やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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四章スタート!


四章 嗤う棺桶
一話 やはり彼女は失ってしまう。


 

 

 

 

「ひ、ひいいいいいい!?」

 

 

男は、一人―――闇の中を走る。死ぬ、という恐怖だけが心の中を埋めつくしていた。

 

仲間は全部で四人いた。そう、『いる』ではなく『いた』―――すでに過去形となっていた。

 

一人は首を背後から貫かれて死んだ。一人は胸を貫かれて死んだ。一人は腹を裂かれて死んだ。一人は頭を割られて死んだ。

 

 

「なんで、なんでこんなことに......」

 

 

月に照らされた道を走りながら、男は泣き言を漏らす。本当はこんなはずではなかった。狩る立場だった自分が、狩られるだなんて、話が違うではないか―――

 

 

「......え?」

 

 

そこまで思考した直後、彼の喉を熱い痛みが走った。

思わず喉を押さえる。と、ぞぷり、という音ともに彼の胸から二本の剣が生えた。

痛みを無視し、男は振り返る。

そこにいたのは、黒い影を纏ったフード付きのローブ。そして、横一線のスリットが入っただけの、黒い仮面。

 

 

暗殺者(アサシン)―――」

 

 

真っ先に頭に思い浮かんだ感想。それを口に出し、男はポリゴンとなって砕けちった。

 

 

「............」

 

 

ポリゴンが消え失せると、男を殺した仮面のプレイヤーは双剣を鞘に納める。そしてローブの中から一冊のメモ帳とペンを取り出した。

 

 

「......あと、41人」

 

 

ぼそり、と仮面の男は呟き、メモ帳に羅列されていた五つの名前に赤線を引く。すでに十を越える名前が消されていた。

 

仮面の男はメモ帳を閉じるとペンを挟み、再びローブの内ポケットへと納める。

 

そして、フードを被り直すと影を纏って、森の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「【ハーミット】?」

 

 

彼―――キリトは、もはや定住地と化したエギルの店の二階の揺り椅子を揺らし、目の前の少女に尋ねた。

 

 

「ああ。ま、【隠者(ハーミット)】って名前はアーちゃんが名付けたんだけどナ」

 

 

そう返す少女―――アルゴ。そして彼女はマグカップに入った液体を啜り、胸焼けでもしたかのように顔をしかめた。

 

 

「なんだっけ......タロットのアルカナの1つ、だったっけ?」

 

「おお、キー坊が知ってるなんて珍しいこともあったもンだ。アーちゃんはローブと仮面を着けてることから名付けたみたいだヨ」

 

 

キリトは憮然とした表情をしながらも、否定できずに溜め息を吐いた。

基本的に英語やドイツ語で表示されるMobの名前。それを読めないことも多々あるのだ。自分の知識不足は否めなかった。

 

 

「......で、その【ハーミット】がどうしたんだよ」

 

「これを見てくれないか?」

 

 

す、とアルゴが差し出す一枚の写真。それを見て、彼は顔をしかめる。

 

 

「もっとまともに撮れなかったのか?」

 

「撮影用の結晶で、あるプレイヤーが撮ったモノだヨ。それしかないんだカラ、しょうがないだロ」

 

 

夜の森で撮影―――というか隠し撮りしたらしい写真。暗くてよくわからないが、フードを被ったローブの男が、双剣を振るっているらしいことは見てとれた。

 

 

「......なア、キー坊。この背丈に、双剣。......まるでアイツみたいだとは思わないカ?」

 

「......!?」

 

 

キリトは驚愕し、写真を見直す。―――確かに、似ていた。

 

 

「けど、アルゴ......ハチマンは......」

 

「まだ、フレンドリストの名前は灰色になってない。しかも【生命の碑】には名前がなかった。行方だけはわからないが、まだ可能性はあるサ」

 

 

アルゴの言葉に、キリトは息を飲む。まだ可能性はある。が―――

 

 

「―――ハチマンは、俺達の目の前で......ポリゴンになって砕けちったんだぞ?」

 

「あア、知ってる。だけど......だけどまだ、生きてるかもしれない」

 

「アルゴ......」

 

 

震えながらアルゴは言葉を吐き出す。そんな彼女を見て、キリトは俯いた。

 

 

「すまない、俺が......」

 

