ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第二話

しばらく車を走らせていると、やがてブリタニアの駐屯地に着いた。

 

――ブリタニア陸軍第八軍第七機甲師団。デザートラッツと称されるその部隊は、補給中隊や師団工兵が一緒にいるので規模が大きく、空いている倉庫なども多い。その部隊の第八軽騎兵連隊の駐屯地に到着した上坂は、そこを一時的に貸してもらうように師団長に挨拶しに行くことになった。

 

上坂はとりあえず部隊全員で挨拶に行くと言ったので、加東は荷物の中にあった陸軍の正装である白衣と緋袴を身に着けた。

 

「全く、これって手甲と脚甲をつけなくちゃならないのよね。砂漠だとこれじゃあ暑いわよ」

 

「なら別に外してもいいですよ。要するにインパクトが重要なだけですから」

 

「……インパクトならあなただけで十分だと思うけどね」

 

「…………」

 

そんな話をしながら師団司令部に向かっていると、一人の男性が加東に話しかけてきた。

 

「おや、カトーじゃないか」

 

「あれ、ウェルナー。あなた、なんでここにいるの?」

 

「いやだなあ、僕はここの参謀だよ」

 

 ブリタニア軍の参謀と仲良く話している姿を見て、稲垣は目を丸くしている。

 

「ところでこの可愛いお嬢さんと、おじさんは?」

 

「…………」

 

まだ20歳にもなっていない上坂は傷ついた表情になる。加東は苦笑いしながら、説明する。するとウェルナーは少し顔を引き攣らせながらも師団長に取り次いでくれて、あっさりと面会することが出来た。

 

「……なあ、ヒガシさん」

 

「なにかしら?」

 

「……俺ってそんなに老けて見えますか?」

 

「……そうかもね」

 

「…………」

 

石造りの殺風景な部屋に通されて少し待っていると、細身で少将の階級章をつけた男性が入ってきた。

 

「私が師団長のオコーナーだ」

 

「始めまして、扶桑皇国陸軍上坂啓一郎大尉であります。こちらは部下の加東圭子大尉、そして新人の稲垣真美軍曹です」

 

「ほう、東部戦線の影(シャドウ)がアフリカに来てくれるとは……」

 

オコーナーは少し顔を綻ばせた。加東と稲垣は上坂がそこまで有名なウィッチであることに驚く。

 

 上坂は、増援として、ウィッチ二名、教官一名、その他それを支援する独立飛行中隊が到着したことを伝え、連合軍指揮下に入ることを申告した。

 

 オコーナーも、たった三人とはいえ、ウィッチの増援が来たことが嬉しいらしく、何かと便宜を図ってくれる約束をしてくれた。

 

 とりあえず、細かいことはウェルナーと打ち合わせをするように言われ、部屋を後にする。

 

 外で待機していたウェルナーに、上坂は補給や、移動に関して簡単な打ち合わせをしてついでに扶桑へ電信を打って貰った。

 

「どうせあの馬鹿参謀どもは、俺達を派遣したことを忘れているに決まっている。電話だったら担当の奴が握りつぶす可能性があるしな」

 

 と言いながら、上坂は陸軍にだけでなく海軍宛にも送る。こうすることで握りつぶされることを阻止できるのだとか。

 

「……けっこうあなたって過激なのね……」

 

それが終わり、廊下を歩いていると、通りかかる人達が物珍しそうに上坂達の周りに集まってきた。

 

 扶桑陸軍のウィッチの正装は巫女服を元にしており、紅白で色鮮やかなので戦場では結構目立つ。また物珍しさもあって、色々な兵士から加東と稲垣と写真を撮って欲しいとせがまれた。

 

 上坂は加東のライカを借りて、憮然とした表情で何枚も撮影する。

 

 ――やがてフィルムが底をつき、三人は写真を撮れなくて残念がっている兵士達に謝りながら、急いでその場を後にした。

 

 

 

 

 

「……それにしても、加東大尉は人脈が豊富なんですね」

 

 各国の駐屯地に挨拶をして、次にカールスラント軍が使用する飛行場に挨拶しに行こうとしていた道中で、稲垣は感嘆する。

 

 ブリタニア軍に車を借り、上坂が運転している後部座席に加東と稲垣は座っていた。

 

「そう? 別に報道員をしていると、自然にこのくらいの人脈は出来るわよ」

 

