ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十三話

1937年の秋頃になると、ネウロイは新たな小型機を繰り出してきた。今までの複葉機みたいな外見から大きく変わり、オラーシャのI-16のような単葉機(のちのラロス改)が少数ながら出現し、扶桑軍得意の格闘戦闘には乗らず、一撃離脱戦法を取り始めた。

 

 扶桑陸海軍は様々な方法で撃墜しようと試みたが、どれも対して効果はなく、依然として猛威を振るっていた。

 

 

 

 

 

「あれ、啓一郎は?」

 

 戦闘続きだった毎日の中、久しぶりの休みとなった日、穴吹は訓練生時代からの恒例、上坂との一騎打ちをしようと彼を探していたのだが、どこを探しても上坂は見つからない。

 

「ああ、啓一郎ならさっき町に出かけて行ったぞ」

 

「えー、今日こそ啓一郎を倒そうと思ったのに……」

 

 穴吹は黒江の言葉を聞いてむくれる。

 

「今日ぐらいはゆっくりと休んだ方がいいわよ、智子」

 

「そうそう。ここのところほぼ毎日出撃しているからな」

 

「……でも、あいつだけなのよ、私が唯一勝てないのは」

 

 穴吹は色々なウィッチ達と模擬戦を行ったが、上坂だけには今だ勝ったためしがない。

 

「まあ啓一郎も、智子と試合するよりは、お姉さんとデートした方がいいでしょう?」

 

 加東はからかい口調で言う。もしこの場に上坂が居たら、全力で否定していただろうが、残念ながら彼はこの場に居ない。

 

「ま、啓一郎の唯一の家族だからね……無理もないわ」

 

 加藤は熱くて苦いコーヒーを口に含んだ。

 

 

 

 

 

「姉さん!」

 

 日本海に面する港町、浦塩――。

 

 上坂は普段絶対見せないような笑顔で、待ち合わせた場所にいる女性の前まで走っていた。

 

「あら、ようやく来たのね」

 

 扶桑皇国陸軍、上坂良子中佐。上坂啓一郎の実姉であり、唯一の肉親である。彼女は朗らかな笑みを浮かべて上坂を迎えた。

 

「ごめん。少し遅れてて……」

 

「別にいいわよ。久しぶりに顔を合わせられたから」

 

 来年の8月15日で20歳を迎える良子は、黒髪を腰のあたりにまで伸ばし、大人びた雰囲気を漂わせている。子供のように突っかかってくる穴吹とは正反対だ。

 

「そう言えば聞いたわよ。陸軍で最初の20機撃墜を達成したんだって?」

 

「あ、知ってたんだ」

 

「ええ、敏子から聞いたわ。啓一郎は扶桑一の航空ウィッチだって」

 

 良子は同い年で同階級の江藤とは訓練生時代からの親友で、よく情報交換をする仲。良子は陸戦に、江藤は航空に進んだが、今でも交友は続いている。

 

「……啓一郎も大きくなったわね。お父さん達が交通事故で死んでしまった時まだ6歳だったのに……」

 

「そっか……そういえばそんなに経つんだね……」

 

 二人は近くのベンチに座り、これまでのことを思い出す。

 

 両親が他界した後、良子は啓一郎のために自分の夢だった教師の道を諦め、代々ウィッチの家系だったため陸軍に入隊し生活費を稼いでいた。啓一郎は良子に心配かけたくないと将来的には軍人になろうと思っていたのだが、10歳の時に魔法力が確認され、姉を守りたいという一心でウィッチとして陸軍に入隊したのだった。

 

「そういえば、姉さんは20歳を過ぎたら軍を辞めるの?」

 

「うーん、一応そうしようかと思っているわ。ようやく金銭的に余裕が出来たし、本来の夢であった教師を目指すのも悪くは無いわね」

 

 ウィッチは普通上がりを迎えると、陸軍に残るか除隊するかを選ぶことが出来る。そして除隊すると、大学への推薦やその他いろいろな優遇がされるのだ。

 

「そっか。その方がいいよ」

 

 上坂は立ち上がり、良子の前に出る。

 

「俺は姉さんが退役するまで絶対守るから。姉さんは自分の夢を追ってよ!」

 

「……わかったわ、約束ね」

 

 良子は静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 1938年春――。

 

 戦闘は次第に激化していき、航空ウィッチ達も多大な消耗戦を前に、次々と戦闘不能、そして戦死に陥っていった。

 

 幸い第一飛行隊では脱落者は出なかったものの、他の部隊が甚大な被害が出たため、上坂達は小隊長となって他の部隊に配属、この春から入隊した新人ウィッチ達を五月雨式に投入し、何とか戦線は持ちこたえていた。

 

 しかし、この方法ではやがてじり貧になる――そう感じていた陸軍参謀本部は、乾坤一擲の大作戦を立案した。しかし……。

 

 

 

 

 

「どういうことなんですか!」

 

 江藤は机を叩き、司令官に詰め寄る。

 

