ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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久しぶりの新規話です。


第十四話

「いい御身分だな、お前らは……」

 

 夜、上坂はマルセイユのテントを覗き込み、盛大なため息をつく。

 

「おーイチロー! お前も飲むか?」

 

 テントではマルセイユ達が酒盛りをしていた。先ほどまで書類仕事を行っていた上坂とは大違いである。

 

「……お前ら、少しくらい書類仕事を手伝ってくれても……」

 

「いやよ、ただでさえ統合戦闘飛行隊になってから書類量が一気に増えたのに」

 

 加藤の言う通り、統合戦闘飛行隊が結成されてから書類量は大幅に増えている。なぜかと言うと部隊に所属している兵士の国、それぞれに書類を作成しなければならないからだ。そのため上坂の仕事は大幅に増え、幾ら扶桑から主計将校が送られてきたとはいえ、忙しいことには変わりなかった。

 

「……まあいい。俺も貰うぞ」

 

 しばらく立っていた上坂だったが、ため息をつくと加東に勧められるまま席に座った。

 

「はいはい、啓一郎はビールで良かったわよね」

 

「はい、それで……」

 

「ちょっと待ったー!」

 

 加東が上坂にビールジョッキを渡そうとした時、突然マルセイユがそれを阻止する。

 

「……なんか恨みでもあるのか? マルセイユ」

 

 上坂は恨めしそうにマルセイユを睨みつける。

 

「なに、我が宮殿の酒を飲むんだ。何か面白い話を聞かせろ!」

 

「……相当酔ってるな。お前」

 

 とはいえマルセイユがああ言っている手前、何か話さないと飲酒出来ない。なので上坂は他の人達がどの様な話をしたのか尋ねた。

 

「――本能寺の変?」

 

 その中で稲垣は中世扶桑の英雄、織田信長最大の危機と呼ばれた本能寺の変について話していることを知る。

 

「はい。私の祖先は織田信長の従者、森蘭丸だったらしく、実家にはそのゆかりの品とかが数多くあるんです」

 

「ほぅ……織田信長か……よし」

 

 上坂は一つ咳払いをすると、おもむろに口を開く。

 

「それじゃあ俺からはその本能寺の変の後、秀吉軍と合流した信長と謀反を起こした明智光秀が天王山で戦い、敗れた後の話をしよう」

 

「敗れた後の話? 戦いのではなくて?」

 

「ええ、その話を少し。――では」

 

 そして、彼は語りだす――。

 

 

 

 

 

天正10年(1582年)6月13日、夜――。

 

「光秀様、もう少しすれば坂本城に到着いたします。そこで籠城すれば……」

 

「……そうだな」

 

 京都、伏見にある小栗栖の藪近く。明智惟任日向守光秀は少数の家臣を連れ、勝竜寺城を密かに脱出し、居城坂本城を目指して落ち延びている途中であった。

 

 天候は曇り。今夜は満月の日であるが、暑い雲に覆われて見えない。

 

(ふふ……信長様を一番慕っていたはずの儂が、今や謀反人とはな)

 

 疲れ切った表情を浮かべる家臣の中心で、一人自嘲めいた笑みを浮かべる光秀。

 

 ――後世においていろいろと諸説のあった光秀謀反の理由。しかし彼はこの状況下においてもいまだ信長を慕っていた。

 

「秀光様。この藪を抜けたら少し休息を取りましょう。そろそろ馬も疲れているようですので」

 

「そうであるな。では……」

 

 家臣溝尾茂朝の提案を受け止め、秀光が口を開こうとした途端――、

 

「うお―――――!」

 

「なっ……!」

 

 突然竹藪から竹槍が突き出され、茂朝のわき腹に突き刺さる。茂朝が馬から崩れ落ちたかと思うと、両脇の藪から様々な武器を手にした男達が現れた。生活に困窮した土民たちが落ち武者狩りとして襲い掛かってきたのだ。

