ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二十話

「帰ってきたぞ! すぐに整備を開始する!」

 

 整備兵達は帰ってきた上坂達を見るや否や急いで武器弾薬を持ってきて、滑走路わきに待機する。彼らの顔には不安そうな表情が浮かんでいた。

 

 上坂達が滑走路に降りると、整備兵達は弾切れになった銃を受け取る。

 

「お疲れ様です!」

 

「30分後にまた出撃する。整備を急いでくれ」

 

「わかりました!」

 

 上坂達はその場でストライカーユニットを脱ぐと、臨時に設けられた待機所に向かって歩き出す。しかし彼らの足取りは重く、皆疲労の表情を顔に浮かべていた。

 

「……あ」

 

「おっと……。大丈夫か」

 

「は、はい……」

 

 倒れそうになった稲垣を、上坂が慌てて支える。稲垣は再び自力で歩き出すが、いつものような元気がない。

 

「……次は出撃させない方がいいみたいね」

 

「ええ、稲垣は待機させます。これ以上飛ばせるわけにはいけません。……マルセイユ。お前はどうだ?」

 

 上坂は後ろにいたマルセイユを見やる。アフリカの星と呼ばれる彼女も、連日の出撃で目の下に隈を作っていた。

 

「……私は大丈夫だ。イチローより先にくたばりはしない」

 

「私も何とか大丈夫です。次も出撃できます」

 

 明らかに疲れているマルセイユとライーサだが、少なくともまだ戦えると聞いて上坂は安堵する。稲垣が戦闘不能になってしまった今、これ以上の戦力低下は避けたかったからだ。

 

「……でも、そろそろ限界が近づいているようね。私達も」

 

「…………」

 

 加東がポツリと言った言葉に、この場にいる全員が最悪の事態を想定してしまい、空気が一気に重くなる。加東も自らの失言で押し黙ってしまった。と――、

 

『航空歩兵隊! ただちに出撃せよ!』

 

 スピーカーからモントゴメリーの怒声が響き渡る。どうやら前線から援護要請が届いたのだろう。

 

「……ヤレヤレ、まだ10分も経っていないぞ……」

 

「仕方がないわよ。前線の子達なんて休みがあるかどうかさえ分からないんだし、私達はまだ恵まれているわ」

 

 加東はマルセイユを宥める。

 

「さっさと出撃する! マルセイユ! 地上攻撃は俺がやるから、制空は頼んだ!」

 

 上坂は自らを奮い立たせるように大声を出し、整備が終わった自らのストライカーに向かって走り出した。

 

 

 

 

 

 スフィンクス作戦――。

 ネウロイにスエズ運河を制圧されている人類が、これを奪還せんと立案された大規模作戦である。主にブリタニア、カールスラント、リベリオンを中心とし、砂漠の狐ことエルヴィン・ロンメル中将が司令官を務める今回の作戦は序盤こそ特に問題もなく作戦が行われていたが、人類軍はネウロイの巧みな誘導により主力部隊の大半が大釜盆地に追い込まれてしまい、絶望的な消耗戦へと突入していった。

 

 

 

 

 

「全中隊! ここを死守するぞ!」

 

 マイルズ少佐は爆炎と砂塵が吹き荒れる中、声を張り上げる。そうでもしないと疲労しきった身体が言うことを聞かないからだ。

 

 マイルズの後ろには、ボロボロになったウィッチ達が隊列を組んでいて、作戦開始時に比べ負傷や魔法力不足によって数を減らしている。しかし、彼女達はまだ良い方だった。

 

「この野郎! こいつでも喰らえ!」

 

「衛生兵! こいつを運んでくれ!」

 

「誰か! 弾を持ってこい!」

 

 彼女の周りから兵士達の怒声と悲鳴が聞こえてくる。こうしている間にもネウロイの攻勢によって多くの命が奪われている。マイルズは歯を食いしばりながら、それでも心は冷静にしてネウロイと対峙していた。と、その時――、

 

「隊長! 危ない!」

 

「えっ?」

 

 マイルズの横に、いつの間にかネウロイが回り込んでいて、彼女に砲口を向けていた。もはや避けることもかなわない必殺の位置――、

 

「どりゃ―――――!」

 

 突然黒い影が横から躍りかかり、ネウロイに体当たりした。ネウロイは自身よりもはるかに小柄な体格をしている影に吹き飛ばされ、宙を舞う。そして影は地面にひっくり返ったネウロイの下腹に小銃の先についていた銃剣を突き刺した。

 

「ふぅ……。大丈夫かー、マイルズー!」

 

 相変わらずの不敵な笑みを浮かべた池田が何事もなかったかのようにマイルズに話しかける。彼の服はボロボロだったが、どこからも血を流しておらず、まだまだ体力が有り余っているという感じだ。

 

