やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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五話 ついに戦禍の幕が開ける。

 

 

 

「違う、そうじゃない......こうだ」

 

 

六回連続で空を裂き、さらに硬直を埋めるように右足での回し蹴り、からの踏み込みで前方に跳んでさらに六連撃を叩きこむ。体術と短剣の複合ソードスキル《テンペスト・エッジ》だった。

 

 

「むぅ......難しいです」

 

「ま、蹴りのタイミングが少し独特だからな。慣れるしかない」

 

 

そう言って、俺は壁に寄りかかる。蹴りのタイミングに試行錯誤するシリカを見ながらくぁ、と欠伸した。ちなみにシリカは当然ながらスカートでなく、ジーンズにブーツ、というスタイルである。

シリカは暗緑色のエフェクトを纏った回し蹴りを空に放った。さらに六連続の斬撃。ふわり、とポニーテールにした白髪が揺れる。

さながら、どこぞの格闘映画の主人公のようだった。

 

 

「やった、出来ましたよハチさん!」

 

「......そうか、よかったな」

 

 

はしゃぐシリカを見つつ、俺は苦笑した。『俺』はユウキに師事されていたらしいが、こんな気分だったのだろうか。

 

―――ユウキと、ラン。あの双子の姉妹は、こちらにもちゃんと存在している。

ユイに聞いてみたところ、「《月夜の黒猫団》所属みたいですねー。それなりにレベル高いですし、攻略組ですよ」とのことだった。

どちらも将来的には超一流の剣士になる奴等だ、最前線で戦っているのだろう。

 

 

「どうしました?」

 

「や、なんでもない。それよりもう昼だ、下に降りるか」

 

「はい!」

 

 

たたた、と階段を降りていくシリカを追いながら、俺はユウキ達に会えないことを―――僅かながら、残念に思ったのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「タバスコに唐辛子、ガラムマサラ。豆板醤も捨てがたい......」

 

 

うーん、とユイは唸る。直後、かっと目を見開いて顔をあげた。

 

 

「―――逆に考えるんだ。全部ぶちこんじゃってもいいさ、と......うみゅっ!?」

 

「やめんか」

 

 

サンダークロススプリットアタック......ではなく、ただのチョップをかましつつ鍋を覗きこむ。コンソメもどきのスープのようだった。

 

 

「痛いです......」

 

「お前がまた紅蓮地獄(インフェルノ)かまそうとしたからだろうが」

 

 

不満そうにこちらを見るユイを無視し、俺は皿を取り出していく。それを見て諦めたのか、ユイは残念そうに溜め息を吐きつつもコンロの火を切った。

 

 

「美味しいのに」

 

「そりゃお前だけだ、アホ」

 

 

以前にも一度同じことをされて絶望したことがあった。一面真っ赤なスープを見た瞬間、きっかり三秒間硬直してしまったことはよく覚えている。

 

 

「あとさ」

 

「はい?」

 

 

俺は頭の上を指して言った。

 

 

「これ、どかしてくれね?」

 

「......よくなついてますね」

 

 

『これ』扱いされたのが気に入らなかったのか、後頭部にべしべしと尻尾が叩きつけられる。同時にきゅい、という鳴き声。

 

 

「俺の頭は巣じゃねえんだけどな」

 

「竜の巣ですよ竜の巣。きゃーかっこいー」

 

棒読みで煽ってくるユイにアイアンクローをかましつつ、俺は頭を振ってみる。だが意地になっているのか、ピナはかじりついて離れない。頭が重いんだが。

 

 

「あはは......すいません」

 

 

苦笑いするシリカ。普段は彼女の肩に乗っているのだが、先程の訓練の途中くらいから頭に乗っかっているのだ。だから俺の頭は止まり木じゃねえっつの。ええい離れろ水色ドラゴンもどき。

 

どうにかこうにか格闘しつつ、ようやくピナをひっぺがす。

不満そうに鳴きながら俺の指に噛みついてくるピナ。だがピーナッツの袋を置くと、途端にすっとんでいった。フハハハ所詮動物にすぎんな!......というかこれ、最初からやりゃよかったんじゃねえか?