「それでも、新参者の扶桑陸軍にとっては有難いですよ」

 

運転していた上坂が口をはさむ。

 

「なにせ、俺だと他の軍とあまり友好な関係が築けそうではないですし、稲垣はまだ新人ですから、こういった交渉ごとは苦手ですしね」

 

「まあそうね」

 

加東もそこは同意する。今年20歳を迎える上坂は、元々の無表情さに合わせて、扶桑海事変の時の傷もあり、怖い印象を持ってしまう。実際初めて稲垣と会ったときは怖がって泣かせてしまったと、上坂はため息をつきながら言っていた。

 

 しかし加東は知っている。彼は非常に優しく、料理と裁縫が趣味という、非常に女性らしい一面も持ち合わせていると言うことを。また事務処理能力も非常に高いので、彼女は事務仕事を全て押し付ける気でいた。

 

「……あ、そう言えば」

 

「なんですか?」

 

ふと気付いたのか、加東は稲垣に向き直る。

 

「呼び方についてなんだけど……私のことはケイって呼んでいいわよ」

 

「ケイ、ですか?」

 

「そう、親しくなった人にはそう呼ばれるしね」

 

欧州では、一般的に扶桑の名前は呼ばれにくいとされるが、ケイやカトーは、欧州にもある名前なので、呼びやすい。そのため欧州では、ケイと呼ばれることが多いのだ。

 

「ケイ? ヒガシさんって呼ばれることの方が多い様な……」

 

「あんたは黙ってなさい」

 

「…………」

 

 加東は上坂を黙らせ、改めて稲垣に視線を移す。

 

「け、ケイさん……?」

 

少し恥ずかしいのか、それとも尊敬する人をそんなふうに呼んでいいのかと、稲垣は恥ずかしそうにつぶやく。

 

「そう、それでいいわ」

 

加東はその光景を、微笑ましく見守っていた。

 

 

 

 

 

カールスラントの野戦飛行場――

 

 アフリカにおいて唯一の飛行隊であり、アフリカ防衛の要と称されるこの場所に、上坂達は着いた。

 

 早速現地の部隊長に挨拶しようとすると、加東が待ったをかける。

 

「ここは私が先に行くわ」

 

「どうしてですか?」

 

「ここのウィッチは結構気難しくて。でも私とは会ったことがあるから大丈夫なの」

 

「そうですか、ならお願いします」

 

そういうと、加東は有刺鉄線で囲まれた基地の一角に走っていく。その入り口には看板が立っていて、ブリタニア語で【gentleman off limit】と書かれていた。あそこがウィッチ達の居住区画である。

 

 加東はその一角にいた黒人の女性に話しかけると、少しして手招きをした。

 

「よし、行くぞ稲垣」

 

「は、はい!」

 

二人は後を追うように、その一角に近づいて行く。

 

 上坂が入り口を越えたとき、黒人の女性が少し顔をしかめたが、そんなことは気にせずに一つのテントの中に入る。中は思ったより広く、入口の所が二重になっていて、中に砂埃が侵入しない様になっていた。

 

「なんだ? ここはウィッチ以外立ち入り禁止なはずだが……」

 

そのテントの中に、いかにも勝気なウィッチが椅子に座って上坂を睨みつける。

 

「俺もそのウィッチなんだがな……」

 

「私をからかっているのか? カールスラントには男性ウィッチなんていないぞ」

 

「……探せばいると思うぞ。今度よく探してみればいい」

 

初対面でいきなり険悪な雰囲気になりかけた二人(といっても、上坂は気にも留めていないが……)の間に、加東は慌てて入り込む。

 

「あ、ほら、この人が私の上司なのよ」

 

「失礼した、扶桑皇国陸軍アフリカ派遣独立飛行中隊隊長、上坂啓一郎大尉だ」

 

上坂はいつもと変わらず、冷静に自己紹介する。その様子を見て、目の前のウィッチは含み笑いを浮かべながら自己紹介をした。

 

「失礼しました。カールスラント空軍JG27所属、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユ中尉です。どうぞよろしく」

 

挑発的なマルセイユの答礼だったが、上坂は軽く息をつくだけ。このような扱いを受けるのは慣れているので、特段に気にしていなかった。

加東はマルセイユに向き直り、話を進める。

 

