やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》 作:あぽくりふ
今回は八幡とアスナの話。たぶん次にキャラ紹介挟んで三章突入、のはず。
「―――雨か」
雨。蛇の目の傘がアレなやつである。ぴちぴちちゃぷちゃぷらんらんらん、とか歌詞にあるが、雨はざばざばどばどばとかな気がするのは俺だけではないはず。なんならずばばばばとかいう効果音もある。うん、なんか格闘シーンみたいだ。
昨日までは綺麗に晴れていた47層だが、俺はどしゃ降りの中を、傘を差しながら歩いていた。
にわか雨なのか、さっき突然降りだしたのだが・・・ストレージに傘を突っ込んでてよかった、と俺は溜め息を吐く。雪降ったりミゾレが降ったりもするアインクラッド。季節的に無いとは思うが、あられとかじゃなくて良かった。―――こりゃ、さっさとホームに帰るべきか。
「......?」
そう思った矢先、視界の端に人影が見えた気がした。思わず足を止め、人影を見つめる。索敵スキルが自動で発動し、解像度がどんどん上がっていく。
雨が降りだしたお陰で街に人はほとんどいないはずだが―――
「......おい」
俺の目に映ったのは、どしゃ降りの雨の中で―――草原の中央に立ち尽くす少女だった。
ばしゃ、と水溜まりに俺のブーツが突っ込んで音を立てる。その音に気付いたのか、少女は緩慢とした動きで振り向いた。
「風邪引くぞ、アスナ」
「―――ハチマン、くん」
ぐしゃぐしゃに濡れたアスナの頬を伝うのは、雨粒か―――それとも。
俺は泣き笑いのような顔でこちらを振り向くアスナに、黙って傘を貸すのだった。
※※※※※※※※
「あいよ」
「ありがとう」
俺はテーブルの上にマッカンを入れたマグカップをそっと置く。ぽつりと呟いたアスナの礼には、黙って首肯して返す。
・・・なんかどっかのバーの店員みたいだな。
そんなとりとめのない思考をしながら、俺は自分の家を見渡す。今日はユイもいない。あのポンコツ娘が居ない家は、何故か広く感じられた。
―――あの後、俺はアスナを連れてマイホームまで帰った。端から見たらいわゆる「お持ち帰り」だが、誰も見てないし俺もアスナもそんな気はないからノーカンだ。多分。
帰ってきて最初に、とりあえずぐしゃぐしゃに濡れたアスナを風呂場に放りこんで放置。その間に俺は夕食の準備と湯を沸かせて、今はアスナが風呂から出て俺がマッカンを渡したところだった。
はー、と溜め息を吐きながら俺もマッカンを口に含む。―――うん、この甘さが良い。
「......美味しい」
「そいつは良かった」
いやマジで。
アスナがマッカンを口に運んで、ほうと息を吐くのを見ながら、俺は割と感動していた。だって、マッカンの旨さがわかる人間がSAOの中にいねーんだもの。
ちなみに今までの反応は、
キリト「おっふ」
サチ「甘すぎじゃないですか?」
アルゴ「人類の飲み物じゃないナ」
エギル「糖尿病にならないようにしろよ」
解せぬ。
美味しいのになあ・・・とちまちまちびちびマッカンを啜ると、アスナがぽつりと呟く。
「......何も、聞かないのね」
「聞いて欲しかったのか?」
そう俺が聞き返すと、アスナはかぶりを振った。
「ううん、そうじゃないよ。......少し、拍子抜けしただけ」
「そうか」
「うん......だけど、ね。今はその無関心さが、少しありがたいかな」
気付けば、アスナは静かに泣いていた。
......どうしよう、凄くいたたまれない。なにこれどうしよう。え、俺が悪いの?違うよね?
それから数分、俺はひたすらマッカンちびちび啜りながら空気になっていた。―――隠蔽の熟練度上がってら。というかここ、俺の家だよね?
