ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第八話

「くっ……」

 

 上坂の眼下には、黒煙を吹いてまともな隊列を組んでいない艦隊がある。幸い中央にある空母赤城に目立った損傷は見られないが、その周りの駆逐艦は一隻を除いて既に大きく傾いているか、そもそもその姿さえない。

 

(くそ……もっと早く来ていれば……)

 

 「上坂! 助かった!」

 

 上坂が、この光景を悔しそうに眺めていた時、坂本が近づいてきた。

 

 ――後悔なら、後ですればいい。

 

 上坂は、己の感情を押し殺し、現在の状況を尋ねる。

 

「坂本。状況は」

 

「ああ、……駆逐艦は雪風を残して大破もしくは撃沈。戦闘機隊も、半数以上が落された」

 

「そうか……」

 

「ところで、援軍は上坂だけか? というより、何でこんなに早く?」

 

 現在の場所から501の基地まで、最短でも二十分はかかる距離なのにもかかわらず、救援を要請してからまだ十分しか経っていない。

 

「ちょうど訓練中だったんでな。まあそのため、今俺の銃に装填されているのはペイント弾なのだが……」

 

「…………」

 

 周囲に気まずい空気が流れる。

 

「まあ心配するな。本命はちゃんといるから」

 

「本命? なんだそれは……」

 

 坂本は疑問に思ったが、その時、ネウロイの発射したビームの一部が二人を襲う。慌ててシールドを張ったため、怪我はなかったものの、悠長に話している余裕はない。

 

「ともかく、俺達はしばらくの間、ネウロイの注意を引き付ける。それでいいな」

 

「……わかった。お前の言う本命とやらに期待しようじゃないか」

 

 坂本は、歴戦のエースの言葉を信じ、行動を開始した。

 

 

 

 

 

「凄い……あれがウィッチの戦い……」

 

 宮藤は、赤城の甲板上で坂本達の戦いを見ていた。

 

 漆黒の大きな体躯を持つネウロイに対し、坂本と緑色の軍服を着た男性ウィッチは、ネウロイの周囲でビームを避けながら、銃撃を浴びせかけている。だが、男性ウィッチの方は、一切反撃をせず、ただ周りを飛んでいるだけだ。

 

「何やっているんだろう……?」

 

 宮藤がつぶやいたその時――

 

「ウィッチだ! ウィッチが降りてきたぞ!」

 

「えっ?」

 

 宮藤が振り返ると、そこには大きな銃を持った同年代位の少女が飛行甲板に降りて来ていた。

 

 

 

 

 

 坂本は、ネウロイのコアの位置を特定しようと近づくが、そのたびにネウロイのビームによって押し返されてしまう。

 

「くそっ、このままでは……!」

 

「大丈夫か、坂本」

 

「大丈夫だ。私はまだやれる」

 

 口では威勢の良い言葉を言っているが、既にシールドの耐久力も限界に近づき、吐く息も荒くなっている。

 

(あと少しで、宮藤にブリタニアの地を見せてやれるのに……こんなところで負けるわけにはいかない!)

 

「……坂本」

 

 その様子を見ていた上坂は、突然坂本とネウロイの間に入った。

 

「何やっているんだ!?」

 

「俺が防御に専念する。坂本はコアの発見を頼む」

 

 上坂の冷静な声に、坂本は冷静になる。

 

(確かに、その方がいいか……)

 

「すまない、助かる」

 

「気にするな、それよりも――」

 

 上坂の瞳の奥が光る。

 

「――絶対に見つけてくれ」

 

「……ああ、わかっている」

 

 坂本は、かすかに微笑むと、右目の眼帯を外し、魔眼を発動させる。すると、それを使っているのが分かったかのように、ネウロイの攻撃が激しくなる。

 

「くっ……!」

 

 いくら魔法力が常人に比べて多いと言われる上坂でも、そう長時間耐えられるものではない。シールドが見る見るうちに赤くなっていく。

 

(もう少し、もう少しなんだ……!)