「守っていれば、とでも言うつもりカ?ならやめロ、その話は何度もしたはずダ」

 

 

アルゴは吐き捨てるようにそう言うと、数枚のプリントをストレージから取り出し、キリトに渡した。

 

 

PKK(プレイヤーキラー・キラー)。【笑う棺桶(ラフィン・コフィン)】の捜索と並行して【ハーミット】の調査も行ってくれ。必要な情報はそこにあるからナ」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

―――35層北部に広がる広大な森林ダンジョン『迷いの森』。その名前はダテではないことを、シリカは痛感していた。

巨大な樹木が鬱蒼と立ち並ぶ森は碁盤の目のように数百のエリアに分割され、ひとつのエリアに踏み込んでから1分経つと、東西南北の隣接エリアへの連結がランダムに入れ替わってしまう。

つまり森を抜けるには、1分以内に次々とエリアを走破していくしかない―――わけでもない。主街区にある道具屋で販売している、高価な地図アイテムを利用して四方の連結を確認しながら進む、という手もあった。

 

だが、地図アイテムを持っていたのは、シリカが先程飛び出したパーティーのリーダーだった。当然シリカが持っているはずもなく、必然的に彼女はダッシュでエリアを走破していくしかないわけだったのだが―――

 

 

「ま、また......」

 

 

シリカは泣きそうになりながらへたりこんだ。

パーティーから飛び出してすでに数時間、夕暮れ時を通り越して辺りは暗くなりつつある。

 

 

「はあ......」

 

 

曲がりくねった森の小道。それを1分以内に走破する、というのは予想以上の難題だった。当然、周囲が暗くなっていくに従って足元も見えづらくなる。ただでさえねじれた根や倒木で転びやすい小道なのだ、暗くなればそれらに足を取られるのは必然だった。

 

......そして、薄暗くなった森林ダンジョンで留意しなければならないのはなにも足元だけではない。

 

 

「......!」

 

 

きゅる、と肩の上でピナが鳴く。シリカの使役する小竜は、高く鋭い―――警告の意味を込めた声を発した。

 

同時に木立の奥から出現するのは、3体の猿人だった。赤暗色の毛皮、右手に握るのは粗末な棍棒、左手に握るのは瓢箪。

 

間違いない。『迷いの森』の中で出現するモンスター、その中でも最も強い《ドランクエイプ》だった。

 

 

「――――――ッ」

 

 

いけるはずだ。そうシリカは考えつつ、腰の鞘からダガーを引き抜いて逆手に構える。ピナは肩から飛翔し、空中で羽ばたきながら低い声で猿人Mobにむかって唸る。

 

......《ドランクエイプ》。『迷いの森』で最強のMobであり、それはすなわち35層最強のMobだということでもある。だが、いくらシリカが疲労していたとしても敵ではない。

 

―――基本的に中層プレイヤーは、充分すぎるほどの安全マージンをとってから『冒険』する。目安としては『ソロで五体のMobを、回復手段無しで倒せる』くらいだと言われていた。

 

しかも、巷で有名な《竜使い》シリカだ。七割ほどマスターした短剣スキルに、《竜使い》の異名のもととなった使い魔(ピナ)までいるのだ。負けるわけがない―――はずだったが。

 

 

「......!?」

 

 

《ドランクエイプ》が使うのは低レベルの戦鎚(メイス)スキルだ。一撃の重さはそこそこあるものの鈍重であり、高速連撃とヒットアンドアウェイを得意とする短剣は最も適している。現にシリカは今、一匹の《ドランクエイプ》の体力を危険域(レッドゾーン)にまで追い込んでいる。だが―――

 

 

「くっ」

 

 

《ドランクエイプ》の体力を削りきる寸前、後方にいた一匹がスイッチするようにして割り込んでくる。シリカは思わず歯噛みした。

後方に下がった《ドランクエイプ》は瓢箪を煽り、みるみる体力を回復させてゆく。―――それを見ながら、シリカはソロとパーティーの戦闘難易度の差に、焦りを覚えた。そして焦れば焦るほどミスアタックが増えていく。

 

―――それは同時に、敵の反撃を許すことになった。

 

 

「きゃっ......!?」

 

 

棍棒が右上腕部に炸裂し、彼女は鈍い痛みを感じつつよろめく。そしてその一撃が自身の体力の、3割以上を削りとったことを知って戦慄した。

 

