ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第七話

 第501統合戦闘航空団――

 

 ネウロイの侵攻からブリタニアを守るため、世界各国から集められた精鋭部隊。

 

 その部隊の基地の滑走路の脇で、シャーリーとルッキー二は、デッキチェアに寝そべって肌を焼いていた。

 

「いやー、いい天気だなー」

 

 本来ならば戦闘待機中の二人だが、なぜか彼女達は軍服ではなく、水着姿でゆったりとしている。

 

「……おまえら、今は戦闘待機中のはずだが」

 

 そこにバルクホルンがやってきて、彼女達の前に立つなり、腰に手を当てて睨みつけた。

 

「心配すんなって。情報部のデータ解析だと、あと二十時間は来ないはずだって。それに、ミーナ隊長からも許可を貰っているしな」

 

「そーそー、問題な~い」

 

 しかし二人は、バルクホルンの忠告などどこともなく吹く風の様に、気にしない。

 

「そう言う問題じゃないだろ! まったく……」

 

 バルクホルンは呆れてため息をつく。その時、格納庫の方でストライカーユニットの起動音が聞こえた。

 

「ん? なんだ?」

 

 この時間に飛行計画があるなど聞いていなかった彼女達は、怪訝な表情で格納庫の方を向く。そこには、ストライカーを履いた上坂と、リーネの姿があった。

 

「よーイチロー、どうしたんだ? ストライカーなんか履いて」

 

「ん、シャーリーか。ミーナに頼んで、リーネの訓練を行うことにしたんだが……って、お前はなんていう格好をしているんだ……」

 

 近付いてきたシャーリーの、あられもない姿を見て、上坂は呆れ果てる。男性ならば眼福ものの光景だが、上坂にとっては頭痛の種にしかならない。

 

「いや~、ほら、今日も暑いからさ~」

 

 あっはっはと、シャーリーが豪快に笑うたびに、大きな胸が揺れる。

 

「ほら、上坂もこう言っているじゃないか! さっさと服を着んか!」

 

 上坂に援護をもらって気をよくしたバルクホルンは、さっさと服を着るように二人に言う。だが、シャーリー達は、それを拒否した。

 

「え~、別にい~じゃ~ん」

 

「そうだぞ、これだから堅物軍人は……」

 

「なんだと! だいたい貴様は……!」

 

 上坂そっちのけで、喧嘩を始める二人。上坂は二人に呆れながら、それを無視して、さっさと離陸体勢にうつる。

 

「……じゃあ、ちょっと訓練に行ってくる……。行くぞ、リネット」

 

「はっ、はい!」

 

 蚊帳の外に置かれていたリーネは、上坂に呼ばれて、慌てて離陸していった。

 

「がんばってね~、リーネ」

 

 その姿を、ルッキーニは手を振って見送った。

 

 

 

 

 

「……さて、リネット」

 

 基地から少し離れた海上で、上坂は、リーネに向き直る。彼女の履いている飛行脚は、ブリタニアの誇る、ウルトラマリン スピットファイアMk.Ⅸ―― 稼働時間こそ短いものの、非常にバランスのとれたストライカーだ。

 

「空戦において、一番重要なことは、何だと思う?」

 

「えっと……、位置取りでしょうか?」

 

「そうだ。空戦では、基本的に相手の後ろを取ることが重要だ」

 

 基本的に、航空歩兵だろうと、戦闘機だろうと、空戦時には相手を後ろを取ることが重要になる。なぜならば、射撃を行う際、最も照準を合わせやすいのは、進行方向上だからである。

 

 最も航空歩兵の場合、ベテランウィッチになると、振り向きざまに射撃を行ったりする者もいるが、新人であるリーネには、まだそれは早い。

 

「リネットの場合、味方の後方から、ネウロイに一撃の必殺を加えなければならない。この時、位置取りがうまくないと、咄嗟に味方を援護できなかったり、場合によっては友軍誤射(フレンドリーファイア)をしてしまうこともある。それを防ぐためには、激しい空戦機動の中で位置取りをすることが大切なんだ」

 

「位置取り……ですか……」

 

「そうだ。そのためにはまず……」

 

 上坂が続けようとした時だった。

 

『啓一郎! 聞こえる!』

 

 突然、ミーナの切羽詰まった声が通信機に入った。

 

「どうした、ミーナ?」

 

『先ほど、扶桑の遣欧艦隊から、ネウロイに攻撃されているとの通信が入ったわ! 啓一郎はリーネさんと先行して、時間を稼いで頂戴!』

 

「なんだと……! わかった。すぐに援軍に向かう」

 

 上坂は驚いたが、すぐさま己の成すべきことを考える。現在の位置から遣欧艦隊まで約十分。基地からの増援を待っていたら、その倍以上かかってしまう。ここは、ひとまず二人で先行して、時間を稼ぐことが得策だと判断した。

 

「リネット、聞いていたな ただちに現場へ急行するぞ」

 

「りょっ、了解!」

 

 上坂はリーネがまだ新米であったことが唯一の心配事だったが、リーネの力強い返事を聞いて、少なくとも彼女の覚悟の強さを感じた。

 

――あとは、実戦だけだ。それをフォローするのは、俺の役目だ。

 

 上坂は心の中でつぶやきつつ、現場へと急行した。

 

 

 

 

 

扶桑皇国海軍遣欧艦隊旗艦、航空母艦「赤城」――

 

