ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十一話

「上坂さん、いますか?」

 

稲垣は上坂のテントの外から声を掛けた。

 

「おう、入ってきていいぞ」

 

中から上坂の返事が聞こえ、言われたとおりに中に入る。テントの中には簡素な机とベットしかなく、上坂は絨毯が敷かれた真ん中に座っていた。

 

「何やっているんですか?」

 

稲垣は上坂に近づきながら尋ねる。覗いてみると、上坂の前には黒い刀があった。

 

「ああ、コイツの手入れをしているんだよ」

 

「これって……“黒耀”ですよね?」

 

 黒耀――上坂の愛刀で、普通の刀とは違い刀身が黒く、魔法を込めると履かく光る特徴がある。稲垣は何度もこれで敵を切り裂いているのを見ていた。

 

「ああ、さすがに手入れしておかないとな……いざというとき機嫌を損なわれるといけないし……」

 

「機嫌……ですか?」

 

 まるで意志があるかのような言い方に、稲垣が疑問に思う。

 

「ああ、意外とそういうものなんだよ。刀っていうのは……というより、この刀は少し特殊と言った方がいいか……」

 

「特殊?」

 

「鎌倉時代、ネウロイ――当時の怪異が扶桑を襲ったのを知っているよな?」

 

「はい、“元寇”ですね」

 

 当時アジア大陸にあったと言われる宋という国をその土地ごと滅ぼし、その余力を持って多数の怪異が扶桑に上陸し、九州で猛威を振るった事件のことである。

 

 その時たまたま夏場だったこともあり、ウィッチ(巫女)や武士達の奮戦と台風のおかげでかろうじて撃退できたのだ。

 

「ああ、この刀はその後に作られたんだ……ネウロイの破片からな」

 

「……!」

 

 稲垣は驚愕する。

 

「ネウロイって……大丈夫なんですか!?」

 

「さあな。少なくとも今までなんかあったとは聞いてはいないが……」

 

 上坂は手入れが終わった刀を見る。黒い刀身は普通の刀よりも綺麗で、黒曜石の様に光り輝いていた。

 

「……扶桑海事変後に家の蔵を漁っていたら、奥の方で埃被っているのを見つけてな。それ以来こいつをずっと使っているんだ」

 

「扶桑海事変? 上坂さんも参加していたんですか?」

 

 稲垣は疑問に思う。彼女は当時の記録を出来る限り調べたのだが、そんな記録は出て来ていない。

 

「……いや、冗談だ。気にしないでくれ」

 

 上坂は少しバツが悪そうな顔をすると、それっきり黙り込んだ。

 

 

 

 

 

「……次に私がその瞼を開いたのは、純白の絹の褥(しとね)の上であった。死神の顎(あぎと)から逃れ、身を紗(うすぎぬ)に包まれて。数多の勲しと栄光に満ちた戦いは、ここに幕を閉じた」

 

稲垣の声が夜の闇に消えていく。

 

 周囲は静寂に包まれていたが、一瞬後、猛烈な拍手が稲垣に向かって送られる。読み終えて閉じた本を胸にあて、稲垣は皆に向かって深々と一礼した。

 

「なかなかいい話じゃないか」

 

 マルセイユは拍手をしたあと、酒の追加を求めるようにグラスを上げる。憮然とした表情をした加東は渋々とウイスキーを注ぐ。どうせなら牛乳も注いでやろうかしらと彼女は思ったが、ただのウイスキーパンチになるだけなので諦めた。

 

今稲垣が朗読したのは加東が扶桑海事変後負傷し、入院生活していた時に加東の撮った写真と共に、今まで起きたことをつづった自伝「来た、飛んだ、落っこちた」。当時の戦争を知る上では非常に貴重な資料である。

 

なぜこんな本が辺境の地であるアフリカにあったかというと、半月前に扶桑本国から派遣されてきた主計中尉の私物にこの本があったことがきっかけだ。

 

それを見つけたマルセイユが稲垣に翻訳させ、今日やっと翻訳作業が終わった為、そのお披露目が行われたというわけだ。

 

ともあれ、別に加東としては自分が頭を抱えていれば、兵士達のいい娯楽のネタになると思って黙認してはいた。しかし……。

 

