ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第三話

マルセイユの、爆弾発言の翌日――

 

 上坂はたった一晩で、統合戦闘飛行隊を作り上げた。

 

 さすがに人数が足りなかったため戦闘団規模にはできなかったものの、カールスラントと扶桑のウィッチを中心に、ブリタニアからは専属運転手のガードナーを、ロマーニャからはコックを派遣してもらい、とりあえずの体裁をでっち上げたのだった。

 

「俺は寝るぞ……」

 

丸一晩各国の将軍と電話での会談をしたり、膨大な量の書類を書き上げた上坂は、目の下に隈を作り、フラフラと自分のテントに入っていく。加東は痛む頭を押さえながら、上坂を見送っていた。彼女は彼女でマルセイユに誘われ、一晩中飲んでいたのだ。とはいっても、上坂に比べればはるかに楽なのだが……

 

「……お疲れ様」

 

ともあれ、ようやく統合戦闘飛行隊「アフリカ」は上坂啓一郎を隊長として、加東圭子大尉、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉、ライーサ・ペットゲン少尉、稲垣真美軍曹のメンバーで設立された。

 

 

 

 

 

加東は上坂の代行として氷野とガードナーに連絡し、ブリタニア軍に預かってもらっていた兵員と物資を基地まで運ぶように指示を出す。そして加東はカールスラント軍の整備兵達にも挨拶しようと、稲垣を連れて格納庫になっているテントに向かった。

 

テントの中で、朝早くからストライカーユニットや銃のメンテナンスをしていた整備士達に自己紹介する加東と稲垣。幸い彼らは二人を快く迎えてくれた。

 

 昼頃、上坂が起きたちょうどに物資が基地に届き、早速ストライカーユニットの点検と砂漠使用の改造を始める。砂漠地帯では防塵フィルターを吸気口に取り付けないとエンジンに砂が入り込み。下手すると飛行中にエンジンが停止してしまう恐れがある。それを防ぐための改造が必要だったのだ。

 

「……へぇ。珍しいわね、液冷式なんて」

 

扶桑の物資を運び入れているため活気だっているテントの中で、加東の目の前にある日月旗が書かれたカールスラントのBf109に似た機体を眺めていた。

 

上坂は彼女に説明する。

 

「ああ、先行量産型のキ61三式戦闘脚だ。最高時速610km/h、航続距離約1800km、メッサーに比べて最高速度こそ劣るものの、航続距離が長く、キ43に比べるとバランスの取れた機体だな。正式採用の暁には「飛燕」と名付けられるらしい」

 

「これが新しい翼……」

 

加東はそっと機体の外板をなでる。その冷たい金属の感触に、久しぶりに空を飛んでいた頃の感覚が甦った。

 

 かつて大空を舞っていたあの頃の記憶――

 

 二度と飛べなくなったと諦めていたが、こうやって再び空に上がれることがうれしくてたまらない。

 

「大尉、とりあえず二機の調整は完了しました」

 

「ご苦労、……さて、ヒガシさん、最初に飛びますか?」

 

「えっ?」

 

思ってもみなかった言葉に、加東は目を丸くする。上坂は良くも悪くも戦闘のことを第一に考えているので、最初は彼自身が飛ぶと思っていたからだ。

 

「い、いいの?」

 

「特に問題はありませんが?」

 

彼とていきなり戦闘に出る気はないので、ちょっとくらいなら別にかまわないと思っている。だから最初は久しぶりに空を飛ぶ加東に勧めたのだ。

 

「……ありがとう、啓一郎」

 

「ま、稲垣の手本になるような飛び方をお願いします」

 

 上坂は、軽く肩をすくめた。

 

 

 

 

 

「ほお……ケイが飛行するのか」

 

 滑走路に加東と稲垣がキ61を履いて待機している時、遠くから眺めていた上坂の隣に先ほどまで寝ていたマルセイユがやってきた。

 

「ずいぶんと遅いな。今日の出撃は?」

 

 昨日の酒の匂いが残っているマルセイユを少し羨みながら、上坂は尋ねる。

 

「今日は無し、昨日ネウロイが出たばかりだしな。……それよりケイは大丈夫なのか?」

 

 珍しくマルセイユが人の心配をする。加東は既に20歳を超えていて、魔法力の大幅な減衰が危惧されていたからだ。

 

「まあ何とかなるでしょう。それに、稲垣も一緒に飛びますしね」

 

「まあそういうものか。……そういえば」

 

マルセイユは不敵な笑みを浮かべると、上坂に提案をする。

 

「たしかイチローは、東部戦線では相当活躍したそうだな……どうだ、後で模擬戦をやらないか?」

 

「別にかまわないが」

 

 上坂としても、模擬戦を行うこと自体に異論はない。むしろ砂漠の環境下で出来ることの方がありがたかった。

 

「そうか、ならユニットの調整が済んだら教えてくれ」

 

「わかった」

 

二人が話し終わると、加東と稲垣は足元に大きな魔方陣を浮かび上がらせる。

 

「お、そろそろ行くな」

 

「ふむ、あの大きさなら大丈夫だろう」

 

やがて、二人は一気に加速すると大空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

(……うん。出力が強いけど、扱いやすそうね)

 