 

 

「いただきます」

 

「いただきます」

 

 

ようやく席についた俺はスプーンを手に取る。今日はスープとトースト、ついでにベーコンという組み合わせだった。

そして、皿や料理を運んできたユイも着席する。

 

 

「いただきま―――」

 

 

―――と、そこで停止した。

不審に思って斜め前を見ると、驚愕の表情を浮かべたユイがいた。

 

 

「どうした?」

 

「......兄さん。悪いニュースと、もっと悪いニュースのどっちから聞きたいですか?」

「何......?」

 

 

俺は思わず眉をひそめる。

 

 

「じゃあ、悪いほうから言いますね。......低層、32層の洞窟で大規模なプレイヤー間抗争が勃発しています。《攻略組》と、《ラフィン・コフィン》です」

 

「な―――」

 

 

俺は愕然とし、シリカは息を飲んだ。ユイは淡々と続ける。

 

 

「では、もっと悪いニュースです。―――現在、《攻略組》が劣勢。犠牲者はすでに数名でています」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

ふざけるな、と俺は内心呟いた。

 

なんのために殺してきたのだ。結局、予想通りに討伐作戦は決行され、あろうことか攻略組が劣勢。

 

『犠牲者はすでに数名でています』

―――もし、その犠牲者にアスナとユキノ......キリト達が、いたら?

 

 

「......くそ」

 

 

ギリ、と歯を食い縛る。ふざけるなよ。そうそう上手くいくことなんてない、とは思っていたが。

 

 

「間に合えよ―――」

 

 

......じゃないと、『俺』に合わせる顔がない。

そう内心で呟き、俺は地を駆けていく。

 

木を。枝を。岩を。川を越えて森を抜ける。

 

「―――そこか!」

 

 

走りながらウィンドウを開き、位置を確認する。とある小さな洞窟ダンジョン。そこがラフコフの本拠地らしい。

 

 

「――――――ッ」

 

 

100メートルの距離を三秒で走破し、俺は速度を落としながら洞窟内に侵入し......絶句した。

 

 

「ひぃ、やめ―――!?」

「ひはははは」

「......せ。殺せ」

「来るな!来るんじゃ―――」

 

 

「は、はは」

 

 

地獄だった。

 

プレイヤー同士が恐怖と狂気に駆られて殺しあう。狂騒と混乱の中、俺は思わず笑ってしまった。

―――ああ。くそったれ。

 

ガキリ、と引き金を引くような感覚。一気に脳が冷えていき、第三者のような視点に切り替わる。俺じゃない俺への変革。

 

悩むのも後悔も全て後回しだ。―――今は、奴等を殺せ。

 

 

「......」

 

 

たん、と地を蹴った。さらに天井を足場にして狂騒の中へ突っ込む。

 

 

「......」

 

「え」

 

 

着地、と同時に抜刀。オレンジの二人の首を跳ね、切り刻む。さらに視界の端に笑う棺桶のマーク。

 

 

「......」

 

 

無言でナイフを投擲。目を貫き、相手が怯んだところであっさりと頭蓋に黒刀を刺し、抉る。さらにしゃがんで両手剣を回避し、腹を裂いた。驚愕と恐怖の表情。―――だが俺はなんの躊躇いもなく、眼窩から脳に白剣を突きいれた。爆散。

 

ひゅんひゅん、と双剣を左右に振るう。四人ぶんのポリゴンの嵐の中、俺はすたすたと歩いて前へと進んだ。

背後から畏怖と恐怖の視線が貫くのを感じる。

 

ごくり、と誰かが息を飲んだ。

 

 

「ハ、【ハーミット】......」

 

