やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》 作:あぽくりふ
では、六話。
「くっ―――」
俺は半ば絶望しながらも路地裏を駆ける。
―――【二刀流】、【神速】、【無限槍】、【暗黒剣】、【抜刀術】、【手裏剣術】。そして加えて【簒奪】。
「ふざけんなよ、マジで」
【簒奪】。文字通り、レベルやスキルを奪うユニークスキルなのだろう。......もう笑うしかないレベルでチートだ。笑えよベジータ。
「ほんと、何処の異世界転生チーレム小説の主人公だっつの」
と、飛翔音を耳が捉える。同時に跳躍し、先程まで俺がいた場所をナイフが貫いた。
「Ha、逃げてちゃ終わらねえぞ?」
「生憎、まだ人生終了させたくないんでな!」
ギリィ、と包丁と双剣が噛み合う。ニィとPoHが嗤い、右側頭部目掛けて蹴りを放ってくる。
後方へ飛びながらそれを回避すると、続けざまに包丁の斬撃。黒刀と擦れて火花が散った。
「くっ」
ぎぃぃん、と剣から伝わってくる衝撃を流しつつ俺はさらに跳躍し、建物の壁を蹴ってさらに上へ。当然のようにPoHも追ってくる。
......やはり、速い。
俺は黒刀を鞘に納めると、腰のからホルダーからナイフを三本引き抜く。屋根の上を走りながら振り向き、纏めて投擲。
「おいおい、何処狙ってんだ―――」
PoHが嘲笑する。紅い光を纏うナイフは、PoHではなく屋根に向かって飛んでいた。―――だが、これはミスではない。そんな初歩的なミスをするわけがない。
「―――Ha!?」
PoHの足元の屋根に突き刺さる―――と同時にドドン、と爆炎を撒き散らしてナイフが爆発する。衝撃と突風で、PoHはたたらを踏んだ。
「よし......」
俺はその隙にポーションを飲み干す。回復には分単位でかかるが、その僅かな回復量がこの戦闘では分水嶺となるに違いない。
回復結晶は当然ながら切り札であるため、ギリギリまで使わない。転移結晶など、使ってる隙にやられてしまうだろう。
......もとより、逃げる気など毛頭無い。俺からレベルを奪い、ユニークスキルを【簒奪】した奴は、今やこの世界では最強で最凶だ。今ここで、俺が殺さねばならない。
―――例え、刺し違えになったとしても。
「おいおい、時間稼ぎのつもりか?」
「ちッ」
飲み干した直後、炎の中からPoHが突っ込んでくる。俺は舌打ちしつつ空になったポーションの容器をPoHに向かって投擲。あっさりと回避される。だがその隙に俺は屋根から地上へダイブ。NPCの悲鳴の中、路地裏へと侵入し走り出した。
―――さて、どこまで逃げきれるものか。
背後に迫る肉を断つ音と、NPCの悲鳴をBGMにして、俺は殺人鬼と鬼ごっこを始めるのだった。
※※※※※※※※
「うっ......」
アスナは
「ハチマンくん......」
止める間すらもなく、奴―――PoHと共に転移した
―――何故、彼が生きているのかはわからない。
―――もしかしたら、彼はGM側の人間なのかもしれない。
だけど、それでも......彼が生きていて、嬉かった。
「......まだ、醤油ラーメン食べてないもの」
絶対に作らせてやる。
そう思考し、彼女はふらつきながらも立ち上がった。
......【神速】。誰よりも速く、誰よりも速さを求めた自分に与えられたユニークスキル。失って始めて抱いた渇望から与えられたモノ。
―――もっと速ければ。
―――私がもっと速ければ、彼を救えた。
―――失うことはなかった。
あの日、砕けて散った彼を見て抱いた、心の底からの渇望。貪欲なまでに速さを求めた。叫んだ。
速さを寄越せ、と。
『―――あなたが、相応しい』
その瞬間、声が聞こえた気がした。
戦いの後、【神速】が与えられたことを知って呆然とした。そして、スキル効果を見て、激怒した。
―――何故、もっと早くこれをくれなかったのだ、と。
「......ハチマン、くん」
