冬木中央公園、前回の聖杯戦争の決着の地であり、大火災と言われる悲劇の中心。自然公園となってからも火災によって死した者達の怨念が焼き付いた土地であり、平時でも人はあまり寄り付かない。
満ちた月の光が降る今夜は、公園付近に人払いの術が施され、公園の入り口に創名とアサシンが佇むのみだった。
そんな空間に複数の足音が響く、人払いを突破してきたのは衛宮士郎、遠坂凛、彼らのサーヴァントであるセイバーとアーチャーだった。
「こんばんは。よく来たね、て言いたい所だけど、待ちくたびれちゃったよ。」
「そうか、けど、この機会を待っていたのは俺の方だ。」
創名のからかうような言葉に士郎が言葉を返す。
「で、どういう心境の変化なのかしら?貴方の方から誘ってくれるなんて思ってなかったのだけれど。」
「変化というか、前から思っていたんだ。」
創名は笑った。どこか柔らかい笑み、何かを振り切ったような清々しさがある。士郎も凛も見たこと無い表情、けれど、セイバーとアーチャーにはその笑顔に見覚えが有った。
それは、殉教者の笑み。
信念か、覚悟に殉ずるものだけがが浮かべる類いの痛ましくさえある美しい笑顔。
「一回、士郎と本気で喧嘩してみたいって。」
「いいぜ、その代わり約束しろ。」
無邪気にさえ感じる『我が儘』。それは、創名の本音を含んだ嘘だと士郎には確信できた。もっと切実でどうしようもないモノを抱えて、創名は士郎をここに呼んだ。
それがわかったからこそ士郎は頷く。
「俺が勝ったら全部元通りだ。戻ってこい、創名。」
「今言うことかな、それ。」
「喧嘩なんだろう?なら、別にいいじゃないか。」
創名の笑みが聖杯戦争が始まる前のように変わる。けれど、それは一瞬だった。創名が小さく息を吐き、士郎達を見つめる。
空気が音を立てて圧縮されるように創名の威圧感が増した。
「確かにそうだね、それでいいよ。けど、士郎。自分が勝っても泣かないでね。」
創名の些細な言葉にさえ魔力が込められていると錯覚するほどの魔力を解放しながら、創名は公園を示した。
「この中に戦いの舞台は用意しといた。けど、ここから先に進めるのは士郎だけだ。」
言葉と共に公園の中から呪詛の炎が放たれ、創名と士郎、アサシンと凛達に隔てる壁となった。
「さて、申し訳ありませんが、お嬢様方プラス野郎は俺が担当です。」
炎の威力自体は壁になる程度のモノだ。しかし、突破しようとすると、気配も音もなくアサシンが立ち塞がる。
「アサシン1騎でセイバーとアーチャーを押さえられるつもり?」
「さぁ、どうでしょう?」
「ずいぶんな自信じゃない。」
「あぁ、そうだ。お伝えしておきますが、聖杯の完成には後1騎分の魂が足りないそうです。」
脈絡無く告げられた情報に凛の眉がつり上がった。後1騎ということは、目の前のアサシンを倒してしまえばその魂が聖杯にくべられ、聖杯が完成してしまう。かといって、手を抜けばこちらが逆に撃破される可能性がある。3騎士のクラス、セイバーとアーチャーといえどもアーチャーは手負いだ。押さえきられるかもしれない。
「なるほど、この勝負はいかにお前にダメージを与えずに行動不能にさせるか、ということだな。」
「大雑把に言えばそうでしょうね。可能ですか?貴方たちに?」
「なに、難しくはあるが、不可能ではない。」
アサシンとアーチャーは互いを笑った。
一方で他の者と分けられた士郎は、炎の壁を睨み付けていた。
「あの二人も言えば分かってくれるのに、ここまでしなくてもいいだろう。」
「これぐらいしないとセイバーも遠坂さんも横槍いれてくるだろうからね。」
士郎の文句を創名は軽く流しながら、壁の向こう側を思う。
アサシンは番人だ。公園に張った結界は条件を満たす者でなければ入れないが、士郎と創名を除き、アーチャーのみがその条件を満たしている。創名の『我が儘』の内容から、アーチャーが結界の中に入ってくるのは避けたいからこそ、アサシンには事が終わるまで止めておいてもらわなければならない。
創名の手が自身の腹部を押さえる。そこに有るのは令呪だ。切嗣が子供の為に残し、聖杯戦争の予兆を感じた時点で回収した一画分の令呪、それでアサシンに死守を命じる。それが作戦だった。
「令呪において命じる。」
呟きながら言うべき命令に悩む。この戦いは創名が望まなければ起きなかったモノだ。それに付き合ってくれるといったアサシンになんと言うべきだろうか?
