やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》 作:あぽくりふ
「違う、そうじゃない......こうだ」
六回連続で空を裂き、さらに硬直を埋めるように右足での回し蹴り、からの踏み込みで前方に跳んでさらに六連撃を叩きこむ。体術と短剣の複合ソードスキル《テンペスト・エッジ》だった。
「むぅ......難しいです」
「ま、蹴りのタイミングが少し独特だからな。慣れるしかない」
そう言って、俺は壁に寄りかかる。蹴りのタイミングに試行錯誤するシリカを見ながらくぁ、と欠伸した。ちなみにシリカは当然ながらスカートでなく、ジーンズにブーツ、というスタイルである。
シリカは暗緑色のエフェクトを纏った回し蹴りを空に放った。さらに六連続の斬撃。ふわり、とポニーテールにした白髪が揺れる。
さながら、どこぞの格闘映画の主人公のようだった。
「やった、出来ましたよハチさん!」
「......そうか、よかったな」
はしゃぐシリカを見つつ、俺は苦笑した。『俺』はユウキに師事されていたらしいが、こんな気分だったのだろうか。
―――ユウキと、ラン。あの双子の姉妹は、こちらにもちゃんと存在している。
ユイに聞いてみたところ、「《月夜の黒猫団》所属みたいですねー。それなりにレベル高いですし、攻略組ですよ」とのことだった。
どちらも将来的には超一流の剣士になる奴等だ、最前線で戦っているのだろう。
「どうしました?」
「や、なんでもない。それよりもう昼だ、下に降りるか」
「はい!」
たたた、と階段を降りていくシリカを追いながら、俺はユウキ達に会えないことを―――僅かながら、残念に思ったのだった。
※※※※※※※※
「タバスコに唐辛子、ガラムマサラ。豆板醤も捨てがたい......」
うーん、とユイは唸る。直後、かっと目を見開いて顔をあげた。
「―――逆に考えるんだ。全部ぶちこんじゃってもいいさ、と......うみゅっ!?」
「やめんか」
サンダークロススプリットアタック......ではなく、ただのチョップをかましつつ鍋を覗きこむ。コンソメもどきのスープのようだった。
「痛いです......」
「お前がまた
不満そうにこちらを見るユイを無視し、俺は皿を取り出していく。それを見て諦めたのか、ユイは残念そうに溜め息を吐きつつもコンロの火を切った。
「美味しいのに」
「そりゃお前だけだ、アホ」
以前にも一度同じことをされて絶望したことがあった。一面真っ赤なスープを見た瞬間、きっかり三秒間硬直してしまったことはよく覚えている。
「あとさ」
「はい?」
俺は頭の上を指して言った。
「これ、どかしてくれね?」
「......よくなついてますね」
『これ』扱いされたのが気に入らなかったのか、後頭部にべしべしと尻尾が叩きつけられる。同時にきゅい、という鳴き声。
「俺の頭は巣じゃねえんだけどな」
「竜の巣ですよ竜の巣。きゃーかっこいー」
棒読みで煽ってくるユイにアイアンクローをかましつつ、俺は頭を振ってみる。だが意地になっているのか、ピナはかじりついて離れない。頭が重いんだが。
「あはは......すいません」
苦笑いするシリカ。普段は彼女の肩に乗っているのだが、先程の訓練の途中くらいから頭に乗っかっているのだ。だから俺の頭は止まり木じゃねえっつの。ええい離れろ水色ドラゴンもどき。
どうにかこうにか格闘しつつ、ようやくピナをひっぺがす。
不満そうに鳴きながら俺の指に噛みついてくるピナ。だがピーナッツの袋を置くと、途端にすっとんでいった。フハハハ所詮動物にすぎんな!......というかこれ、最初からやりゃよかったんじゃねえか?
「いただきます」
「いただきます」
ようやく席についた俺はスプーンを手に取る。今日はスープとトースト、ついでにベーコンという組み合わせだった。
そして、皿や料理を運んできたユイも着席する。
「いただきま―――」
―――と、そこで停止した。
不審に思って斜め前を見ると、驚愕の表情を浮かべたユイがいた。
「どうした?」
「......兄さん。悪いニュースと、もっと悪いニュースのどっちから聞きたいですか?」
「何......?」
俺は思わず眉をひそめる。
「じゃあ、悪いほうから言いますね。......低層、32層の洞窟で大規模なプレイヤー間抗争が勃発しています。《攻略組》と、《ラフィン・コフィン》です」
「な―――」
俺は愕然とし、シリカは息を飲んだ。ユイは淡々と続ける。
「では、もっと悪いニュースです。―――現在、《攻略組》が劣勢。犠牲者はすでに数名でています」
※※※※※※※※
ふざけるな、と俺は内心呟いた。
なんのために殺してきたのだ。結局、予想通りに討伐作戦は決行され、あろうことか攻略組が劣勢。
『犠牲者はすでに数名でています』
―――もし、その犠牲者にアスナとユキノ......キリト達が、いたら?
