ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十五話

広大な砂漠のど真ん中に、一人の少女が歩いている――いや、彼女は足に鋼鉄の長靴を履き、その中に入っている履帯で走行している。

 

 彼女の背中には、ぎっしりと詰まった大きな背嚢があり、その周りにも鏡や水筒などが吊るされていた。

 

「……砂漠三日目は……さすがのウィッチも死ぬ……」

 

 扶桑皇国陸軍北野古子軍曹は、背嚢に吊るされていた水筒を取り、中に残っていた数滴の水を舌に落す。

 

「全く……、あのロマーニャ人め……」

 

 北野は途中で道を教えてくれたロマーニャの航空ウィッチに恨みの言葉をつく。

 

「目的地までたった80km……って、それたぶん直線距離じゃない……!」

 

 確かに航空ウィッチにとって、80kmなどあっという間に飛べる距離だが、北野のような陸戦ウィッチにとってはとんでもなく長い道のりだ。さらに陸上では直線的に進めないことの方が多いため、その距離はさらに伸びる。

 

 北野は祖国から遠く離れたアフリカで、早くもへばっていた。

 

と――、

 

「ん?」

 

 ふと顔を上げると、前方に砂煙が立ち上がっているのが見えた。目を凝らしてみると、一台の装甲トラックに、二台のバイクがこちらに向かって来ている。

 

(もしかして、友軍!)

 

 北野はやっと会えた友軍に、思わず手を振る。

 

「やった……! あの……すみませー……ん!?」

 

 そう言った瞬間、その一群の後方から巨大なサソリが姿を現す。全体が黒く、所々に赤い斑点がある、動物にしては無機質な物体――人類の敵、ネウロイがこちらに向かって来ていた。

 

「ネ…ネウロイ!?」

 

 突然の敵との遭遇に、北野は仰天する。どうやら友軍はそのネウロイから逃げていたようだ。

 

 装甲トラックはどんどん近づいてきていて、その脇を走っているバイクに乗っていた兵士が北野を指さしていた。どうやら援軍と勘違いしているらしい。

 

「あの……その……私も乗せて……」

 

 北野はあたふたしながらも手を振る。しかし――、

 

「あとは頼んだ! 頼むぞ、ウィッチ!」

 

 彼女の動作を了承と勘違いしたのか、兵士達は手を振りかえして脇を通り過ぎて行った。

 

「え―――――!」

 

北野は愕然とする。彼女の持っている武器は、扶桑皇国軍正式装備の三八式歩兵銃しかなく、これも欧州の陸戦武器と比較してあまりにも非力すぎる。もともと扶桑軍一般兵士用に開発されたこの銃は6.5mm弾を採用していて、幾ら魔法力で強化するとはいっても目の前のネウロイの装甲を貫けるとは思えない。

 

その時、突如上空からネウロイに向けて、大量の弾丸が浴びせられる。後方を振り返ると、二人の航空ウィッチが銃撃を浴びせていた。

 

「そこの陸戦ウィッチ! さっきの車の轍(わだち)を辿れ!」

 

一人のウィッチが北野に呼びかける。どうやら彼女の境遇を知っているのかもしれない。

北野は航空ウィッチが時間を稼いでくれている間、全速力で後退し、先ほどの車を追いかける。その後ろでは、航空ウィッチがサソリ型ネウロイに銃撃し続けていた。

 

ネウロイは不利だと判断したのか、さっさと後退していく。二人はそうはさせまいと攻撃していたが、やはり機関銃では装甲を貫けず、逃げられてしまった。

 

「ちぇ、残念。また逃げられた」

 

戦っていたウィッチのうちの一人――マルセイユは、空になった弾倉を取り外しながら舌打ちをする。

 

「しょうがないよ、ハンナ。私達は地上打撃ウィッチじゃないもん。地上型ネウロイは地上攻撃ウィッチか陸戦ウィッチでなけりゃさ……」

 

僚機のライーサがフォローを入れる。

 

二人はそのまま帰路についた。

 

 

 

 

 