「......ごめんね、色々と」
「あー、気にすんな。好きでやったことだからな」
「え......好きで?」
「ちげーよ」
言い方が悪かったか。なんかすげー反応してるが、生憎そういうもんじゃない。
がしがしと俺は頭をかく。
「俺はリアルに妹がいるんだよ。それが、まあ......アスナと同じくらいの年齢でな」
そういうことだ、と俺は溜め息を吐いた。アスナと小町は十中八九同い年くらいだろう。割とほっとけない。お兄ちゃんスキルが自動発動する―――というか、ほっといたら脳内小町が「ごみいちゃんのバカ!ボケナス!八幡!」と俺をげしげし蹴ってくるのだ。躾られてるなあ......あと、俺の名前を悪口にしないで欲しいんだが。
「そっか。―――私も、リアルにお兄ちゃんがいるんだ。同じだね」
そう言ってアスナは柔らかく微笑んだ。
......うん、正直驚いた。べ、別にアスナが笑ったら小町と同格くらいには可愛いなーとか別に思ってない。ないったらない。
「意外だな」
「そう?」
「いや、アスナがリアルの話をすることが、だ」
「......そうだね。今までの私なら、そうだと思う」
感慨深そうにアスナが呟くのを見て、俺はああ、と納得した。
恐らく、今までのアスナは人との距離を大幅に取っていた、もしくは取ろうとしていたのだろう。決して踏み込まず踏み込ませず、侵入してくる者がいれば逃げる。近すぎても拒絶し、離れすぎれば疎遠になる。適度で適切に、過度に干渉しないような距離感。
「今までは、やっぱり所詮はゲーム、リアルに早く戻らなきゃ―――って、思って......どこか焦ってたんだ」
「だろうな」
だからこそ、「攻略の鬼」と呼ばれていたのだろう。誰よりもアインクラッドの攻略を真摯に目指して突き進む姿は、他人を救うために暴走するあの雪ノ下雪乃と、俺にはどこか重なって見えた。
「けどね、キリトくんが教えてくれたんだ。ここで過ごす時間は無駄じゃないって。ゲームでも、私達が過ごす時間はリアルと同じなんだって」
「あいつ、何も考えてなさそうでそんな事考えてたのか......」
ただの戦闘狂かと思っていたが。
だがまあ、確かに一理ある。
場所が代わろうとなんだろうと、例え電脳世界だとしても―――時間は等しく流れる。その時間はどこまでも現実だし、ここがゲームだと思って「人を殺す」奴等の意思は何処までも現実のモノ。例えこの世界がどうしようもなくニセモノでも―――あらゆる選択は、意思は、その結果は消すことのできない真実だ。
時間は等しく流れる。選択は無限に積み上げられていく。過去には決して戻れない。選択は撤回できない。
―――俺達の意思は、どうしようもなく現実で、誤魔化せない本物だ。
「......ハチマンくんも、分かってたんだね」
アスナが再び泣きそうな顔をする。
「私ね―――キリトくんに、ふられたんだ」
・・・そうだろうとは、思っていた。
「そうか」
だからと言って俺は何も言わないし、言えない。
確かに今のアスナを慰めるような言葉は無数にある。だが、それはどれも上っ面だけの偽物だ。その心境は当人にしか理解できない。ならば、共感も同情も全て勘違いの偽物だろう。
―――たまに、「お前にはわからないだろうな」という台詞があるが、それは至極真っ当で当たり前だ。わかるわけがないのだ、他人の心なんて。
ココロはその当人にしかわからないし、当人すらもわからない時すらあるあやふやなモノだ。それを他人が理解できるわけがないだろう。自分のココロがわからないのに他人のココロがわかってたまるものか。
そのココロを切開して抉り出して踏みにじることはできるかもしれないが―――理解だけは、絶対にできない。
―――だから俺は、何も言わない。何を言っても、それらは全てニセモノになってしまうから。
「―――ハチマンくんはさ、恋愛ってしたことある?」
「生憎だが全く無いな。というか友達すらいない奴に恋人なんざいるわけねえだろ」
「そ、そうなんだ...」
なにやらアスナが若干哀れみの目でこちらを見ていた。ハチマンは八万ダメージを受けた!ハチマンは若干怯んだ!
