「じゃあ、行ってきます。それと、こんなにたくさんのお土産を持たせてくれてありがとうございます」
早朝――
まだ地平線から陽が昇っていない中、北野は背中の雑嚢には目一杯膨らませている。昨日色々と頂いたお礼として、上坂達が持たせたお土産を入れているからだ。
「ああ、現地住民との交流を深めておいた方がいいからな。……現地で物資を調達できると助かる」
上坂は苦笑する。現地住民への宣撫活動と言うと下心丸出しだと思ったので、あえて言葉を選んだからだ。
と――、
基地内に設置されたスピーカーから突如警報が鳴り響いた。ネウロイの襲来である。
「っ……! 警報! 緊急発進(スクランブル)せよ!」
警報によって、今まで眠っていた者たちも慌てて飛び起き、基地内は一気に騒然となる。
「くそ! こんな時間に……。まわせー!」
マルセイユは上着を羽織りながら、愛機に駆け寄ると、発進準備を整える。他の隊員達もそれぞれ戦闘準備を整えていた。その最中――、
スピーカーから、突如聞こえてきたモントゴメリーの声。
『こちらモントゴメリー。出撃中止』
「なっ……!」
抑制された声に、全員が耳を疑う。モントゴメリーは続けた。
『奴らはこちらではなく、アルアシブ市場に向かっている。町の防衛はエジプト軍の管轄だ。君たちの任務ではない』
昨日北野が行った市場は、現地のエジプト軍が独自に防衛しており、各国軍の援護を必要としないと最初から公言していた。モントゴメリーとしても、大きな作戦の前に大事な戦力を失いたくなかったため、出撃を中止させたのだ。しかし――、
「何言ってんのよ!?」
「…………ック!」
街を防衛するエジプト軍にはウィッチがいない。それにウィッチ達にとってそのような協定より、軍人として民間人を守ることの方がはるかに大事だ。彼女達は盛んに抗議し、あるものはスピーカーを睨みつける。
「隊長! 出撃許可をお願いします!」
池田は唯一モントゴメリーに意見できる上坂に詰め寄る。彼もまたネウロイの侵攻を黙ってみることはできない――しかし、上坂は握り拳をしたまま黙って下を向いている。
「啓一郎!」
加東も上坂に詰め寄るが、微動だにしない。上坂も本当は助けに行きたい。だが、上官の命令は絶対だ――軍隊というものをよく知る彼が葛藤していた、その時――、
「あれ、ルコは!?」
シャーロットのつぶやきで、皆が周りを見渡す。北野の姿がどこにもなかった。
「……まさか!?」
「町の皆が!」
北野は一人、市場へと向かっている。彼女は昨日出会った人達を守りたい――その気持ちだけがあった。
しかし、幾ら陸戦ストライカーでも市場へは遠く、このままでは間に合わない。
「――魔女は君一人か!?」
突然北野の後ろに、バイクが滑り込んでくる。ローブをまとった男性がバイクにまたがっていた。
「あの……どちら様?」
「話は後だ! 近道だ! 着いて来い!」
茫然とする北野を尻目に、男性は目の前にあった崖を一気に下り下りていく。北野も慌てて後を追った。
アルアシブ市場――。
カイロ市民の避難場所となっていたこの町は現在ネウロイの猛攻を受け、黒煙を吹いている。瓦礫が散乱する道の中人々は逃げまどい、ネウロイはそれを追い立てるように攻撃を加える。
一台の陸戦ネウロイの前面装甲に砲弾が命中し、バランスを崩して建物を巻き込むように倒れ込んだ。
「ここは我々が守る! エジプト軍人の意地を見せろ!」
ナセル大尉が対戦車砲に取り付いている部下達に声を張り上げる。彼は全体を見回し、次の目標を探すが、いかせん大通りとはいえ車が三台程度通れる位しか幅が無く、結果的に射線も限定される。
対してネウロイは、鉄塔のような長い脚で、高い位置から人間達を見下ろしている。そして一機のネウロイがナセル大尉達を見つけた。
