ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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第十話

カールスラントの黒い森(シュバルツバルト)。そこがシャーロットの故郷(さと)だった。

 

両親は既になく、森の中の一軒家で(いにしえ)の魔女の末裔であった祖母と二人きりで過ごしていたという。

 

 古き魔女の血筋、それを引く最後の娘――。それがシャーロット。

 

 その祖母が身罷(みまか)ると、彼女はこの世界でたった一人に(・・・・・・)なった。だから彼女にとって世界の危機やネウロイの戦いなどどうでもよかったのかもしれない――。

 

 それなのに――……。

 

戦車(パンツァー)――前進(フォー)!」

 

 シャーロットはミハイルのため、フレデリカのために戦っていた。

 

 

 

 

 

「駄目よ、シャーロット! 来ちゃダメ!」

 

 左腕を押さえ、傷だらけになりながらもフレデリカは叫ぶ。その後ろから一体のネウロイが近づいて来ていた。

 

「フレデリカ!」

 

「任せて!」

 

 シャーロットは88mm砲に徹甲弾を装填、近づいてくるネウロイに照準を合わせ、発砲。音の約2倍の速さで放たれたそれはネウロイの正面装甲に命中、そのまま粉砕させた。

 

「す…すごい……」

 

 自ら設計したはずのフレデリカすら、その威力に驚いている。軽陸戦ユニットでは見ることのできない破壊力――重陸戦ユニットの面目躍如といったところだろう。

 

「フレデリカ! 大丈夫か!」

 

 ミハイルはティーガーから飛び降りて、フレデリカに肩を貸してティーガーに戻る。

 

「逃げろって言ったのに、何で戻ってきたのよ!」

 

「そんなの決まっている、お前が俺の……」

 

「大尉!」

 

ミハイルが言いきる前にシャーロットが叫ぶ。見ればいつの間にか、多数のネウロイによって囲まれていた。

 

「くそ! この数ではさすがのティーガーでも……」

 

 誰もが諦めかけた時だった。

 

『諦めるな!』

 

「えっ……!」

 

 今まで沈黙していた通信機から突如男性の声が聞こえてくる。

 

『君は一人じゃない! シャーロット!』

 

「だ、誰……?」

 

 シャーロットは少し顔を赤らめながら尋ねる。

 

『君のファン一号(・・・・・)だ! すでに増援を向かわせた! これから君のサインをもらいに行くからそれまで持ちこたえてくれ!』

 

 そういうと通信が途切れた。

 

 

 

 

 

「ジョージ!」

 

 シャーロット達がいる場所から少し離れた場所――リベリオン陸軍駐屯地――。

 副司令官のブラッドレーは司令官であるパットンに捲し立てていた。

 

「これは重大な命令違反だ! モンティ(モントゴメリー)に何て説明すればいい? いや、それどころかアイク(ドワイト・アイゼンハワー)だって……!」

 

「モンティ……だと? あのブリタニア人のネズミ野郎など、クソ喰らえだ!」

 

 パットンは持っていた通信機を近くにいたウィッチに渡し、怒鳴り声を上げる。

 

「ティーガーを見殺しにせよ? 作戦の捨て石? ハッ、恐れ入るぜ! 女の子が戦っているんだぞ!」

 

兵隊(・・)だ、戦っているのは。そしてその命を捨てさせるのがジョージ、リベリオンアフリカ派遣軍第二軍団長たる君の仕事だ。私の知る君はそれが大好き(・・・・・・)なはずだが?」

 

 パットンの戦闘スタイルは突撃、いわば見敵必殺と言っても過言ではない。そのため自ら最前線に立つなどして将兵からの信頼は厚いが、弱音を吐く兵士を殴るなど数々の問題行動を起こしてきた。

 

「……ブラッドレー。反論はせんよ。確かに儂は兵隊のケツを蹴り上げてきた」

 

 パットンは指揮車に乗り込み進軍合図を出すと、後続で待機していた陸戦ウィッチや戦車、その他各種先頭車両群が進撃を始める。

 

「だがな、今回は違う」

 

その光景を眺めながら、パットンははっきりと言いきった。

 

「この(いくさ)軍人(・・)の戦いではない、人類(・・)の戦いだ。――ではその(・・・・)勝利(・・)とは何か(・・・・)?」

 