―――まあ、勘違いのような感情を抱いたことはある。だがもう俺はそんな初歩的なトラップには引っ掛からない、歴然のぼっちなのだ。フハハハリア充爆発しろ!特にキリト!
「......じゃあさ、私と友達になってくれない?」
「―――――――――へ?」
耳から入ってくるまでに一秒。それを言語として変換するのに一秒。その意味を理解するのに一秒。合計三秒ほど消費して、俺は間抜けな声を返した。
え、今こいつなんつった?
「......オレサマ、アスナト、オトモダチ?」
「なんで片言なのよ。......いないんでしょ?友達」
「いや、まあ、そうだけど」
え、なにこの展開。―――いや待て落ち着け比企谷八幡、これはトラップカードに違いない。バカめ、そんな餌には釣られクマー!
「......それとも、嫌だった?」
少し悲しそうにアスナが目を伏せる。
......いや、ほら。罠とわかっててもあえて飛び込まなきゃいけない時ってあるよね、うん。
「あー、うん。わかったからそんな顔すんなっつーの。......俺とアスナは友達、これでいいか?」
結局釣られてしまった俺だった。
いや、年下の頼みは基本断れないんだよなあ......小町にしっかり躾られてるなあ。調教されてるとも言う。
―――だが、まあ。
嬉しそうに顔を上げるアスナを見て、友達ってモノも案外悪くないのかもな―――と。
「......ねえ、これお代わりある?」
「あー、ちょっと待ってろ。マッカン八幡スペシャルを持ってくるから」
少し思ってしまったのは、ここだけの話だ。
※※※※※※※※
「―――でね、黒猫団に最近入ってきた双子の姉妹のプレイヤーがね......ってちょっと、聞いてる?」
「あ、うん聞いてる聞いてる」
「それ、絶対聞いてないじゃない」
そう言って頬を膨らませるアスナ。いや、今の俺は終わりのセラフ読むのに忙しいんだよ......阿朱羅丸、この見た目でショタだと......?あと鬼籍王って名前のかっこよさは異常。シノア可愛い。
「ちょっと、聞きなさいよ」
「わかった、あと小説5巻読んだら聞くから」
「聞ーきーなーさーいー!」
わかった、わかったからテーブルべしべし叩くなっつーの。......というかこの子、ほんとに攻略の鬼なのかしら。最近柔らかくなりすぎじゃね?軟水なの?
「むぅ......なによその目は」
「いや、こいつ本当につい最近までキリトと喧嘩しまくってた攻略の鬼なのかしら的な意味の目」
俺がそう言うと、アスナはう......と怯む。
「まあ、確かに最近は色々と弛んでる気もするけど......たまにはこんなのもいいかなって」
「だからと言って俺の家まで来て世間話する必要は無くないか......?」
俺本読みたいんだけど的な意味を言外に込めてそう言うと、拗ねたようにアスナは口を尖らせた。
「いいじゃない、友達でしょ?」
「そうだったか?......ああ嘘だからレイピアから手を離してくださいごめんなさい」
はあー、とアスナは溜め息を吐く。―――と、突然名案でも思い付いたのか、顔を輝かせた。
「そうだ、じゃあハチマンくんが私の家に来たら?」
「え、やだ」
「なんでよ」
「......えー、いや、その、ほらアレだ。そろそろ攻略戦だし忙しいし俺はレベリングしなきゃいけないし」
さすがに攻略関連だとなにも言えないのか、アスナはふす、と息を吐き出すのみだった。......危ない、なんかよくわからんが危なかった気がする。
「......ヘタレ」
「あん?なんか言ったか?」
「なんでもないですよーだ。......じゃあさ、レベリングなら一人でやるより二人でやったほうが効率いいよね?」
「え、俺は一人のほうがむしろ効率がいいんだけd」
「い・い・よ・ね?」
「............はい」
よろしい、とばかりに微笑むアスナを見て俺は溜め息を吐く。本当、なんなんだろうか。とりあえず今は終わりのセラフの8巻を読みたい。
―――突発的に起こった50層フロアボス討伐戦。それの5日前の出来事だった。