「上坂さん! バルクホルンさん! 大丈夫ですか……って!」
宮藤とペリーヌが降下し、二人が降りた場所に向かうと、そこには左肩から血を流しているバルクホルンの姿があった。
「おお、宮藤か。バルクホルンの治療を頼む」
バルクホルンは気絶しているのか、木の幹に座らされ、うなだれている。そのため、表情をうかがえることはできない。そのそばには、血まみれになった金属の破片が捨ててあった。
「上坂大尉! バルクホルン大尉は……!」
「大丈夫だ。被弾したショックで気絶しているだけだ」
先ほどバルクホルンを庇う前に咄嗟に投げた機関銃にビームが直撃し、その破片の一部が二人を襲っていたのだ。だが、もし機関銃を投げていなかったら、二人ともこの世にはいなかっただろう。
「よかった……!」
かすかに安堵するペリーヌ。だが、宮藤は上坂を見て驚愕した。
「かっ、上坂さん! 肩!」
「んっ? ああ、これか」
上坂の右肩には捨ててある物よりも大きな破片が刺さり、そこから今も血があふれだしている。どう見ても上坂の方が重傷だった。
だが上坂はそれを左手で引っこ抜くと、そのまま懐から白いハンカチを取り出し、傷口を縛る。ハンカチはすぐに赤く染まるが、その勢いは少し弱まったようだ。
「よし、……宮藤、バルクホルンの方を頼む」
「何言っているんですか! 上坂さんの方が優先です!」
「アホ、嫁入り前の体に傷を残す気か」
「でも……!」
上坂がそんなことを思っているとは思わなかった宮藤は、言葉を詰まらせる。その隙に、上坂は宮藤の機関銃を奪った。
「あっ、あの……!」
「銃が無くては戦えんからな。借りるぞ」
そういうと、上坂はさっさと飛び上がろうとした。その時――
「……待て」
「……! バルクホルンさん!?」
痛みで気が付いたのか、バルクホルンが上坂を呼び止める。だが、その声は弱々しい。
「……なぜ私を助けた? あんなに……周囲に迷惑をかけた私を……」
「…………」
振り返らず、バルクホルンに背を向け続ける上坂。彼は何もしゃべらない。
「なぜ私を庇った? こんな……役に立たない私を……誰一人として守れなかった私を……」
あの日、妹を、クリスを……一番大事な人さえ守り切れなかったその日に、思い知ってしまった。
私には何一つ守れない。 出来るのはただ、ネウロイを倒し続ける事だけだと。
そして今、私はネウロイを倒す事すら満足に出来なくなってしまった。
――私にはもう、何も無い。それなのになぜ――
「 “少なくとも私はお前に感謝している。……だからあまり一人で抱え込まないでくれ、それが仲間だろう?” ――覚えているか?」
「―――――っ!」
上坂の言葉――。それは、かつてダイナモ作戦終了後、バルクホルンが上坂に言った言葉。
「あの言葉のおかげで、俺は救われた。――いや、生き返ることが出来た」
そういうと、上坂は振り向く。
「お前は役立たずなんかじゃない」
たった一言――。しかし、それはとても重く、バルクホルン心に響く。
上坂は、呆けた表情のバルクホルンに微笑みかける。その表情はとても不器用ではあったが、どこか温かみがあるものだった。
「たとえお前が守れなくても―― 俺達仲間が大切な人を守る。俺が救われたようにな」
「…………」
バルクホルンは返事をしない、だが、彼女の力の抜けた表情を見た上坂は、上空のネウロイを睨みつけた。
「心配するな。あいつは俺が落す。――だから、バルクホルンはそこでゆっくりしていろ」
そういうと、上坂はペリーヌを伴い、再び戦場の空へと舞い上がっていった。
「…………」
あとに残されたバルクホルンと宮藤。宮藤はバルクホルンの右肩に手をかざし、治癒を始めた。
バルクホルンの体中に、温かい力が流れ込んでくる。それと同時に、肩の傷もふさがり始めた。
「……上坂さんって……本当に仲間思いなんですね」
「……ああ。昔からそういう奴だ」
バルクホルンはかつて自分の故郷での出来事を思い出す。それは、この前の悪夢の続きでもあった。
ネウロイの破片がクリスに降り注ぐ直前、黒い影がクリスを横から掻っ攫う。少し遅れてその場所に破片が降りかかり、レンガ造りの道に突き刺さった。
(……そうだ)
夢では無かった続き――
バルクホルンは、上空に上がった黒い影を見る。
ボサボサな黒髪に生える小さな羽耳――
所々血で黒ずんでいる見慣れない軍服――
右頬の大きな傷――
「君の妹か?」
頭から血を流し、左半分を赤く染めた男性が訪ねる。彼の腕には、気絶したクリスが抱きかかえられていた。