「どういうこと……とはいったい何かな?」

 

「とぼけないでください!」

 

 あくまでシラをきる司令官に、江藤は詰め寄る。

 

 今回の作戦は、戦線を上げるためにネウロイの支配地域に侵攻、そのまま奪回するという作戦で、それ自体は江藤も了承していた。しかし、この作戦は陸軍のみで行うというもので、ただでさえウィッチが足りないのに、何をやっているんだと司令室に乗り込んだのだ。

 

「まさか、陸軍だから、海軍だからっていう理由だけでこの作戦を立てたのではないですよね!」

 

「わ、儂は知らん! 本国の三宅坂から立案書が届いただけだ!」

 

「くっ……あの馬鹿参謀ども……」

 

 江藤は、前線を視察にすら来ない参謀達にただ怒りを感じる。現在の陸軍航空戦力は弱体化しており、まともに飛ぶことすら出来ない新人ウィッチが戦場に出ている。このような状態では勝つことすら出来ないと感じていた。

 

 

 

 

 

征一号作戦――。

 

扶桑陸軍のみで行われた一代反攻作戦。本来は海軍との共同作戦も考えられたのだが、陸軍内部の反発、海軍側との不和もあり、結局陸軍のみで行われることとなった。

 

 上坂は小隊長として二人の部下を指揮下に置き、樺太方面へ侵攻する部隊の上空援護を担当することとなった。

 

 

 

 

 

運命の7月7日、七夕の日――。

 

 それは唐突に起こった――。

 

 上空援護中、雲の合間からラロス改が上坂達に襲い掛かり、咄嗟のことで対処できなかった部下の二人が真っ先に撃墜された。上坂はシールドで攻撃を凌ぎ、反撃に出ようとしたが、雲間からラロス改が次々と現れ、合計40機の波状攻撃を仕掛けられた。

 

 上坂は己の能力を駆使して迎撃に当たる。眼下には味方地上部隊。自分が制空権を確保しないとネウロイは上空から好き勝手に攻撃されてしまう。上坂の思考には撤退という選択肢は無かった。

 

 キ27より確実に速いラロス改だったが、複数で囲んでいるのが仇となり上坂に対して有効な攻撃が出来ないでいる。反対に上坂は固有魔法“物体操作(ポルターガイスト)”を駆使して、数での劣勢を補い、次々と撃墜していく。

 

「くっ……!」

 

 しかし、次第に弾薬が枯渇し、上坂のシールドも使い物にならなくなると、徐々に数の暴力に襲われ、次第に傷付いて行った。

 

 それでも上坂は戦い続ける。眼下の仲間の為、そしてなにより姉のために――。

 

「はあ……はあ……!」

 

 ようやく39機を撃墜した時は既に満身創痍。額から血を流し、刀一本だったが、上坂は最後の力を振り絞って敵に挑む。

 

 最後の敵は普通のラロス改とは少し違い、胴体部分に白い帯状の識別章がついている。恐らく小隊長機なのだろうか。

 

 上坂に火器が無く身創痍の状態。ラロス改はそんな彼の後ろを取り、幾ら上坂が振り切ろうとも離されることは無かった。

 

「ここで……負けてたまるかぁ―――――!」

 

 後ろに食いつかれた上坂はその場で反転し、ラロス改を正面に収める。そして刀を構えた。

 

「貫け! “雲耀”!」

 

 上坂の必殺技とラロス改の銃撃。お互いが交差した後、ラロス改は真っ二つに切り裂かれ、上坂はストライカーから火を噴いてお互い落ちて行った。

 

 

 

 

 

「……うん……?」

 

 上坂は、空は暗いのに周囲が明るくなっていることに気付き、目を覚ました。

 彼はラロス改との戦闘であちこち被弾しており、体中が痛むのを堪え、その場に立ち上がる。

 

「なん……なんだこれは……?」

 

 草原が燃えている――いや、よく見ると別の物が燃えていた。

 

 大破し、ただの鉄の塊と化した戦車――

 

 破壊され、まるで助けを求めるのかのように天を向いた大砲の砲身――

 

焼け焦げ、判別不能となったかつて人間だったもの――

 

 周りの惨状に、上坂は左肩を押さえながら茫然としている。と――、

 

「み……水……」

 

「……!」

 

 いつの間にか上坂の周りには全身に火傷を負ったり、体中から血を流している兵士が数人、上坂に近づいて来ていた。彼らは足を引きずっていたり、片腕が欠損していたりするが、救いを求めてか上坂に近づいてくる。

 

「くっ、来るな!」

 

 いくら軍人として教育を受けてきたとはいえ、僅か15歳の少年にとってその光景はただの恐怖にしか見えない。上坂は腰に差してあった拳銃を向け、威嚇する。しかしそれを認識していないのか、彼らは意にも解さなかった。

 

「くっ、来るな! 化け物!」

 

 上坂は震える手で狙いを定めるが、一向に近づくのを止めようとしない彼らを見て後ずさる。そして――、

 

 パ――ン……!