「......くそ」
ギリ、と歯を食い縛る。ふざけるなよ。そうそう上手くいくことなんてない、とは思っていたが。
「間に合えよ―――」
......じゃないと、『俺』に合わせる顔がない。
そう内心で呟き、俺は地を駆けていく。
木を。枝を。岩を。川を越えて森を抜ける。
「―――そこか!」
走りながらウィンドウを開き、位置を確認する。とある小さな洞窟ダンジョン。そこがラフコフの本拠地らしい。
「――――――ッ」
100メートルの距離を三秒で走破し、俺は速度を落としながら洞窟内に侵入し......絶句した。
「ひぃ、やめ―――!?」
「ひはははは」
「......せ。殺せ」
「来るな!来るんじゃ―――」
「は、はは」
地獄だった。
プレイヤー同士が恐怖と狂気に駆られて殺しあう。狂騒と混乱の中、俺は思わず笑ってしまった。
―――ああ。くそったれ。
ガキリ、と引き金を引くような感覚。一気に脳が冷えていき、第三者のような視点に切り替わる。俺じゃない俺への変革。
悩むのも後悔も全て後回しだ。―――今は、奴等を殺せ。
「......」
たん、と地を蹴った。さらに天井を足場にして狂騒の中へ突っ込む。
「......」
「え」
着地、と同時に抜刀。オレンジの二人の首を跳ね、切り刻む。さらに視界の端に笑う棺桶のマーク。
「......」
無言でナイフを投擲。目を貫き、相手が怯んだところであっさりと頭蓋に黒刀を刺し、抉る。さらにしゃがんで両手剣を回避し、腹を裂いた。驚愕と恐怖の表情。―――だが俺はなんの躊躇いもなく、眼窩から脳に白剣を突きいれた。爆散。
ひゅんひゅん、と双剣を左右に振るう。四人ぶんのポリゴンの嵐の中、俺はすたすたと歩いて前へと進んだ。
背後から畏怖と恐怖の視線が貫くのを感じる。
ごくり、と誰かが息を飲んだ。
「ハ、【ハーミット】......」
「嘘だろ?」
「......本当だったのかよ」
《攻略組》のメンバー達が後退りする足音を聞いて、俺は薄く笑った。
......ああ、それでいい。その反応がベストだ。《攻略組》からは畏れられ、《ラフコフ》から恐れられる、殺人者狩りの殺人者。次なるPoHを出現させないための抑止力となるのだ。
だが、今はとりあえずPoHを殺さねばならない。奴さえ殺せば《ラフコフ》は内部から崩壊する。根拠はないが、そんな気がした。
「......はっ」
双剣を握り締め、俺は戦禍へと身を投じた。
※※※※※※※※
「キリト......!?」
混戦と化している洞窟内を、
視界の端にちらりと写った、黒い少年の影。だが、微動だにしないその姿は異常だった。当然、そんな姿をさらすのは敵に隙を見せるのと同義であり―――
「ッッ、馬鹿が、何つっ立てんだ!」
思わず声を荒げつつ、キリトに剣を突き立てようとするプレイヤーを切り伏せた。
すると、緩慢な動きでキリトが顔をあげる。
「ハチ、マン?」
「キリト、お前―――」
仮面の奥で、俺は驚愕に息を飲んだ。半ば茫然自失のような体のキリト。キリトの手が震え、黒い剣を取り落とした。
......成る程、こいつ―――
「......殺したのか」
問い掛けの体を装っていたが、俺は確信していた。
キリトはそれを聞いて、がくりと膝をつく。頬を伝う涙は、罪悪感故か。
「......」
不味いな、と俺は内心舌打ちした。混戦となっているここでキリトを放置するのは危険だが、かといってキリトに構ってはいられない。どうにか、戦える程度には復帰して欲しいのだが―――。
「......キリト」
だがどうする?おそらく慰めの言葉をかけても無駄だろう。なまじ中学生という中途半端な年齢であるため、感情と行動を切り離すなんてこともできないだろう。ならばどうする。俺は―――
「
「......え?」
ぽかん、とこちらを見上げるキリト。そんなキリトに向かって、わざと陽気に俺は言い放った
「
「正しい、こと?......これが?」
「そうさ。害虫駆除と同じようなもんだ―――」
と、俺は胸ぐらを掴みあげられる。目の前には、泣きながらも憤怒に染まったキリトの顔があった。
「っざけんなよ、ハチマン!これが正しいことのわけないだろ!?あいつらだって......」
「じゃ、何が正しいんだ?」
そう俺が言うと、キリトは絶句する。
......ああ、そうさ。こんなことが正しいはずがない。むしろ悪だ。
―――ならば、正義はどこにある?真実は、理想は、本物は?圧倒的に正しく、万人が納得する、絶対不変の正義はどこにある?