「なんで、あんたらまでいるんだ!」

 

 同じテーブルにはウェルナー達第七機甲師団の『高級将校達に、カールスラントアフリカ軍団のトップ、ロンメル将軍まで酒の入ったグラス片手に座っていた。

 

 もっともロンメルの前にあるのはトブルクのバザールで買った扶桑の湯飲みで、中身は緑茶であるが……。

 

「まあ、細かいことは気にしないでくれたまえ」

 

 湯飲みで緑茶をちびちび啜っているロンメルが、ニコニコ笑いながら答える。

 

「我々も扶桑海事変の詳細を知らないので、参考になるかと思ってさ。何せ世界最初のストライカーを使用した戦闘だ。色々参考になるだろう?」

 

将軍の台詞で勢い付いたウェルナーが、へらへら笑いながら台詞を続け、それに頷く他の将校達。

 

 加東は思わずこめかみを押さえる。

 

「そんなの、幾らでも資料があるでしょ」

 

「確かにそうかもしれないが……実体験をした人間から話を聞くのが一番だ」

 

 急に真顔に戻ったロンメルが口をはさむ。

 

「それなら直接、私から聞き取りすればいいじゃない」

 

「ははは、誰もあの扶桑海事変のスーパーエースだなんて教えてくれなかったからね。知っていたらサインを……お、そうそう、今からでもいいからサインしてくれ」

 

 そう言いつつ、ロンメルは手帳から一枚の写真を取り出す。

 

「ぎゃ―――――!」

 

 加東の絶叫が響き渡る。

 

「なんでこんな写真があるのよっ!」

 

「ん、どれどれ……」

 

 全員が写真を覗きこむ。そこには扶桑陸軍のウィッチが三人写っている。そのうち右側の少女はどう見ても若い頃の加東だった。

 

「ふっふっふ、上坂大尉に頼んでわざわざ扶桑から取り寄せたのだよ」

 

「ちょっと、啓一郎!」

 

 加東は将軍達に混ざって扶桑酒を飲んでいる上坂を睨みつける。しかし上坂は悪びれた様子もなく、淡々と告げた。

 

「ヒガシさん。一介の大尉が、まさか中将閣下の“頼みごと”を断れるとでも?」

 

「そう言う問題じゃないでしょう!」

 

「まあまあ、それよりサインを頼むよ。あとここにロンメル中将へ、と書いてくれ」

 

 そういうとロンメルは、写真と万年筆を差し出してくる。加東は憮然とした表情でそれを受け取るとサインを書き殴った。もっとも扶桑語で書いたのでロンメルには読めないのだが。

 

「全く、……でも本当は私、トップエースなんかじゃないわよ」

 

「どういうことだ?」

 

 マルセイユが尋ねる。他の人達も不思議そうな顔をして加東の方を見る。

 

「たしか、加東大尉は23機撃墜だろう? それ以上撃墜したウィッチなんて資料にはなかったはずだが……」

 

「確かに公式(・・)ではね」

 

 加東は含みのある発言で周囲をさらに混乱させる。 加東はその反応に気を良くして、本当のトップエース(・・・・・・・・・)に話しかけた。

 

「――そうよね。76機撃墜の上坂啓一郎大尉(・・・・・・・・・・・・・)」

 

「な……!」

 

 加東の爆弾発言にその場にいた全員が上坂を見る。しかし上坂はそれを気にした様子もなく、ただ酒をあおった。

 

「……それは軍機だったはずだが?」

 

「別にいいでしょう? 私もなんでそうなったのか知りたいし」

 

「ど、どういうことだ!」

 

 マルセイユは捲し立てる。

 

「別に……ヒガシさんの言う通りですよ。俺も扶桑海事変に参加していました」

 

上坂は右頬の傷をそっとなでる。

 

「……そういえば、今日は7月7日だったな」

 

「えっ?」

 

 上坂は空になったコップに手酌すると、懐かしそうな顔をする。

 

「……少しばかり、昔話に付き合っていただけますか?」

 

「……もちろんだ、上坂大尉」

 

 皆を代表して、ロンメルが答える。

 

「ありがとうございます。それでは……」

 

 上坂は一拍おくと、語り始めた。

 

彼の戦った、扶桑海事変を――

 


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