ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十六話

「空陸共同部隊(エアランドバトルユニット)?」

 

 紫煙が立ち込めるテントの中、パットンが吸い終わった葉巻を灰皿に押し付け、新たな葉巻を取り出し火をつける。

 

「はい。ここ数回の防衛戦においての各国のウィッチの連携の遅れ、それを解消するための案です」

 

 将軍達に囲まれた中、唯一の大尉である上坂が、額に汗を滲ませながら答えた。

 

 上坂の提案――それはここ数回の防衛戦の際、様々な問題が発生していたのだが、それを指揮系統を一本化し、相互連絡を密にすることでより効率的な迎撃を行えるようにしようという提案である。

 

「ゴホッゴホッ……確かに賛成だ。これまでの危機は、現場のウィッチ同士の運用(アドリブ)によって何とかなった」

 

 煙草の煙によって咳をしながら、モントゴメリーが代表して頷く。

 

「だが今後もそのままにしておくのは、上級指揮官の怠惰以外の何者でもない」

 

 ロンメルが煙を吐き出しながら続けた言葉に、上坂は安堵する。これまでの防衛戦闘で、各国のウィッチ達と連携するために様々な手回しをしていたが、それからようやく解放されるのだ。

 

「それでは、了承していただけますね?」

 

「ああ、儂は構わん。ところで――」

 

 上坂は、パットンの言葉に嫌な予感を覚える。

 

「――その部隊は誰の指揮下に入るのかね?」

 

 その一言が出た瞬間、室内の空気が一気に変わった。三人の将軍からあふれてくる、得体のしれない気が、上坂を包み込む。

 

 しばらく静寂が訪れたあと、先陣を切ったのは煙を吐き出しながら煙草を灰皿に押し付けたロンメルだった。

 

「……まあここは士気の観点からも、北アフリカ随一の戦術家たる私に任せていただきたい」

 

 “砂漠の狐”と称されるロンメルの台詞に、咳払いをしながら、“砂漠の鼠”ことモントゴメリーが反論する。

 

「素人は戦術を語り、玄人は戦略を語るものだ! 全戦線の総予備隊として、私が適切に運用させてもらう!」

 

「バカ言うなモンティ。お前に任せたら、戦力差15対1になるまでウィッチを温存しかねないだろ。ウィッチがみんな上がっちまう(・・・・・・)!」

 

 葉巻をスパスパと吸いながら、“ハンニバルの生まれ変わり”パットンが茶々を入れた。

 

 三人の額に青筋が浮かび上がる。一瞬おいて室内にとても他の兵士達には聞かせられないような罵詈雑言の嵐が巻き起こった。

 

 上坂は、痛みだした頭を押さえながら、とにかくこの場を収めようとひとつため息をつくと、姿勢を正し、殴り合いに発展した三人を諌めるように怒気を含んだ声をあげる。

 

「少しよろしいでしょうか!」

 

「うぉっ!」

 

 突然の怒声に、三人はビクッと身体を震わせると上坂の方を向く。

 

「――指揮権が決められないのなら、私に考えがあるのですが」

 

 上坂は、この事態を収束させる提案をだす。

 

 傷だらけの顔になった三人は、渋々とその提案を飲み、上坂は自分がまだ頑張らなければならない――と、盛大なため息をついた。

 

 

 

 

 

「……ねえ啓一郎。昨日あの三将軍に何かあったの?」

 

 翌日、顔中傷だらけにした将軍達を見て、加東は上坂に尋ねる。

 

「……さあ? 自分は知りません」

 

将軍達の名誉のために、適当にはぐらかす上坂。最も、加東もある程度は勘付いているようだが……。

 

「そう、……それにしても、単騎ではぐれたネウロイを早く仕留めた所が指揮権を貰う……って、いったい誰が考えたのかしらね?」

 

「……さあ?」

 

 その提案をした当事者はすっとぼけた。

 

「ルコー! 髪の毛やってー!」

 