(……あの時から全く変わっていないんだよな。上坂は……)
あの時、バルクホルンの大切な人――クリスは、上坂のおかげで助かった。その事実を長いこと忘れていたように思える。
「仲間……か……」
バルクホルンがつぶやくその視線の先には白い航跡を描いて、ネウロイの周りを飛び回る仲間たちの姿がある。
「……ふう。バルクホルンさん。治療は終わりましたよ」
「ん、ああ。ありがとう」
バルクホルンは、先ほど怪我をした左肩を回す。少しばかり違和感があるものの、戦闘行動には支障はない状態だった。
「さあ、バルクホルンさん! 私達も!」
「……お前は銃を持っていないだろうが」
「……あっ」
今更ながらに気付いた宮藤の姿を見て、苦笑するバルクホルン。
「お前はここで待っていろ。先ほど私を治療して魔法力も心ともないだろうしな」
よく見れば――よく見なくても、宮藤の息が上がっているのが分かる。やはりまだ力の制御に慣れていないのだろう。
「あいつは――私が倒す」
上空のネウロイを睨みつけるバルクホルン。その瞳には、決意の炎が宿っていた。
(くっ……! さすがにきついな……)
ネウロイの凶悪な弾幕を回避しながら、上坂は右肩の痛みをこらえていた。
ネウロイの攻撃は、先ほど四人も離脱してしまったため、その体のほとんどを自己再生させてしまい、最初に遭遇した時と、ほとんど変わらない。一方、上坂の肩からは出血が続いており、白かったハンカチは真っ赤になっていた。
『……! 見つけた! コアは中央部にあるぞ!』
その時、坂本から通信が入った。遠くから魔眼によって、ようやくネウロイの弱点を発見したのだ。
『全機! 攻撃を畳み掛けて!』
「無茶言うな! こんな弾幕の中突っ込めるか!」
上坂はネウロイから一旦距離を取り、ミーナの命令に思わず怒鳴る。先ほど負傷した際、固有魔法で操っていた銃はどこかへ行ってしまい、現在は宮藤から借りた13mm機関銃しかない。
「上坂!」
その時、下からバルクホルンがやってきて、上坂の横に並んだ。
「バルクホルン! 大丈夫なのか!」
「心配ない。……それよりも」
上坂はバルクホルンの目が、先ほどとは違っていることに気付く。
「私がネウロイに取り付く。上坂は援護してくれないか?」
「……やれるのか」
上坂は静かに問う。バルクホルンは不敵な笑みを浮かべた。
「心配するな。仲間を信じているからな」
その一言を聞いて、上坂は安堵の表情を浮かべる。
「そうか。任せたぞ」
「ああ」
バルクホルンは、しっかりと頷くと、ネウロイに突っ込んで行った。
「ペリーヌ! バルクホルンを援護するぞ!」
「了解しました!」
上坂は僚機のペリーヌと共に、ネウロイのビーム発射口部分を集中的に狙い、バルクホルンの援護をする。そのおかげか、バルクホルンを狙うビームの数が次第に減っていく。
バルクホルンはそれでも分厚い弾幕の中、最初の時よりもさらに洗練された動作でビームをかわしていく。その動きは彼女がスーパーエースであることの証明だった。
バルクホルンはようやくネウロイに取り付き、両手に持ったMG42の、合わせて毎分2400発の鉄の雨を叩きつける。だが、ネウロイの装甲は厚く、その攻撃を受けてもまともに削れているようには見えない。
「くそっ!」
MG42の弾倉が相当軽くなっていることが感じられる。MG42はその驚異的な連射力の為、弾薬消費が激しい。
このままでは弾切れ―― バルクホルンがそう思った矢先。
バルクホルンの横を、黒い物体が横切る。それはネウロイに命中し、装甲を突き破って、コアを露出させた。
「バルクホルン! 今だ!」
ネウロイに突き刺さっている黒い棒―― 苦無を投げた上坂の声。バルクホルンはコアに狙いをつけ、目一杯トリガーを引いた。
上空に白い破片が舞っている。先ほどまであれほど脅威であったネウロイは、今は見る者を魅了させるほどきれいなものとなっていた。
(……綺麗なバラには、棘があるのと同じだな)
その光景を見て、上坂はそんなくだらないことを考えていた。
そんな中、ネウロイを撃墜して、空中でホバリングしているバルクホルンに近づく赤毛のウィッチがいる。
恐らくミーナは、無茶をしたバルクホルンを叱るのだろう。まあバルクホルンもそれはわかっていると思うが……と思っていた上坂の目が突然霞んだ。
「んっ……?」
突然体に力が入らなくなる。
(まずい……)
先ほどの戦闘で、思ったより多くの血を失い、貧血が起きていると気付いた上坂だったが、そのまま何もできず、意識を失った。