排水量三万トンを超え、艦上戦闘機など九十機以上を搭載することが出来る巨艦は、ネウロイのビーム攻撃によって、嵐でもビクともしないその船体を大きく揺らしていた。

 

「駆逐艦浦風被弾! 沈没します!」

 

「くそう、ネウロイめ!」

 

 周囲を固めていた駆逐艦が真っ二つに船体を折られて沈んでいく中、まるでエイのような漆黒のネウロイが上空を優雅に飛んでいる。赤城艦長の杉田淳三郎大佐は、赤城の艦橋から悔しそうにネウロイを睨みつけていた。

 

 今急速に沈んでいく駆逐艦浦風は、本来対水上目標を相手に作られたもので、対空戦闘には不向きな艦である。現在対空戦闘用の大型駆逐艦が就役し始めているが、今回派遣された艦隊には、旧式の陽炎型駆逐艦しか所属していない。

 

 陽炎型には、扶桑海軍が誇る、九三式六十一センチ酸素魚雷を搭載しているが、大空を飛ぶネウロイには、全く役に立たないどころか、一発の被弾で轟沈してしまうお荷物でしかなかった。

 

 こうしている間にも、駆逐艦天津風に被弾し、大爆発を起こして艦隊から落伍していく。

 

「艦長! 全戦闘機隊発艦準備完了並びに、坂本少佐出撃準備完了しました!」

 

「……よし! ただちに発艦せよ!」

 

 本来なら、戦闘中の発艦作業など、自殺行為にしかならない。だが、杉田艦長は艦から打ち上げる対空砲火だけでは駄目だと判断し、あえて危険な賭けに出た。

 

「頼むぞ、坂本少佐」

 

 杉田は、今発艦していった坂本少佐の背を見ながら、祈った。

 

 

 

 

 

 ネウロイの攻撃の合間に、赤城から飛び上がったのは、零式艦上戦闘脚を履いた坂本と、扶桑皇国海軍主力戦闘機、九九式艦上戦闘機九機。

 

「戦闘機隊は、ネウロイのコアを探しつつ、敵の攻撃を錯乱させろ!」

 

 坂本は、指揮下の戦闘機隊に指示をしながら、上昇をする。彼女の固有魔法は魔眼―― 物体を透視して内部構造を見ることが出来る。そのため、比較的攻撃の少ない上空から、ネウロイの観察をすることにした。だが――

 

「! くっ……!」

 

 ネウロイの上面から赤く太いビームが何条も伸び、坂本を襲う。坂本はシールドを張ってそれを防ぐと、一旦距離を取った。

 

「まるでハリネズミだな……」

 

 坂本が思案していると、戦闘機隊がネウロイに銃撃を浴びせかける。だが、九九式の装備する魔法力を込めていない7.7mm機銃弾では、ネウロイの装甲を削ることすら出来ない。ネウロイはお返しにと言わんばかりに、四方八方に向けてビームを乱射した。

 

 九九式艦上戦闘機は旧式の固定脚機ながらも、世界初の全金属製戦闘機であり、格闘戦闘能力は欧州のストライカーユニット並みとも言われている。だが、ウィッチと違いシールドを持たない戦闘機では、ネウロイのビームがかすっただけで致命傷になってしまう。ネウロイのビームに絡め取られてしまった戦闘機は、次々と黒煙を吐いて落ちていく。

 

「バカもの! 迂闊に攻撃するんじゃない!」

 

 (くそっ! 501の基地まで150km……。 救援に駆けつけてくれるまで最低でもあと十五分はかかる!)

 

 坂本がそう叫びながら考えている時、突如赤城で爆発が起こり、黒煙が上がった。

 

「宮藤!」

 

 坂本は、赤城にいる扶桑から連れてきた少女―― 宮藤芳佳の名前を叫ぶ。先ほど出撃する直前に、彼女に通信機を渡していたため、無事ならば返事が返ってくるはずだ。

 

『坂本さん!? どうしたんですか!?』

 

 通信が返ってくると同時に、甲板上に宮藤の姿を見つけて、坂本は安堵した。出撃前には艦内に居ろと言っていたはずなのだが、勝手に飛び出してきたようだ。

 

通信の後方から、兵士の怒号が聞こえてきた。先ほどの爆発は、どうやら機銃を撃ちすぎたせいで、銃身爆発を起こしたためだったらしい。坂本は宮藤の無事を確認すると、通信機に向かって怒鳴った。

 

「宮藤! なぜお前がそこにいる! お前は艦内に居ろ!」

 

『でもっ……!』

 

「でもじゃない! お前は民間人だ! そこにいても邪魔になるだけだ!」

 

 坂本は通信を切った。

 

「まったく…… だが、無茶するバカは嫌いではない」

 

 坂本は、苦笑すると、改めて戦場を見渡す。

 

 大空をネウロイが悠々と飛び、その周囲には先ほどよりも数を少なくした戦闘機隊が待っている。

 

「援軍が来るまであと十分……」

 

 坂本がつぶやいたその時だった。

 

『坂本、大丈夫か』

 

 抑制された、男性の声――

 

 

 坂本の目に、戦闘機隊に交じってネウロイの周りを飛んでいる緑色の軍服を着た人影が映った。

 

「その声……、上坂か!」

 

『すまない。少し遅れた』

 

 上坂の変わらない冷静な声。

 

 それは、反撃の開始を告げる言葉だった。

 

 

 

 


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