ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十二話

スフィンクス作戦の失敗から2週間がたち、アフリカに再びの秋が訪れ始めた。

 ここしばらくの所ネウロイの来襲もなく、連合軍はこれ幸いとばかりに部隊再編を進めた。さらに各国からの増援により、少なくとも防衛戦において問題ないレベルには回復した。そんなある日――

 

 

 

 

 

「上坂啓一郎大尉、ただ今参りました」

 

 モントゴメリーに呼ばれて、上坂は指揮所が置かれているテントに入る。

 

「ああ、来たか。取り敢えずそこに座ってくれ」

 

 モントゴメリーは椅子に座るように促し、上坂はそれにしたがって椅子に腰かける。

 

「今紅茶を入れよう。少し待っていてくれ」

 

モントゴメリーは珍しく自分でポットを持ってカップに温かい紅茶を注いでいく。不思議に思った上坂はふと彼の顔色がさえないのに気付き、何かとんでもない命令を拝命するのではないかと身構えた。

 こういった時に限って理不尽な命令を受けることが多々あったため、その予知能力はもはや魔法と言っても過言ではないぐらい正確になってしまっている。

 

「どうぞ。あまり上手に入れてないとは思うが……」

 

上坂の前に温かい湯気を立ち上らせているカップを置いたモントゴメリーを見て、幾多の戦場を生き抜いてきた上坂に備わってしまったあまり欲しくない能力が警鐘を鳴らす。とっととこの場から逃げ出したかったが、上官の前でそういうわけにもいかず、軽く頭を下げてカップを持ち上げる。

カップからは紅茶の良い香りが上坂の鼻孔をくすぐっていたが、彼の脳神経までそれが伝わっていなかった。

モントゴメリーは自分の席に座ると自分の入れた紅茶を飲み始める。上坂もそれに続いて紅茶を口に含んだ。

指揮所に静寂が訪れる。二人はお互いに向かいあったままカップに注がれていた紅茶をただ静かに飲んでいる。お互いが話のきっかけをつかもうと静かに待っている。

 

「……それで、なぜ自分は呼ばれたのでしょうか?」

 

 我慢できなくなった上坂は、空になったカップを置くと。意を決したように話を切り出す。

 

「……そうだな。いつまでもこうしているわけにはいかんな」

 

 モントゴメリーも飲みかけのカップを置くと、咳払いを一つして上坂に向き直った。

 

「上坂啓一郎大尉――第501戦闘航空団に参加せよ」

 

 唐突の命令に、部屋が一瞬で静まり返った。上坂は今の言葉を頭の中で咀嚼し、一分ほどで理解する。そして彼の顔から表情が消え、冷徹な目でモントゴメリーを睨みつけた。

 

「……どういうことでしょうか?」

 

 静かな、しかし内在する感情を押さえずに発せられる言葉と、ただでさえ恐ろしいと言われる目つきを目の前の将軍に突き刺す。

 

「……ウォホン!」

 

 少しばかり狼狽えたモントゴメリーだったが、わざとらしく咳をすると説明し始める。

 

「今回の作戦の失敗によって、我々はしばらく攻勢に出れなくなった。つまり現在の我々にできることはあくまでトブルク防衛であり、防衛ならばあまり戦力は必要としないのだ。それに加えてブリタニアでは最近ガリア方面からの攻撃が多くなり、ウィッチが一人でも多く欲しい状況なのだよ」

 

「それは知っております」

 

 上坂もしばらく攻勢に出れないことや、ブリタニアへの攻撃が多くなっていることは小耳にはさんでいたからよくわかる。

 

「ですがアフリカにいる航空ウィッチは非常に少ないです。むしろ増強してもらいたいぐらいです。それに501と言えば各国からエース達が集まった部隊……正直言って士気を保つことすら難しいと思います。そんなところに行くのは……」

 

 上坂の発言に、モントゴメリーはため息をつきながら答える。

 

「その気持ちはよくわかる。……本当ならばブリタニアから航空ウィッチの増援が来てくれるはずだったんだが……ブリタニア方面のネウロイの増加で白紙になってしまったどころかこっちにまで援軍を寄越せとまで言ってきたのだよ」

 

「……確かにブリタニア防衛は重要ですが……」

 

 なぜ自分が行かなければいけないのかと尋ねる前に、モントゴメリーが答えた。

 

「……ダウディングが是非君に来て欲しいと言ったそうだ」

 

「ダウディング閣下が?」

 

 上坂はいぶしかげな顔になる。ブリタニア空軍大将のダウディングには一度だけ会ったことが会ったが、そんな無茶を言うような人には思えなかったからだ。

 

「ああ、あいつはわざわざ君を指名したんだ……自らの職を辞めてまでもな」

 

「そこまでして……どうしてでしょうか?」

 

「さあな、それは知らん。」

 

