ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十二話

1937年、ウラル、名もなき前線基地――。

 

「全く、……こちらから仕掛けておいて負けるなんて……」

 

 扶桑皇国陸軍飛行第一戦隊隊長、江藤敏子中佐はご立腹だった。というのも先日、陸海軍合同訓練を行ったのだが、部下達が飛行時間僅か10時間の新米海軍ウィッチ達に敗北してしまったからだ。

 

「そう言われてもなあ……というより今回は油断が大きかっただろ」

 

 訓練に参加しなかった黒江綾香少尉がつぶやく。今回の訓練は3対3に別れての対抗戦で、指揮官機の撃墜が勝利条件だったが、指揮官だった加藤武子少尉が、新人の坂本美緒軍曹に“ツバメ返し”……海軍名“捻り込み”を決められ、見事撃墜判定を貰ってしまったのだった。

 

「それはそうなんだけど……あら?」

 

 江藤はふがいない、とため息をつきながら机の上にあった書類を見ていると、ふと一枚の紙で目が留まる。

 

「……どうしました、江藤隊長?」

 

「……これは面白くなりそうね」

 

 その紙を最後まで読むと、江藤は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「……それにしても敏子、また合同訓練をやりたいって言うのは……いや、別にウチ(海軍)は構わないのだが……」

 

 数日後――。

 

 滑走路の脇で、扶桑皇国海軍第十二航空隊隊長、北郷章香少佐は、隣にいる江藤に話しかける。

 

「ごめんなさいね、ウチ(陸軍)に増援が来たからその子の手ならしにと思って……」

 

 一応謝っているが、江藤の表情は何かを企んでいる様子でニコニコしている。二人から少し離れた場所には穴吹智子、加藤武子、加東圭子が興味深そうに、黒江綾香少尉は呆れたようにその様子を眺めていた。

 

「……それで、その子って言うのがあれか……どうやら君の部下達にも教えていないようだが?」

 

 北郷の視線の先には滑走路上に陸軍の新型ストライカーユニット、キ27九七式戦闘脚を履き、右手にだけではなく背中にも八九式機関銃を二丁背負った人影が立っている。しかし、全身はコートで覆われ、顔にはゴーグルにマスクまでつけており、表情は全く伺えなかった。

 

「ええ、色々とわけあってね。でも大丈夫よ、あの子なら実弾を使おうが殴りかかろうが全然平気だから。なんなら後で斬りかかってもいいわよ」

 

「…………」

 

 北郷が顔を引きつらせていると、コートを着たウィッチと北郷の部下達三人は滑走路上で滑り出すと、大空へと飛んで行った。

 

 

 

 

 

「全く……3対1とは舐められたもんだな……」

 

 扶桑皇国海軍第十二航空隊所属若本徹子一飛曹は、今回の訓練に対して愚痴をこぼす。

 

 前回は確かに北郷のおかげもあって陸軍に勝てたとはいえ、自分達の力はまだまだだとは思っていた。しかし、今回は正体不明の陸軍ウィッチ一人に対し、新人達三人での変則的訓練だと聞いたとき、幾らなんでも自分達を侮辱していると思った。

 

 あまつさえ、そのことを指摘すると江藤から「三人で丁度互角」と言われ、若本の頭に血が上った。

 

「……まあ要するに、私達であいつを倒せばいいか」

 

「徹子、あまり先行するなよ! どう見ても怪しすぎるからな!」

 

「そうだよ、皆で戦わないと……!」

 

 若本の後ろで坂本美緒一飛曹と竹井醇子一飛曹がそれぞれ叫ぶ。

 

「心配するなって! 様は一人が追い回して、他の二人がその隙に攻撃すればいいんだろ?」

 

「それはそうだが……」

 

 坂本は江藤の含みある笑みと謎のウィッチを見て、今回の相手は何かとんでもないことを隠していると感じていた。

 

「よーし! それじゃああたしが突っ込むから、美緒と諄子はあいつを倒してくれ!」

 

  若本は、そのまま下方にいるウィッチに向かって急降下を仕掛ける。それに気付いたのかそのウィッチは同じく急降下し、若本を引き離そうとする。

 

「……へぇ、陸軍のストライカーも中々速いな……」

 

 前回の対戦では陸軍は一世代前のストライカーユニット、九五式戦闘脚を使用していたが、今回使用するのは海軍の新鋭ストライカーユニット、九六式艦上戦闘脚と同じく宮藤理論を採用したキ27、九七式戦闘脚である。話を聞いた限りではエンジンは同じものを使用しているらしいのだが、若本をどんどん引き離しているのを見る限り、どうやらキ27の方が速いようだ。

 

「だが、もう急降下は出来ないぞ!」

 

 あまり高度を取っていなかったこともあり、ゴーグルのウィッチは地面すれすれまで降りると、そのままジグザグ機動に移る。若本達はその上から被さるように銃撃を加えて行った。

 

「全然当たらないよぅ!」

 

「くっ、動きが読めない!」

 

「チクショー! ちょこまか動きやがって!」

 