 ふと上坂は、近くでシャーロットが北野に抱き着く姿を見てつぶやく。

 

「珍しいな、シャーロットが誰かに懐くなんて」

 

「そうね、いったいどんな魔法を使ったの?」

 

 加東も北野に尋ねる。北野は地面に以前バザールで手に入れた絨毯を敷きながら答える。

 

「いや、何も……。ただ昨日の宴会で、髪をいじらせてもらって」

 

 昨日上坂が将軍達と会議していた間に、その他のウィッチ達は北野の歓迎会を開いていた。そこで仲良くなったのだという。

 

「私、昔から女の子のおしゃれに興味があって、将来そっちの方に進みたかったんですけど……」

 

 北野はシャーロットの長い髪を櫛で丁寧に梳かしていく。シャーロットは気持ちよさそうな表情を浮かべていた。

 

「――魔女の素質があるからって軍に引っ張り込まれちゃって……はい、できた」

 

 綺麗なポニーテールを作り上げると、シャーロットに手鏡を渡す。それの覗き込んだシャーロットは、満面の笑みを浮かべた。

 

「わーありがと、ルコー!」

 

「……お気の毒ね」

 

「まあ軍隊というものはそういうものさ」

 

 上坂達がフォローを入れると、新しくノイエ・カールスラントから送られてきたティーガーの整備を終えたフレデリカがやってきた。

 

「シャーロット! 出発するわよ」

 

「はい!」

 

 シャーロットは北野にお礼を言いながら、自分の愛機に向かっていった。

 

「……さて、俺らもそろそろ出ますか。……北野! お前は将軍がたの護衛を頼む!」

 

「は、はい!」

 

 北野は慌てて立ち上がり、敬礼をした。

 

 

 

 

 

 砂漠と言っても、全ての場所が砂で覆われた大地というわけではない。ここアフリカの大地も、砂漠の中に所々小島のように岩山が顔を出している。その大地の中にブリタニア、リベリオン、カールスラントの陸戦ウィッチ達がそれぞれ隊列を組んで進撃していた。

 

「……規模だけなら、前代未聞の大部隊なんだけど……」

 

 上空から、加東がカメラで撮影しながら感嘆する。

 

「……この程度なら、欧州や東部戦線では当たり前の光景ですよ」

 

 数々の激戦を潜り抜けてきた上坂が特に感情を込めることもなくつぶやく。東部戦線ではこれ以上の規模の部隊がほぼ毎日無数の陸戦型ネウロイと激戦を繰り広げているのだ。

 

「そりゃ啓一郎は欧州戦にも参加してるけど、私は参加していないから見たことないのよ」

 

「……そういえばそうでしたね。すみません」

 

 加東の口をとがらせた文句に、上坂は素直に謝った。

 

 

 

 場所は変わり、近くの岩山の頂上――。

 

 三人の将軍達が、それぞれ指揮下の部隊をよく見ようとお互いを押しのけあっている。お互いが国家を背負っていて張り切っているということはわかるのだが、傍から見ると子供のじゃれ合いにしか見えない。

 

 その少し後ろに、彼らの護衛を任された北野とマティルダが待機していた。

 

「あ、あのぅ……マティルダさん。ご一緒で来てうれしいです」

 

「鷲の使いの命令だ。仕方ない」

 

「ひぃっ……!」

 

 北野は勇気を振り絞って、隣にいる陸戦ストライカーを履いたマティルダに声を掛けたが、マティルダは前方を見たまま、機嫌を悪そうにしていた。

 

(……まったく、鷲の使いの洗濯物が溜まっているのに!)