「くっ……! 撃てっ!」
ナセルの号令で、対戦車砲から37mm砲弾が放たれる。しかしネウロイの正面装甲に命中するも虚しくはじかれる。ネウロイはその攻撃をあざ笑うかのようにゆっくりと砲口を向け、発砲した。
「うわっ!」
先ほどの砲撃で照準がずれたのか直撃はしなかったものの、すぐ近くにビームが着弾し、破片で数人の部下が負傷し、大砲も損傷してしまった。
「くっ……! 後退しろ! ここは私が何とかする!」
「しかし……!」
「いいから行け!」
部下達が負傷した仲間を抱えて後退する。だが、ネウロイはそんな彼らに方向を向ける。
「くそっ……! こっちだ、ネウロイ!」
ナセルは拳銃を取り出して発砲しようとした時――、
突如ネウロイに何かが当たり、そのままバランスを崩して倒れた。
「……なっ」
ナセルは後ろを振り返る。そこには昨日追い払ったウィッチがいた。
「このー! チャーチルのスパム缶をくらえー! もったいないけど……!」
北野はリュックに入っていたスパム缶を投げつける。咄嗟に出撃したため町に着いたとき武器が無いことに気付き、仕方なしにリュックの中にあった一番質量の大きい物を投げつける。本来なら昨日お土産を持たせてくれた人たちに渡したかった食料だったが、そんなことを言っていられない。だが、やはりただの缶詰ではネウロイを撃破できなかった。
斃れたネウロイは立ち上がり、北野を脅威と判断したのか彼女に砲口を向け、ビームを放つ。
「くうっ……」
ネウロイの攻撃を北野はシールドで防ぐ。しかし、彼女の陸戦ストライカーの防御力はあまり高くなく、そう長くは持たない。
「何しているんだ小娘! さっさと逃げろ!」
ナセルは北野に避難を促す。元々アルアシブ市場の防衛はエジプト軍の管轄であり、東洋のウィッチには関係のない場所だ。しかし――、
「おじさんこそ早く逃げてください!」
北野は覚悟すると、腰につけていた唯一の武器である銃剣を抜く。
「バカ者! そんなことできるか!」
「私は……! 私は私に出来ることをします! あなたはあなたが出来ることを!」
「……ッ!」
ナセルは少女の覚悟をしかと受け止めながら――それでもその場を動かない。
「小娘! 私はおじさんではない! 私はエジプト陸軍、ナセル大尉! エジプトの民は私が守る!」
ナセルは持っていた拳銃を構えてネウロイに発砲する。
「なっ、何やっているんですか!? 早く逃げてください!」
「お前こそ早く逃げろ! 小娘!」
そうしている間にもネウロイの攻撃は続き、北野のシールドが限界に近づいていく。
「も……もうだめ……!」
北野が覚悟して目をつぶった時――、
突如目の前のネウロイが爆発する。その爆風は凄まじく、北野達にも暴風が吹きつけた。
「な、なに……?」
「騎兵隊ただ今参上よ!」
北野が混乱していると、後ろから聞き知った声が聞こえてくる。彼女の後ろにはにはリベリオン陸軍の陸戦ウィッチ隊、パットンガールズの面々がいた。
「みんな……!」
「お待たせ、ルコ!」
彼女達の後ろから、巨大な陸戦ストライカーが現れる。シャーロットのティーガーもようやく戦場に到着したのだ。
「全隊突撃! ネウロイどもを一匹も逃がすな!」
「うぉー!」
池田率いる士魂中隊がネウロイに三八式小銃で突撃して行く。建物を利用してネウロイに近づき、比較的小柄な物にはそのまま銃剣で突き、大型の物には足に取り付き、そのままよじ登り始める。ネウロイは慌てて振りほどこうともがき、動きが鈍くなる。
「こちらアラドーI(アイン)!動きを止めた目標を攻撃! 攻撃!」
「了解! 翔平! 巻き込まれないようにね! マミ! よろしく!」