「嘘だろ?」

 

「......本当だったのかよ」

 

 

《攻略組》のメンバー達が後退りする足音を聞いて、俺は薄く笑った。

 

......ああ、それでいい。その反応がベストだ。《攻略組》からは畏れられ、《ラフコフ》から恐れられる、殺人者狩りの殺人者。次なるPoHを出現させないための抑止力となるのだ。

だが、今はとりあえずPoHを殺さねばならない。奴さえ殺せば《ラフコフ》は内部から崩壊する。根拠はないが、そんな気がした。

 

「......はっ」

 

 

双剣を握り締め、俺は戦禍へと身を投じた。

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「キリト......!?」

 

 

混戦と化している洞窟内を、ラフコフ側(オレンジ)のみを切り捨てながら俺は進んでいた。

視界の端にちらりと写った、黒い少年の影。だが、微動だにしないその姿は異常だった。当然、そんな姿をさらすのは敵に隙を見せるのと同義であり―――

 

 

「ッッ、馬鹿が、何つっ立てんだ!」

 

 

思わず声を荒げつつ、キリトに剣を突き立てようとするプレイヤーを切り伏せた。

すると、緩慢な動きでキリトが顔をあげる。

 

「ハチ、マン?」

 

「キリト、お前―――」

 

 

仮面の奥で、俺は驚愕に息を飲んだ。半ば茫然自失のような体のキリト。キリトの手が震え、黒い剣を取り落とした。

......成る程、こいつ―――

 

 

「......殺したのか」

 

 

問い掛けの体を装っていたが、俺は確信していた。

キリトはそれを聞いて、がくりと膝をつく。頬を伝う涙は、罪悪感故か。

 

 

「......」

 

 

不味いな、と俺は内心舌打ちした。混戦となっているここでキリトを放置するのは危険だが、かといってキリトに構ってはいられない。どうにか、戦える程度には復帰して欲しいのだが―――。

 

 

「......キリト」

 

 

だがどうする?おそらく慰めの言葉をかけても無駄だろう。なまじ中学生という中途半端な年齢であるため、感情と行動を切り離すなんてこともできないだろう。ならばどうする。俺は―――

 

 

気にすんな(,,,,,)

 

「......え?」

 

 

ぽかん、とこちらを見上げるキリト。そんなキリトに向かって、わざと陽気に俺は言い放った

 

 

底辺(クズ)の一匹や二匹殺した程度(,,,)で悩むなよ。お前は仲間を守るために、正しいことをしたんだ」

 

「正しい、こと?......これが?」

 

「そうさ。害虫駆除と同じようなもんだ―――」

 

 

と、俺は胸ぐらを掴みあげられる。目の前には、泣きながらも憤怒に染まったキリトの顔があった。

 

 

「っざけんなよ、ハチマン!これが正しいことのわけないだろ!?あいつらだって......」

 

「じゃ、何が正しいんだ?」

 

 

そう俺が言うと、キリトは絶句する。

......ああ、そうさ。こんなことが正しいはずがない。むしろ悪だ。

 

―――ならば、正義はどこにある?真実は、理想は、本物は?圧倒的に正しく、万人が納得する、絶対不変の正義はどこにある?

 

......答えは、『無い』だ。

 

 

「少なくとも、俺はこれが正しいと思うぜ」

 

 

そんな薄っぺらな嘘を吐き、俺はキリトの手を外す。キリトは茫然とし、そしてこちらを睨んだ。

 

......キリト。もしお前が、俺の行為を『間違っている』と言うのなら。

 

 

「お前はお前の思う『正しい』行動をするんだな、キリト」

 

 

―――この何もかもが信じられない、くそったれな世界で。

お前なりの正義を示してみせろ......キリト。

 

 

内心でそんな言葉を吐いた俺は、キリトが正気に戻ったと判断し、背を向けて―――洞窟の奥へと走り出すのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「なっ―――!?」