 

 乾いた音と共に、兵士の一人が倒れる。

 

「……えっ?」

 

 茫然とする上坂。拳銃からは薄く煙が出ており、その射線上にいた兵士が倒れた。震える手で引き金が引かれ、斃れたのだ。

 

「あ……あああああああ!」

 

 それが引き金となったのか、上坂は狂ったように引き金を引く。乾いた音と共に兵士がどんどん倒れていく。やがて誰もいなくなったが、上坂は弾の尽きた拳銃の引き金を狂ったように引き続けていた。

 

「はあ……はあ……」

 

(殺した……? 俺が……人を殺した……?)

 

 ようやく冷静になり、上坂は今自分のしたことを改めて認識する。彼の周りには多くの死体が転がっている。それらはいくら死にかけていたとはいえ、上坂自身で殺した人間達だった。

 

「…………?」

 

 ふと上坂は遠くに転がっている死体に気付いた。

 

「……えっ?」

 

 帽子をかぶった黒く長い髪をした少女――

 

(まさか……)

 

軍服の上からでもわかる、起伏のある上半身――

 

(そんなはずはない)

 

 下半身はなく、上半身だけが血だまりの中に浮かんでいる。顔はあたりが暗く、全く見えないが、上坂が見間違えることはない――

 

「姉……さん……?」

 

(本来の夢であった教師を目指すのも悪くは無いわね)

 

(啓一郎は扶桑一の航空ウィッチだって)

 

(わかったわ、約束ね)

 

上坂の脳裏に、姉との最期の会話は響き渡る。

 

(嘘だ……姉さんが死ぬはずない。嘘だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!)

 

「あ……ああ……ああああああああ!」

 

 その瞬間――上坂啓一郎は頭を抱え、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

「……その後、負傷して情緒不安定になった俺は、そのまま本国の精神病院に送られたんだ。ちなみにその時参謀本部の連中は殆ど廃人状態だった俺に全責任をかぶせようとしたんだが、それを知った江藤さんが怒り狂ってそいつらをぶん殴り、それによって明るみになった今回のずさんな作戦計画を立てた参謀の多くが退役させられたんだ」

 

「…………」

 

 上坂の話に、周りが静かになる。彼の語る過去がそれほどまでに壮絶だったからだ。

 

「俺はこのときから戦う意味を失った――いや、生きる意味を失ったんだ。約束を守れなかったために」

 

 上坂は悲しそうな顔をする。

 

「俺は一度敗北した人間だ……だからこそ戦争のむなしさも、悲しさもわかる……」

 

「…………」

 

「俺は若いウィッチにそんな思いをして欲しくない。……だからこそ戦い続けている。……命ある限りな」

 

 周囲は静まり返り、話を聞いていた稲垣は目に涙を浮かべている。

 

「そんなことがあったのね……」

 

 初めて聞く上坂の過去に、加東はそうつぶやくことしかできない。加東もまたあの戦いで多くの戦友を失った。それでもショックは非常に大きい。他の人にとって見ればその衝撃は計り知れない物だろう。

 

「それで……そこからどうやって立ち直れたんだ?」

 

 マルセイユは真剣な表情で尋ねる。

 

「そうだな……きっかけは欧州派遣のとき……だろう」

 

 扶桑海事変終結後、上層部はこの事件を忘れさせるために上坂に欧州視察を命じたが、その途中にネウロイが欧州を侵攻し、上坂はそのまま戦乱に巻き込まれていった。

 

「欧州でも多くの知り合いが空に散っていってな……正直言って気が狂ってもおかしくなかった……いや、既に気が狂っていたのかもしれないな」

 

 上坂は懐かしそうにあの頃の戦いを思い出す。

 

「だが……ダイナモ作戦後の入院生活中に言われたあるウィッチの何気ない言葉で救われたんだ。“少なくとも私はお前に感謝している。……だからあまり一人で抱え込まないでくれ、それが仲間だろう?”とな」

 

「仲間……か」

 

 加東がつぶやく。

 

「ええ、そして自分の生きる意味も見つけることが出来た」

 

「その生きる意味っていうのは?」

 

 上坂は決意の表情を浮かべながら、はっきりと告げる。

 

「ああ――“死んでいった奴らを二度と死なせないこと”だ」

 

「……!」

 

 その場にいた全員が、息を飲む。

 

「俺が死んでしまったらあいつらの最期を知っている人がいなくなる。あいつらは全員が俺の戦友であり、英雄だ。そいつらの分まで戦い、生きること。そしてそいつらのことを後世の人達に伝える。それが俺に出来る唯一のことだと思う」

 

「……そうね」

 

 加東は優しく微笑みかける。

 

「そうだな。私達はその英雄たちの分まで戦い、ネウロイを倒す。それが我々にできる最大の供養だ」

 

「ああ」

 

 上坂は小さく頷くと、マルセイユが差し出したグラスにコップをぶつける。甲高い、それでいて優しさのある音色が響いた――。

 


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