ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第三話

「そこだ!」

 

「いっけ~!」

 

「ハルトマン! 後ろだ!」

 

「お待ちなさい!」

 

「お前ら! 何勝手に行動しているんだ!」

 

 ……これはひどいな。

 

 上坂は目の前で繰り広げられている空中戦を見ながら、隊員達の自分勝手な行動に呆れ果てていた。

 

 

 

 

 

 上坂は隊員達の連携の悪さを直すため、ミーナに無理を言って、翌日に模擬戦を行うことになった。

 

 今回の模擬戦は、坂本をリーダーとしたペリーヌ、バルクホルン、ハルトマンチーム。ミーナをリーダーとしたエイラ、シャーリー、ルッキーニチームに分け、どちらかが全滅した時点で終了するもので、上坂は今回の模擬戦の審判を行った。なお、サーニャは夜間哨戒のために訓練に参加していない。

 

 こうして模擬戦が開始されたのだが、開始早々に、シャーリーとルッキー二が坂本チームに一撃離脱を仕掛け、バルクホルンとエーリカとの乱戦に突入。両チームリーダーが一旦立て直そうとしたが、挑発をするエイラに対してペリーヌが激昂し、最早追いかけっことしか言えない状態になっている。

 

 空中にデタラメな機動が絵描かれ、当たらないペイント弾を発射する虚しい音が上坂の耳に入ってくる。

 

 ……これは駄目だ。何も変わらない。

 

 今回はあくまで連携を取るために行った模擬戦であり、勝ち負けは全く関係ない。だがそれを理解している者が少なく、また理解はしていてもそれを実行に移そうとはしていないか、統率がとれなくなっている。

 

 ……やっぱりアレをやるしかないか。あいつらの為にも。

 

 上坂はあまり使いたくなかった手段を取らざる負えなかった。

 

 

 

 

 

「訓練やめっ!」

 

 上坂が唐突に叫ぶ。

 

「どうかしたの? 啓一郎」

 

 全員が空中に制止し、上坂に疑問の目を向ける。

 

「こんな訓練を何時間もやっても無駄だ」

 

「無駄って……あなたが提案した訓練じゃない」

 

 ミーナの言った通り、昨日の夜、上坂は書類を提出するついでに、ミーナに頼み込んでわざわざ今回の訓練メニューを取り入れたのだ。文句の一つも言いたくなるのはうなずける。

 

「ああ、わかっている」

 

 上坂は背中に背負っていたペイント弾入りの機関銃二丁を空中に頬り投げる。

 

 機関銃は周りを青白い光で覆われたかと思うと、上坂の左右にそれぞれ位置に付いた。

 

「……だけど今の訓練では意味がない。だから訓練を変更する。全員で俺にかかってこい。俺を撃墜した時点で訓練終了とする」

 

「……おいおい、そんなんでいいのかよ」

 

 先ほどバルクホルンと格闘戦(ドッグファイト)を繰り広げていたシャーリーが軽口を叩く。

 

「構わん。……最も、墜せたらの話だが」

 

「……ふぅん。そうか。なら……!」

 

 上坂の挑発が癇に障ったのか、シャーリーはそういうとルッキーニと共に一気に急上昇をする。

 

「後悔するなよ! イチロー!」

 

「するなよ~!」

 

 高度を上げた二人はそのまま上坂めがけて急降下する。リべリオンの一般的な戦法――一撃離脱戦法。機体の優速を生かし、急降下と急上昇を繰り返す戦法だ。

 

 扶桑皇国で一般的な格闘戦に比べると短時間での敵の撃墜数に劣ると言われているが、その分相手との交差する時間が短く、格闘戦よりも安全で確実だ。

 

 そしてシャーリーとルッキー二の急降下(ダイブ)は非常に急角度で、よほど訓練されていない限りそういった機動は取れない。

 

 ――さすがに501に呼ばれることだけあるな。

 

 上坂は表情を変えずに心の中でつぶやく。

 

 確かに彼女達のダイブなら、普通のウィッチでは避けることはできないだろう。だが、数々の激戦を潜り抜け、最も多く戦闘を経験している上坂にとってみれば大した脅威にならない。

 

「――ふん」

 

 上空から降り注ぐペイント弾の嵐をあっさりとかわすと、横を抜けて急降下を続けるシャーリー達を見ることなく、手に持っていた銃を向け、二回引き金を引く。

 

 セレクターで単発撃ちになっていたため、僅か二発しか発射されなかったペイント弾が、いとも簡単に二人の背中に着弾し、黄色い花を咲かせた。

 

「なっ……!」

 

「うそっ!」

 

 あっさりと“撃墜”されたことに驚く二人。他の隊員達も驚愕の表情を顔に浮かべた。

 

「シャーリーおよびルッキーニ撃墜。 さあ、次は誰だ。 ――いや、面倒くさい。全員いっぺんにかかってこい」

 

「――上坂……!」

 

「さすがに私も怒ったよ――」

 

 さすがに馬鹿にされて怒ったのか、今度はバルクホルンとエーリカが仕掛ける。二人は連携して上坂を囲み、同時に攻撃を仕掛けようとする。

 

 ――今度は同時多重攻撃か。

 

