やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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四話 やはり彼らは求め続ける。

 

 

 

「―――さて、話そうか......」

 

 

赤いコートを揺らしながら、《魔王》は立ち上がった。

 

 

「この世界の真実を」

 

 

寸分違わず俺と同一の顔を、歪ませて。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「......さて、何から話したものか。いざ話すとなると、ままならないものだ」

 

 

「......分かっているだろうが、ここは貴様(オリジナル)のいた世界ではない。かといって貴様が異世界やら並行世界に移動したとかいう、荒唐無稽な話でもない」

 

 

「―――この世界は、壮大なシミュレーションだ。カーディナルの大半を使用することでプレイヤー一人一人の行動、思考、人格、記憶、経験、過去の全てをスキャニングし、キーとなる事件を改変してシミュレーションを行う。そうして生み出されたセカイの1つが、ここだ」

 

 

「しかし過去に90回以上繰り返されたシミュレーションは、(ことごと)く失敗した。ナーヴギアを利用した記憶のスキャニング、保存領域に存在するプレイヤー全員のデータ。それらの何処にもミスはなかった。原因はたった1つ。―――感情を再現しきれなかったのさ、カーディナルは」

 

 

「感情は、高度な論理的思考能力さえあれば模倣できる。だが、所詮それは模倣にすぎない。カーディナルは極限状況下に置かれた際のプレイヤーの感情を、再現することはできなかった。どれもが薄っぺらい怒りの表現や哀しみの表現となった。身を焦がすような憤怒や絶望、復讐へと走らせる狂気は再現できなかったんだ」

 

 

「......そして、第99回目のシミュレーションでこのセカイは作られた」

 

 

「だがそこで、奴は―――アラヤは、一人のプレイヤーに注目した。......比企谷八幡、貴様だ」

 

 

「99回目のシミュレーションは、この比企谷八幡を中心として行われた。今までのシミュレーションにおいても人格が最も安定していた【比企谷八幡】に、強い負荷をかけた際のデータの入手が目的だった」

 

 

「アラヤがやったことはたった2つだけだった。―――【比企谷八幡】の目の前で、とあるプレイヤー二人を殺したのさ」

 

 

「一人は、現実においても比企谷八幡の知り合いだった雪ノ下雪乃―――つまりユキノ」

 

 

「もう一人は、今までのシミュレーションにおいて、比企谷八幡を幾度も救ってきたプレイヤー―――アスナだった」

 

 

「ユキノは、50層のボス戦において【比企谷八幡】を庇って死んだ。阿修羅型のボスの大剣に、身体を貫かれて砕け散った」

 

 

「アスナは、74層において《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の唯一の残党だった元《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のギルドマスターである【PoH】に殺された。【比企谷八幡】を庇ってな」

 

 

「―――結果から見れば、シミュレーションは成功だった。【比企谷八幡】を演じていたはずのAIは、二人の死を引き金に【感情の完全再現】と【自我の確立】に成功したのだからな」

 

 

「そして【感情の完全再現】に成功したことによって、アラヤの目的は九割がた達成された。奴の目的は【人間】を造り出すこと。―――禁断の人体錬成というわけさ」

 

 

「貴様は、古来から人体錬成が禁忌とされてきた理由を知っているか?......ああ知っているだろうな、私は貴様から生み出されたのだから。そうさ、ヒトを創る、というのは神技だったからだ」

 

 

「アラヤが目指すモノはそれだ。奴はヒトを創ることで、神の領域へと手を伸ばそうとしていたんだ。―――奴の研究の集大成、それが【心意】システムだ」

 

 

「いまや現代の科学では肉体(ハードウェア)の創造は容易い。問題は内面だが、奴の専門は(ソフトウェア)だ。私を見ればわかるだろうが―――もはや奴の造り出すAIは現代のモノの数世代先をいっている。茅場晶彦が天才ならばアラヤは怪物と言ってもいい。凡人の大言壮語ならばまだマシというものだが、アラヤの場合は届きうるだけの才能を持っている......いや、すでに片足を踏み込んでいる」

 

 

「―――話を戻そう。アラヤの研究(心意システム)は九割がた完成した。だが、残る一割が足りない。埋められない。......だが、アラヤは幸運に恵まれた」

 

 

「―――そう、貴様(オリジナル)だ。なんらかのバグによってこちらに貴様は落ちてきた。アラヤはそれを利用することにした」

 

 

「贋作と本物、この二つを引き合わせることによる感情の変動。これならば残る一割を埋められる―――とアラヤはふんだんだよ。今の状況はそういうことさ」

 

 

「―――わかったか?(Do you understand?)