 若本達が機関銃を乱射する中、陸軍ウィッチは華麗にペイント弾の雨を避けていく。しそして、逃げるのに邪魔だと思ったのか背中に背負っていた二丁の銃を放り捨てた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「はっ! 重いからようやく捨てたか!」

 

 若本はゴーグルのウィッチの後ろに付き、照準を合わせる。若本の照準器いっぱいにウィッチの姿が映った。

 

「これで終わりだ……」

 

 若本が叫んだ瞬間――。

 

 若本の背中がまっ黄色に染まった。

 

「……なっ!」

 

「えっ……きゃあっ!」

 

 若本の後ろにいた竹井は上から降り注ぐペイント弾を、間一髪躱す。しかし――、

 

「醇子!」

 

陸軍ウィッチは左捻り込みであっという間に回り込み、一連射――それだけで竹井の背中が黄色く染まった。

 

「なっ……いったいなにが……」

 

 坂本は銃撃の嵐の中、必死に躱しながら周囲を見る。そこには先ほど相手が捨てたはずの二丁の機関銃が浮かんでいて、坂本に対して正確に銃撃を加えていた。

 

「くっ……わっ!」

 

 必死に躱し続けていた坂本だったが多勢に無勢。同時に三方向から撃たれ、セーラー服を黄色く染め上げられた。

 

 

 

 

 

「…………」

 

「いやー、結果が分かっていたとはいえ、こうもあっさりと勝っちゃうとはね……」

 

 茫然と地上に戻ってくる四人を見る北郷の隣で、江藤はニヤニヤ笑いながらつぶやく。しかし北郷は、四人が滑走路上で止まると一目散にゴーグルのウィッチの所に駈け出して行った。

 

「き、君! いったいあの機動は……いや、それよりもどうやってあの銃を操っているんだい? そういった戦闘方法は聞いたことないぞ!」

 

「そうだ!あんなの反則だぞ!」

 

 北郷と体中まっ黄色に染めた若本は、ゴーグルのウィッチに捲し立てる。北郷の場合はその戦闘方法を学ぶため、若本は自分の見た光景が信じられないため二人は非常に真剣な顔だ。

 

 しかしゴーグルのウィッチは二人を見ないで、江藤の方をずっと見ている。

 

「もういいわよ。喋っても」

 

「ふう、やっとですか……」

 

 江藤が許可を出すと、ウィッチは非常に低い声(・・・・・・)で喋りながら付けていたゴーグルとマスクを外した。

 

「なっ……」

 

 北郷と穴吹が息を飲む。下から現れた顔は、明らかに少年の物だったからだ。

 

「始めまして、今日から配属されました、扶桑皇国陸軍上坂啓一郎少尉であります。よろしくお願いします」

 

「なっ……男――――――!」

 

 無表情の上坂に驚いた北郷を含む、海軍ウィッチ四人の叫びが、空に響き渡った――

 

 

 

 

 

 上坂が配属されてから数日後――

 

 ようやく機種転換できた陸軍第一飛行隊は穴吹、加藤、加東の三人が目覚ましい活躍をし始め、遠くは欧州からも取材が来るようになった。無論上坂や黒江も三人と同じか、それ以上に活躍していたのだが、黒江はともかくとして上坂は男性であったこともあり、影が薄かった。最も上坂は気にしていなかったが……。

 

「ん―――――!」

 

 穴吹は戦闘が終わり、大きく伸びをする。新型機を与えられた彼女達にとって、現れる小型怪異(のちのラロス)は的でしかなかった。

 

「あーあ、今回も私達だけで十分な内容の任務だったわね!」

 

「こらこら、不遜なことを言わない」

 

 加藤が穴吹を注意する。今回の戦闘で穴吹は二機を撃墜し、大満足だった。

 

「どうよ! 今回は私の方が多く撃墜したようね」

 

「…………」

 

 穴吹は自分の同期でライバルだと(勝手に)決めている上坂に勝利宣言をするが、彼はそれを無視して地上の部隊に手を振り続けている。その顔はいつもの無表情とは違い、僅かに頬が緩んでいる。

 

「……ははぁん。啓一郎、もしかしてお姉さんでも見つけたの?」

 

「べ、別にいいじゃないですか!」

 

 隣でその様子を見ていた加東がからかい口調で言う。上坂は顔を赤くして、慌てて前方を見た。

 

「相変わらずね……まあ別にいいけど」

 

 加東は苦笑するが、その光景を微笑ましく見守るだけだ。

 

 上坂には四歳年上の姉がおり、陸軍陸戦ウィッチとして戦場に立っている。上坂は姉を守りたいがために、わざわざ担当の士官に頼み込んでまで戦場へと志願したのだった。

 そのことを知っている三人は、最初上坂の戦う理由を聞いたとき、思わず苦笑したことを思い出した。

 

「それにしても、啓一郎がシスコンだったとはねぇ?」

 

「違います!」

 

「まあまあ、別にいいじゃない」

 

 扶桑海事変初期、まだ戦場には談笑できるくらいの余裕があった――。

 


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