 加東は自身の使用しているキ61がなかなか扱いやすい機体だということを確認する。それを証明するように後ろを飛んでいる稲垣も、特に問題なさそうに追ってきていた。

 

「それじゃあ、私の機動について来て」

 

 加東はそういうと横にロールしその後ループ、シャンデル、さらにインメルマン・ターンまで行う。

 

(これはちょっとした才能ね……)

 

 加東は後ろを飛ぶ稲垣の技量に、内心驚いていた。

 

 稲垣はその小ささをうまく生かし、加東よりも小さな旋回半径を絵描けるだけでなく、度胸も据わっていて、ちょっと練習しただけで加東の動きについていっている。これならば即戦力になるだろうと彼女は思った。

 

「それじゃあ今度は、私の後ろを取ってみて」

 

「わかりました!」

 

 加東は一気に加速して、稲垣を引き離そうとする。それに遅れまいと稲垣は懸命に追いかける。と思ったら加東がバレル・ロールを行い、加速がついていた稲垣をオーバーシュートさせる。

 

 稲垣は慌てて回避運動を取ろうとするが、そうする前に加東は持っていたライカで、稲垣の後ろから写真を一枚撮った。

 

「はい、撃墜」

 

「……もう一回お願いします!」

 

 その後も大空の鬼ごっこが行われるが、百戦錬磨の加東にとって、飛行学校を卒業したばかりの稲垣では全然相手にならなかった。

 

「さて、そろそろ終わりにしましょう」

 

「はい……」

 

稲垣は、結局一度も後ろを取れず、意気消沈している。

 

「はあ……全然だめですね」

 

「そんなことないわよ、いい動きしていたわ」

 

「でも、一度も後ろを取れませんでした……」

 

「それはキャリアの違いよ、そう簡単には追い付けないわ」

 

二人はそのまま滑走路へと降り立ち、整備用ラックにユニットを収め、曹長に修正個所を伝える。

 

「高速時に舵が効きにくいわ、もう少し高速寄りにセットしておいて」

 

「了解しました」

 

加東はそのまま周りを見渡す――すると、マルセイユと上坂が、銃を持ってユニット履いていることに気付き、二人に駆け寄った。

 

「何やっているの、あなた達?」

 

「新型機の慣熟のために、マルセイユと模擬戦をするところですよ」

 

「模擬戦を?」

 

「ええ、そうです」

 

 マルセイユの隣にいた僚機のライーサが、うなずく。

 

「何でも上坂大尉は東部戦線では相当活躍されたそうで……それでハンナが刺激を受けて、模擬戦をすることになったそうです」

 

「へえ、そうなんだ……」

 

「……さて、さっさと始めようか。イチロー」

 

「ああ、いつでも構わないぞ」

 

二人は魔方陣を浮かび上がらせて、一気に空へと舞い上がる。それを、見上げる加東とライーサ。

 

「さて、どっちが勝つんだか……」

 

「どういうことですか、加東大尉?」

 

 ライーサはマルセイユの勝ちは揺るがないと思っていたのか、怪訝な表情でを浮かべる。

 

「あー、そういえば知らなかったのよね……」

 

加東は現役時代の時、上坂と良く模擬戦で戦ったことを思い出す。

 

「私……いいえ、他の仲間達も啓一郎と模擬戦をしたことがあるんだけど、啓一郎って一度も模擬戦で負けたことがないのよね。だから非公式にだけど、扶桑最強のウィッチって呼ばれているのよ」

 

「非公式?」

 

「ええ」

 

加東曰く、上坂は確かに模擬戦で一度も負けたことが無いのだが、彼が男ということで上層部がその事実を隠ぺいしているのだという。何でも少女達の憧れであるウィッチのスーパーエースが男だと知れたら入隊者が減ってしまうのではという危惧があるからなのだとか。

 

「……なんか、それも変な話ですよね」

 

「まあ仕方ないわよ。言い方は悪いけど、実際啓一郎は女性達の中に混じっている異物だから」

 

 そう言う加東の上空で、上坂とマルセイユの格闘戦(ドッグファイト)が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

30分後――。

 

 計20回もの模擬戦を行い、二人は帰ってきた。

 

 上坂は空に上がった時と全く変わらず、汗一つ掻いていないのに対して、マルセイユは全身を黄色く染め、傍から見ると誰だかわからない状態になっている。

 

「あー……お疲れ、啓一郎」

 

「ああ、どうも。キ61はなかなかいいですね、思い通りに動いてくれる」

 

 達観とした上坂の横で、マルセイユはブツブツとつぶやいていた。

 

「……私が負けた、私が負けた……」

 

「…………」

 

 マルセイユのいつもと明らかに違う様子に、加東とライーサは黙って見守ることしかできない。

 

 最初はお互い魔法力を駆使して、上坂の“物体浮遊(ポルターガイスト)”に翻弄されたマルセイユ。その後魔法力なし、高位、劣位での戦闘など、あらゆる想定で戦い、惜しい所まで行ったのだが、結局マルセイユは一度も上坂に勝つことが出来なかった。

 

「ダ―――――!」

 

夕日に染まるアフリカの砂漠に、マルセイユの叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

その後――

 

 アフリカの基地では、事あるごとに模擬戦を申込むマルセイユと、書類片手にあしらわう上坂の姿があったという……。

 

 

 

 


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