もう一度、彼の名前を呟く。
【神速】をPoHに奪われた今、PoHは彼に対抗しうるだけの力を持っている。いや、下手をすれば、それを越える力を。
ぎり、とアスナは唇を噛んだ。奴の
―――また、何もできない。
「アスナ......」
「―――ッ、ユウキ!?」
アスナははっ、として安全地帯の片隅に目を移す。そこには、彼女と同じように、ふらつきながらも立ち上がるユウキがいた。
「ごめん、アスナ......ボクも、奪われた」
「なっ......」
アスナは驚愕に目を見開いた。
―――アスナは、PoHに首を掴まれている間のことをあまり覚えていない。【簒奪】される、心を侵食されるようなあの感覚と痛みのせいで、周囲を認識することができていなかったのだ。まさかユウキも掴まっているとは―――
いや、そうではない。
「ねえ、ユウキ......まさか」
「うん。【暗黒剣】を、奪われた」
それを聞いた瞬間、彼女の背筋を冷たいモノが走り抜けた。【神速】と、【暗黒剣】。
もし、彼のあの強さが、レベルや装備に依存しているのだとしたら。【神速】と【暗黒剣】はその特性上、そんなモノを軽々と食い破る。
いや、最悪の場合。【簒奪】によってレベルを奪われ、同格にまで堕とされていたならば―――
「うそ......」
彼は、確実に死ぬ。もう一度。
※※※※※※※※
「く―――」
レベルを奪われた俺だが、PoHとは今のところ互角に戦えていた。
奴はどちらかと言うと筋力寄りの敏捷、つまりバランス型だったのに対して俺は完全な敏捷特化だったのが幸いした。レベルを奪われても敏捷値では互角、筋力値では奴が上回っているものの装備ではこちらが上。【神速】の中でもあの異常に速さが上がるスキルは
「Ha―――」
「ちッ」
俺は左手で投擲した黒刀が弾かれたのを見て舌打ちした。戦況は完全に拮抗していた。
―――おそらく、『アレ』を使えば勝てる。勝てるが、アレは一発のみの初見殺し砲。確実にやれる、という瞬間でなければ。
「......Shit。面倒だなオマエ」
苛立ち混じりにPoHが呟いた。
「妙に硬いし......もう少し遊ぶつもりだったけど、使うか」
す、とPoHが手を振り、空中を指が舞う。おそらくメニューウィンドウを開いているのだろうが、何を―――?
猛烈に嫌な予感。俺はさらに白刀を投擲するが、あっさり避けられた。PoHはウィンドウを閉じ、こちらに向かって駆けてくる。
「
ひゅん、と振るわれる包丁。黒い闇のようなモノを纏ったそれは、タイミング的にも回避不能。防ぐしかない。
俺は返ってきた黒刀を掴み、振り下ろされる包丁を受け止め―――
「......あ?」
られなかった。
あっさりと黒刀をすり抜けて、闇を纏う包丁が俺の腹を貫く。爆発的な痛みと衝撃。
吹き飛ばされ、地面と激突しながら俺は呻いた。くそ、痛え。
ちかちかと瞬く視界の中、一気に黄色に染まった体力を戻そうと
―――いったい何が起きた?あれは明らかにすり抜けていた。
......最悪の予想、というよりは確信が頭の中に浮かぶ。毒や麻痺や盲目、部位欠損といったものの付与に特化したトリッキーなスキル。そしてその中の一つにあった効果。
ああ、知っている。そいつは―――
「《
「Exactly。ホントよく知ってるな、オマエ」
Ha、とPoHが嗤う。
「ま、知ってても死ぬんだけどな」
―――【暗黒剣】。
ユウキの所有しているはずのそれ。【暗黒剣】すらも奪っていた、というわけだ。
...どんなマゾゲーだ。難易度高すぎだろうが。ラスボスかよ。
「...くそが。もう好きにしやがれ」
もはや頭がおかしいとしか思えない。なんだこれ、どう足掻いても絶望かよ。―――なまじ『アレ』があるだけに、希望を捨てきれないのが最悪だ。
―――ああ、やってやるよクソ野郎。やるかやらないかじゃない、やるしかねえんだ。
「殺してやるよ殺人鬼」
「やってみろよ
※※※※※※※※
