「いいか。今日の模擬戦でなぜ上坂が、いきなりあんなことを言ったかわかるか?」
時間は少し遡り、前日の夕食の時間。
上坂にプライドを打ち砕かれ、どんよりとした空気が漂っている中で、坂本は皆を見回しながらそう告げる。
「それは……私達が、連携が取れていなかったから……からか?」
持っていたスプーンを置いて、カールスラント撤退戦の時一緒に戦ったバルクホルンが発言した。
「そうだ。……確かに私達は各国から集められた精鋭部隊であり、個人個人の技量は非常に高い。だが、上坂は我々よりもはるかに強い。なぜならあいつは、沢山の過酷な戦場を経験してきたからだ」
「……確かにそうだよな~」
かつて東部戦線で一緒に戦ったエイラが、頬杖をつきながら同調する。
「そう。つまり啓一郎は私達の誰よりもネウロイのことを理解し、その対策を講じてきたのよ」
坂本の後を継ぐようにミーナが語る。
「でもあなた達ならわかるでしょ? どうして啓一郎が、あれだけ連携にこだわるかを」
「……かつて連携が取れていなかったばかりに、被害を拡大してしまったから……でしょうか?」
「その通りよ、ペリーヌさん」
ペリーヌはかつてガリア撤退戦の時、ガリア軍がまともに機能していなかったがために多くの人々の命が奪われてしまったことを思い出し、顔を伏せた。
「……昨日の戦闘も、本来ならば海上で撃破できたはずなのに、連携が取れずに仲間同士でいがみ合い、結局上坂が撃墜しただろう? 我々の任務はブリタニアの防衛であり、ネウロイを寄せ付けないことだ。そうするために協力し合ってネウロイと戦っていかなければならない。上坂はそう言いたかったんだ」
「…………」
心当たりがあり、全員が気まずそうに顔を伏せた。
「だからこそ啓一郎に勝たなければいけないの。……ネウロイに勝つためにも」
「そうだ。そのためには、全員の連携が必要だ」
「それはわかったけど……具体的にどうするの?」
ハルトマンが尋ねる。坂本は待ってましたと言わんばかりに、目を輝かせた。
「そうだな。まずは……」
(ふむ……)
上坂は散開した隊員達を見て、少なくとも昨日の様に独断専行で動いているわけではないと感じた。
(動きが洗練されている。恐らくミーナが指揮を執っているな)
僅かな動きから、かつて彼女の下で戦っていた頃の動きに似ていると気付き、彼女達が本気で自分に勝とうとしているのが分かる。それほどまでに昨日の模擬戦は彼女達に衝撃を与えたのだろう。
(となると、まずは……)
上坂が上を見ると、昨日と同じくシャーリーとルッキー二が急降下で突っ込んできていた。
「昨日のあたしとは……!」
「違うんだよ~!」
まっしぐらに突っ込んでくる二人だが、まだ引き金を引かない。
(まずはシャーリーとルッキー二が上空から一撃離脱を仕掛け、上坂の注意を引く。ただし、あいつの混乱を誘うために攻撃は控えろ)
そのまま二人は上坂の横を通過した。
(銃撃をせずに通過した? ……ということは……)
上坂はホバリングしたまま右にずれる。すると先ほどまでいた場所に三条の火線が通過した。
「うそ! 気付いたの!」
「くっ…… さすが上坂だ……」
上坂のすぐ脇をバルクホルンとエーリカが高速で通過した。
(その隙にバルクホルンとエーリカが背後から銃撃を仕掛ける……と言っても当たるとは思えないが……)
(やはり死角からの攻撃か……。 だが、それだけでは意味がないぞ)
上坂は二人を撃墜しようと手に持った機関銃を向けた。だが、
ゾクリ――
戦場の勘―― 上坂の背筋に何か冷たい物が走り、慌てて左手で刀を抜く。
「はぁぁぁぁっ!」
上坂が振り返った瞬間―― 坂本が振りかぶった刀を片手で受け止めた。
「くっ! 刀も有りなのか!」
「勝負に有り無しは関係ないだろう!」
(その隙に私が上坂に斬りかかる。……ああ、心配するな。本気ではやらないさ)
上坂は何とか押し返し、一旦坂本と距離を取る。
「今ですわ!」
「くっ……!」
後方から襲い掛かるペイント弾をすんでの所で躱す。攻撃を仕掛けたペリーヌに銃口を向けようとするが、ペリーヌはさっさと離脱してしまった。
(なるほど……! 多人数による同時多重攻撃……! 連携が取れているならば、これほど厄介なものはない! だが……!)