 パットンは前を――いや、その先にある何かを見つめる(・・・・・・・・・・・・・)

 

「儂はな、ブラッドレー。その答えをあのティーガーの少女が知っている、そんな気がしてならんのだ……」

 

「ジョージ……」

 

 ブラッドレーはいつもと違うパットンに、ただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「くっ……」

 

 シャーロット達の戦いはまだ続いていて、既に数えきれないほどのネウロイを倒している。しかしまだ試作機のためか、シールドで敵の攻撃を防ぐたびに魔道エンジンの出力が落ちてきた。

 

「大丈夫か! シャーロット!」

 

 ミハイルはシャーロットに声を掛ける。既に彼女の息は上がっており、相当の疲労がうかがえた。

 

 そうしている間に、何体かのネウロイが後ろに回り込む。

 

「しまった! 後ろから……!」

 

 敵の攻撃を受ける――そう覚悟した時だった。

 

 突如後ろのネウロイが爆発、盛大な炎を上げる。

 

「ブリタニア陸軍第4戦車旅団C中隊隊長、マイルズ少佐! お待たせしました! 一番乗りですね!」

 

 ブリタニアの陸戦隊が到着、隊長のマイルズが愛嬌ある笑顔で敬礼する。ようやく頼もしい援軍がやってきた。

 

「援軍か! 助かった!」

 

 ティーガーに乗っていた三人に笑顔が戻る。

 

「中隊、円周防御隊形! 円陣を組んでティーガーを援護!」

 

「了解!」

 

 彼女達はティーガーを守るように円陣を組むと、見事な連携でもってネウロイを破壊していく。

 

「た、隊長!」

 

 副隊長が声を上げ、空を指す。その方角には無数の光――陸戦隊の天敵、飛行型ネウロイが現れた。

 

 陸戦隊は地上において最もその能力を発揮するが、航空機よりははるかに低速で、簡単に捕捉されてしまう。

 

 しかし彼女達に、またもや心強い援軍が到着した。五人のウィッチからなる、統合戦闘飛行隊「アフリカ」である。

 

 先頭にいたマルセイユが上空のネウロイに襲い掛かり、次々と撃墜していく。

 

「アフリカの星、マルセイユ中尉!」

 

『遅れてすまん』

 

 マイルズ達に通信が入るや否や、彼女達の前方にいた地上型ネウロイが吹き飛ばされる。彼女達の横を、上坂が両脇にカールスコーガ40mm砲を抱えたまま低空を通過した。

 

と、加東に吊り上げられていたマティルダが降ろされ、上空から落ちる勢いで一体のネウロイに槍を投げつける。

 

 ネウロイは耐えきれず、槍を中心として装甲が陥没し、そのまま光の粒子へと変わった。

 

「凄い…みんな凄い!」

 

 ティーガーの周りで、国籍も人種もバラバラなウィッチ達が見事な連携でネウロイを倒していく。

 

 シャーロットの前に、ストライカーユニットを持った稲垣が降りてきた。

 

「フレデリカ・ポルシェ少佐ですか? これ、マルセイユ中尉からです!」

 

「ユニット……?」

 

 それはカールスラント空軍の予備機であるBf109。フレデリカはよろめきながらもそれを受け取る。その間、シャーロットは小柄な稲垣をずっと眺めていた。

 

 稲垣はそれに気づき、シャーロットに笑いかける。するとシャーロットは恥ずかしくなり、顔を真っ赤にした。

 

「私達は地上部隊の援護をさせていただきます!」

 

『稲垣、さっさとこいつを持ってくれ! いくらなんでも重すぎる!』

 

 上坂から通信が入り、稲垣は上坂の所まで戻ると片方の40mm砲を受け取った。どうやら稲垣がストライカーユニットを持っている間、上坂が代わりに武器を持っていたようだ。

 

「ヒガシさん、全体の指揮をお願いします!」

 

「わかったわ! 真美は啓一郎と地上部隊の掩護! 地上のブリタニア軍へ、二時方向から敵第三波! マルセイユ! 深追いしない様に!」

 

加東は的確な指示を行う。その時、加東は背筋が寒くなる感覚に襲われ、地平線の向こうを双眼鏡で覗き見る。

 

