ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十一話

「そんな作戦認めません!」

 

 ネウロイに包囲されたスエズ奪還部隊の作戦会議にて、マイルズは上坂を睨みつける。上坂はその視線を受けながらも、全体を見渡す。他の将校達や各国のウィッチ隊隊長も困惑気味の表情で彼を見つめていた。

 

「囮部隊を募るですって!? そんなことしなくてもネウロイの包囲網を突破できる……!」

 

「少なくとも、現状では難しいと思うぞ」

 

「っ……!」

 

 上坂の断言に、マイルズは言葉を詰まらせる。そうでなくても戦場で戦っている彼女もギリギリのところで持ちこたえているに過ぎないことは承知している。だが上坂の提案した作戦は、あまりにも無謀で理不尽な物だった。

 

「……それで、どの部隊を囮にするのかというのは決めているのかね?」

 

 それまでずっと黙っていたロンメルが重い口を開く。

 

「それはこちらで決めておりません。あくまで志願を募りたいと思います」

 

 そう言うと、上坂は周囲を見渡す。他の出席者は彼と目を合わせない様に目をそらした。ただ一人を除いて――

 

「……上坂さんは俺が承知することを予測していたみたいですね」

 

 扶桑第十一陸戦中隊隊長池田翔平大尉は腕組みをしながら不敵な笑みを浮かべて上坂を睨みつける。

 

「……そうだ。お前らなら絶対志願すると確信していた」

 

 上坂はあっさりと心内を明かす。

 

「今回の作戦ははっきり言って外道だ。思う存分俺を恨んでくれて構わん」

 

「……全く。あなたは卑怯だ」

 

 池田は鼻を鳴らす。

 

「俺達の行動を予測して作戦を立て、それが部隊の命運を握っているとまで断言して……ヤレヤレ、理不尽な上官だ」

 

「…………」

 

 池田の愚痴を、上坂はすべて受け止める。この作戦を立案した彼はそれが当たり前だと言わんばかりに。

 

「待ってください!」

 

 マイルズが席から立ちあがる。

 

「せめて彼らに上空援護を! そうすれば少しは負担軽減に……!」

 

「マイルズ」

 

 池田が話を遮る。その顔は非常に穏やかだ。

 

「上坂隊長以下航空ウィッチ隊は既に疲労困憊の状態だ。とてもではないが囮のために戦力を割くことなんて出来ない」

 

「…………」

 

 マイルズも上坂ですら目に下に隈がある顔を見て、相当な疲労が蓄積されているのは理解していたから言葉を続けることが出来ない。

 

「……本当にいいのかね?」

 

 ロンメルは確認するように尋ねる。池田は居住まいを正すと、胸を張った。

 

「扶桑皇国陸軍第十一陸戦中隊はスエズ攻略部隊の撤退援護の為、喜んで囮になる覚悟があります。――なぁに、ここが男の見せどころってもんですよ!」

 

 池田はいつもと変わらない不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「すまん、みんな」

 

 会議が終了し、慌ただしく撤退準備を進める部隊の中で、唯一この場に残ることになった池田達の前で、上坂が頭を下げる。

 

「今回の作戦を立案したのは俺だ。蹴るなり殴るなり、煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

 

「何言ってんですか、上坂さん」

 

 皆が苦笑する中、代表して池田が答える。

 

「俺達は今まで本土でくすぶっていたんですよ。それを最前線に呼んでくれたのは上坂さんじゃないですか。むしろ俺達はあなたに感謝していますよ」

 

 他の隊員達も満足そうにうなずく。

 

 「…………」

 

 上坂は心が苦しくなるのを感じた。罵詈雑言の嵐を受けてもおかしくない状況なのに、笑っている彼らを見て罪悪感がこみあげてくる。だが、上坂はそれ以上何も言うのをやめ、頭を上げてただ一言を伝えた。

 

「……必ず生きて帰ってくれ」

 

「――了解しました」

 

 彼の心偽りのない言葉――池田達は見事にそろえて背筋を伸ばし、こめかみに手を当て、それに応えた。

 

「……無茶よ」

 

 ずっと黙っていたマイルズがポツリとつぶやく。彼女はうつむき、両拳を握りしめていた。

 

「……なんで、……笑顔でいれるのよ。……死ぬかもしれないっていうのに」

 

 声が震え、零れ落ちる雫が乾いた砂漠を湿らしていく。

 

