やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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三章 虚構の未来
一話 やはり彼は現状を把握できない。


 

 

 

 

友斬包丁(メイト・チョッパー)。「奴」が使う変則的な形の短剣だ。

赤い残像を残して迫るそれを白い短刀で弾き、入れ替えるように黒い短刀を叩き込む。だが奴は踊るようにステップを踏んで回避する。

 

 

「Ha。楽しいねぇ、暗殺者(アサシン)

 

 

ハスキーな声がフードの奥から発され、斬撃が放たれる。それを防ぎながらも俺は舌打ちした。人格はともかく、奴の戦闘センスはいっそ凶悪と言っても良いほど天才的だ。獣じみた勘の前ではフェイントなどは通用せず、凄まじいナイフ捌きには幾人ものプレイヤーが敗北してきた。

 

 

「―――それとも、復讐者(アヴェンジャー)と呼んだほうがいいか?」

 

「―――あ"?」

 

 

視界が赤く染まり、脳の奥で憤怒が爆発した。記憶の層に埋もれた情景が再現され、押さえようのない憎悪が噴出する。

 

 

「―――死ね、クソ野郎がッッッ!!!」

 

「Ha、HaHaHaHaHaッ!いいぜいいぜ、もっと―――もっとだ!最ッ高だよ、だから止められねぇんだ!」

 

 

際限なく胸中から湧く憎悪のせいか、どす黒い赤に染まった【心意】。それを纏った二刀が神速で放たれ―――右の白刀がかろうじて奴のフードをかすり、はね飛ばす。

 

......凛々しい美少女か、可憐な美少年か。そのどちらともとれる中性的な美貌がそこにはあった。左頬には笑う棺桶(ラフィン・コフィン)の刺青が刻まれ、薄い唇はケモノのように獰猛な笑みを浮かべていた。

 

 

「オレを―――もっと楽しませろ、ハチマンッ!!!」

 

「黙って死ね、PoHッッ―――!!!」

 

 

溢れだす憎悪に染まった赤い心意と、純粋な殺意を糧とする蒼い心意。二つの【心意】が、空中で激突した。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「......最前線が、98層―――だと?」

 

 

空いた口が塞がらない、とはまさにこの事だった。

俺はあんぐりと口を開けて目の前のエギルを見つめる。エギルはぽりぽりと頬を掻いた。

 

 

「......正直、こっちのほうが信じられねえな。過去から来たアイツ、だなんてなあ......」

 

 

そんな呟きを聞きながら、俺は脱力して椅子にへたりこんだ。......とうとう俺は、未来に来てしまったらしい。いや、

 

 

「......本当に、俺がいるのか?」

 

「お前がハチマンだとすれば、な。今は連絡が取れんが、最前線にアイツはいる」

 

 

『もう一人の俺』がいる。つまり、どちらかと言えば並行世界、というヤツだろうか。

......いやいや待てよ、さすがにそれはねえだろ。というかもう一人俺がいる、というだけで色々とおかしいのだ。タイムパラドックスじゃねーけど、なんか起こるんじゃないのか?

いや、というかなんで俺はタイムトラベルしてる前提で考えてるんだ。シュタゲじゃあるめーし、んなこと現実であるわきゃねえだろ。いや、シュタゲはタイムリープだったか?うん、もう意味がわからないよ......。

 

考えすぎて脳内がぷすぷすと煙をあげているような状態になった俺を見かねたのか、『こっちの世界の』エギルが肩を叩いてくる。

 

 

「よくわからんが、少し落ち着け。焦ってもしょうがない」

 

「ああ......」

 

 

エギルが運んできたマッカンを啜り、俺は深呼吸する。おお......糖分が五臓六腑に染み渡る......まあ錯覚なんだが。仮想世界だし。

 

そうしてマッカンを飲みながら、俺はなぜ自分がエギルの店に来るに至るまでの経緯を回想するのだった。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「いい加減離れろ馬鹿者。師が困っているだろうが」

 

「わ、わかったから姉ちゃん離して!うああ頭が割れるぅ―――!?」

 

 

ぎりぎりとアイアンクローを食らっている少女はみゃー!と悲鳴を上げる。藍色の少女はこちらをすまなそうに見た。―――アイアンクローしながら。

 

 

「すまない、ユウキ(このバカ)が邪魔だっただろう」

 

「あ、うん、いや......」

 

 

俺は半ば唖然としながら姉妹らしき少女二人を見つめる。二人とも何故か俺を知ってるようだが、俺はこの二人を全くもって知らないのだ。ほんと、誰なのよ?

