……といってもあまり実感がありませんが。なんたって彼女いませんし……
501の格納庫―― そこには、世界各国から集められた一二台のストライカーユニットが並んでいる。
その中の一つ、シャーリーは自分のストライカーを分解していた。
「うーん……」
「何やっているんだ?」
シャーリーの後ろから、自身のストライカーの点検にやってきた上坂が、声を掛ける。
「んっ? ああ、イチローか。いや、どうすればもっと早く飛べるかなと思ってね」
「ああ、いつものか」
上坂は納得して、肩をすくめる。シャーリーは誰よりも早く飛ぶことが好きで、こうして暇を見つけては、自身の愛機をいじくっている。今日も朝早くからやっていたのだろう。既に手が真っ黒に染まっている。
「そうそう。……ここん所、なかなかいいアイディアが思い浮かばなくてさ」
「ふむ。ちょっと見せて見ろ」
上坂は、シャーリーの愛機―― 分解され、エンジン部がむき出しになっているP-51Dに近づく。リベリオンの最新鋭ストライカーユニットであり、本来なら軍事機密などの関係上近づくことは良くないのだが、ここは多国籍部隊。ほとんど気にする者はいない。
「へー。イチロー、そういうのに詳しいんだ」
「扶桑のストライカーは、格闘戦闘に重点を置いているからな。欧州の一撃離脱戦に対応するために、ある程度改造しないといけないんだ」
上坂の使用しているキ61「飛燕」は、ライセンス生産されたハ40魔道エンジンではなく、カールスラント製の純正型(別に扶桑製が悪いわけではないのだが)、それも出力向上型のDB601Nを搭載している。
また、このエンジンを搭載したことにより、機体の重心が変わったため、各部を自ら調節して、格闘戦、一撃離脱戦の両方をできる万能型に仕上げている。
上坂はしばらく各部を観察する。そして、改善した方が良いと思う部分を指さした。
「ここのマッピングなんだが……速さばかり追求するために、出力向上を狙っているみたいなんだが、ここはあえて普通に戻してみれば良いんじゃないか?」
「なんでだ? 速さだけなら出力が大きければ大きいほど良いに決まっているじゃん」
「確かに車とか、平面を走るものならそれでいいんだが……、ストライカーの様に空を飛ぶものは、下手にバランスを崩すと飛行そのものに影響を受けてしまうんだ。だからこの場合、出力を少し下げて機体の振動を抑えた方が、結果的に速くなると思うぞ」
「ほー、なるほど……」
シャーリーは感心したように、頷く。
「確かにこの頃、機体の振動が妙に大きいなと思っていたからな……、わかった、それでやってみる」
「ああ、頑張ってくれ……」
そう言うと、上坂は疲れたようにため息をつく。早速作業に取り掛かろうとしゃがんだたシャーリーは、それを見逃さなかった。
「どうかしたのか?」
「いや、ここの所、バルクホルンの様子がおかしくてな。どうしたもんかと悩んでいるんだ」
「堅物軍人が? ああ、そういえば確かに……」
シャーリーは本質的な面倒見のよさ、場の雰囲気を重視する所、そして時折ドライになる側面を持ち合わせている。そのためかバルクホルンの変化を感じていた。
「あいつ、最近思いつめたような顔をするようになってるよな~。……確か、宮藤が来たぐらいからか?」
「……やはりシャーリーも気付いていたか」
ため息をつく上坂。シャーリーは一つ伸びをすると、そのまま床に倒れ込んだ。
「あ~、やっぱりバルクホルンの奴、故郷を失ったからかな? 私達は故郷がまだあるから、そう言った辛さが分からないけど……」
「確かに、それもあるかもな」
上坂もシャーリーも、故郷は欧州から遠く離れた、ネウロイの攻撃にさらされていない安全地帯にある。無論、今後の情勢によっては戦火にさらされる危険性もあるが、今のところ至って平和である。そんな二人が故郷を失った者の気持ちを理解することはできない。
「あいつには妹がいるんだが……、この前会った時、バルクホルンとは四年近く会っていないって言っていたんだ」
「四年も!?」
シャーリーはおもわず飛び起きる。
「ああ、何でもカールスラントを奪還するまでは妹に合わせる顔は無い、と言っていいたそうだ」
「まったく、あの堅物は……」
シャーリーは立ち上がり、滑走路に出る。上空では訓練飛行をしている宮藤とバルクホルンの機動が、空に描かれていた。
「四年も妹に会いに行っていないとか……何やっているんだか」
シャーリーは頭を掻きながら、格納庫へと戻る。その時――
基地に警報が鳴り響く。
「バカな! 今日だと!?」
シャーリーの声よりも早く、上坂は壁際にあった通信機へと走る。そのまま受話器をひったくると、指揮所に向けて怒鳴った。
「どういうことだ! 今日ネウロイの襲撃は予想されていなかったはずだが!?」
『わかりません……! ですが、レーダーからの報告によると、約5分前、ガリア上空のネウロイの巣から大型のネウロイが出現、ブリタニア方面へと侵攻中とのこと。進路は不明ですが、恐らく首都、ロンドンに向かっている模様!』