 時速40km/hと九七式陸戦脚の最高速度で後退し続けた北野は、先ほどの装甲トラックにようやく追いつく。相手側も彼女を待っていてくれたのか、砂漠の真ん中でいったん停車し、一人の男性が北野に向かって走って来ていた。

 

「ありがとう、助かった。私はカールスラント陸軍のロンメル中将だ。君の名は?」

 

 ロンメルは北野に握手を求めて手を差し出す。しかし照りつける太陽と、三日間ほとんど何も食べていなかったために起こる空腹感で、北野は参っていた。

 

「扶桑皇国陸軍、北野古子軍曹であります……それより……み、水……」

 

 そう言うと、北野は地面に倒れ込んだ。ロンメルは慌てて北野の頬を叩くが、その痛みも感じないまま、意識が薄れて行った。

 

 

 

 

 

 トブルクから東に80km――。

 

 北野が目指していたその場所で、マティルダは汲んできた水を基地の一角にあるタンクに入れる。そのタンクのすぐ横には布で四角に囲まれた空間があり、そこでマルセイユはシャワーを浴びていた。

 

「水の出はどうですか? 鷲の使いよ」

 

「とってもいいわ、マティルダ」

 

 重力を利用して、タンクの下部に付けられた口から水を浴びていたマルセイユが満足そうにして蛇口を閉める。アフリカでは降水量が少なく、真水が少ないため、シャワーを浴びることが出来るのはウィッチぐらいである。トブルクまで行けば海水を使った温泉にも入れるが、辺鄙なところにある基地にそんな贅沢なものはなかった。

 

「勤務明けのシャワーって最高の贅沢だな。……そうだ、昼間担ぎ込まれた扶桑のウィッチは?」

 

 濡れた体をタオルで拭きながら、マルセイユは尋ねる。

 

「梟の使いの所に、着任報告しているようです」

 

「ふーん……」

 

「……パーティの準備ですね?」

 

 マティルダはマルセイユの考えていたことを、的確に当てる。

 

「さすがマティルダ!」

 

 マルセイユは、そんな彼女を褒め称えた。

 

 

 

 

 

「ほ、本日付で配属になりました北野古子軍曹であります!」

 

「あー挨拶は適当でいいから、とりあえず座って」

 

「は、はい!」

 

 カチコチになっている北野は、言われるままに近くにあった木箱に座り込む。彼女の前には、陸軍航空歩兵の正装を着た女性が座っていた。

 

「始めまして、第31統合戦闘飛行隊副隊長の加東圭子よ。階級は大尉だけどあまり気にしないで」

 

「は、はあ……助かります……」

 

「それにしてもすごいわね、一人で来るなんて」

 

「……いえ、私なんて……習志野(陸戦魔女学校)でもミソッカスで……体よく追い出されたよ~なものですから……」

 

北野の態度を見て、加東はあまり軍人に向いていない子だなぁと思った。

 

「……ま、いいわ。しばらくは隊長の下で砂漠に慣れてくれればいいから」

 

「は、はい。……ところで、ここの隊長って……」

 

 そう言い切らない内に、北野のすぐ後ろの入り口から人影が入ってくる。

 

「ん? なんか呼んだか?」

 

「ひっ……!」

 

 北野が振り返ると、右頬に傷がある扶桑人にしては背の高い男性がテントの入り口に立っていた。

 

「ひぃ、御免なさい!」

 

「…………」

 

 何もしてないはずなのに北野は床に滑り降りて、そのまま土下座する。その姿を見ていた加東は、思わず噴き出した。

 

「アハハハハ……相変わらず初対面の人には怖がられるわね~、啓一郎」

 

「……はぁ。取り敢えず顔を上げろ、北野軍曹」

 

「は、はい!」

 

 言われるままに、北野は涙目になっている顔を向ける。啓一郎と呼ばれた男性の顔には、諦めに似た表情が浮かんでいた。

 

「第31統合戦闘飛行隊隊長上坂啓一郎大尉だ。……要するにお前の上官に当たる」

 

「……あ、……す、すみません!」

 

