弟くんがラスボスルート   作:潤雨

34 / 48

前哨戦、もしくは前兆のラストです。


前哨戦、もしくは前兆3

 

「該当、『起源覚醒:輪廻』発動。

戦闘を開始します。」

 

その言葉は引き鉄だった。

銀の砂が舞い上がり、創名の手の中で剣の形を取り始める。それを妨げる様にセイバーが屋根を蹴り、人間味の無い敵へと駆ける。

「AD.1868」

ポツリと落とされたのは創名の詠唱。その呟きによって野太刀が形成され、創名はそれを構えセイバーを迎え打つ様に駆け出した。

「ーーッ■■■■■」

駆け出すと同時に創名から発せられたのは、今までの無機質な声質を保ちながら、バーサーカーの如き気合いの声。猿叫と共に全霊で振るわれた刃は鋭くセイバーへと振り下ろされ、セイバーは聖剣によってそれを受け止めたが僅かに押し戻される。

「セイバーが押し負けた!?」

「全力での初の太刀。二の太刀要らずか。」

士郎の驚きを尻目に分析を行っていたアーチャーは弓を構え撃つ。しかし、創名は野太刀から手を離し、セイバーの脇を潜り抜けるようにに跳ぶことで回避する。正確には掠めてはいるが、その傷もすぐに再生されているのだ。

「AD.0539」

再び囁かれる詠唱、手に現れたのはスクラマサクスと言われる片刃の西洋剣。アーサー王が生存した時代に使用されていたとされる刀剣である。その剣を手に跳躍、弓を構えるアーチャーに横薙ぎに振るった。その太刀筋は先の一撃とは違い、鋭く、けれども相手の反撃を見越した余裕のある騎士の剣術による攻撃だ。アーチャーはそれを危うげなく双剣で受け止め、そして舌打ちをした。空中に浮かぶ波紋と、その波紋より出現する武具の群れに気付いたからだ。

「オイオイ、俺を置いてかんでくださいよ、マスター。」

言葉と共に創名とアーチャーに武具の雨が降り注いだ。アーチャーを含め、屋根の上にいた凛と士郎も屋根から飛び降りてその雨を避ける。そんな中で、創名は一人だけ避ける事もせず背中から多くの剣を受け、それを崩壊させて銀の砂へと変換させる。

「権限の返還を確認。戦闘を中止します。」

「お、戻ったか?良かった良かった。」

「いや、マスター串刺しとか何すんだよ、と言いたいけど正直助かったよ。」

アサシンの軽い言葉に、目に光が戻った創名がため息と共に感謝を吐き出す。

「創名、今のは一体何だ?」

その様子に安堵しながら、けれど、恐ろしい夢を見た後の様に僅かな怯えを含んだ声で士郎が問いかける。

「・・・答える義理は無いかな?一応敵同士なんだしさ。」

「答えろ!」

茶化すような言葉に、士郎は叫ぶほど強い言葉で返す。

創名は目を細め、首を振る。

「答えないよ、士郎。これは君が気にする事じゃない。」

「それは、俺が決める事だ!」

創名の言葉に士郎が怒鳴り駆け出そうとするが、その目の前宝剣が突き刺さる事で止められる。

「マスター。サーヴァントの数じゃこっちが不利だ。不利になったらスタコラサッサと逃げ出すのがアンタの戦略だったろ?」

「酷い言われようだね。確かに逃げまくってるけどさ。」

アサシンは宙に剣群を浮かべながら創名に声をかけた。撤退を促すようでありながら、何かを測るようでもあった。

ここで全力で戦うのか、言外に問うているのだ。

「ここで因縁の決着を付けても良いけど、元から忘れ物取りに来ただけだしなぁ。」

創名はそう言ってアサシンを見る。アサシンの手元の空間が歪み、切嗣の魔術刻印が保管された瓶が現れる。

「その忘れ物を更に忘れて暴走してたマスターもいましたねぇ。」

「五月蝿い。奇襲からマスターを守れなかったサーヴァントの癖に。」

気楽に言葉を交わす主従に、士郎や凛の眼差しが厳しくなる。彼らのサーヴァントも同様だ。

「まぁお互い調子が悪かった、って事にしときましょう。」

「そうだね。そうしよう。

って事で、調子が悪いから帰って良い?」

「良いわけがあるか!戯け!」

巫山戯るように言った創名をアーチャーが一喝し、干将・莫耶を持って斬りかかる。凛も魔術の詠唱を開始しセイバーもまた駆け出していた。

創名は笑みを浮かべながら、アーチャーの斬撃に右腕を差し出す。

体から切り離され、支えを失い、宙に舞う創名の右腕。

「断絶する幻想」

予想外の行動によって生まれる刹那の隙に、創名の詠唱が響く。

切り離された右腕に魔力が集まるのを感じたセイバーが後退するのより早く、右腕だった物から先程創名が放った物と同じ呪詛の炎が一気に溢れ出る。規模は小さいが密度が高く、一瞬で膨張した空気が爆弾の様に爆ぜる。