上坂は、背負っていた二丁の機関銃を放り投げる。そして二丁の銃は、上坂の物体操作(ポルターガイスト)によって青白く光り、大空へと放たれた。
「わっ!」
「くそっ! これは厄介だ!」
「こんなのズルいよ~!」
二丁の銃で隊員達を翻弄している隙に、上坂はあたりを見回し、指揮を取っているであろうミーナの姿を探す。
(……確かに昨日に比べれば厄介にはなった……。だが、指揮官が“撃墜”されれば連携もうまく取れなくなる……!)
連携攻撃の弱点――。それは、指揮する人がいなくなると、途端にどうやって動いたら良いかわからなくなってしまうことだ。この場合、今まで攻撃してこなかったミーナが、この攻撃の指揮を取っているのだろうと予測した。
そして上坂は、上方約1000mの所で全体を見回しているミーナを発見する。
(やはり上空から……。だが……!)
上坂は未だ翻弄され続けている隊員達の間を縫って急上昇する。ミーナはそれに気づき、回避行動をとるが、歴戦の上坂にとって見れば、相手がどの様に動くか簡単に予測できる。
「そこだ!」
上坂はミーナが来るであろう所に銃口を向けて引き金を引く。放たれたペイント弾は真直ぐ突き進んだ。だが――。
「なにっ!?」
ミーナが、それを咄嗟の所で躱した。
(馬鹿な! なぜ…… !?)
上坂は、ミーナの背中に張り付くように、もう一人いることに気付いた。
(なるほど……! 考えたな!)
ミーナにぴったりと張り付くエイラを見て、上坂は確信する。ミーナは未来予知を使えるエイラの力を借りて銃撃を避けたのだ。
確かに上坂は未来予知を外すこともできる。だが、それはあくまで相手が未来予知を使っていると分かっているからであって、今回の様にこっそりと使われていたならば、上坂の銃撃を避けることなど簡単だ。
(……昨日までとは違う。 こいつらは絶対に俺に勝つために、対策を講じてきた)
上坂は悔しさよりも、安堵と喜びを感じていた。
――自分がやったことは無駄ではなかった。
(あいつらも仲間との連携の重要性に気付いてくれた……。なら……!)
――あとはこの勝負を楽しむまで!
上坂は口元に笑みを浮かべ、急降下を開始した。
――すごい……!
ミーナは上坂を包囲しながら、心の中で感嘆していた。
八対一という明らかに不利な状況にもかかわらず、上坂は巧みな機動でミーナ達の攻撃をかわし、逆に攻撃を返してくる。
既に模擬戦を開始してから十分――。 追い詰められているのは包囲しているはずのミーナ達だった。
――さすが傷だらけの守護神と呼ばれるだけあるわね。
だれが言い出したかわからないその仇名は、かつて一緒に戦っていた時の上坂にぴったりだった。
避難民を守るために自らを盾にして戦い、たとえ傷付いていようとも、ストライカーユニットがボロボロになっていようとも出撃し、誰よりも仲間を大事にしていたあの頃の上坂。
今はだいぶ性格が丸くなったが、ひとたび空に上がれば、それは健在だ。
――だからこそ啓一郎、あなたを倒すわ。
ミーナは隊員達に合図を送る。
すると今まで上坂と格闘戦を繰り広げていた隊員達が、一斉に距離を取った。
――これで、終わりにする!
全方位からの同時多重射撃――。
360度あらゆる方向から放たれたペイント弾は、上坂に避ける暇も与えずに、彼を真っ黄色に染め上げた。
「ありがとう、啓一郎」
訓練が終わり、体中をペイント弾まみれにされた上坂がシャワーを浴び終え、食堂に向かっていた時、唐突にミーナに話しかけられた。
「……別に、あいつらが無事に帰ってくるためにやったことだ」
上坂は少しぶっきらぼうに返事する。今回負けたことで少し悔しいのだろう。最も、この人数差であそこまで善戦していた方が驚きなのだが……。
「ええ。でも、これであの子たちの結束も、より強まったと思うわ」
「まあそうだな。……そうでないと困るが」
上坂はため息をつく。だが、その表情はどこか明るかった。
「……ところで」
「なんだ?」
「最後の攻撃なんだけど……、あの時手を抜いたでしょ?」
「……さて、何の話やら」
この後――。
年末にかけて、連携機動を取り入れ始めた第501統合戦闘航空団は、これまでよりもさらに戦果を拡大した。そして、その活躍を聞いた連合軍司令部は、新たなる隊員の増強を認め、より一層の活躍を期待することになる。
だが、それを快く思わない人物もまたいて、彼らは彼女達の活動を妨害するために暗躍をし始める――。