アフリカの砂漠に砂煙が舞う。その中心には各国から派遣された陸戦ウィッチ達の姿があった。
「伏せ! 500m躍進! 進め!」
アフリカ合同陸戦隊の隊長に任命されたマイルズ少佐は大声を張り上げ、新しく指揮下に入った部下達を叱咤する。
「あんたたちが私達マイルズ隊と同じくらい、砂漠と友達になるまで容赦しないわよ!」
マイルズは特にリベリオン隊の訓練に力を入れていて、彼女達がヘトヘトになっていても容赦なく訓練を進める。
「マイルズ少佐の鬼! 悪魔!」
「い……いつかギャフンと言わせちゃる……!」
リベリオンのウィッチ達は、荒い息をしながらも必死に食らいついていた。
「全隊、とつげーき!」
「うぉ―――――!」
そんな中、彼女達の横を物凄い勢いで通り過ぎていく少年達。
扶桑皇国陸軍第十一陸戦中隊、通称“士魂中隊”。新たにアフリカに送られてきた扶桑の陸戦部隊である。
「うわー、すご……」
パットンガールズの面々は、その後ろ姿を茫然と見送っている。マイルズも過酷な訓練をしている最中にもかかわらず、暑苦しい笑顔で訓練を行っている彼らにあきれ半分な視線を送っていた。
「……まったく」
マイルズはため息をつくと、彼らの後を追う。彼女の頭にはいろいろ言いたいことが渦巻いていた。
そもそも、なぜ彼らがアフリカにやってきたのか。発端は数か月前まで遡る――。
「はっきり言おう。戦力が足りない」
各国の指揮官達が集まる会議で、(三人の話し合いの結果)空陸共同部隊の指揮官になったモントゴメリーは早々に発言した。
「戦力が足りない……てぇのはどういうことだ、モンティ?」
葉巻を吹かしながらパットンが尋ねる。ロンメルや上坂も不思議そうな顔をしていた。
「言葉の通りだ。このままでは例の作戦時に戦力が足らなくなる」
「そう言われてもな……ちなみにあとどのくらい欲しいんだ?」
「うむ、あと一個大隊……いや、最低でも一個中隊は欲しい。どこか本国に頼めないか? パットン。お前のところならもう少しぐらい派遣できるんじゃないか?」
「無茶言うな。ウチ(リベリオン)はもともとウィッチが少ないということぐらい知っているだろう」
元々ヨーロッパからの移民達で構成されたリベリオンではウィッチの数が他の国に比べると少ない。そのため、弾薬や戦車などの機械類は要求するよりはるかに多く送って来てくれるのだが、ウィッチだけはどうしようもないのだ。
ちなみにだが、ウィッチの割合を、ブリタニアを基準としてみると、カールスラントと扶桑が多めで、ガリアとオラーシャが意外と少ない。そのため東部戦線では主力のはずのオラーシャ軍が苦戦している。幸い兵士だけは非常に多いため、口の悪い兵士からはおびただしい血によって戦線を持たせていると言われているほどだ。
「そうだったな……ロンメル」
モントゴメリーは巻き煙草を吸っているロンメルを見るが、彼の表情は渋かった。
「本国も東部戦線に主力を送っているからな……やはり無理だろう」
「そうか……ん、どうした、上坂大尉?」
諦めかけたモントゴメリーは、ふと煙草を咥えたまま目を泳がせている上坂に気付く。いつも冷静沈着の彼にしては珍しい光景だ。
「え゛っ? ……いえ、その……」
「なんだ、歯切れが悪いな?」
「は、はあ……実は……」
パットンに急かされ、上坂は諦めたのか煙草を灰皿に押し付けると、モントゴメリーに向き直る。
「……一個中隊程度なら、恐らく扶桑の陸戦部隊を派遣することは可能です」
「なんだと!」
この場にいる三人が思わず立ち上がる。扶桑は島国であり、陸軍戦力はそんなに多くないのにもかかわらずシベリア鉄道を使って東部戦線に部隊を派遣している。そのためまさか扶桑が隠し玉を持っているとは思わなかったからだ。
「どうして早くそれを言わなかったんだ!?」
「全くだぜ! それならもっとウィッチ達の負担も減るだろうに」
ロンメルとパットンが詰め寄るが、上坂はこれだけは言わないといけないと思い、言葉を続ける。
「いえ、確かに部隊を派遣できます……できますが……」
「なんだ?」
上坂は絞り出すような声を出す。