「え、ええ……私はまだ大丈夫よ!」

 

 突然の出来事に、しかしマイルズは己を奮い立たせて返事した。

 

「隊長! 新たに50機近いネウロイが接近してきています!」

 

 池田の部下が地平線を指しながら叫ぶ。見れば地平線上で大規模な砂塵が噴き上げていて、その下には黒い無数の影があった。

 

「おー、こりゃまた団体さんか! お前ら! 全員着剣! 丁寧にお出迎えするぞ!」

 

「おー!」

 

 池田の号令一下、扶桑陸戦隊の面々はある者は腰の刀を抜き、あるものは銃剣を小銃に取り付ける。扶桑お得意の突撃体制を取るつもりだ。

 

「ちょっと! 突撃なんて無謀よ!」

 

 我に返ったマイルズが、慌てて彼らを止めようとする。

 

「心配すんな! マイルズ達はしばらく休んでいてください!」

 

 そういうと、池田は部下達に向き直る。

 

「よーし! お前ら! 突撃―――!」

 

「ウォ―――――!」

 

 隊員達は声を張り上げ、突撃ラッパの音色と共にネウロイに向かって突撃して行く。

 

 ネウロイは近づけまいと砲火を浴びせるが、巧みな回避行動により誰一人として当たらず、周囲に砂煙をあげるだけだ。そして池田達はネウロイの懐に潜り込むと、刀や銃剣などを駆使して白兵戦を繰り広げる。その様子を見て傷ついていた兵士達は歓声を上げ、今まで座り込んでいた者達も銃を持って立ち上がった。

 

「もう! 私達も援護するわよ! 全隊突撃!」

 

 マイルズも彼らの男らしい戦いぶりに力を貰い、残った力を振り絞って乱戦を繰り広げている戦場に突撃して行った。

 

 

 

 

 

「そんな作戦承認できるか!」

 

 夜。作戦会議中パットンは拳で机を叩く。その衝撃で机の上にあったコップが倒れ、水が机の上にこぼれた。

 

「……わかってくれパットン。私だってこんなことはしたくない。だが……そうでもしないと我々の反撃の糸口はなくなってしまうのだ」

 

 モントゴメリーは静かに、しかしながら悔しそうに唇を噛みしめる。

 

「だから……士官とウィッチ達以外を見殺しにせよというのか! モンティ!」

 

「私だって全員を助けたい!」

 

 パットンが言い終わらない内に、モントゴメリーは珍しく声を張り上げる。

 

「しかし現状はどうだ!? 航空歩兵は疲労困憊! 陸戦ウィッチも僅かに二人! こんな状態でどうやって彼らを助けろと言うのだ! 士官達やウィッチだけを救出することすら難しいというのに!」

 

「……っ」

 

 モントゴメリーの怒声に、パットンは思わずたじろぐ。確かに彼の言う通り予備戦力はあまりにも心ともなく、主力部隊の掩護さえできるかどうか怪しい。その上頼みの綱である航空ウィッチ隊も飛行不能者も出ており、そうでなくとも連日の出撃によって心も体も疲れ切っている。出撃不能になるのも時間の問題。これでもし笹本の尽力によって補給が潤沢に来ていなかったら詰んでいただろう。

 

「……だが! ここで兵士を見殺しにしたら間違いなく士気はどん底まで落ちるぞ!」

 

「じゃあどうしたら良いというんだ!」

 

「……少しよろしいでしょうか?」

 

 それまでずっと黙っていた上坂が手を上げる。

 

「……なんだね? 上坂君」

 

 上坂は意を決し、口を開く。

 

「……まだ戦闘可能なうちにネウロイの包囲網の一角を破り、脱出させるという作戦はどうでしょう? これならばこちらが少ない兵力でも援護可能だと思います」

 

「確かにそれは考えた。だがそれでは一カ所に攻撃を集中している間に後方から攻撃を受ける危険性がある。とてもではないがその提案は受け入れられん」

 

 モントゴメリーはかぶりを振った。彼もこの作戦を考えたようだが、そこがネ不安要素となって採用できなかったようだ。

 

 しかし、上坂はその解決方法を考えていた。だが、それは普通ならば到底受け入れられないものであり、上坂自身も外道の策だと認識している。だがこうでもしなければ瀕死の将兵達を助けられないと思っていた。

 

「ならば囮の部隊を編制し、後方の安全を確保させては」

 

「……!?」

 

 上坂の提案にパットンとモントゴメリーは息を飲む。

 

「まて! そんな作戦は受け入れられん!」

 

「そうだ! 大体喜んで囮になるバカがいるわけないだろう!」

 

「……います」

 

「なっ……!」

 

 驚きで目を見開く二人をながめながら、上坂はまるであの時の馬鹿参謀だな、俺は――と、自嘲の笑みを浮かべていた。

 


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