「くそっ!」
ブリタニア指揮所からの報告に、上坂は珍しく憤る。というのも、今日の襲撃は予想されていなかったため、エーリカ、ルッキーニ、サーニャ、エイラは休暇を取って、この基地にはいない。
さらに、シャーリーは現在ストライカーユニットが分解されていて、すぐには出撃できる状態ではなのだ。
「啓一郎!」
そのとき、格納庫にミーナとペリーヌが走ってやってきた。
「私達だけでも出撃するわよ! ……美緒! 訓練を中止して、トゥルーデ達と先行して!」
『わかった!』
これで七人―― 大型ネウロイに対抗するには十分な数。だが、もし他にネウロイが居たら――
上坂は、受話器に向かって怒鳴る。
「ブリタニア空軍のウィッチを上げさせろ! 敵は一機じゃない可能性もある! 索敵を厳に!」
『りょっ、了解しました!』
返事を聞くのもそこそこに、上坂は受話器を乱暴に戻すと、自分のストライカーに向かって走り出した。
ネウロイの支配下に置かれているものの、青々と生い茂ったガリアの森林の上空で、ミーナ率いる七人のウィッチ達は、巨大なネウロイと空戦を繰り広げていた。
ウィッチ達の編成は、バルクホルン、ペリーヌペアの前衛、坂本と宮藤の中衛、ミーナとリーネの後衛。上坂はペアがいないため、遊軍扱いとなっている。
上坂は、気を遣うペアがいないのをいいことに、ネウロイの周りを縦横無尽飛び回り、固有魔法で操っている二丁の機関銃と共に、ネウロイに大量の銃弾を浴びせている。
ネウロイは、上坂を撃ち落とそうと無数のビームを撃ちあげるが、上坂はそれを紙一重で躱していく。
さらに、上坂に攻撃が集中しているこの時を逃すまいと、他の隊員達も攻撃を加え、ネウロイの装甲を削っていった。
「リネット! ビーム発射口である、赤い部分を優先的に狙ってくれ!」
「わかりました!」
上坂が呼びかけるなり、ネウロイの赤い部分が、白く爆ぜる。リーネの長距離狙撃によって、ビーム発射口が一時的にだが、どんどん削られていく。
(なかなか腕を上げたな……)
多少狙った場所に当たっていない時もあるものの、以前に比べるとリーネの命中率は格段に上がっている。そのおかげで、前衛の負担が大幅に軽くなっている。
(だいぶリネットも戦場に慣れてきたようだな。だが……)
新人の成長を素直に喜ぶ上坂だが、別の方向を見て、険しい顔になる。
(バルクホルンの動きが明らかにおかしい……。ペリーヌが動きについていけてない)
上坂の目には、強引な機動を取るバルクホルンと、それに必死について行こうとしているペリーヌの姿があった。
普通の人が見れば、バルクホルンの動きは相手の先の先を読んで攻勢に出ていると称賛するだろう。だがその動きは、幾ら歴戦のペリーヌでもまねできないような機動であり、彼女に多大な負担をかけている。
「トゥルーデ! 前に出すぎよ!」
ミーナが必死に呼びかけるが、バルクホルンは一切応答せず、ネウロイに波状攻撃を仕掛けていく。
(あいつを撃墜すればいいだけだ……!)
バルクホルンは、自身の心に湧き上がる怒りを抑えられていなかった。彼女はただ一つ、故郷を奪ったネウロイを撃墜することだけを考えている。そのため、周りが全く見えていない。
その間にも、ネウロイはリーネの遠距離攻撃で受けたダメージを回復し、再び濃密なビーム弾幕を形成する。だがバルクホルンは、僚機のペリーヌが付いてこれいないにもかかわらず、強引なターンでネウロイに向かって突撃して行く。
ネウロイは、それを脅威と見なしたのか、近づいてくるバルクホルンに対火力を集中させる。
その熱量は、あまりにも濃い。そのため、バルクホルンはそれを回避することを選んだ。だが――
「――ッツ!?」
ペリーヌは、バルクホルンの動きについていけず、自身のシールドでその凶悪な破壊力を受け止める。だが、その攻撃はあまりに強く、衝撃を殺しきれなかったペリーヌは、大きくはじかれる。そしてその先には、先ほど回避したバルクホルンの背中があった。
「きゃっ!?」
「ぐぁっ!?」
小さな二つの悲鳴。
バルクホルンは、大きく姿勢を崩す。それを見逃すほどネウロイは甘くなかった。
「――なっ!?」
バルクホルンに伸びる、無数の赤い光―― それは、彼女を蒸発させてもおつりがくるくらいの熱量だ。
「バルクホルン!」
呆けているバルクホルンを庇おうと、上空から逆落としに急降下した上坂が、バルクホルンを庇う。
「――ッツ……!」
上坂の前で爆発が起こり、上坂はバルクホルンを庇うようにして弾き飛ばされた。
「トゥルーデ!」
「上坂!」
『……っく! 上坂及びバルクホルン被弾。一旦戦線を離脱する。……宮藤! 来てくれ!』
ミーナと坂本の叫びに、何とか答える上坂。だが、バルクホルンの返事は聞こえない。
上坂は、バルクホルンを抱きかかえながら、森へと降下していった。