 

 マティルダは、心の中でブツブツと文句を言っていた。

 

 

 

 

 

 陽が頂点に差し掛かった頃――。

 

 リベリオン軍陸戦ウィッチ隊“パットンガールズ”は、最近付近に現れていたネウロイを発見し、攻撃を開始。付近に射撃音と爆発音が響いた。

 

「リベリオンウィッチ隊! 助力するがいかが!?」

 

 ブリタニア軍ウィッチ隊隊長のマイルズが通信を入れる。彼女としては包囲戦を仕掛け、効率よくネウロイを倒したいだけだった。しかし……、

 

『今のところ無用! 獲物は私達がイタダキよ!』

 

「……くっ、リベリオンの女子高生(スクールガール)め…。狐狩り(フォックスハント)でもしているつもり!?」

 

 あくまで自分達で倒そうとするリベリオン隊に、マイルズは怒りが込み上げてくる。彼女の視線の先には、リベリオン隊が盛大に撃ちまくって砂煙をあげていた。

 

 

 

 

 

 少し離れた岩山の頂上――。

 

 遠くから砲声が聞こえるものの、上空にはトンビが優雅に舞っていて、のんびりとした空気が流れている。

 北野は、機嫌を直したマティルダの髪の毛をいじっていた。

 

「いい天気ですねぇ」

 

「……砂漠もたまには、こういう日もある」

 

 北野がマティルダの髪にリボンを編み込んでいる間、マティルダは気持ちよさそうに日向ぼっこをしている。

 

 やがて、編み込み終わったのか、北野が手鏡を差し出してきた。

 

「どうですか? リボンを編み込むと、マティルダさんの肌に映えると思って」

 

 マティルダは手鏡の中に映る自分の姿を見て、うっとりしていると――、

 

「素晴らしい!」

 

「なんてこったぁ!」

 

 前方にいたモントゴメリーとパットンがそれぞれ叫ぶ。彼らの視線の先にはリベリオン隊の盛大な火力によって、ブリタニア軍のいる方へと向かっているネウロイの姿があった。

 

「来たぞ! 同士討ちに注意しろ! リベリオン隊が追ってくるぞ……!」

 

 マイルズが言い終わらない内に、彼女のすぐ後ろでこれまでとは違い、とてつもなく大きな砲声がすぐ近くで起きた。

 

「こ……こら! シマを荒らすな!」

 

 副長が攻撃した張本人に抗議する。通常の陸戦ストライカーよりはるかに大型な機体――カールスラント陸軍Ⅵ号戦闘脚ティーガーに乗った、シャーロットがそこにいた。

 

「ご、ごめんなさい……でも、えらい人に命令されて……」

 

 シャーロットは涙目になっているが、軍人である彼女は上司の命令に従うしかなかった。

 

 

 

 

 

「あーもう! 何やってんのっ、あのおっさん達!」

 

 あちこちで爆発が起こる地上を双眼鏡で眺めながら、加東は近くの岩山にいる三人の将軍達を見やる。遠く離れているためよく聞こえないが、どうやら言い合いをしているようだ。

 

 加東は魔法力で強化された聴力っで、将軍達が何を話しているのか聞き耳を立てる。

 

「交戦規程(ルールオブエンゲージメント)違反だ! 貴様のような男にワシのウィッチなど預けられん!」

 

 先ほどの砲火に対し、モントゴメリーはロンメルに抗議する。ロンメルもモントゴメリーのウィッチの扱い方に対し、反論する。

 

「何を! 思いやりのない貴様に渡すくらいなら、全員我輩の養女の方が幸せだ!」

 

「お前ドサクサに何言って……! パットンも何か言え!」

 

 話の論点がずれていることにモントゴメリーは、今まで黙っていたパットンに助けを乞う。

 

「……フム、あの子は全員……」

 

 パットンは二人に向き直る。そして叫んだ。

 

「ワシの天使(エンジェル)ちゃんにきまっているだろうがっ―――――!」

 

「なんだとぉ―――――!」

 

 ロンメルとモントゴメリーは、同じ台詞を叫ぶ。

 

「抜けぇ貴様ら! 決闘だ―――――!」

 

「望むところだ―――――!」

 

 そのまま三将軍改め、三バカは昨日と同じく不毛な殴り合いが始まる。その会話をずっと聞いていた上坂達は、上空から軽蔑のまなざしを送っていた。

 