 

「くっ……! 卑怯者!」

 

 他の家臣達は散開して土民達を倒していくが、いかせん数が多く、次第にその数を減らしていく。

 

 そして、あっという間に光秀は土民達に囲まれてしまった。

 

(ふっ……、儂も年貢の納め時か……)

 

 10人ほどの土民は武士とまともに戦っても勝てないとわかって居るため、竹槍で光秀を囲んでいる。これではいくら光秀の剣の技量が高くとも、勝つことはできない。

 

(……まあよい。これで信長様は御自身の夢を叶えることが出来る)

 

 光秀は抵抗することを諦め、自身の死を静かに待った。

 

 だが――、

 

「がっ……!」

 

 突然土民の一人が血を吐いて崩れ落ちる。他の仲間が何事だと周りを見渡すが、さらにもう一人がわき腹から剣を突き出させ、斃れた。

 

「なっ、なんだいったい……!?」

 

 明らかに動揺している土民達。その間にも次々と斃れていく仲間。光秀も驚きを隠せない。

 

 そして、最後の男も地面に倒れると、いつの間にか光秀の目の前に一人の男性が立っていた。

 

「……やれやれ、一難去ってまた一難……いや、今度こそ年貢の納め時かな」

 

 目の前に立っているのは、頭と尻から鳥の羽を生やす青年。

 

「――久しぶりであるな。“梟”」

 

「…………」

 

 ――織田信長の従者、森蘭丸は主に殿と共に戦場に立つウィッチである。しかし信長にはもう一人忍びとして働く、もう一人のウィッチがいたとされている。

 

「――お久しぶりであります。光秀様」

 

 その人物こそが“梟”と呼ばれた青年、啓(けい)であった。

 

「儂を助けにきたわけでは――あるまいな?」

 

 光秀は首を垂れる啓に、力ない笑みを送る。

 

「はい。信長様の命を受け、あなた様の首を頂戴しに参りました」

 

「なるほど。つまり儂の始末するのに、彼の者達が邪魔だったわけであるか」

 

 先ほど光秀の周りにいた土民達を倒したのは啓であったが、彼は光秀を助けるつもりは無かった。――ただ確実に、この手で光秀を始末するのに邪魔だっただけである。

 

 光秀は破顔すると、その場に胡坐をかく。

 

「――では啓。儂の介錯をせい」

 

「……お逃げにはならないので?」

 

 抵抗を見せるかと思っていた啓は、潔い光秀の態度を疑問に思う。

 

「この場から逃げられると思っているのか? おぬしがいるというのに」

 

「…………」

 

 信長に近い場所にいた光秀は、信長からの密命をよく受けていた啓のことを知っていた。だからこそもう足掻いても無駄だと諦めたのだ。――それに、無駄に足掻くのは武士として恥。ならばここで潔く散るべきだと悟ったのだ。

 

 光秀が自分の脇差しを抜き、それを腹部に当てるのを見て、啓は介錯の為刀を抜いた。

 

「――では」

 

「うむ」

 

 

 

 

 

「大義であった。啓よ」

 

 安土城、天守閣――。

 

 扶桑一の湖、琵琶湖を一望できる最上階で、織田上総介信長は光秀の首を差し出し、かしこまっている啓にねぎらいの言葉をかけていた。

 

「私ごときに、まことに勿体なきお言葉」

 

「良い。これからも一層儂のために働け」

 

「はっ!」

 

 話が終わったはずなのだが、啓は一向に動こうとしない。

 

「……どうかしたか?」

 

「――信長様。お話したいことがございます」

 

 ようやく顔だけを上げた啓は、信長の目を真直ぐ見据える。

 

「……いいだろう。話せ」

 

「はっ、では……」

 

 

 

 

 

「啓よ」

 

 介錯を頼まれた啓だったが、いざ腹を切るかと思った光秀に、突然話しかけられる。

 

「なんでしょうか?」

 