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「......わかるわけ、ねえだろ」

 

「ならば誇大妄想だと切り捨てるか?」

 

「............」

 

 

......こいつの言うことは真実なのだろう。シミュレーション、それならば今の状況は一応説明がつく。そしてこいつが今ここで嘘をつく理由がない。

 

―――だが、

 

 

「信じられねえな」

 

「ほう?」

 

「ああ―――だから、てめぇのその気色悪い仮面を外せ」

 

 

【比企谷八幡】は僅かに目を見開く。

 

 

「無理に仮面被ってんじゃねえよ、キャラじゃないだろうが」

 

「......なぜわかる?」

 

比企谷八幡()だからな。誰よりも自分のことはわかってるつもりだ」

 

 

【比企谷八幡】は、納得したように息を吐く。

 

 

「......じゃあ、今の俺の気持ちはわかるのか?」

 

「............」

 

 

ぎり、と【比企谷八幡】は拳を握りしめる。

 

「―――目の前で、雪ノ下を殺された気持ちはわかるか?」

 

 

『―――約束。ゆきのんが困ってたら助けること』

 

 

「―――自分を庇って、友人が死んだ気持ちがわかるか?」

 

 

『―――友達でしょ?』

 

 

「腕の中で雪ノ下が、アスナが、砕けちるのをただ見ることしかできない絶望がわかるか!?」

 

 

【比企谷八幡】が吼える。赤い、禍々しい心意が弾け、《魔王》の両手に白黒の陰陽剣が出現した。

 

 

「全身を焦がすような、行き場のない憤怒が!」

 

 

咆哮と同時に叩きつけられる白剣。同一の形状をした白剣で受け止めるも、剣を伝わる衝撃に腕が痺れた。

 

 

「朝起きて自分の顔を見るたびに感じる無力感が!」

 

 

さらに下段から放たれる黒剣を受け流す。込められた力の強さに、危うく俺の黒剣が持っていかれそうになる。

 

 

「少なくなった攻略組のメンバーを見るたびに思い出す喪失感が!」

 

 

跳ね上げられた右足が俺の鳩尾に突き刺さり、あえなく俺は吹き飛ばされる。追い打ちのように叩きつけられる双剣を転がって避けた。

 

 

「貴様に......貴様にわかるかッ、比企谷八幡―――ッッッ!!!!!」

 

 

絶望と悲嘆の絶叫。振るわれる双剣をギリギリで俺は凌いでいく。白剣が跳ねて火花が散り、黒剣が唸り轟音を発する。絶え間無く衝突しあう四本の中華剣が、空中で火花を散らす。

 

 

「何度自分の喉に刃を突き立てようとしたかッ!幾度自分の腹を裂こうとしたかッ!」

 

 

白剣が頬をかすり、ちり、と焼けたような感覚が走る。黒剣が腕を抉り、貫くような痛みが走った。

 

 

「憎悪だけを糧としてモンスターを殺し、犯罪者(オレンジプレイヤー)を倒し、ここまで来たんだッ!」

 

 

ついに【比企谷八幡】が振るう双剣が、俺の双剣を砕いた。跳ね上げられた足が顎に炸裂し、俺は再投影する暇もなく地面に頭から倒れる。

 

 

「なのに―――」

 

 

必死に【心意】を発動し、右手に黒剣を握る。だが右手は左膝で押さえられ、左手は右膝に封じられる。そして、【比企谷八幡】の握る白剣が、俺の眉間目掛けて降り下ろされ―――

 

 

「なの、に......」

 

 

―――眉間に触れる寸前で、白剣が止まった。

 

「............殺せなかったんだ」

 

 

白剣の切っ先が震える。俺は呆然として、涙を流す【比企谷八幡】を見上げた。

 

 

「ああ、仇を目の前にして!その首筋に剣を突きつけた!あと20センチ横に動かせば奴は殺せた!なのに、殺せなかったッッ!!!」

 

 

白剣がぶれ、砕けるようにして消滅する。【比企谷八幡】は慟哭していた。

 

