ストライクウィッチーズ 続・影のエース戦記   作:軍曹

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最初はサーバーの負荷を避けるため、第二章から投稿を始めたのですが、第一章を読みたいというご意見をいただきましたので、少しづつ投稿していきます。


第一章
第一話


1942年、トブルク――。

 

「なんなのよいったい……」

 

トラックの助手席に座る元扶桑陸軍魔女(ウィッチ)――現フリージャーナリストの加東圭子は不機嫌だった。

 

アフリカの昼間は非常に暑く、とてもではないが外には出ていられない。そのためトブルクのホテルで休んでいたのだが、突然前にトラックに乗せてくれたブリタニア軍の兵士がやってきた。なんでも港に荷物が届いたので、来てほしいということらしい。

 

加東は気が進まなかったが、車で港まで送ってくれるというので、渋々車の助手席に座ったのだった。

 

「まあ、行ってみればわかりますよ」

 

隣の運転席から、ガードナー上等兵が話しかけてくる。

 

かつて彼を取材した後、それらの写真を各国の新聞社に送ったら母国で新聞や雑誌に載ったらしく、非常に喜んでいたのだ。それからというもの、彼は何かと取材の便宜を図ってくれたりしてくれるので、加東は頼りにしていたのだった。

 

とはいえ、今の彼は含みある笑みを浮かべているので、あまり良くないことが起きそうである。

 

「ふん……」

 

扶桑に帰る船に乗りそびれてしまって、現在の加東は非常に不機嫌である。

 

そうこうしているうちに車は港に差し掛かり、普通の波止場ではなく、軍用埠頭の一角で止まった。

 

「ここ?」

 

「ええ、あれです」

 

ガードナーの指差す方には百個を優に超える人の背丈よりも大きく、厳重に梱包された木箱が積み重なっている。

 

「……ナニ、これ?」

 

茫然とそれを見上げる加東を見て、ガードナーはニヤニヤと笑いを浮かべたまま、肩をすくめる。

 

「さあ、お国の船が置いて行ったもので、一個大隊分の荷物はありますね」

 

 なるほど、確かに一個大隊分の荷物ならこれ位になるだろうなと思いながら、加東は改めて気付いた。

 

「……これ、全部私宛の物なの?」

 

「さあ? 僕も着いた船から、扶桑の女性記者を知っているかって聞かれただけですから」

 

ガードナーはまた、軽く肩をすくめる。

 

「ま、僕は用があるので基地に戻りますけど、荷物を運ぶ必要があるなら、第八軍まで連絡してください。最も……」

 

顔に笑みを浮かべながら、ガードナーは車に乗り込む。

 

「この量を見れば、手がいらないということはないでしょうけど」

 

ガードナーは爆笑しながら車を発進させ、行ってしまった。

 

 

 

 

 

「誰が何をこんなに送ってきたのよ。それ以前に本当に私宛なの?」

 

加東はブツブツと悪態をつきながら、荷物の山に近づいていく。すると暑い中、きっちりと整列している防暑衣の一団が目に入った。

 

服装からして、扶桑陸軍の部隊。本国から遠く10000km離れたトブルクで久しぶりに出会った扶桑人たちだった。

 

「全く、ここは砂漠なんだから、日陰にいさせなさいよ。いったいどんなボンクラが指揮官やっているんだか……」

 

加東が近づいていくと、衛兵が彼女を呼び止める。

 

相変わらずの杓子定規で、融通の利かない扶桑陸軍に呆れながら、前に届いた陸軍省からの手紙を見せる。そこには加東の軍復帰と、大尉に任命する旨が書かれている。

 

衛兵は怪訝な顔で、加東の顔と手紙を見ていたが、理解した表情を見せると、大慌てで挙手の礼をする。

 

「ただ今指揮官をお呼びしてきます!」

 

加東が答礼をすると、衛兵は並んでいる一団へ走り出す。

 

しばらくするとその一団から、中肉中背の男性らしき人物がやってきた。

 

加東は頭に巻いていたスカーフとゴーグルを外す。

 

「あなたが指揮官ですか……ってあなたは!?」

 

「えっ? ……あっ!」

 

二人は驚愕する。

 

防暑衣の中から出てきたのは、かつて一緒に戦った戦友の顔だった。

 

「な、なんで啓一郎がいるのよ!」

 

「なんでヒガシさんがここにいるんですか!」

 

 ――上坂啓一郎、扶桑皇国陸軍の世界的に見ても稀な男性ウィッチであり、戦友たちの中で唯一消息が着かない人物だった。

 

突然の思ってもみなかった人との再会に、二人はただ混乱するばかり。その様子を衛兵は何が何だかわからずに、ただその光景を眺めていた。

 

 

 

 

 

「……ということは、トブルクの女性記者ってヒガシさんだったんですか……」

 

「ええ、そうよ。それにしてもアフリカに派遣なんて……なんかやらかしたの?」

 