「……ケイさん」

 

「何?」

 

「撃ってもいいですか?」

 

「さすがにそれは駄目よ。私もそうしたいけど」

 

「……全く、何やってんだあの三バカは……」

 

 マルセイユはため息をつく。そうやっている間に、いつの間にか陸戦ウィッチ隊はネウロイを撃破していた。

 

「あら、もう終わったようね。じゃあさっさとあのおっさん達を止めに……、!」

 

 加東はそれに気づき、慌てて三将軍達に叫んだ。

 

「警報―――――! 新手のネウロイ!」

 

 

 

 

 

「警報―――――! 新手のネウロイ!」

 

「なに!」

 

「ど……どこだ!」

 

 加東の叫びで、三将軍達は喧嘩を止め周りを見渡す。しかし敵の姿はどこにもない。

 

「位置は……!」

 

 加東が言い終わらない内に、サソリのような外観をしたネウロイが岩山の下から顔を出した。まさかそんな場所にいるとは思わなかったのか、三将軍とネウロイはお互いに固まる。

 

 ――呪縛から真っ先に解放されたのはパットンだった。

 

「じょ、上等だっ! このネウロイめ!」

 

 パットンは腰に吊るしてあったリボルバーを抜くと、そのままネウロイに照準を合わせ、引き金を引く。しかし、弾丸はむなしく敵の装甲にはじかれた。

 

「バカー! パットン、逃げろ!」

 

 モントゴメリーは銃声で我に返り、一目散に逃げ――いや、転進する。ロンメルも腰が引けながらも後ずさっていた。

 

 しかし、ネウロイも攻撃を受けて我に返ったのか、ゆっくりとサソリで言うハサミのところにある砲口を向ける。その口が赤く光り始めたとき――、

 

「どりゃ―――――!」

 

 パットンの後方にいた北野が体当たりし、三八式歩兵銃の先に付けた銃剣でネウロイを突く。そのまま銃剣は根元から折れたが、その勢いでネウロイはのけぞった。

 

「マ……マティルダさん!」

 

 北野の叫びと同時に、マティルダは持っていた槍を、力一杯振り投げ、ネウロイの真ん中に命中させる。

 

 ピストルの弾程度では傷一つつかなかった装甲だが、マティルダの投擲によりあっさりと破られ、その直下にあったコアに突き刺さり、盛大な爆発を起こして破片と化した。

 

 

 

 

 

「……さて、将軍閣下がた」

 

 上坂は額に青筋を浮かべ、地べたに正座している三将軍達の前に立っている。彼の後ろには、同じく額に青筋を浮かべたウィッチ達が待機していた。

 

「今回の責任はいったい誰でしょうか?」

 

「いや、それは……」

 

「ダ・レ・の・責任ですか?」

 

顔は笑っているが、背後にどす黒いオーラをまとった上坂に、三人はガタガタと震えて、さっきまでの仲の悪さはどこに行ったのやら、お互いに抱き合っている。

 

「……まあ、今回の功労者である北野軍曹に彼らの処遇を決めてもらいますか」

 

「わ、私ですか!?」

 

 上坂が北野に振り返る。彼女はびっくりして、思わず自分を指さした。

 

「ああ、何でもいいぞ。せいぜい将軍達をこき使え」

 

「えーと……加東大尉?」

 

「かまわないわ。やっちゃいなさい」

 

「は、はぁ……」

 

 副隊長にも許可をもらい、北野は少しおっかなびっくりながらも、考えがまとまったのか一つ深呼吸をした。

 

「――では、おじさまがた」

 

「は、はい……」

 

 北野は腰に手を当てて、精一杯の威厳を見せるように胸を張った。

 

「――これからはちゃんと仲良くしてください!」

 

「は……はい……?」

 

 少し戸惑いながらも、将軍達は頬を赤く染めて返事をした。

 

 

 

 

 

 こうして空陸共同部隊の設立は、ここから始まったのである――。

 


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