マスターとサーヴァントというだけではない。アサシンは創名にとって初めて、創名の理想を肯定してくれた者でもあるのだ。
そのアサシンへの最後のオーダーだ。とびっきりの物が良い。創名はそう考えた。
一つ息を吐き、意思を固めた創名は声を出す。自身を正義だと言ってくれた英雄への
「アサシン、自分達こそがこの聖杯戦争で最高のマスターとサーヴァントであることを証明せよ!」
声はパスを通じ、その存在に染み込んだ。そして生まれた歓喜は魔力を震わせ、世界へと干渉する。
その結果に満足そうに頷き、士郎の方へ向き直る。
「さて、行こうか、士郎。」
「ああ。」
待ってくれていた士郎に声を掛け、創名と士郎は共に冬木中央公園に足を踏み入れ。瞬間、その姿が消えた。
視点を再び壁の外へと戻すと、アサシンの中にある魔力が増大し、セイバーとアーチャーがそれに対応すべく武器を取り出していた。
「ッ!令呪によるブースト!?」
「そのようだな。これはかなり厄介だ。」
凛の悲鳴のような声にアーチャーが頷き、アサシンを鋭く睨む。
アサシンはその視線を気にも留めずに小さく笑っている。
「いやぁ、マスターも嬉しいこと言ってくれますね。証明せよ、か。くく。」
嬉しそうに、楽しそうに言ったアサシンは凛達に向き直ると、その髑髏面へと手を伸ばし、顔から外す。そこにあるのは『顔の無い』顔だ。『山の翁』の称号を継承し、個人と言えるものを全て捨てさった暗殺者であるアサシンには顔など無い。けれど、アーチャーは、セイバーは、凛は、そこに英雄の顔を幻視した。
「貴方の思うがまま、願いのままに。我がマスター。」
楽しげに口角を上げた頬を、笑みを象る唇を、強い意思をもって自分達を睨む瞳を、ある筈が無いそれらに目を奪われた。
「魔術師、衛宮創名のアサシン、ハサン・サッバーハ。名乗る名がこれしかないことをどうぞご容赦ください。」
名乗りを上げるその姿は暗殺者には不釣り合いなモノだろう。しかし、その姿はこの聖杯戦争において、最も誇り高く見えた。
「マスターからのオーダーだ。足止めなんて言わず、アンタ方の命、頂戴しますよ。」
暗殺者はそう宣告し、闇へと身を踊らせた。
そこは赤い世界だった。
創名に誘われ、足を踏み入れた冬木中央公園は、完全な別世界だった。
いや、別の世界ではない。それは言うなれば過去の
空が燃えていた。
大地が燃えていた。
建物が燃えていた。
人が、燃えていた。
目に映る全てが炎に包まれている。
平和な街だった街が焼け落ちている。
多くの死者が
多くの死に向かっている者が存在していた。
自分だけでも助けてくれと叫ぶ人がいる。/既に彼の全身を炎が包んでいる。
子供だけでもと地面を這い、赤ん坊の亡骸を差し出す人がいる。/彼女達はもうすぐ燃え尽きる。
この世界は間違いなく地獄だ。
かつての戦いの終演にして最大の悲劇、大火災のあの夜だ。
「ようこそ、そしておかえり。」
言葉を無くし呆然と立ち尽くす士郎に創名は言葉を掛ける。
「ここは、自分達を生み出した惨劇の揺りかご。
両腕を広げ、この世界の名を口に出す。
「ここは、固有結界『最期の問い掛け』。さぁ、自分達の聖杯戦争の終幕だ。張り切って行こうか、士郎。」