 ようやく混乱から立ち直った上坂と加東は、お互いのことを話し始める。久しぶりに会ったこともあり、いろいろと積もる話でもあったのか、二人共饒舌になっていた。

 

「別に何も……東部戦線で一段落ついたら、参謀本部からアフリカ派遣部隊の司令官になってくれって言われただけですよ」

 

「アフリカ派遣部隊?」

 

 加東は怪訝な顔になる。そんな部隊は聞いたこともなかったからだ。

 

「ええ、俺と新人、それに現地にいる元ウィッチを指揮下に置けって……」

 

「新人? そんな子どこに……」

 

 加藤が周りを見渡しても、いるのは整備兵らしき男性兵士ばかり。ウィッチの姿などどこにもない。

 

その時、どこからともなく声が聞こえてきた。

 

「ふ、扶桑海の電光、加東大尉にお会いできるなんて、感激であります!」

 

「え、今の声、ナニ?」

 

加東は周囲を見回すが、誰もいない。

 

「ああ、下です、下」

 

「下?」

 

上坂に言われて下を見ると、そこには防暑衣の塊がある。上坂の人差し指はそれを指していた。

 

「これ?」

 

よく見ると、その塊は動いていて、手と顔が見えている。

 

扶桑人にしては真っ白で柔らかそうな手と顔。防暑衣が大きすぎるようで、服に埋もれているように見えた。

 

「はい、わたくしは扶桑皇国陸軍アフリカ派遣独立飛行中隊所属、稲垣真美軍曹であります!」

 

120㎝もない身長で、一生懸命加東に対して挙手の礼をする少女。その姿を見て、加東は少し顔をひきつらせながら、上坂に尋ねる。

 

「この子が新人?」

 

「そうです」

 

昔から変わらない、冷静な口調で答える上坂。

 

加東は上坂に聞くのを諦め、ひざを曲げて稲垣の目線に合わせた。

 

「……ええと、あなたいくつ?」

 

「はい、12歳であります!」

 

「12歳か……」

 

加東はあまりにも小さい稲垣を見て、一桁なのではないかと心配していた。そのため安堵のため息をはく。稲垣はそのため息の意味が分からず、首をかしげた。

 

「……ヒガシさん、さすがに参謀本部も一桁の子を送ってくるような真似はしないでしょう」

 

上坂は加東の心配に気付いていたのか、さらりと言う。

 

「あう……」

 

その言葉でようやくため息の意味に気付き、稲垣は少し困った表情になった。

 

 

 

 

 

とりあえず荷物を運ぶために、加東はブリタニアの第八軍に電話をかけ、車両の増援を頼む。その間、上坂は部下達を日陰に移させ、休ませるようにした。

 

ちなみに加東は上坂と同階級になのだが、上坂の方が先任なので上坂が命令を出している。しかし、上坂はそのことをあまり気にせず、年上の加東に対して敬語を使っていた。

 

「……それにしても、ヒガシさんが現地の軍と交流があったなんて……助かりました」

 

「まあ私もあちこちと取材をしていたからね。そのツテよ」

 

「出来ればトラックとかを調達したいのですが……何とかできませんかね?」

 

「トラックを? う~ん……、とりあえず第八軍に聞いてみるわ」

 

「ありがとうございます」

 

 そんなやり取りしている間に、先ほどの車を先頭に十台以上のトラックがやってきた。

 

 先頭の車が二人の前で止まると、先ほど加東を送ってくれたガードナーが出てくる。

 

「やあカトー、また会ったね」

 

「ええ、あなたの言う通り、手伝ってもらう必要があったわ」

 

ニヤニヤと笑っていたガードナーだったが、隣に立っている上坂を見て、少し怯えた様子になる。……加東があとで聞いたのだが、上坂の右頬には大きな傷がありのでその無表情さと合わせると、どこかの極道さんかマフィアを連想させたらしい。

 

「ああ、初めまして、扶桑皇国陸軍アフリカ派遣独立飛行中隊、通称砂隊隊長、上坂啓一郎大尉であります」

 

 上坂が挙手の礼をすると、ガードナーはその顔に加えて、階級の高さにも怯えながらも答礼をする。その姿を見て、加東は少し溜飲が下がる思いがした。

 

 その後、上坂は整備曹長の氷野に命令して、班ごとに荷物をトラックに積み込んでいく。加東は、その間を縫うように歩きながら写真を撮っていく。と、加東が夢中になって写真を撮っていたら、彼女の横を、木箱が通り過ぎて行った。

 

加東は驚いて振り返ると、稲垣が軽々と、重そうな木箱を持ち上げている。

 

ウィッチなら重い荷物を運ぶことが出来るが、傍目から見ると、幼い少女にしか見えないので、周囲のブリタニア兵も驚いた表情をしていた。

 

――しばらく作業を進め、荷物を確認していると、加東は武器や弾薬類は非常に多い代わりに食料などが圧倒的に足りないことに気付く。そのことを確認しようと上坂に尋ねようとした。

 

上坂はガードナーと話し合いながら、荷物の確認をしている。

 