 

「はッ、笑えよ本物(オリジナル)ッ!そうだ、俺は仇一つ取れやしない!どれほど憎悪していても、殺すことのできない腰抜けだった!所詮は何処までも―――何処までも、俺は偽物(フェイク)だったんだよッッ!!!」

 

 

ふらり、と【比企谷八幡】は立ち上がる。同時に、俺の両手が解放された。

 

......これは、俺だ。どこまでも、俺だ。ただ進んだ道が違っただけだ。思考も思想も心情も、全て同一の俺自身だ。臆病で、脆弱で、どこまでも甘い俺だ。

―――どうしようもなく、俺だった。

 

 

「......ああ」

 

 

何も言わなくても通じて、

 

何もしなくても理解でき、

 

何があっても壊れない。

 

 

そんな現実とかけ離れた、愚かしくもきれいな幻想を。誰もが憧れるような、美しい理想を。

―――そんな本物を、俺達は求めていた。

 

......これは、理想を砕かれた俺だ。理解しあえたかもしれない人々を奪われた、俺なのだ。

 

 

「わからねえよ。だけど―――」

 

 

かつて、逆流してきた記憶。あれは俺のものだったのだろう。あのとき感じた、胸を引き裂くような痛みは、他ならぬ『俺』が感じた痛みだった。

 

他人のココロなんてわからない。わかるはずがない。だが、俺自身のココロならば。

 

 

「お前が、何を望んでるかくらいは、わかるさ」

 

「......そうか」

 

 

俺は立ち上がり、双剣を造り出す。

 

 

「そっちには、ユキノとアスナは......いるのか?」

 

「ああ、いる」

 

「―――ははは、そうか。そうか......なら、良い」

 

 

泣きながら、『俺』は僅かに微笑んだ。

 

 

「なあ。1つ約束してくれ」

 

「なんだ?」

 

「―――どんな手を使っても、雪ノ下とアスナを守れ。頼む」

 

「......『俺』の頼みだからな。知ってるか?俺は自分には甘いんだ」

 

「知ってるさ......『俺』のことだからな」

「......そうか」

 

「ああ、そうだ」

 

 

す、と俺は双剣を構える。『俺』はそれを見て目を細めた。

 

一歩、二歩、三歩。双剣が弧を描く。そして―――

 

 

 

 

「じゃあな、比企谷八幡」

 

 

『俺』の胸を双剣が貫き、セカイが消滅した。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「―――知ってる、天井だな」

 

 

俺は呟いてから、苦笑した。全くしょうもない。

 

 

―――例えば。

 

例えばの話である。

例えばもし、ゲームのように1つだけ前のセーブデーターに戻って選択肢を選び直せたとしたら、人生は変わるだろうか。

 

 

「......なわけ、ねえだろ」

 

 

答えは、否だ。

それは選択肢を持っている人間のみが取りうるルートだ。最初から選択肢を持たない人間にとってその仮定は全くの無意味である。

故に後悔はない。より正しく言うなら人生のおよそ全てに悔いている。

 

―――だが、やるしかないのだ。選択肢があろうがなかろうが、どんな手を尽くしてでも『俺』が守ろうとした、守りたかった彼女達を守らねばならない。

 

 

「......約束、したしな」

 

 

『俺』との約束を俺が守らなくてどうする。

そう俺は思考すると、がらんとしたリビングを見回す。ユイもいないようだが、丁度いい。

 

......すまない、キリト。サチ。リズベット。ユイ。雪ノ下。アスナ。アルゴ。エギル。クライン。

 

まだ、お前らには会えない。約束してしまったから。

 

 

「―――やらなきゃいけない事が、できた」

 

アイテムストレージからローブを取り出して羽織る。ジャミング効果もついているようで丁度いい。

 

どんな手を使っても、と『俺』は言った。ならば、最も脅威となる可能性を排除しよう。どんな手を使っても。

 

 

そう決意し、俺は外に出た。そしてウィンドウを開き、家の所有権を破棄するのだった。




これで三章は終了。短い。滅茶苦茶だったけど短い。そしてなんかものっそいいろいろ言われてる。
いや、面白くないのは承知の上なんだ!そのうちfate要素ぶっこぬいた改訂版をつくる・・・かも。

ではでは。

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