「どうした、ケイ?」

 

「……あれは……!」

 

 彼女の視線の先には船をひっくり返して、本来甲板があった所に無数の足を生やした物体がこちらに向かって来ているのが見えた。

 

 船体の上や横には、無造作につけられた大型の砲塔がある。

 

「大…超大型ネウロイ! 戦艦の船体を利用している! 手強いわよ!」

 

 ウィッチ達は全火力を持って大型のネウロイを攻撃するが、いくら魔法力を込めているとはいっても所詮は小口径砲。戦艦の装甲を貫けるはずがない。

 

 やがて弾薬が欠乏し始める者が出始めた。

 

「中隊残弾確認!」

 

「弾無し! 再配分お願いします!」

 

「こちらあと2発!」

 

「こっちもあと弾倉一つ分だ」

 

 マイルズ隊はおろか、ティーガー、さらにはマルセイユの弾薬すら尽きかけている。

 

「全弾打ち切った。あとは刀で戦うしかないな」

 

「私はまだまだ戦えるぞ!」

 

 上坂は刀を抜き、マティルダはそもそも投石器で戦っているため、戦うことは出来る。しかしそれでもわずか二人――弾が無くなれば銃などただの鉄の塊にしかならない。

 

『そうか。どうせなら儂の“金玉(ボール)”でも使うかね? お嬢ちゃん』

 

 突如入る通信――。

 

『待たせたな諸君――』

 

「OK パットンガールズ! ロックンロール!」

 

 男性の叫び声と共に、リベリオン陸軍のウィッチ達、それに指揮官搭乗を表す旗をつけたトラックが躍り出る。現代の騎兵隊。リベリオン陸軍、パットン軍団が戦場に到着した。

 

「騎兵隊到着(とーちゃく)っす!」

 

「イーハァ!」

 

 陽気な掛け声と共に、リベリオンの虎の子“パットンガールズ”が次々とネウロイを倒していく。

 

「砲撃支援要請――発射! 弾着まであと3、2――、1――」

 

空中を切り裂く音が聞こえたと思ったら、先ほどまで大量にいたネウロイの所で凄まじい爆発が起こる。リベリオンお得意の物量作戦――これによってそのあたりにいたネウロイが全て消し炭に替わった。

 

「うわーゼータクー」

 

 あまりの弾薬の無駄使いに、マルセイユも茫然とする。カールスラントでは絶対見れない光景だ。いや、リベリオン意以外と言った方が正しいのかもしれない。

 

「ここのウィッチ共の指揮官は誰だ?」

 

「はっ、統合戦闘飛行隊「アフリカ」の上坂大尉です」

 

上坂はトラックに近づき、指揮官に敬礼をする。

 

「おう、儂がリベリオン第二軍団長、ジョージ・S・パットン将軍である! 先日は不在にて失礼した! モンティの不味い紅茶(アフターヌーンティー)に付き合わされてなぁ――」

 

パットンは葉巻をくわえたまま答礼をする。

 

「そうでしたか。それなら今度扶桑茶でもご馳走します」

 

「ハハハ、それはいいアイディアだ」

 

 上坂の冗談に笑顔で答えると、今度はティーガーに乗っていたシャーロットに向き直る。

 

「やあシャーロットお嬢さん」

 

 明らかに上機嫌なパットンに、皆が唖然とする。

 

「覚えているかい儂を! ジョージと呼んでくれ!」

 

「…………」

 

 そんなやり取りが続いている間、後続の部隊が続々と到着し、補給車両が彼女達の近くで止まった。

 

「弾が無いって? 売るほどあるぞ!」

 

 マルセイユはリベリオン兵士から弾薬を受け取ると、腰を回転させてベルトに繋がれた弾倉を取り、銃に装着した。

 

 マルセイユの十八番(おはこ)――いわゆる“おしりロード”の炸裂により、兵士達から歓声が上がる。

 

「賑やかだなあ、リベリオン人は?」

 

「…………」

 

 加東のあっけらかんとした顔に、マルセイユは何も答えなかった。

 

 

 

 

 

 リベリオン軍の登場により、ほとんどの敵を倒した連合軍は、残った大型ネウロイに火力を集中させる。しかし30㎝以上の砲弾に耐えられるように造られた船体は容易に貫けない。