「ねえ啓一郎、荷物足りないんじゃないの?」

 

 加東は上坂に話しかけると、途端に困った顔をする。

 

「ああ、食料類などが圧倒的に足りないな。まあ部隊の人数が少ないから何とかなるとは思うが」

 

今回派遣された部隊は中隊とは名前がついているが、実際は40人ほどしかいない。

 

「他に荷物はなかったの?」

 

「……実は、ジブラルタルで降りた大尉達が持って行ったんですよ」

 

上坂は声を潜める。説明によると、上坂がジブラルタルで部隊と合流した時、扶桑から引率していた士官達が荷物を一つ降ろしていったという。

 

「……ちなみにどれを降ろしたの?」

 

「……これです」

 

上坂は手に持っていたリストの、一番最後の所を指さす。そこには部隊の運営費と書かれていた。

 

「……ねえ、これって横領ってヤツじゃないの?」

 

「やっぱりヒガシさんもそう思いましたか……」

 

上坂は軽くため息をつく。

 

「曹長の話によると、航海中から、途中で逃亡するとか、これだけあればリベリオンで遊んで暮らせるとか、不穏な話をしていたそうなので、自分の独断で別な箱と取り替えました」

 

「どれと取り替えたの?」

 

「ええと……曹長!」

 

「はっ!」

 

上坂に呼ばれて、氷野がやってくる。

 

「運営費はどれと変えたんだ?」

 

「はい、これです」

 

 曹長が指さした先には、一覧に金物と書かれた番号の、細長い箱があった。

 

上坂が箱を開けると、金色に光る金塊が、ぎっしりと詰まっている。これだけあればしばらく部隊運営に支障は出ないだろう。

 

「……相変わらず黒いわね、アンタ」

 

「……褒め言葉として受け取っておきます。それよりも……」

 

上坂は呆れたようにため息をはく。

 

「まったく、参謀連中は何を考えているんだか……それにあいつらも。最前線では幼い少女達が戦っているというのに……」

 

いつもは冷静で何考えているかわからない上坂だが、上官――特に無能な上官に対してはまったく容赦しない。噂では以前彼のことを酷評していた上官の弱みを握り、退役に追い込んだこともあるのだとか……。

 

「……ねえ、それよりも」

 

 ブツブツとつぶやいていた上坂に、加東は不安そうに話しかける。

 

「話を聞くと、さっさと着任報告を済ませるべきだと思うんだけど……」

 

「どうしてですか?」

 

「だって、中身が違うことに気が付いたら、本国にあらぬことを吹き込んだりしないかしら?」

 

「……あ」

 

隣で聞いていた曹長の顔が青くなる。しかし、大丈夫と上坂は言った。

 

「それはあり得ませんね。勝手に逃げておいて今更報告できるはずがありません。それにそんなことをしても、俺の上司なら何とかしてくれますし」

 

 上坂は、冷静にそう言い放った。

 

 その時、荷物をすべて積み込み終わったことを、ガードナーが伝えに来た。

 

「荷物の積みこみは完了しました。それで、これをどこに運びますか?」

 

「ええと……このあたりで空いている飛行場はあるか?」

 

「このあたりで空いている飛行場はありません。使わないとすぐに砂に埋まりますので」

 

「そうか……とりあえず、ブリタニアの駐屯地に預かってもらえないだろうか?」

 

「わかりました。なら第八軍の駐屯地に案内します」

 

そういうと、全員がトラックに乗り込み、加東と稲垣は先頭の車の後部座席に、上坂は助手席に乗り込むと、トブルク要塞へと向かい始めた。

 

 

 

 

 

「そういえば、あなたはどうして陸軍に入ったの?」

 

 車中の移動中、加東はふと気になって隣に座っている稲垣に質問をする。

 

「は、はい、私は映画で見た扶桑海の閃光を見て、陸軍に入ろうと思いました」

 

 稲垣は緊張しながら答える。扶桑海の閃光とは、1937年に起こった扶桑海事変を題材に、扶桑陸海軍全面協力の元、作られた映画で、同じ部隊だった穴吹智子少尉(当時)が、主役として登場していた。加東もその映画に、少し出演していたが、上坂は出ていなかった。

 

「そうなんだ、でもあの戦いでは海軍も活躍していたけど?」

 

「……あの、笑わないで聞いてくれますか?」

 

稲垣の声が、小さくなる。

 

「いいわよ」

 

「わたし、船が苦手なんです……」

 

「船が?」

 

加東は稲垣の答えに、少し頬が緩む。そして恥ずかしがっていた稲垣に、そっと耳打ちした。

 

「大丈夫よ、その理由で、陸軍に入った人を、もう一人知っているから」

 

「えっ?」

 

稲垣が素っ頓狂な顔をすると、前の助手席に座っていた上坂が、小さくくしゃみをした。

 

「……むう、風邪か?」

 

その様子を見て、加東は一人、ほくそ笑みを浮かべていた。

 

 


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