その爆風は近くに居たアーチャーと創名自身を焼き、アサシンとセイバーも巻き込まれる。

それが創名の予想だった。しかし、それを裏切り、アーチャーが腕に覆い被さる様に動く事でセイバーへの余波を防いだ。呪いの炎は創名達を包むが、この呪詛はこの世全ての悪(アンリ・マユ)の権能の一部。世界の半分の肯定者の名の通り、属性に悪を持つサーヴァント、人物にダメージを与える事は無い。

「アーチャー!!」

「心配は不要だ、凛。そこまでのダメージは無い。」

凛の叫びにアーチャーが答える。しかし、それが強がりなのはパスの繋がっている凛には分かっていた。見た目には殆ど傷が無い様に見えるが、呪詛に染まった魔力は魔術回路に浸透し重大なダメージを与えている。聖骸布によって作られた外套の防御のお陰で致命傷にはなっていないが重傷には変わらない。

「さて、逃げるよ。アサシン。」

「了解。マスター。」

右腕を失った創名は、表情さえ変えずにアサシンに言う。アサシンも軽く返事をしながら、空中に黄金の船を出現させた。

「待て!創名!!」

「追って来るかい?士郎。次は今のより大きいよ?」

士郎の呼びかけも、追撃しようとしたセイバーも、創名の台詞に縫い止められる。

そのまま船へと飛び移り、創名達は消えて行った。

 

 

「なぁ、マスター。」

夜空を航海する船の上、アサシンが創名へと声をかける。

切り落とされた腕を銀の砂で補い、修復していた創名はその言葉に顔を上げた。

「さっきは何故、逃走を選んだか、聞いて良いですか?」

「アサシンが言ったじゃん、数で負けてるけど逃げるか?って」

「確かに言いました。けど、それはアーチャーが無傷だったからだ。アーチャーはマスターの自爆でダメージを受けた。あの状態で固有結界は展開出来ない。」

アーチャー、士郎、創名、その魔術の奥義であり原点である固有結界。その使用には世界からの修正力などの膨大な負荷がかかり、魔術回路への負担も大きい。呪詛の炎によって傷を受けた魔術回路での展開はいかに英霊といえども不可能だ。そして、固有結界が無ければアーチャーがギルガメッシュに持っていた優位が消える。

「セイバーをマスターの固有結界に隔離、俺がアーチャーとマスター達を潰す。それで勝てたはずだ。」

「そうかもね。」

「それなのに、選んだのは反撃では無く、逃走。マスター、貴方は衛宮士郎と戦う事を恐れている。」

アサシンの言葉に創名は何も言わない。

それは、創名本人が最も良く分かっていたからだ。聖杯戦争において、創名と士郎は対立し、数度の戦いを行っている。しかし、それらは逃走の為の時間稼ぎや策の為の物であり、「士郎を倒す為」の戦いをした事は無かった。創名の目的には士郎の生存が必要だが、生存さえしていれば良いのだ。令呪が出た時点でそれを奪うことも出来たし、不意打ちなど、数えるのが馬鹿らしくなる程に機会があった。それでも現在の様になっているのは、創名がそれらの手段を選ばなかったからだ。創名は士郎を正義の味方にしようとする事を止められない、けれど、その手段はある程度選ぶ事が出来る。自身の思考の中の僅かな自由で、士郎と打倒するという手段を避けて来たのだ。

その理由は、アサシンの言う通りに恐れているからだろう。士郎と命を懸けた戦いを行う事を、何故恐れているかは分からない。家族と戦う事に対しての忌避感なのか、それとも別の何かなのか、創名は分からないままに放置している。

分からなくても

戦争に勝利する事は/逃げ切る事は

出来るのだから。

「ま、自覚が有るなら良いですよ。貴方が自覚しているならそれを踏まえて勝利すると俺は確信してますから。」

「そう、ありがとう。」

「いえいえ、傀儡だとか言っといて口出ししちまって申し訳ありませんね。」

アサシンと創名、正義の味方を望む主従は静かに笑った。

「今日のは前哨戦って言うべきかな?けど、本戦は起こりえない。」

「次でお終いですからねぇ。」

空を行く船の目的地はアインツベルンの森。もう一つの小聖杯の元へ。

 






Fate/GOのメンテナンスの間に書き殴ってたら自分でびっくりするほど書けました。怒りって立派なモチベーションになるのですね(
次回はお馴染みの補足説明になります。創名の暴走やらの説明予定ですが、他に気になることとかを言って貰えれば書いていきたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。