 

 その間、坂本は必死にネウロイのコアを探す。そして――

 

「! 見つけた! 中央部分だ!」

 

「よし!」

 

 ネウロイの攻撃がやんだ一瞬の隙をついて、上坂は坂本が指さした所へ、銃口を向け、引き金を引く。そして、坂本が指した所に、寸分の狂いもなく、ペイント弾が命中し、表面を真っ黄色に染めた。

 

「リネット、今だ!」

 

 上坂は叫んだ。

 

 

 

 

 

 その少し前――

 

(大丈夫なんだろうか……)

 

 リーネは、赤城に降り、ネウロイに対装甲ライフルを向けてる。だが、内心極度のプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。

 

 無理もない。なぜなら、上坂がたてた作戦では、主役がリーネなのだから。

 

 怖い――

 

 リーネの心に、恐怖心が宿る。

 

 練習では、何度も標的を打ち抜くことが出来た。だが、数回の実戦では、いまだに命中弾すら出していない。それなのにもかかわらず、上坂はリーネに託したのだ。

 

(心配するな。もし外しても俺か坂本が何とかする。気楽にやれ)

 

 頭の中に、先ほど上坂の言った言葉が響く。

 

(そんなこと言われても……)

 

 上坂の銃にはペイント弾しか入っておらず、坂本の銃も恐らく残弾が心ともない状態だ。二人とも近接戦闘用に刀を持っているものの、ネウロイの濃密な弾幕の為、近づくことすら出来ていない。

 

 必然的に、リーネの狙撃が艦隊の命運を握っていると言わざるおえない。

 

リーネはプレッシャーに押しつぶされそうになった。その時――

 

「しっかりしてください!」

 

「えっ?」

 

 リーネが振り返ると、そこには水兵の服を着た少女が、怪我をしている兵士に治癒魔法をかけている。

 

(……ウィッチ?)

 

 ウィッチは坂本少佐だけだと思っていたリーネだが少女は手をかざし、青白い光で負傷した兵士を治療し続ける。だが、自分の力をコントロール出来ず、思うようにうまくいっていない。

 

「何をしている! 止めろ!」

 

 あとからやってきた衛生兵が、慌てて止めに入る。だが、少女は必死の表情で治癒を続ける。

 

「やめろ! ここはお前みたいな子供がいるような場所じゃ……!」

 

「嫌です!」

 

 少女は叫ぶ。

 

「私は、私にできることをしたいんです! お願いです! 続けさせてください!」

 

「私に……出来ること……」

 

 リーネは、少女が言った言葉をつぶやく。

 

(私にできること……それは、ネウロイを倒すこと……)

 

 リーネの心が徐々に冷静になっていく。

 

 今までの私は、いつまで経っても成果を出せない私を責めていた。

 

 自分にも何か出来る事があるなら、それをしたい。そう思って軍に志願したのに、何も出来ない。

 

 これ以上の失敗を怖がって何も出来ない自分が厭で。何も考えたくない。このまま明日が来なければいいのに。そんなことばかり考えていた。

 

 だが――

 

(それを乗り越えなきゃ……!)

 

 今のリーネの目には、諦めなどない。

 

 そこには、戦う意思が宿っている。

 

 上空の上坂がペイント弾を発射する。そして、ネウロイの中央部が黄色く染まった。

 

 ――あそこがコア!

 

 リーネはありったけの魔法を銃弾に込める。

 

 風向き、風力、ネウロイの早さ。すべてを計算し、未来位置を予測。

 

(私にできること……それは――)

 

 全ての情報がシンクロし、リーネは静かに引き金を引く。

 

(この弾を当てること!)

 

「―――当たれ!」

 

 轟音と共に放たれた弾丸は、リーネの思い描いていた通りの弾道を描き、ネウロイのペイント弾に染まった場所――コアを撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

「駆逐艦四隻が撃沈、一隻が大破、健全なのは空母と駆逐艦一隻だけ……でも、助かったわ、啓一郎」

 

 戦闘終了後、上坂達はそのまま基地に戻り、ミーナに報告をした。

 

「ああ、上坂達が居なかったら、艦隊全滅もあり得たからな。戦闘機隊も半分は残っている。これ以上望むのは酷だろう」

 

「それに、リーネさんを赤城に降ろし、安定した場所からの狙撃。啓一郎達は囮になってコアを見つける――なかなかいい作戦だったわね。」

 

「いや、リネットの戦果だ。俺達はそれを手伝ったに過ぎない。――最も、リネットには早く空中でも当ててくれるようになってほしいんだがな」

 

 ミーナと坂本は絶賛するが、上坂はあくまでリーネ個人の戦果だと言い、彼女のさらなる精進を願っている。

 

「……全く、相変わらずね。まあいいわ、今回のでリーネさんも自信がついたようだし、啓一郎もそれでいいでしょう?」

 

「ああ、全く問題ない」

 

 上坂は、かすかにだが、満足そうにうなずいた。

 

 

 

 

 

「……ところでなんだけど」

 

 唐突に話を変えるミーナ。その顔に笑みが浮かんでいるのを見て、上坂は嫌な予感がする。はたして――

 

「美緒が新しく連れてきた宮藤さんのことを、総司令部に報告しないといけないから、帰ってくるまで書類仕事お願いね」

 

「…………おい」

 

 上坂は、顔を引き攣らせた。

 


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