「お主に頼みがある」

 

「…………お聞きいたしましょう」

 

 最初は逃げ出す口実でも作るのではないかと警戒していた啓だったが、光秀の表情を見てその危険はないと判断し、一旦刀を降ろす。彼の眼差しは真剣そのもので、本当に重要なことを伝えたがっていた。

 

「儂が信長様に謀反を起こした理由……、それはあの小娘が気に入らなかっただけだ」

 

「……蘭丸様のことでしょうか?」

 

「そうだ。信長様はいつも彼女を手元に置いていた。無論彼女が天駆武者であったこともあろう……だが、儂はそれが許せなかった」

 

 厚い雲が切れ、満月の光が差し込む。光秀はこの世の最期に見るであろう光景として、それを眩しそうに眺めていた。

 

「これまで信長様の大望を理解し、一番慕っているのは儂だと思っていた。だが、あの本能寺で理解したのじゃ。あの小娘――いや、蘭丸殿もまた儂と同じように信長様をお慕いになっていたのだと。――そして、信長様の作る夢の隣にいるのは彼女こそふさわしい」

 

 光秀は改めて啓に視線を移す。

 

「啓よ。これからも蘭丸様に嫉妬し、儂の様に謀反を起こす輩が現れるかもしれない。……だからこそ、お主が守って欲しい。信長様を――信長様の夢を」

 

「…………」

 

 啓はその話が余りにも大きく感じ、理解することが出来なかった。しかし、光秀は謀反を起こした今でもなお信長を慕い、これからの行く末を案じているだということは理解できた。

 

「その言葉、確かに承りました。信長様の夢、私はそれを影から支えていこうと思います」

 

「――感謝するぞ。啓」

 

 啓の台詞を聞いて、光秀はこれ以上ないほどの穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「……そうか、キンカン(光秀)がそう言っていたのか」

 

「はっ、確かでございます」

 

 信長はしばらく黙っていたが、おもむろに目の前の光秀の首の入った包みを解く。

 

 そこには何処か微笑みを浮かべているようにも見える、光秀の首があった。

 

「……馬鹿者め」

 

 信長は優しく光秀の頭を撫でる。確かに彼にとって光秀はただの駒であった。しかしそれは全ての家臣に言えることであり、決して蘭丸だけをひいきにしているわけではなかったのだ。

 

「――啓」

 

 信長は立ち上がり、天守閣から見える光景を眺める。

 

「儂はこの国を変える。――お主は儂について来てくれるか?」

 

「信長様、私は信長様の忍び。手なり足なりとお使いください」

 

「――そうか」

 

 朝日に照らされる信長は、破顔していた――。

 

 

 

 

 

「……以上が我が家に伝わるお話であるが、それが本当かどうかは歴史の闇である……」

 

 そう静かに締めくくった上坂。テント内はしばらく静寂に包まれた。

 

 ややあと、加東は口を開く。

 

「へぇ、啓一郎の祖先も織田信長に仕えていたんだ」

 

「と言ってもウチの場合、祖先が忍びだったので本当かどうかはわかりませんけどね」

 

「でも、その話が本当なら、その後の歴史にもある程度説明がつきますよ」

 

 それまでは魔王と呼ばれ、敵対する者を滅ぼしてきた信長だったが、本能寺の変の後、多少性格が丸くなったという言い伝えがある。その理由ははっきりとわかって居なかったが、この話が本当なら確かに説明がつくだろう。

 

「まっ、歴史なんて当事者でなければ分からないことも多いからな。――さて、ではいただくか」

 

 上坂はやっとジョッキを持ち、ビールを喉に流し込もうとした。しかし……、

 

「梟の使い、報告書に不備があると言って来たが」

 

「…………」

 

 マティルダの報告に固まる上坂。

 

「……了解。すぐ行く」

 

 上坂は盛大にため息をつき、飲みそこなったビールを机の上に置いて立ち上がった。

 


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