 上坂は心の中でつぶやきながら、それでも焦ることなく対処する。

 

 一対二―― 普通なら同時に対処しなければならないため、上坂が圧倒的に不利だろう。普通なら――

 

 

 上坂は急降下を開始。二人も後に続き、上空からまんべんなく弾をばらまく。だが空戦では相手の真後ろを取らないことにはいくら銃撃しても大して意味がなく、せいぜい威嚇にしかならない。

 

 上坂はそれをあえて下手な機動で躱していく。そうすることで相手がイラつき、正常な判断が出来なくなる。実際、後続の二人は躍起になって上坂を追いまわしている。

 

――戦場では常に冷静でいなけでばならない。

 

「トゥルーデ! 逃げて!」

 

 ミーナが叫び、二人が慌てて振り向く。その視線の先には二つの銃口が二人を睨めつけていた。上坂の固有魔法――物体浮遊(ポルターガイスト)によって物理法則を無視して、空中に浮かんでいた二つの銃が、同時に火を噴く。

 

「うわっ!」

 

 毎分1200発で放たれたペイント弾がカールスラントのダブルエースを襲い、二人を黄色く染め上げた。

 

「そんな! ありえませんわ…… きゃあっ!」

 

 あまりの惨状に茫然とするペリーヌに、いつの間にか回り込んだ上坂の放ったペイント弾が襲い掛かり、早くも五人目の脱落者が出る。

 

「んにゃろー!」

 

 エイラが上坂の後ろから銃撃をする。彼女の固有魔法――未来予知を使っての偏差射撃が上坂を襲う。だが――、

 

 「うっ、嘘ダロ!?」

 

 未来予知をしたにもかかわらず、上坂はその銃撃をかわす。そして攻守が入れ替わり、今度はエイラが追われる立場になった。

 

 ――確かに未来予知は厄介だ。

 

 上坂は機関銃の照準器を覗きこみながら、心の中でつぶやく。彼の視線の先には必死に逃げ回るエイラの姿があった。

 

 ――だが、未来予知はあくまで不確定な未来でしかない。

 

 上坂はエイラの未来位置を予測し、引き金を引いた。

 

 ――なら簡単だ。その予知を外せばいい。

 

 物理世界において、とある地点に機転を置くと、X、Y、Z軸の三つに分けることが出来る。つまり例え未来予知があろうと、回避行動は射線軸ではない他の二軸だけに限定されるのだ。

 

 実に簡単な理論――だがそれを実行するのは非常に難しいはずなのだが、上坂はさも当然の様にそれを行う。

 

 放たれた弾丸は、エイラが予知して、安全だと思った所に降り注ぐ。

 

「ナッ―――――!」

 

 彼女はその弾幕の中にまともに突っ込み、体中を真っ黄色に染めあげた。

 

 

 

 

 

「……ばかな」

 

「……なんてこと」

 

 坂本とミーナは、上坂があっという間に全員を倒したことに驚愕する。

 

 確かに二人は上坂が強いということは知っていた。だが、今回戦った相手は各国から集められた精鋭であり、幾ら連携が取れていないとは言ってもこう短時間で敗れるとは思ってもみなかったからだ。

 

「――さて、どうする。ミーナと坂本は?」

 

 上坂は訓練前と同じく、涼しい顔で二人に尋ねる。

 

「……いや、やめておこう」

 

「そうね。今の私達じゃかなわないわ」

 

 坂本とミーナは、戦わないことに決めた。たった二人では上坂に勝ち目はないだろうし、そもそもなぜ上坂がわざわざ隊員達を挑発したのか、その意図が分かったからだ。

 

(……すまんな、上坂。汚れ役を押し付けてしまって)

 

 坂本は心の中で詫びを入れる。それが上坂に伝わったのかどうかはわからなかった。

 

上坂は体中を黄色く染めたウィッチ達に向き直る。その顔には少しばかり寂しそうな表情があった。

 

「……訓練終了。これより基地に帰投する」

 

 そう言うと、上坂はさっさと基地に戻っていく。あとに残された隊員達は茫然とその背中を見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 夜――。

 

 ほとんどの隊員が自室に戻っている頃、サーニャは夜間哨戒に出るため、目を覚まそうと食堂へと足を向けていた。

 

「…………?」

 

 ふと足を止め、耳を澄ます。するとトントントンという小刻みな音が前方から聞こえてきた。

 

――たしかもう消灯の時刻なのに……。

 

 見れば廊下の奥の部屋から光が漏れている。サーニャが目指していた食堂だ。

 

 サーニャはそっと扉に近づくと、ドアの隙間からそっと中を覗きこむ。

 

 部屋は明かりにともされて、奥の台所には緑色の軍服を着た人がこちらに背中を向けて何かをしている。先ほどの音はその人のそばから発せられているようだった。

 

 ――たしかあの軍服は……。

 

「上坂……さん?」

 

「ん? なんだ、サーニャか」

 

 サーニャに気付いて、エプロンをつけて包丁を握っていた上坂が振り返った。

 

 




作中にある通り、いくら未来予知があったとしても、結局は三軸で構成されている以上逃げられる場所って限られると私は思うんですよね。……もっとも、上坂のように実行できるかといわれれば無理ですが。

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