「ええと……とにかく私たち扶桑皇国陸軍も、この基地を使わせて欲しいの。だから挨拶に来たのよ」

 

「そうだ、……一応扶桑の酒を持ってきたんだが、いるか?」

 

「いる!」

 

上坂の言葉に飛びつくマルセイユ。さっきの嫌味はどこへ行ったのか、途端に笑い声をあげた。

 

「いや~、扶桑の男性は固い奴ばかりだと聞いていたが、イチローはなかなか話の分かる奴じゃないか」

 

「……どうなっているんですか? これ」

 

突然の変貌ぶりに、上坂は困惑しながら加東に尋ねる。

 

「いつもこんな感じよ。プロパダンカでは孤島のウィッチとか言われているけど、負けず嫌いで大酒飲み。……まあそのうち慣れるわ」

 

「あ、そうですか……」

 

「あはははは……それにしても、加東のその恰好はなんだ? ひょっとして、それが噂に聞くサムライの衣装なのか?」

 

「え、ええ、これは扶桑陸軍の正装なの。もう一度空を飛ぼうと思ってんね」

 

「そうか、飛ぶ気になったのか」

 

マルセイユは微笑を浮かべる。

 

「ええ、あなたのおかげでね」

 

加東もつられて微笑を浮かべた。

 

「我々は空に生き、空に帰る。飛ぶのが我々の宿命だ。地べたを這いずり回るような真似は二度とできない」

 

「確かにそうだな、そのための魔法だ。俺達は憧れの存在でなければならない、人類の勝利のために」

 

マルセイユと上坂のやり取りを見て、加東はこの二人が誇りを持って飛んでいることに気付き、根っこの部分が似ているんだと思った。

 

「それで、そっちの小さいのは?」

 

「ああ、新人の稲垣真美軍曹だ」

 

二人のやり取りをぼーっと見ていた稲垣は、慌てて挙手の礼をする。

 

「は、初めまして! 稲垣真美軍曹であります!」

 

「ああ、宜しく」

 

マルセイユの答礼をする顔は穏やかである。どうやら素直そうな稲垣を見て、年上としての品格を見せたのだろう。……既に先ほどの醜態を見せつけている時点で手遅れだと思うが。

 

「……ところで、上坂は大尉だったよな?」

 

「ああ、そうだが……」

 

 急に階級の話をし始めるマルセイユ。

 

「なるほど……」

 

マルセイユは何かを思いついたかのような笑みを浮かべる。と思ったら部屋の隅に控えていた女性を呼んだ。

 

「おい、マティルダ、電話を持ってきてくれ」

 

「はい」

 

しばらくして、野戦電話を持ってきたマティルダ。それを受け取ると何処かへと電話を掛けた。

 

「ああ、私だ。将軍はいるか? 今日も現場で視察中? ……じゃあ君でいい。……うん、……そう、実は今、うちの基地に扶桑の増援が来たんだ。……そうそう、それだ。そこでだ、前にちょっと聞いた統合戦闘航空団の件なんだが……」

 

しばらく会話が続いたが、話がついたようでマルセイユは電話を切る。そして嬉しそうに上坂を見た。

 

「よし、イチロー、今日から司令官をやってくれ」

 

「……はっ?」

 

 目を点にする上坂。加東も話がよくわからず、ただ話を聞いている。

 

「……いきなり何の話だ?」

 

「簡単なことだ。ここに統合戦闘航空団を作ろうということだ」

 

「統合航空戦団……ってスオムスにあるアレのこと?」

 

「そうだ」

 

加東の問いに肯定するマルセイユ。1939年に設立されたスオムス義勇軍飛行中隊は、当初の予想を大幅に裏切って大幅な活躍をした多国籍部隊。マルセイユはそれをアフリカにも作ろうというのだ。

 

「まあ要するに、面倒事は嫌だから、イチローが全部やってくれってことだ」

 

「おい」

 

マルセイユのあけすけな言葉に、上坂は思わずツッコむ。

 

「大体それなら、戦闘に参加しないヒガシさんの方が……」

 

「頑張ってくださいね、先任殿」

 

加東は面倒事に巻き込まれまいと、先任士官であることを理由に、隊長になることを笑顔で(明確に)拒否した。

 

「……はぁ」

 

上坂は観念して、盛大なため息をついた。

 

 


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