いや……本当なら去年までにこの作品を終わらせるつもりだったのに……まあ仕方ありません。今年こそ次回作に入れるよう頑張って執筆していきます。
本年度もよろしくお願いします。
月明りに照らされた部屋――
ウィッチ達の宿舎区域から
それらがすべて月明りに照らされている中、上坂はベットに寝かされていた。傍にはそばに置かれた椅子に座るバルクホルン。彼女は寝息を立てている上坂を見守っていた。
ドアが開く音。
「どう? 啓一郎は?」
「ああ、ハルトマンか」
バルクホルンが振り返ると、扉から顔だけを出したエーリカがいた。
「心配ない。ぐっすり眠っている」
「そっかー、良かったー」
エーリカは、音を立てずに部屋に滑り込み、バルクホルンの横にあった椅子を反対向きにして、背もたれに顎を乗せた。
しばしの静寂。聞こえるのは、上坂の規則正しい寝息だけだ。
「……それにしてもさー」
その静寂に耐え切れなくなったのか、エーリカが口を開く。
「どうして啓一郎って、こうも無茶できるんだろうね?」
「……そうだな」
バルクホルンはうなずきながら、上坂の右頬の傷を眺める。
かつて味わった敗北の際に受けた傷――
それは未だ消えることなく、彼の頬だけでなく、心にまで深く刻まれているのだろう。
「……上坂は、一度大切な人を失ったからな……」
バルクホルンは、かつて上坂が酔っていた時に話していたことを思い出していた。
(当時俺は、姉さんにとってただのお荷物だと思っていて、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だけど十歳の時に、俺は偶然魔法力を手に入れた――。その時はうれしかったな)
「それって、確か啓一郎のお姉さんだよね?」
「ああ。……あんな思いは二度としたくないんだろうな」
「……そっか」
エーリカはそうつぶやくと、再び黙り込む。彼女達もまた、多くの戦友達を失ってきて、上坂の気持ちが分からないわけではなかった。
「フラウ」
エーリカの愛称―― このとき、バルクホルンは戦友としてではなく、親友としてエーリカに話しかけていた。
「なに、トゥルーデ?」
エーリカも、それを理解している。
「すまなかったな。色々と迷惑かけて」
「何言っちゃってんのさ、トゥルーデ。 別に私は気にしてないよ。それに、私よりも啓一郎の方がよっぽど迷惑かけたんじゃない?」
「…………」
黙り込むバルクホルンを見て、エーリカはため息をつく。
「駄目だよ、トゥルーデ。いくら啓一郎が優しいからって、お礼も言わないのは」
「いや、そうじゃなくて……」
バルクホルンは、羨んだ目で上坂を眺める。
「……上坂の様に、私も皆を守れるような存在になりたいと思ってな」
「……ぷっ」
「……なぜ笑う」
バルクホルンは、吹き出したエーリカを睨みつける。だが彼女はそれを全く気にしていない。
「だって……、それって宮藤が言っていたことと同じなんだもん」
かつて、バルクホルンが甘いと切り捨てていた考え―― エーリカはそれをまさか本人から聞けるとは思っていなかったからだ。
「……たしかに、今でもこの考えは甘いと思っているさ」
だがな、とバルクホルンは続ける。
「その甘さも、――そうやって思うことが出来る余裕が、時には必要なんだとも思うんだ」
自分に足りなかったもの―― それは、多分心の余裕なのだろう。
実際、上坂もエーリカも、日常生活において非常にリラックスしている。 だが、自分はいつも規律規律と、自分を律することばかり考えていて、余裕などなかった。
「……うん。私もそう思うよ」
エーリカの満面の笑み―― バルクホルンは、その表情を見て安心する。
「……最も、フラウの場合、もう少し緊張感を持ってもらいたいものだが……」
「…………」
だが、バルクホルンはエーリカに釘を刺すことを忘れなかった。
「……う……ん」
上坂がうっすらと目を開ける。 焦点の合わない目はしばらく宙を彷徨っていたが、やがて直ぐ側のバルクホルンを捉えた。
「……バルクホルン……か……」
「すまない、起こしたか?」
「……いや、大丈夫だ」
上坂は上体を起こし、右肩をゆっくりと回す。若干の違和感こそあったものの、特に問題なく動いてくれた。
「肩なら、宮藤が治癒してくれたぞ。……まったく、相変わらず無茶ばかりして……」
「……その無茶をせざるおえない状況にしたのは、バルクホルン自身なんだがな……」
「うっ……」
上坂の鋭い指摘に、さすがのバルクホルンも、言葉を詰まらせる。そのやり取りを見ていたエーリカは、思わず噴き出した。
「あはははは! トゥルーデ怒られてやーんの!」
「……フラウ」
「あー、そうだ! ミーナに啓一郎が起きたって報告しないと!」
バルクホルンが睨みつけると、エーリカはわざとらしく、大きな声で逃げるように部屋を出ていった。
「……まったく、相変わらずだな、エーリカも」
「まったくだ」
ヤレヤレと、ため息をつく上坂と、それに同意するバルクホルン。しばらく部屋には静寂が訪れた。
「――上坂」
先に静寂を破ったのはバルクホルン。
「なんだ?」
「……どうしてお前は、そんなにボロボロになってまで戦えるんだ?」
バルクホルンの純粋な疑問――。
確かに、バルクホルンも上坂の様に戦うことはできるだろう。だが、それは自分の故郷を奪還したいからであって、上坂はバルクホルンの様に、守るべきものが無い。
「――そんなことに、理由が必要なのか?」
「いや、別にそういうわけではないが……」
言葉を詰まらせるバルクホルン。上坂は、窓の外に目をやった。
月明りに照らされた海原――
しばし押し黙った後、上坂は口を開いた。
「……羨ましかった……からかな……」
「羨ましい?」
バルクホルンは、思ってもみなかった言葉に耳を疑う。
「ああ、……俺にはもう家族がいないから……こんな思いをする人を、増やしたくない」
上坂は、バルクホルンに顔を向ける。その目には、羨望とも取れなくない表情があった。
「……お前もそうだ。確かに故郷を奪われ、両親を亡くしたのはわかる。……だが、それでもお前には、クリスという家族がいるじゃないか?」
「…………」
目を伏せるバルクホルンに、上坂は優しい口調で諭す。
「……お前がクリスを失いたくない気持ちはわかるが、クリスもまたお前を失いたくないんだ。それをわかってやってくれ」
「……そうだな」
バルクホルンは顔を上げる。その顔は、非常にさっぱりとしていた。
「……今度、久しぶりにクリスに会ってくる。……あんまりうまく話せないとは思うが……」
「心配するな。その時はついて行ってやるから」
「……ありがとう、上坂」
バルクホルンは戦友に、そう静かに告げた。