 モントゴメリーはヤレヤレと首を振ると、おもむろに立ち上がった。

 

「……まあ私も本国の意向には逆らえんからな。それに各国のエースが集まる部隊に呼ばれたってことは大変名誉なことだ。……出発は三日後、飛行艇に搭乗するように」

 

 モントゴメリーは自分で飲んだカップを片づけ始めた。

 

 

 

 

 

「異動!?」

 

 夜、マティルダがバーテンダーを務める酒場で、ウィッチ達が驚愕の声を上げる。

 

「ああ、三日後にブリタニアに行くことになった」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! それじゃあアフリカの指揮は誰がとるのよ!」

 

 ビールを飲み干した上坂のため息交じりの言葉に、加東が捲し立てる。

 

「ヒガシさんがそのまま指揮すればいいでしょう。それに今までもヒガシさんが指揮を執っていましたから問題はありません」

 

「それはそうかもしれないけど……!」

 

「なんで上坂さんが行かなくちゃいけないんですか! アフリカのウィッチはただでさえ少ないのに……!」

 

「そうだ! 何も行くこたぁはねぇだろう!」

 

 稲垣の言葉に池田も続く。そんな二人をマイルズが宥めた。

 

「まあ上からの命令には従わないと。私達は軍人なんだから」

 

「…………」

 

 マイルズの発言で誰もそれ以上言わなかったが、皆の顔は明らかに不満そうだ。上坂は軽くため息をつく。

 

「……次の所は各国のエースが集まる部隊だから名誉なことだと思えば。……まあ辞令は粛々と受け取るさ」

 

「……ヤダ」

 

 上坂が話を終わらせようとした時、唐突に場の読めない発言が飛び出した。

 

「……マルセイユ」

 

「ヤダッ! 私はまだイチローに勝っていない!」

 

 顔を真っ赤にしたマルセイユが、半分ほどに減ったビールの入ったグラス片手にそうわめく。どうやら酔っているようだ。

 

「そうは言ってもな……。俺の98戦98勝だろ。それでまだ勝つだなんて……」

 

「だったら勝負しろ! 今度こそ私が勝ってやる!」

 

「…………」

 

 全世界のファンが見たら間違いなく百年の恋も冷めるだろうという醜態をさらすマルセイユを見て、上坂はため息をつく。その様子を見て加東が慌ててフォローを入れた。

 

「まあまあ……。だったら明日また勝負すればいいじゃない」

 

「ホントか!? よし! なら明日勝負だ!」

 

 途端に目を輝かせるマルセイユ。上坂は顔を引き攣らせながらも、了承するしかなかった。

 

 

 

 

 

 翌日――

 

 滑走路上にウィッチ達や整備員、さらにはモントゴメリーやパットン、ロンメルといった高級士官までもが出て、上空を見上げている。

 その上空6000mでは、上坂とマルセイユがお互いに空中で静止して向き合っていた。

 

「――今回の勝負はお互いに固有魔法使用禁止。純粋な空戦能力を駆使して戦う。異論は?」

 

「あるわけないだろう。今度こそお前をペイントだらけにしてやる!」

 

 マルセイユは真剣な表情で上坂を睨みつける。今回の勝負でしばらく停戦できなくなるのだ。真剣になるのもうなずける。

 

『二人とも準備はいい?』

 

 二人の無線に加東の声が入る。地上から開始の合図を出してもらうためだ。

 

「ああ、構いません」

 

「いつでもOKだ!」

 

『了解。それじゃあ……開始!』

 

 加東の号令で、二人はお互いに交差する。そしてお互いの後ろを取ろうと横回転の旋回戦となった。

 

「始まったわね……」

 

 加東は地上からその様子を見上げる。

 

「あの……。旋回戦はマルセイユさんには不利なんじゃ」

 

 稲垣が不安そうに加東に尋ねる。マルセイユの使用するBf109-Gは一撃離脱戦闘を主眼と置いたストライカーユニットであり、幾ら上坂のキ61が格闘戦闘に弱いとはいってもそれは他の扶桑軍機と比べたらの話であり、Bf109に比べたらはるかに格闘戦に強い。事実そう言っている間に上坂がマルセイユの内側に回り込み始めている。あともう何回か旋回したら確実に後ろを取るだろう。

 

「そうね。でもマルセイユはむしろタイミングを計っているみたいよ」

 

 そう言うや否や、マルセイユは一気に急降下に入る。2000m級のダイブだ。

 上坂もそれに追従する。以前使っていたキ43ならば確実に追いかけられなかっただろうが、キ61はマルセイユの機動に付いていく。

 

「上坂さんが後ろを取った!」

 

「ここまではいつも通りね」

 

 マルセイユは小刻みに左右に横滑りをする。相手の射線をかわすための機動だが、後ろの上坂はまだ発砲しない。

 

「もっとひきつけて撃つつもりね……」

 

「照準器からはみ出るぐらい……ですね」

 

 加東と稲垣は、二人の機動にほれぼれとしながら、自身の考えをつぶやいていた。

 

 

 

 

 

「くっ……! さすがイチローだな!」

 

 マルセイユは上坂に後ろを取られているにもかかわらず、口元に笑みを浮かべている。まるで自分の勝利を確信しているのかのようだ。

 

(確かにイチローは強い。でも私は“アフリカの星”だ! 負けるわけにはいかない!)