「はい!」
地上からの援護要請を受け取った加東は、隣にいた稲垣に命ずる。稲垣は抱えていた40mm砲を構えると急降下を開始し、照準器いっぱいにネウロイに近づき、引き金を引いた。
放たれた40mm徹甲弾は、直前まで池田達が取り付いていたネウロイの装甲の薄い上部を貫き、内部で爆発を起こす。そのままネウロイは瓦礫の町に崩れ落ちた。
「やった……!」
低空まで降りていた稲垣の真後ろで爆発が起こる。見れば飛行型ネウロイが煙を吹きながら落ちて行っている。
「稲垣。後方の警戒を怠るな」
「す、すみません!」
どうやら上坂が撃ち落としたようだ。稲垣は気を引き締めてあたりを見渡す。上空ではマルセイユ達がネウロイ達と格闘戦(ドックファイト)を繰り広げており、空にいくつもの花火が咲いている。
ネウロイは形勢不利と判断したのか、撤退を開始した。それを追撃しようとするマイルズ隊。
「全隊! ネウロイを逃がすな……!」
『マイルズ君。深追いは無用。あとは任せたまえ』
「だ……誰ですか!?」
突如入った通信に、マイルズは思わず尋ね返す。しかし、それっきり通信がつながらなくなった。
同時刻、近くの岩場――。
ローブをまとった男性が、指揮棒を持った片手を振り上げる。彼の後ろには、エジプト中から集めたんじゃないこというほど、多くの大砲がいざ火を噴かんとネウロイにその砲口を向けている。
「ネウロイよ……エジプトの民からのプレゼントだ!」
男性が片手を振り下ろすと、後方の大砲群が一斉に咆哮する。そして、撤退していたネウロイを包み込むように着弾、中央あたりから誘爆が起こった。
「ネウロイ殲滅しました! やりましたね、ロレンス大佐!」
着弾観測班が、指揮官に報告をする。
「ああ、さすがはウィッチ達だ」
かつてアラビアのロレンスと呼ばれた男は静かに微笑み、双眼鏡をのぞきこむ。その視線の先には市民たちに歓迎されているウィッチ達の姿があった。
「……君が命令違反とは珍しいな……」
ウィッチ達が帰還し、モントゴメリーは上坂を呼び出す。彼は今回の行動についての弁解を聞きたかった。しかし――
「……今回は命令違反などしておりません」
上坂は手を後ろに組んだまま、冷静に答える。
「ほう……。私が出撃中止といったのに、それを無視して出撃しておいて命令違反が無いと?」
「はい。今回は出撃をしておりません。なぜなら我々は“お買い物”に行っただけですから」
「……は?」
モントゴメリーは耳を疑う。
「ですから。今回は市場へお買い物に行っただけです。ネウロイの命を」
「……くくく、はっはっはっ!」
上坂のあくまで冷静に答える姿に、一緒に聞いていたパットンが笑い出す。
「……何が可笑しい」
「ハハハ……! お前の負けだモンティ! 確かに今回はお嬢ちゃん達は出撃していない! だって“買い物”に行っただけなんだからな!」
パットンは葉巻を咥えなおした。
「……“市場へお買い物へ行く(ショッピングインバザール)”だと……。全く……!」
モントゴメリーはため息をつくと、天井を仰ぐ。
「あの時もそうだった! スエズ防衛を命じたのに魔女達はカイロ市民の救済にまわってしまった!」
1940年のスエズ運河防衛の時も、同じようなことがあった彼にとって、ウィッチ達の思考回路が分からなかった。
「……それは」
上坂は彼女達の気持ちを代弁する。それは、彼女達が戦う理由でもある。
「彼女達は軍人である前にウィッチであり、人間だからだと思います」
「…………まったくけしからん連中だな」
ため息をつくモントゴメリーの顔には、笑みが浮かんでいる。
「ええ、けしからん連中で……頼りになる戦友です」
上坂もつられるように、僅かに微笑んだ。