 

 

「―――あんたら、誰?」

 

「......師よ、ついに記憶が......」

 

 

なんか藍色のほうが可哀想なモノを見る目をこっちに向けてくる。いや、ほんとに知らないんだけど。こんな特徴的な姉妹、忘れるほうが難しい。

 

 

「......ユウキ、ついに師はヴァル○レイヴに乗ってしまったようだ......」

 

「ふぇ!?人間止めたの!?」

 

「やめてねえよ!?」

 

 

記憶失ったからって革命機に乗せてんじゃねえよ。そして黒いのは信じてんじゃねえよ。

若干イラッとしたものの、何故かこっちのことを知ってる少女達から情報を引き出さねばならない。なにせ、こちとら現状が全くと言っていいほどわかってないのだ。

 

 

「いや、マジでわかんねえんだけど......それとも、これって何かのクエストなのか?」

「クエスト?」

 

 

少女(姉)が眉をひそめた。そして、直後にこちらを見る目が明確に変化する。―――すなわち、懐疑的なモノへ。

 

 

「師―――いや、本当に師なのか?」

 

「いや、たぶん人違いじゃねえか?」

 

 

俺がそう答えると、少女(妹)が即座に反論した。

 

 

「師匠に決まってるよ!こんな腐った目にアホ毛―――って、あ」

 

 

そこで言葉を切って目を丸くする少女(妹)。いや、なんだよ。アホ毛ないの?え、マジで?

そう考えて慌てて頭に手をやるが、比企谷家一子相伝のアホ毛はいつも通りぴょこぴょこしていた。我ながら謎の器官だと思う。

 

 

「......うん、やっぱり違うかも。最近の師匠はアホ毛へたれてたし黒髪じゃなくて白髪だったしこんなぼろっちい黒いのじゃなくて赤い服着てたし」

 

「いや気付けよ」

 

 

全然違うじゃん。というかそんな俺嫌だ。誰よそれ。

思わずツッコミを入れてしまった。少女(姉)は額に手を当てて溜め息を吐く。

 

 

「......貴方の名前は?」

 

「ハチマン、だが」

 

 

そう答えると、少女二人は顔を見合せた。

 

 

「―――姉ちゃん、とりあえずここから移動しよう。こんなとこじゃいつMob(アイツら)が来るかわからない」

 

「......そうだな。【空歩】でも使えばすぐにエギルさんの店につくだろう」

 

「【空歩】?」

 

 

思わず俺の口から疑問が零れる。少女達が再び顔を見合せた。

 

 

「えっと、【空歩】って知らない?」

 

「そんなスキルあったか?」

 

「......【心意】って、知ってる?」

 

「シンイ?」

 

 

なんだそりゃ、と俺は首を傾げた。少女(妹)は困ったような顔をする。

 

 

「......どうしよう、姉ちゃん」

 

「――――――そうだな」

 

 

少女(姉)は、重々しく口を開いた。

 

 

「簀巻きにしよう」

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

結局その後、何故か簀巻きにされた俺は少女(妹)もといユウキに担がれて運ばれたのだった。

―――そう、ユウキはシンイとやらの効果なのか、紫色の光を纏った足で空中を走ってエギルの店まで来たのだ。

初め見たときは唖然としたが、道中に聞いたところ、なんでもスキルではないらしい。ユウキ曰く「熱いハートと根性と気合いでどうにかしたらできる」らしい。意味がわからなかった。ちなみにランにも尋ねてみたが、「精神統一が重要」とだけ言われた。どういうことなの......。

 

 

「んで、どういう経緯でお前さんは『こっち』に来たんだ?」

 

「いや......50層のフロアボスに斬られたと思ったらこっちにいたとしか」

 

 

エギルの質問に、俺は頭を掻きながら答えた。

 

 

「50層、か。なかなかハードだったのは確かだが、死んだのはお前さんじゃなくて(・・・・・・・・・・・・・・)―――」

 

「エギルさん」

 

 

と、ランがエギルの言葉をぶったぎった。一瞬だけランと目が合い、すぐに逸らされる。

―――今のランの目にあったのは、憤怒......と、失望?違う、あれは―――後悔、か?