 

 心の中で、ある一つの技を思い描く――

 

――左捻り込み――

 

 通常ストライカーユニットは、左右のユニットで呪符の回転方向が違い、それによってトルクを打ち消している。捻り込みという技はループ(宙返り)の頂点でそのトルクを意図的に消し、急激な制動をかけて半ロール(横回転)して相手の後ろに付く大技だ。

 失敗すると失速してしまうため、実戦ではもちろんのこと、訓練でも成功させたものは少ない。

 マルセイユはこっそりと左捻り込みの特訓をして、今度こそ上坂の勝つという意気込みだった。

 次第に上坂が距離を詰めてくる。どうやらスピードを上げたようだ。

 Bf109の方がキ61よりも最高速度は速いが、今の状態からでは恐らく間に合わない。マルセイユは覚悟を決め、上昇に転じた。上坂もその動きに付いていく。

 

――よし! かかった!

 

 マルセイユは左側のストライカーの出力を意図的に下げ、左に横滑りする。そして絶妙な重心移動で背面飛行のまま空中を滑りつつ回転した。

 

――いける!

 

 マルセイユの脳裏には上坂の背中が見えた。このままいけば現実のものとなるだろう。そのままペイント弾の入った銃を前方に向けた。だが――

 

「なっ―――――!?」

 

 視線の先に上坂の姿が無い。マルセイユは咄嗟に後方を振り返る。

 

――なんだと!?

 

 そこにはどんな操作でも手遅れになるほどの超至近距離に、銃口を向けた上坂がいた。

 

 

 

 

 

「……世話になったな」

 

「…………」

 

 二日後――

 

 トブルクの港に、上坂の姿があった。その先にはブリタニア軍の大型飛行艇サンダーランドが海に浮かんでいる。

 上坂のそばには加東や稲垣といったウィッチ達。その中には頬を膨らませたマルセイユの姿もあった。

 

「まっ、こっちのことは任せて。アフリカの防衛はしっかりやるから」

 

「お願いします」

 

 上坂は加藤に頭を下げる。苦笑する加東の肩には少佐を表す記章が光っていた。

 

「稲垣」

 

「はっ、はい!」

 

 稲垣が慌てて返事をする。上坂は手提げ袋から数冊のノートを取り出し、稲垣に渡した。

 

「それに色々な料理法が載っている。炊事は任せた」

 

「はっ、はい! 頑張ります!」

 

 稲垣はノートを胸に抱きかかえ、頭を下げた。

 

「上坂さん、ブリタニアでも頑張ってください!」

 

「おう、池田もマイルズと仲良くな――。節度は守るように」

 

「ちょっ……! 何言っているのよっ!」

 

 上坂の珍しいからかいに、マイルズの顔が真っ赤になる。それを池田がまあまあと諌めた。なかなかお似合いのカップルだ、と上坂は思った。

 

「マルセイユ」

 

「……なんだ」

 

 相変わらず不機嫌なマルセイユ。上坂は構わず続けた。

 

「あの左捻り込みはすごかった。――アフリカを頼んだぞ」

 

「……当たり前だ。私は“アフリカの星”だぞ。――それよりも!」

 

マルセイユは語気を強める。

 

「絶対に負けるんじゃないぞ! お前を倒すのは私なんだからな!」

 

「そうか。……まあ頑張れ」

 

 上坂は軽く肩をすくめた。

 

「なんだと……!」

 

「はいはい。そろそろ出発でしょ?」

 

 加東の言葉で、上坂は腕時計を見る。出発の時間が近づいていた。

 

「ああ。そうだな」

 

 そういうと飛行艇に向かって歩き始める。

 

「あっ! そうだ、これ!」

 

「……?」

 

 上坂は振り返り、加東が投げた物を受け取る。彼の右手には葉巻が握られていた。

 

「パットン閣下が啓一郎に渡して置いてって。――幸運のお守りだそうよ」

 

「幸運のお守り……ですか。有難くもらっておきます」

 

 上坂は、朗らかな顔で葉巻を握りしめる。パットンが愛用していたキューバ産の葉巻を懐にしまうと、振り返ることなく飛行艇に向かって再び歩き出た。

 

 次の戦場へ――

 




これで第一章終了です。
同時に第三章が始まりました。最終話まであとどれくらいかかるかな・・・?

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