 北野は慌てて頭を下げようとするが、上坂はそれを手で制す。

 

「いや、別にかまわん。特に気にしていないからな」

 

 そうは言っているが、上坂の表情は冴えない。

 

「はははは……。いや~それにしても、驚いたわ」

 

「何がですか?」

 

加藤はふと先ほどの騒動を思い出す。

 

「さっきその子があの“砂漠のキツネ”ロンメル将軍に、お姫様抱っこで担ぎ込まれたのよ」

 

「ほぅ、ロンメル閣下が」

 

「ひぃっ、ロンメル将軍!? ……って誰ですか?」

 

「ロンメル将軍を知らないの!?」

 

思わず二人は突っ込む。アフリカはおろか世界中に知られるその名前を、よもや軍人が知らないとは思えなかったからだ。

 

「はぁ……すみません……」

 

 北野は体を縮めて頭を下げた。

 

「……まあいい、俺はこれから用事があるから、ヒガシさんが面倒を見てください」

 

「用事? 今日なんかあったっけ?」

 

 加東は記憶の中で今日の用事を思い出すが、何も思い浮かばない。

 

「ええ、急きょ決まった緊急会議でして。……ということで失礼します」

 

 上坂はそのままテントを後にした。それと入れ違えるように、マティルダが顔を覗かせる。

 

「ケイ、鷲の使いがあなたと新入りを呼んでいる」

 

「……? わかったわ、すぐ行く」

 

 加東は了承し、立ち上がった。

 

 

 

 

 

(……相変わらず慣れないよな~、この状況)

 

 上坂は額から汗を流し、これ以上ないというほど緊張していた。ネウロイ百機に囲まれようが、涼しい顔をしていた彼にしては、珍しい表情である。

 

なぜなら彼のいるテントの中には、アフリカにいる各国軍のトップが集まっているからだ。カールスラント軍エルヴィン・ロンメル中将、ブリタニア軍モントゴメリー中将、さらに今はまだ来ていないが、リベリオン軍ジョージ・S・パットン中将まで来る予定である。

 

アフリカにおいて扶桑軍で最も高い階級の上坂であるが、ただの大尉である上坂にとって中将という位の人は雲の上の存在。しかし、上坂は扶桑皇国の代表として表面上は威厳を正していた。

 

「おや? 上坂大尉、君は煙草を吸わないのかい?」

 

 椅子に座ってじっとしていた上坂を見て、巻き煙草を吸っていたロンメルが紫煙を立ち上らせながら尋ねる。

 

「ロンメル。さすがに一介の大尉がこんな場所で堂々と吸えるわけないだろう」

 

 口をハンカチで押さえながら、モントゴメリーが助け舟を出す。と言っても煙草の煙が嫌いな彼は、これ以上煙草を吸う人を増やしたくないだけだが……

 

「よぉ将軍ども! 儂の分の敵(エネミー)は残しておいてくれてるかね?」

 

 予定していた時間より少々遅れて、パットンが口に葉巻を咥えながら、テントに入ってくる。これで全員がそろったわけだ。

 

「……君が最後だ。時計を変えた方がいい。壊れてるぞ、それ」

 

「おお、それはナイスアイディアだモントゴメリー。こいつはロンドンで買ったやつなんだが、案外あっさり壊れるもんだな!」

 

 モントゴメリーの皮肉に、皮肉を返すパットン。

 

「ならカールスラント製したまえ、正確だし壊れにくい。君が使いこなすのかどうかは別問題だがな」

 

 時間に厳しいロンメルもくだらない言葉合戦に参入すると、上坂を無視して三人がお互いを睨み合い、一触即発の雰囲気を作り出す。

 

「……よろしいでしょうか、将軍閣下がた?」

 

上坂はため息をつきながら、確認を取る。

 

「ああ、私は構わない」

 

「フム、さっさと会議を進行すべきだな」

 

「おう、さっさと始めてくれ」

 

 三人の了承を貰うと、紫煙が立ち込めるテントの中、上坂は話を進めた。

 


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