「……その部隊は実戦経験がなく、さらに扶桑国内では問題児扱いされている者達ですから……そのような部隊をいきなりアフリカに派遣するのは……」
「なんだ、そんなことか。そんなことで済むならば別に問題はない。儂らで何とかすればいいのだからな」
「は、はぁ……ですが……」
「ともかく! ただちに扶桑から援軍を呼んでくれ。わかったな、大尉」
階級のことを引き出されると何も言えない。上坂はしばらく頬を引き攣らせていたが、諦めたようにため息をついた。
「わかりました。……ですが、正直自分では彼らの責任を持てません。それだけは言っておきます」
「構わん。儂らで何とかしよう」
このとき、三将軍達は上坂の発言を深く考えなかった。この出来事により、扶桑の最強にして最悪の問題児集団はアフリカの地を踏むことになったのだった――。
「ショーへー! そんな直線的な動きの動きじゃあ砂漠戦ではすぐにやられるわよ!」
マイルズは160㎝ぐらいの小柄な少年を呼び止める。彼が扶桑皇国陸軍第十一陸戦隊の隊長、池田翔平17歳。
極道の息子という変わった経歴の持ち主だが、魔法力が“発現”した際、親に勘当されてまで軍に入った変わり者。性格は上坂とはほぼ真反対と言って良いほど熱血で暑苦しい。
「なんだ? マイルズ!」
「階級くらい付けろ!」
親の影響もあってか極道というものが嫌いな彼だが、精神だけは(気付いていないが)しっかりと受け継いでおり、“義理と人情”が座右の銘である。そのためかはわからないが、おおよそ軍人とは思えない言葉づかいであった。
「……まあいいわ! それより! 砂漠戦っていうのは……」
直進運動は格好の的になる、と言葉を続けようとした時――
「伏せろ!」
「え……、きゃぁ!」
突然池田が叫んだかと思うと、茫然としていたマイルズを引きずり倒す。その瞬間、近くの地面で盛大な土煙と爆発音が鳴り響いた。
その上空を、40mm砲を小脇に抱えた稲垣が通過する。
『だ、大丈夫ですか!?』
「心配ないぞ! ドンドン撃ちこんでこい!」
『で、でも……』
友軍誤射(フレンドリーファイア)を心配する稲垣をよそに、池田はさらに無茶な要求を言う。
「よっしゃ! 今度はさらにギリギリを狙え!」
『え――――――!?』
「ちょっとショーヘー! 何勝手に言っているのよ!」
ようやく起き上がったマイルズは先ほど引き倒されたとき、池田が上に覆いかぶさってきた影響か、顔を赤らめている。
「はっはっはっ! 心配すんなって!」
しかし池田はそんなことは気にせず、腰に手を当て、高らかな笑い声をあげていた。
「フム……」
少し離れた丘の上で、一人の男性がラクダにまたがり、彼女達の様子を見ていた。双眼鏡から見れば、マイルズが怒りをおあらわにして池田に詰め寄っている。
「どうですか? ウチの者たちは」
いつの間にか、その男性の後ろに上坂が立っていた。
「……そうだな」
しかし男性は特に驚くこともなく、振り返りもしないまま彼ら、彼女らの状況を冷静に分析する。
「だいぶ砂漠にも慣れてきたみたいだが……まだまだ素人といったところか……」
「……だいぶ厳しい意見ですね」
上坂は少し肩をすくめる。
「だが、あの子達なら何かをやってくれそうだよ」
男性は嬉しそうな笑みを口元に浮かべ、双眼鏡から目を離した。
「はぁ……、全くもう……!」
訓練終了後、マイルズは体中を砂まみれにしながら戻ってきた。
「……スマン。ウチの者が迷惑かけた」
ブリタニア陸軍の陸戦ストライカーユニット、マチルダⅡを脱いでいるマイルズに話しかける上坂。先ほどの訓練で池田達扶桑の陸戦部隊が多大な迷惑をかけていたのを見たからだ。
「別に気にしてませんよ~。戦闘になったら頼りになるあいつらをさっさと戦場に放り込めばいいだけですし」
ブリタニア人らしく皮肉を交えて返すマイルズ。若干彼女の笑顔が怖い。
「いや、それは……あいつらならそっちの方がいいのかも……?」
顔を引き攣らせる上坂だが、改めて考えてみるとマイルズの言っていることが正しく思えてくる。
(がははは! 全軍突撃―――!)
(うお――――!)