「どうして! どうして笑っていられるのよ!」

 

 顔を上げたマイルズの目には、涙があふれていた。

 

池田は屈託のない笑みを浮かべ、答える。

 

「なに、今まで本土で燻っていた俺達にとってみれば、うれしい任務さ」

 

「えっ……?」

 

 池田の表情が、少し曇る。

 

「……“士魂中隊”は、元々数少ない男性陸戦ウィッチのみをかき集めた部隊として作られたんだ。しかし実態はただの厄介払い。普通の部隊に混ぜられない野郎どもをかき集めただけの、吹き溜まりにすぎなかった」

 

 世の中には何事にも例外があるように、二十歳未満の少女しかなれないはずのウィッチになってしまう少年もいる。そして高い魔法力適性が必要な航空ウィッチと違い、それほど魔法力を必要としない陸戦ウィッチには中隊規模の部隊を作るくらいの男性ウィッチが扶桑陸軍には存在していた。そこで軍は普通の部隊に混ぜられない少年達を、一つにまとめた部隊を作ることに決めたのだ。

 

だが実際作ってみたものの、主戦場であるシベリア方面に出すには部隊の規模が小さく、また少年のみで構成された部隊にオラーシャ側が難色をしてしたため派遣されず、本土防衛用にもある程度の部隊が必要という理由から半ば放置されていた状態だった。

 

「そんな時さ、アフリカから名指しで部隊派遣要請が来たのは。その時は全員が飛び上がって喜んださ。自分達には戦える力があるというのに、政治的な理由でそれが出来なかったんだ。……だから俺達はどんなに過酷な任務でも、喜んで受けると決めたんだ。――俺達が存在するために」

 

「ショーヘー……」

 

 それに、と池田はおどけた表情を見せる。

 

「ブリタニアにもあるだろう――“レディーファースト”って言葉が」

 

 そう言うと彼は振り返り、隊員達にむきなおり、大声を張り上げた。

 

「よーしお前ら! 俺達士魂中隊は超重要任務を託された! お嬢さん達の盾になるという素晴らしい任務だ!」

 

 隊員達からどっと笑いが起こる。

 

「いいか! 俺達は国家のためではなく人類の一員として戦う! 扶桑男児の意地を見せつけろ!」

 

「うぉーす!」

 

 少年たちは拳を突き上げ、これまで前線に出ることが叶わなかった分のうっぷんを晴らすかの如く、感情を爆発させる。

 

 マイルズはその様子をずっと眺めていたが、意を決して池田に近づいた。

 

「ショーへー」

 

「ん? なんだマイルズ――」

 

 池田が答える前に、マイルズは唇で池田の口をふさいだ。

 

 突然の出来事にこの場にいる誰もが唖然とする。

 

 10秒ぐらいした後、マイルズが池田から離れた。彼女の顔が赤い。

 

「いい! 絶対生きて帰ってきなさい! 私のファーストキスを奪ったんだから責任とってよね!」

 

 そういうとマイルズは背中を向けて自分の部隊に戻っていった。

 

 あとに残された池田隊と上坂。ややあと上坂が口を開いた。

 

「……マイルズがあそこまで積極的になるとはな」

 

「……これは大変なことになりましたね、隊長」

 

 副長が苦笑しながら池田に話しかける。

 

「……こりゃぁとんでもない物を貰っちまったな。これで死ねなくなった」

 

 池田は大きく笑う。

 

「……さて、そんじゃあいっちょやってやりますか」

 

 池田は反対を向いて、ネウロイが来るであろう方向を睨みつけた。

 

 

 

 

 

大釜盆地からの撤退作戦――。

 

 それはまさに人類の総力戦となっていた。

 

「マミ! 右側のネウロイを掃討して!」

 

「わかりました!」

 

 加東の指示によって復活した稲垣が、苦戦している地上部隊を掩護するために40mm砲を構え直して低空に降りていく。地上では残存していたⅢ号戦車やクロムウェル巡航戦車がウィッチ達と連携して地上型ネウロイ達と激戦を繰り広げていた。

 

「マルセイユ! 3時方向から敵機約20! 啓一郎は10時方向の敵機をお願い!」

 

「わかった!」

 

「了解!」

 

 上空でも地上部隊を攻撃しようとするネウロイを近づけまいと必死の迎撃戦を繰り広げている。

 

 普段ならば一蹴できる規模だが、連日の出撃による疲労で動きにキレがない。

 

