなかった。

 

「……うん。私もそう思うよ」

 

 エーリカの満面の笑み―― バルクホルンは、その表情を見て安心する。

 

「……最も、フラウの場合、もう少し緊張感を持ってもらいたいものだが……」

 

「…………」

 

 だが、バルクホルンはエーリカに釘を刺すことを忘れなかった。

 

「……う……ん」

 

 上坂がうっすらと目を開ける。 焦点の合わない目はしばらく宙を彷徨っていたが、やがて直ぐ側のバルクホルンを捉えた。

 

「……バルクホルン……か……」

 

「すまない、起こしたか?」

 

「……いや、大丈夫だ」

 

 上坂は上体を起こし、右肩をゆっくりと回す。若干の違和感こそあったものの、特に問題なく動いてくれた。

 

「肩なら、宮藤が治癒してくれたぞ。……まったく、相変わらず無茶ばかりして……」

 

「……その無茶をせざるおえない状況にしたのは、バルクホルン自身なんだがな……」

 

「うっ……」

 

 上坂の鋭い指摘に、さすがのバルクホルンも、言葉を詰まらせる。そのやり取りを見ていたエーリカは、思わず噴き出した。

 

「あはははは! トゥルーデ怒られてやーんの!」

 

「……フラウ」

 

「あー、そうだ! ミーナに啓一郎が起きたって報告しないと!」

 

 バルクホルンが睨みつけると、エーリカはわざとらしく、大きな声で逃げるように部屋を出ていった。

 

「……まったく、相変わらずだな、エーリカも」

 

「まったくだ」

 

 ヤレヤレと、ため息をつく上坂と、それに同意するバルクホルン。しばらく部屋には静寂が訪れた。

 

「――上坂」

 

 先に静寂を破ったのはバルクホルン。

 

「なんだ?」

 

「……どうしてお前は、そんなにボロボロになってまで戦えるんだ?」

 

 バルクホルンの純粋な疑問――。

 

確かに、バルクホルンも上坂の様に戦うことはできるだろう。だが、それは自分の故郷を奪還したいからであって、上坂はバルクホルンの様に、守るべきものが無い。

 

「――そんなことに、理由が必要なのか?」

 

「いや、別にそういうわけではないが……」

 

 言葉を詰まらせるバルクホルン。上坂は、窓の外に目をやった。

 

 月明りに照らされた海原――

 

 しばし押し黙った後、上坂は口を開いた。

 

「……羨ましかった……からかな……」

 

「羨ましい?」

 

 バルクホルンは、思ってもみなかった言葉に耳を疑う。

 

「ああ、……俺にはもう家族がいないから……こんな思いをする人を、増やしたくない」

 

 上坂は、バルクホルンに顔を向ける。その目には、羨望とも取れなくない表情があった。

 

「……お前もそうだ。確かに故郷を奪われ、両親を亡くしたのはわかる。……だが、それでもお前には、クリスという家族がいるじゃないか?」

 

「…………」

 

 目を伏せるバルクホルンに、上坂は優しい口調で諭す。

 

「……お前がクリスを失いたくない気持ちはわかるが、クリスもまたお前を失いたくないんだ。それをわかってやってくれ」

 

「……そうだな」

 

 バルクホルンは顔を上げる。その顔は、非常にさっぱりとしていた。

 

「……今度、久しぶりにクリスに会ってくる。……あんまりうまく話せないとは思うが……」

 

「心配するな。その時はついて行ってやるから」

 

「……ありがとう、上坂」

 

 バルクホルンは戦友に、そう静かに告げた。

 


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