一瞬だけだったからか、あまりわからない。

 

 

「......そうだな。とりあえず今は、お前さんはどうするべきか、だが」

 

 

......ランの割り込みによって逸らされた話。あれはタブーかなにかなのだろう。おそらく、触れてはいけない類の。

故に俺も意識をそこから逸らす。向こうが言いたくない、言ってはいけないのなら無理に追求する必要性はない。それは軋轢を生むだけだし、俺の目的は......あるとすればの話だが、いわゆる『元の世界』に帰ることなのだ。

だが手掛かりは全く無い。そもそも現状が全く把握できてないのだ。だから、

 

 

「俺に―――比企谷八幡に会ってみるしかねえだろ」

 

 

【イレギュラー】である俺は、俺に会ってみるしかない。同じ人間が二人存在する、という最大の矛盾をつついてみるしかないだろう。

 

 

「無理だよ」

 

「―――なに?」

 

「【心意】が使えない、今の師匠じゃ無理。せめて【空歩】と【纏心】くらいは使えないと―――」

 

「96層以上では死ぬ。あれ以上の領域では【心意】を使えなければMobに対抗できん」

 

「......いや、だからそのシンイってなによ?」

 

 

シンイシンイと言われて俺は辟易としていた。いや、ほんとなによ。シンイ......神威?カムイなの?俺万華鏡写輪眼ないんだけど。

 

「んー、実際に見たほうが早いかな。百聞は一見に死せずとか言うし」

 

「一見にしかず、な」

 

 

なにその「板垣死すとも自由は死せず」みたいなの。

 

だがユウキは俺の訂正を無視して抜剣する。そして目を瞑り―――

 

 

「【纏え】」

 

 

ユウキが呟くと同時に、紫色の炎が黒い片手直剣を覆う。

 

 

「......!?」

 

「これが【纏心】。基本中の基本だけど、一番応用がきくね」

 

 

ユウキはそう言いながら、ぶん、と剣を振って炎を消して剣を鞘に納めた。

 

 

「......確かに見たことないスキルだが、役に立つのか?」

 

「スキルじゃないんだけど......まあいいや。ただのソードスキルと、【纏心】を使った状態のソードスキルじゃかなり差があるよ。大体......うん、五倍か七倍くらい」

 

「はっ!?」

 

 

マジで言っているのだろうか。俺は唖然としてユウキを見た。ユウキは溜め息を吐く。

 

 

「......まあ、実際に試したほうが早いかな。ちょっと外に出るよ」

 

 

そう言うが早いか、ユウキは二階の窓を開け放って外に飛び降りる。そしてこっちに向かってひょいひょいと手招きした。

 

......しょうがないので俺も飛び降りる。軽業スキルの恩恵か、着地に全く音がしなかった。

 

 

「じゃ、ちょっと大技するから離れといてね」

 

 

俺は言われた通りに少し離れる。アンチクリミナルコードが消滅したことで、ダメージが通ってしまうとのこと。まずアンチクリミナルコードの消滅うんぬんという点で色々と信じられないが、ここは本当に未来なのだろうか。

 

 

「―――【纏え】」

 

 

ユウキは抜剣し、シンイとやらを発動する。紫色の炎が黒剣から溢れだした。そして、それを真上に掲げると―――

 

 

「《クルーエル・ゴスペル》」

 

 

振り下ろした、と思った瞬間。―――黒い、巨大な斬撃が全てを吹き飛ばした。

 

凄まじい衝撃波が土煙を発生させる。思わずむせながらも、俺は目を凝らし―――彼女が起こした結果を見て唖然とした。

 

 

「......んな、アホな」

 

 

巨大な斬撃は巨大な爪痕を大地に残していた。

度重なるMobの襲撃のせいで、エギルの店の周辺は廃墟と化している。だが、ユウキが放った謎の剣技はそれらを抉り消し飛ばし、廃墟群の中に長さ30メートルほどの空白を産み出していた。

 

 

「やっぱり、ユニークスキルと【心意】の組合わせは強力だね。不意討ちで放つなら最強かも」

 

「......ユニークスキル?」

 

「そ。ボクが持ってるのは【暗黒剣】って言うんだけど、知ってる?」

 

 

俺はかぶりを振った。というか、こんな馬鹿げた破壊力を生み出すソードスキルを知らない。これが、こいつらの言うシンイの力なのだろうか。

 

 

「わかったでしょ?【心意】はこの先に行くなら必須。95層以降のMob相手には、レベルカンストしてさらに【心意】を使えなきゃ無理。だから、まあ―――」

 

 

そこで、ユウキはニッと笑った。

 

 

「―――特訓だよ、師匠!」


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