 

 ミハイルは覚悟を決め、フレデリカを衛生兵に預ける。

 

「シュミット……私は……」

 

「フレデリカ、ここにいてくれ。僕に策がある」

 

 ミハイルはフレデリカに笑いかける。その笑顔は、フレデリカを不安にさせるものだった。

 

「シュミット? 何を……」

 

「愛しているよ、フレデリカ」

 

「シュ、シュミット!」

 

 フレデリカが止める間もなく、ミハイルはティーガーによじ登ると、そのままネウロイに突っ込ませる。

 

「全部隊、攻撃を一点に集中! シャーロット、突っ込め!」

 

 鉄の雨が降り注ぐ中、ティーガーはネウロイに近づいていく。ネウロイの装甲の一部が集中攻撃によって剥がされ、赤く光るコアがそこから見えていた。

 

「あれを88mm砲で打ち抜けば……」

 

「いや、88じゃあ無理だ」

 

「えっ?」

 

 ミハイルはシャーロットを引っこ抜くと、後ろに放り投げる。それを近くにいた稲垣がキャッチした。

 

「ちょっと! 危ないじゃないですか……」

 

「もっと危なくなる。すまんな、ここからは男の仕事だ!」

 

 そう言うと、ミハイルはティーガーの魔道エンジンをオーバーロードさせる。その爆発力によってネウロイを倒そうというのだ。

 

「総員退避!」

 

 ネウロイの近くにいたウィッチ達が慌てて離れる。ティーガーの周りが白く光り始めたからだ。

 

「大尉…シュミット大尉!」

 

 稲垣に抱えられたまま、シャーロットは必死に手を伸ばす。しかし、ミハイルは彼女に笑いかけ、言った。

 

「俺が何の為に戦うのか教えてあげよう!」

 

「……!」

 

「俺は――俺の魔女の為なら命をかける。俺の愛する魔女の為なら(・・・・・・・・・・・)――この命、惜しくない!」

 

 光に包まれる中、ミハイルはただ笑う。ただフレデリカの幸せを祈って――。

 

「シュミット―――――!」

 

 ミハイルは愛する魔女の声(・・・・・・・)を聞き、後ろを振り返る。マルセイユにシールドを張ってもらい、フレデリカが両手を広げてこちらに向かって来ていた。

 

「フ、フレデリカ!?」

 

 そのままティーガーは爆発し、ネウロイもそれに耐えきれず四散した。

 

「イヤ―――――!」

 

 砂漠にシャーロットの叫びが響き渡る。

 

 あたりはは白く光り、何も見えない。

 

「そんな……私と一緒にいてくれた人が……大切な人が…またいなくなっちゃった……」

 

 大粒の涙を流すシャーロット。それを稲垣は黙って見ているしかなかった。

 

 その時――。

 

光の中心に、二つの影が見えてくる。一つはマルセイユ。そして、もう一つはミハイルとフレデリカ――。

 

 その姿を見た途端、シャーロットの顔が明るくなる。大切な人が生きていた――そのことがただ嬉しかった。

 

「昔――カールスラントの地上攻撃魔女が、男を追っかけて地上に降りたって話を聞いたよ」

 

ミハイルとフレデリカのそばで、マルセイユがひとりつぶやく。かつての戦場話――。とある地上攻撃魔女が戦車兵に恋をし、負傷と同時に空を飛ぶのを止めたという話がある。

 

「ロマンチックな話なんで、全ウィッチが憧れていたんだよ……!?」

 

 二人がキスをすると、マルセイユは思わず顔を赤くする。他の兵士達も、二人を祝福し、歓声と口笛を上げた。

 

「素敵……」

 

稲垣はシャーロットを地上に下ろしながらつぶやく。

 

「ああいう恋、私達にも出来るかな……」

 

「――出来るよ!」

 

 シャーロットは一歩前に出て、稲垣に振り返る。

 

「私達は――そのために戦うんだから!」

 

 

 

 

 

 その様子を遠くから眺めていたパットンは葉巻をくわえ直し、一人つぶやく。

 

「モンティにも教えてやらなきゃな。これこそが“人間の戦い”だってことを!」

 

 アフリカの地平線から、朝日が昇り始めていた。

 


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