「ここが踏ん張りどころよ! 池田達の為にも絶対に成功させるわよ!」

 

 加東はMG34を乱射させながら、己に言い聞かすように叫んだ。

 

 

 

 

 

「マイルズさん! お久しぶりです!」

 

 地上ではスエズ奪還作戦に参加しなかった北野とシャーロットがマイルズ達と合流した。そのまま負傷者を乗せたトラックを守るように左右に展開する。

 

「負傷者を優先的に撤退させるわよ! ウィッチの意地を見せなさい!」

 

「了解!」

 

 マイルズの号令一下、左右から挟撃してくるネウロイに砲弾を送り込み続ける。それを支援するように後ろに控えている戦車隊も砲撃をしていた。

 

 愚直に攻めてくるネウロイが砲撃によって擱座し、霧散する。しかし無尽蔵に現れるネウロイは引くことをしない。

 

 マイルズ達は手当たり次第目につくネウロイに攻撃していたが、やがて砲弾が尽きてしまった。

 

「くっ……! 補給のために一時後退する! マミ! 援護お願い!」

 

「わかりました!」

 

 勢いある返事と共に、近づいて来ていたネウロイが爆発する。その上空を稲垣が通過していった。

 

「ここが踏ん張りどころだ! ウィッチ達が戻ってくるまで戦線を維持するぞ!」

 

「了解!」

 

 ウィッチという盾を失い、ネウロイの攻撃が集中し始めた戦車隊だったが、たとえ仲間の戦車が破壊されようとも一歩も引かない。彼らもまた池田達の覚悟を見て、男の意地をネウロイに見せつける。

 

「ネウロイ一機撃破! 次!」

 

 彼らは国籍を超え、お互いをカバーしながら鏃の様に突き進み、ついにネウロイの包囲網を突破したのだった。

 

 

 

 

 

 アフリカの砂漠が夕日意に染まった頃――。

 

 マイルズは東の方向をずっと見つめて池田達の帰りを待っていた。

 

「……マイルズ」

 

 上坂が沈痛な面持ちで近づく。しかし彼女は振り返ろうともしない。

 

「池田大尉との通信は既に途絶している。……残念ながら……」

 

 上坂はうつむき、拳を握りしめる。

 

「あの馬鹿……。結局約束を守らなかった」

 

「…………」

 

 マイルズの目から涙が流れ落ちる。だが上坂は何も言う言葉が見つからない。彼はただそこに突っ立っていることしかできなかった。

 

「私……どうしてもっと自分の気持ちを伝えなかったんだろう……ほとんど一目ぼれだったのに……」

 

 うつむき、嗚咽の合間にマイルズは独り言をつぶやく。

 

「ショーヘーはガサツで……能天気で……でも……とっても男らしかった……」

 

「……ああ、そう言う男だった」

 

 上坂はマイルズの言葉にうなずく。

 

 マイルズはそのまま砂の上に膝をつく。彼女の鳴き声で、上坂は改めて戦友を失なってしまったんだと実感した――。

 

「んっ?」

 

 ふと上坂は、地平線上に何か動くものが見え、目を細める。視線の先には複数の黒い影がうごめいていた。

 

まさかネウロイ――!

 

 上坂は一瞬体が固まる。だが、次第に近づいてくる黒い影達の輪郭がはっきりしてくるとその表情は驚愕に変わった。

 

「……池田?」

 

「えっ……!?」

 

 上坂の言葉で、マイルズは立ち上がり、地平線上を凝視する。

 

「おーい! ただ今帰ったぞー!」

 

 池田隊の面々が誰一人欠けることなく、呑気そうに手を振っていた。

 

「ショーヘー……!」

 

 全員の服装はボロボロで、あるものは頭や腕に包帯を巻いているものもいるが、元気にこちらに向かって来ている。

 

「池田……!」

 

 見れば他の兵士達も彼らの帰還に歓声を上げ、彼らに向かって走り出していく者もいた。

 

「……生きていたか!」

 

「全く……しぶとい奴らだぜ」

 

「そうは言っているがパットン、お前泣いているぞ」

 

 三国の将軍達も、その光景を万感の思いで見つめていた。

 

 

 

 

 

1943年のスフィンクス作戦は失敗に終わった――。

 

 だが、人類の絆はさらに深まったと、後にモントゴメリーはそう語ったという。

 


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