 

 

洞窟の最深部、少し広がった部屋のような安全地帯に飛び込んだ俺は、いきなり前方から飛んできたモノを受け止める。衝撃で仮面が外れた。

そして、息を飲んだ。

 

 

「ユウキ......!?」

 

 

腕の中で気を失っている少女は、少し装備が違うものの、明らかにユウキだった。懐かしさと驚愕を感じつつも、俺は前方へと目を向けて......絶句した。

 

 

「あ、ぐ」

 

「......Wow。久しぶりだな」

 

 

首をしめられていたアスナが手を離されて落下し、咳き込んだ。アスナの首を掴んでいた張本人は、こちらを見て嗤う。

 

瞳は蒼く、髪は灰色。中性的な美貌には獣のような笑みが浮かべられ、右頬には笑う棺桶のエンブレム。灰色のポンチョに、右手に握られるのは歪な包丁。

 

―――間違いない、こいつは。

 

 

「PoHッッ!」

 

 

俺はユウキを地面に置き、双剣をPoHに叩きつけた。が―――

 

 

「HA。随分と早いね」

 

「......馬鹿な、なんでお前が」

 

 

ギリリィ、と双剣と包丁がせめぎあう。俺は愕然とした。別に防がれること自体は想定内だ。だが、何故。何故貴様が―――

 

 

「【神速】を、使ってるんだ!?」

 

 

金色に染まった瞳を揺らして、PoHは嗤う。そして同じく金色に染まった腕で、俺の首を掴みあげた。

 

 

「くっ―――!?」

 

「転移、《アイゼンナッハ》」

 

 

PoHはあまりにも速すぎる動作で転移結晶を取り出し、砕く。数秒のラグと同時に転移。俺はPoHを蹴りつけて手から逃れた。

 

 

「......うん、なかなかだな」

 

 

嗤うPoHはひゅん、と包丁を振るう。金色の光は解除されていた。

俺は驚愕を吹き飛ばすようにして踏み込み、PoHに叩きつける。

 

―――違和感。

 

 

「随分と遅くなったモンだな」

 

「な、」

 

 

再びあっさりと防がれた俺は、PoHに弾き飛ばされる。だが、おかしい。これは明らかに、

 

 

「―――遅く、なってる?」

 

 

俺は戸惑った。明らかに以前より遅い。何が起きた?何が―――

 

 

「っと」

 

「がっ」

 

 

とん、とPoHが接近する。だが以前ならば避けられたであろう蹴りは、腹に突き刺さった。

 

―――いや、違う。俺が遅いのもある。だが......

 

 

「Wow......かなり違和感があるねえ。慣れるまでしばらくかかるかな、こりゃ」

 

 

ちらり、とPoHの足を見るが、そこには金色の輝きはない。おかしい。先程の蹴りは、明らかに『速すぎる』。

 

―――嫌な予感。まさか、という思いから俺はステータスウィンドウを開く。

 

 

―――――――――――――――

 

ハチマン Lv85

 

―――――――――――――――

 

 

「......ああ、そういうことか」

 

 

アスナの【神速】を持ち、俺より速くなっている。対して俺は遅くなり、レベルが下がった。

......ああ、ここまでくれば誰でもわかる。おそらく、先程首を掴んだ際にやられたのだろう。

 

つまり、

 

 

「......奪ったのか」

 

「......Surprising(驚いた)。かなり頭が回るんだな、オマエ」

 

 

ひゅう、とPoHが口笛を吹き、嗤う。

 

 

「ユニークスキル【簒奪】。一気に15もレベルが上がるなんて、オレも驚いたよ」

 

「【簒奪】、だと」

 

 

ヤバい。俺は打てる手が無いことに気付き、愕然とした。冷や汗が背中を伝う。

 

 

「さあ―――殺しあおうぜ?」

 

 

殺人鬼が嗤い―――絶望的な戦いが、始まった。


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