......答えは、『無い』だ。
「少なくとも、俺はこれが正しいと思うぜ」
そんな薄っぺらな嘘を吐き、俺はキリトの手を外す。キリトは茫然とし、そしてこちらを睨んだ。
......キリト。もしお前が、俺の行為を『間違っている』と言うのなら。
「お前はお前の思う『正しい』行動をするんだな、キリト」
―――この何もかもが信じられない、くそったれな世界で。
お前なりの正義を示してみせろ......キリト。
内心でそんな言葉を吐いた俺は、キリトが正気に戻ったと判断し、背を向けて―――洞窟の奥へと走り出すのだった。
※※※※※※※※
「なっ―――!?」
洞窟の最深部、少し広がった部屋のような安全地帯に飛び込んだ俺は、いきなり前方から飛んできたモノを受け止める。衝撃で仮面が外れた。
そして、息を飲んだ。
「ユウキ......!?」
腕の中で気を失っている少女は、少し装備が違うものの、明らかにユウキだった。懐かしさと驚愕を感じつつも、俺は前方へと目を向けて......絶句した。
「あ、ぐ」
「......Wow。久しぶりだな」
首をしめられていたアスナが手を離されて落下し、咳き込んだ。アスナの首を掴んでいた張本人は、こちらを見て嗤う。
瞳は蒼く、髪は灰色。中性的な美貌には獣のような笑みが浮かべられ、右頬には笑う棺桶のエンブレム。灰色のポンチョに、右手に握られるのは歪な包丁。
―――間違いない、こいつは。
「PoHッッ!」
俺はユウキを地面に置き、双剣をPoHに叩きつけた。が―――
「HA。随分と早いね」
「......馬鹿な、なんでお前が」
ギリリィ、と双剣と包丁がせめぎあう。俺は愕然とした。別に防がれること自体は想定内だ。だが、何故。何故貴様が―――
「【神速】を、使ってるんだ!?」
金色に染まった瞳を揺らして、PoHは嗤う。そして同じく金色に染まった腕で、俺の首を掴みあげた。
「くっ―――!?」
「転移、《アイゼンナッハ》」
PoHはあまりにも速すぎる動作で転移結晶を取り出し、砕く。数秒のラグと同時に転移。俺はPoHを蹴りつけて手から逃れた。
「......うん、なかなかだな」
嗤うPoHはひゅん、と包丁を振るう。金色の光は解除されていた。
俺は驚愕を吹き飛ばすようにして踏み込み、PoHに叩きつける。
―――違和感。
「随分と遅くなったモンだな」
「な、」
再びあっさりと防がれた俺は、PoHに弾き飛ばされる。だが、おかしい。これは明らかに、
「―――遅く、なってる?」
俺は戸惑った。明らかに以前より遅い。何が起きた?何が―――
「っと」
「がっ」
とん、とPoHが接近する。だが以前ならば避けられたであろう蹴りは、腹に突き刺さった。
―――いや、違う。俺が遅いのもある。だが......
「Wow......かなり違和感があるねえ。慣れるまでしばらくかかるかな、こりゃ」
ちらり、とPoHの足を見るが、そこには金色の輝きはない。おかしい。先程の蹴りは、明らかに『速すぎる』。
―――嫌な予感。まさか、という思いから俺はステータスウィンドウを開く。
―――――――――――――――
ハチマン Lv85
―――――――――――――――
「......ああ、そういうことか」
アスナの【神速】を持ち、俺より速くなっている。対して俺は遅くなり、レベルが下がった。
......ああ、ここまでくれば誰でもわかる。おそらく、先程首を掴んだ際にやられたのだろう。
つまり、
「......奪ったのか」
「......
ひゅう、とPoHが口笛を吹き、嗤う。
「ユニークスキル【簒奪】。一気に15もレベルが上がるなんて、オレも驚いたよ」
「【簒奪】、だと」
ヤバい。俺は打てる手が無いことに気付き、愕然とした。冷や汗が背中を伝う。
「さあ―――殺しあおうぜ?」
殺人鬼が嗤い―――絶望的な戦いが、始まった。