―――回復アイテムは、もう無い。

 

ポーションも回復(ヒール)結晶も、ここに来るまでの戦闘で使い果たしている。シリカにもう回復手段はない。......つまり、この攻撃をあと2回くらえば、彼女は死ぬのだ。ピナの回復(ヒール)ブレスで1割は回復することを考慮しても、あと3回。

 

......シリカの、短剣を持つ手が震えた。

 

「死ぬ」かもしれない、という事実。それがシリカをパニックに陥らせた。戦わなければ死ぬ、だけど怖い。そんな相反する思いがぶつかりあって彼女は数瞬の間、硬直してしまう。

 

―――だが、《ドランクエイプ》がそんな格好の隙を見逃すはずがなく、彼女に横殴りの一撃が襲いかかった。

 

鈍重とはいえ、それなりに重い棍棒の一撃。小柄なシリカは簡単に吹き飛び、同時に彼女の体力バーは黄色に染まるまで落ち込む。

 

それを見て、再びシリカは震えた。だが今度は何も考えられなかった。彼女は呆然としながら、振り下ろされる棍棒を見つめる。

 

 

「―――え?」

 

 

棍棒が空中で何かに衝突し、打撃音が響いた。きゅる、という悲しげな鳴き声。

 

 

「あ―――」

 

 

水色の羽毛が空中に散り、同時にささやかな体力バーが左端まで減少する。......そして、小竜(ピナ)の体がポリゴンとなって砕けちった。

 

 

「あ、」

 

 

全身を縛る糸が、ぷつんと音を立てて切れる。

同時に沸き上がる憤怒。それは敵へのモノだけではなく、自身へむけたモノも多量に含まれていた。

 

 

「あああああッッ!!」

 

 

叫びながら、シリカは突進する。狙うのはただ、ピナを殺した《ドランクエイプ》のみ。

シリカの叫びに気圧されたのか、後方へ退いたそれをシリカは追う。途中で他の《ドランクエイプ》に棍棒を叩きつけられるが、避けずに左腕で受け止めた。直撃ほどじゃないにしろ体力が減少するが無視。

 

―――そして、短剣が、ピナを殺した《ドランクエイプ》の胸に深々と埋まった。悲鳴。直後、《ドランクエイプ》がポリゴンとなって爆散する。

 

そしてシリカは無言で残る2体に向き直る。体力はすでに赤く染まっていたが、アドレナリンと憤怒が恐怖を消し飛ばしていた。

 

 

そして彼女が無謀な突貫をしようとする寸前―――

 

 

「―――死ぬ気か、アホ」

 

「へ?」

 

 

シリカは何者かに、横合いからかっさらわれた。

よくわからないままに彼女はどさり、と地面に下ろされる。目の前にはローブを纏ったプレイヤー。だが、その輪郭を捉えようとすると影のようにぼやけていく。

 

だが混乱するシリカに構わず、謎のプレイヤーは身を屈める。そして、

 

 

「―――ッ!」

 

 

その姿がかき消え―――2体の《ドランクエイプ》の首が、同時に飛んだ。

 

シリカは呆然とする。―――今のは、おそらくだが、ただ跳躍して斬っただけだ。ただそのスピードが尋常ではないだけ。

 

―――20メートル程の距離を一瞬で詰める、ワープじみた移動速度。どれ程の敏捷値(AGI)があれば、あんな速度になるのだろうか。

 

 

「―――ふう」

 

 

謎のプレイヤーはしゅんしゅん、と双剣を振るって腰の鞘に納める。と、腰をかがめて何かを拾い、こちらに歩いてきた。

 

 

「ほら、落とし物だ」

 

 

手渡されたアイテムは、水色の羽だった。アイテム名は―――《ピナの心》。

 

 

「え、あ―――」

 

 

ぽろぽろと涙が零れ落ちる。涙でぼやける視界。......心の中を占める憤怒が悲哀へと変わる。同時に、彼女は1つの疑問を吐き出した。

 

 

「あ、あなたは......誰ですか?」

 

 

涙でぼやけてよく見えないが、その男は頭を掻いたようだった。

 

 

「ん、あー、そうだな......うん」

 

 

そして、困ったように言った。

 

 

「―――オクタ、とでも呼んでくれ」


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