とまあ、大口叩いてみたものの。状況は毛ほども改善されないわけで。
「ぐ......」
「HaHaHa、どうした!?さっきまでの威勢はどこに行ったハーミットッッ!」
防具を無視して肩口を抉る包丁。がりがりと体力を削られていく中、俺はナイフを投擲しながら街中を駆けて逃げていた。
くそが、毒づきながら壊れた看板を蹴り飛ばす。だがPoHはあっさりと蹴り返してきたため慌てて避け、白刀を投擲した。回避するPoH。
だが―――
「―――!?」
「なっ」
PoHの肩口を、後方から飛んできた短剣が貫いた。
驚愕に目を見開くPoH。だが、俺が投げたものではない。ならば誰だ。
目を向けると、ぐんぐんと解像度が上がる。そこには―――
「シリカ!?」
白い髪にルビー色の瞳。震えながらもこちらを見ている少女は、まぎれもなくシリカ。
俺は唖然としながらシリカを見つめた。そして直後にしまった、と後悔する。
―――にんまり、とPoHが嗤った。
「あんのバカが......!」
不味い、と俺は思考し、走り出す。だがPoHのほうが速い。
......あの快楽殺人者のことだ。俺の目の前でシリカを殺すつもりだろう。
―――させて、たまるか。
「止まり、やがれ―――!」
後先考えずに白刀を投擲。《シングルシュート》。
―――だが、シンプル故に最速であるその投剣は、的確にPoHの右足を貫いた。
あまりにも正確な投擲。PoHは驚いたのか、一瞬停止する。が、すぐに再び動き出す。
―――そして、包丁を振りかぶる。
―――シリカは、棒立ちのまま動かない。
そして。
「―――え?」
「逃げろよ、バカが」
黒く染まった包丁が深々と、俺の胸を貫いていた。
「ぐ、あ」
「Ha、HaHaHaHaHaHaHaHaッ!馬鹿はオマエだハーミット、何庇ってんだ!」
俺は呻き、PoHは哄笑を上げる。一気に体力が減り始める。
―――ピンチはチャンス、とは誰が言い始めたのだろうか。
ぎり、と俺は痛みに耐えながらも歯を食い縛る。シリカにはむしろ感謝しなければならないかもしれない。これはむしろ
俺は全力を振り絞り、PoHの首を掴む。PoHの顔が驚愕に歪むのを見ながら、俺は膝を曲げて―――跳躍した。
―――知っているだろうか。《軽業》のスキルは、所有者とその付属物にまで効果が及ぶ。つまり、今は俺だけでなくPoHも軽い。
だん、と俺は建物の屋根を足場にしてさらに跳躍し、さらにまた尖塔を足場にして跳躍する。
―――そして、PoHの体を放した。
「......Ha、バカが。オレがこの高さから墜ちたら死ぬとでも思ったのか?」
「いいや、思ってないさ」
嘲笑するPoHを見下ろして、俺は呟いた。ああ、そんなことは思っちゃいない。
―――だが、殺せる。
「PoH。お前の敗因は、俺の【手裏剣術】を奪わなかったことだ」
「...What?」
【簒奪】、【神速】、【暗黒剣】。確かにチートだ。
だが、それを言うなら―――【手裏剣術】もチートなのだ。
「―――
す、と掌をPoHに向けて、呟く。落下し始めるPoH。そう、ここは空中だ。
―――故に、逃げ場などない。必ず当たる。
波紋のようなモノがいくつも空間に広がっていく。数個ではない。数十を越える波紋が広がっていく。
PoHが、目を見開いた。
......この技は、もはやソードスキルから逸脱した謎の技だ。手裏剣術の最終剣技であり、投剣の究極形とも言える最強の剣技。剣を投げる、という手裏剣術の基本原則を覆す、投剣の極致。
「じゃあな、PoH。俺の勝ちだ」
いくつもの幸運が重ならなければ、こうはならなかっただろう。俺はちらりと自分の体力ゲージを見る。もはや、数ミリ単位でしか残っていなかった。
―――さあ、堪能しろ。これが
「―――ぶちかませ。《
俺が叫ぶと同時に。
ストレージから召喚された合計682の武器が剣の雨となり―――PoHを含む、下の空間を、根こそぎ吹き飛ばした。
ーーー君はいつから手裏剣術がチートでないと錯覚していた?