陸戦ネウロイの大群を前に高笑いする池田と愉快な仲間達(?)。そんな想像が上坂の脳裏によぎった。
「……まあ冗談はともかく、池田大尉には砂漠の戦闘ってものを叩きこまなければいけませんね」
「そりゃあそうだろう。あいつらが想定していた戦場は北国の積雪地帯だからな」
「まっ、こっちは任せてください。アフリカは私にとってホームグラウンドですから」
そう言うと、マイルズは胸を張った。
翌日。
「お―――! すげーな、地平線が見える」
戦場から少し離れた岩場地帯。その中にある岩山の上に、池田とマイルズはいた。
マイルズはアフリカの地理を覚えてもらうためにと扶桑陸戦部隊隊長の池田を連れ、ストライカーユニットを履いて現地調査をしている。その途中、この前の戦闘が起きた場所へとやってきたのだった。
「やっぱアフリカは広いなー。扶桑なら絶対見れない光景だ」
「ブリタニアでも見れない光景よ。さて……」
マイルズはここに来た本来の目的について、語り始める。
「砂漠地帯といっても、誰もが想像するどこまでも砂丘が広がっているというイメージがあるわ。けど実際には瓦礫の荒野が広がっているし、場所によってはここみたいに岩山が連なっている場所もある。私達はそのような環境下でネウロイと戦わなければいけないの」
日中には気温が60度近くになるが、逆に夜は零度近くにまで気温が下がる。しかも夏だけ異様に長く、他の季節は短い。長期に干ばつが続くかと思えば、突然に豪雨が降る。脱水症状、熱中症、赤痢、皮膚病などになる兵士は続出し、また砂塵で眼病になる者も多い。加えて砂は兵器類や通信機器類の機能低下や故障も招く。砂嵐の場合はより地獄である。砂嵐にはジャミングに似た効果があり、通信機能がマヒすることすらある。人間が生活する場所とは到底思えない。池田達が想定していた戦場、積雪地帯とは大違いである。
「しっかし、こんな最果ての地に来ることになるとは想像もしてなかったな~」
「最果ての地って言っても、トブルクを北上すればすぐにクレタ島に着くし、さらにちょっと行けばロマーニャ半島よ。欧州からは意外と近いわ」
「なるほど。そうなると補給はロマーニャからくるわけだな」
「そうね。ショーヘー達はタイプ1(一式陸戦脚)を使っているけど、今後の状況によっては欧州のユニットを使わないといけなくなるかもしれないかも」
池田が使用しているのは扶桑皇国陸軍で開発された一式陸戦脚。北野が使用している九七式陸戦脚の改良型であり、機動力と航続距離に優れているが、主砲の口径は欧州で採用されていた初期の陸戦脚とほぼ同じもので、装甲も薄く、対装甲ネウロイ戦には厳しいものがあった。
しかし、池田は首を振る。
「いや、俺達はこのまま一式を使う。確かに装甲は薄いが、その分機動力と航続性能に優れるからな。俺達を“駆逐艦”として扱い、マイルズ達を“戦艦”として扱えば戦略の幅が広がるだろう」
腰に手を当て、主張する池田にマイルズは驚愕した。彼は既にアフリカでの戦闘を海戦と似ていること気付いたことに。
(……驚いたわ。確かに砂漠戦を海戦と見立てるという主張はロンメル中将がしてたけど、ショーヘーはそのことを既に理解している!)
地平線を見渡せるということは、水平線を見渡せる海とよく似ている。そこで池田は、装甲は薄いが機動力に優れる一式を“駆逐艦”、機動力は低いが火力と装甲に優れるマチルダⅡを“戦艦”と見立てたのだ。
「確かに、そう考えれば戦力の幅は広がるわね……」
マイルズは手を顎に当て、考え込む。彼女の頭では様々なシュミレートがされているのだろう。
――だから気付かなかった。後ろから忍び寄る存在に。
「マイルズ!」
「……えっ?」
池田の声につられて振り返ると、そこにはサソリ型の大型ネウロイが居た。
「なっ……!」
ここは戦場から離れているのになぜ……? とマイルズは驚くが、その威圧感をまともに受けているためか体がまったく言うことを聞かない。
今回はただの案内だけだと思っていたので主武器を持ってきておらず、あるのは拳銃のみ。これではネウロイの装甲を貫くことなどできない。
ネウロイの砲塔がこちらを向き、赤く光る。
(まずい……!)
ようやく動けるようになったマイルズだが、回避するには間に合わない。と――、
「うぉぉぉぉぉ!」
腰に差していた刀を抜き、池田は砲身を切り裂いた。
「しょっ、ショーヘー!?」
攻撃手段を失ったネウロイはハサミみたいな手で池田を叩き潰そうとするが、彼はそれをあっさりと躱し、懐に潜り込むと体の中央部に刃で突き上げる。はるかに巨大な体格を持つネウロイはそのまま空に吹き飛ばされ、白い無数の破片へと変わった。
その夜――。
「ショーヘー」
昼間酷使したストライカーの整備を行っていた池田は声を掛けられ、テントの入り口に視線を移す。そこには少々顔を赤らめたマイルズが立っていた。
「おっ? なんか用か、マイルズ」
「……今日はありがと」
「ん? ああ、別に気にしなさんな。こういう時はお互い様だろ」
「まあそうだけど……」
いつもと違い、マイルズの口調は歯切れが悪い。さすがの池田もそのことに気付き、心配になった。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「いえ、そうじゃなくて……」
しばらく考えた池田は、ようやく気付いた。
「ああ! すまん、生理だったか! いやあ悪い悪い。そのことに気付かなかっただなんて……」
「違うわっ!」
翌日、池田の顔には鮮やかな紅葉が咲いていたという……。
最近作品を見直してて、妙に三点リーダが多いなぁと思うのですが、どうでしょうか?