やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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十八話 終焉

 

「――――――」

 

パリン、と陶器が砕けて破片となって床に散らばり、ポリゴンになる。床の上に僅かに赤が混じった黒い液体が広がっていく。

だが、マグカップを落とした本人である少女―――ユイは身動き一つしない。驚愕と諦感に瞳孔を開き、少女は口を震わせた。

「兄、さん―――」

空虚な呟きが、リビングに響いた。

※※※※※※※※

 

「――――――」

 

彼が、空中に浮かびながらも何事か呟く。そして、豪、という音とともにその胴体が切り裂かれ。

「―――あ」

吹き飛んだ。

私は、呆然としてそれを見つめていた。

「―――ッ」

足が勝手に動いていた。

敏捷値よりだが、筋力値にも振っていたことがもどかしい。後ろから呼び止められた気がしたが、知ったことか。彼が危ないのだ。

 

鎮火されつつある炎を踏みつけて前へ。痛いほどに心臓が脈打つ。頭の冷静な部分が、あれほど完璧にボスの攻撃を食らえば、彼ほどのレベルとはいえ―――と、分析する。

「―――ああ」

思えば、彼と出会ったのは一年と半年前くらいか。あの時の私に、あの邂逅が私をここまで変えるとは、想像すら出来なかったに違いない。

......なんだこれは、なんだこの思考は。まるで、まるで―――

「―――」

彼が死ぬようではないか。......だが私の思考はは、回想は止まらない。

彼は、間違っていた。少なくとも、私はそう思っていた。

彼の思想は私の理想とは相容れず、彼の思考はことごとく私の癪に触った。立場も在り方もすべてが真反対。唯一の共通点は、独りであることを好んでいたことだった。

「―――だ」

だが彼は、何も出来ない私とは違った。思想も思考も方法も全部間違っていているクセに、結果は最善で最高だった。誰も救えない私とは違って、彼は方法は間違っていても、いつも誰かを救っていた。認めざるを、えなかった。

......視界の端に、青いモノが映る。

「―――そだ」

最初に彼に抱いたのは、興味だった。

私に出来ないことを、作れない結果を導き出す彼の在り方に、私は興味を抱いた。だが、それは次第に変わっていった。

気に入らなかった。

彼の在り方が。彼の思想が。彼の思考が。誰かを救っても、彼が救われないことが気に入らなかった。そしてそれを、さも平然と受け入れている彼の在り方が気に入らなかった。―――だが、それでも私は、救済を可能とする彼に憧憬を抱いていた。

......青い電子の欠片が、散っていくのが視える。

「―――嘘だ」

きっと、私が今彼に抱いている気持ちはニセモノだ。これは、恋とか愛とかそんな曖昧で綺麗なモノじゃない。もっと穢れた、唾棄すべきモノだ。

わかっていた。姉を目指していた筈の私が、彼を目標としていることに。そして私の在り方が間違っていることに。他人を目指すことしか出来ない私のイビツさに。私は......雪ノ下雪乃は、間違っていた。

......彼が、青いポリゴンになって散っていく。

「―――嘘だッッ!!!!!」

私は間違っている。なのに、どうして―――私の胸はこんなにも痛むのだろうか。

どうして、彼のことを考えると口元が綻ぶのだろうか。どうして、気付けば彼のことを考えているのだろうか。どうして―――親友が、彼を見つめるのを見ていたら......胸が突き刺すように痛むのだろうか。

「―――比企谷、くん」

今、私の頬を伝っているのは......なに?

青いポリゴンの欠片を掴もうとして、手が空を掴む。最後のポリゴンも砕けて、虚空に消える。

私の足下には、彼の愛用していた金色の短刀だけが残っていた。

「―――嘘、比企谷くん。嘘よね?」

言葉とは裏腹に、私の理性は冷静に納得していた。比企谷八幡が、死んだということに。

私は震えながら金色の短刀を拾い上げる。短刀のステータスウィンドウがポップし......私は絶望した。

―――グラディウス・アウルム+21。所有者・無し

「―――――――――」

ハチマン―――比企谷八幡は、死んだ。

その事実は、ふわふわと私の中を漂う。ヒキガヤハチマンハシンダ。言葉はわかる、だがそれが意味するところが理解出来ない。理解したくない。

「――――――」

比企谷八幡はシンダ。

何故?

殺されたから。

誰に?

―――この阿修羅に。

「......赦さない」

赦さない。

自然と身体が構えを取る。激情がマグマのように内側で煮えたぎり、放出しなければ中から焼きつくされそうだ。

柄に手を添える。鞘を左手で握り、腰を落とす。目を凝らせば、空気が揺らぐのが視えた。

《You got an Extra skill―――

「殺す」

―――【抜刀術】》

居合いの要領で、殺意と共に放たれた刀は―――銀色の斬撃となって、不可視の腕を切り落とした。

※※※※※※※※

―――俺にとって、ハチマンというプレイヤーは、ただのプレイヤーではなかった。

「嘘、だろ?」

初めての邂逅は、最悪だった。俺を完璧に封殺した謎のスカーフのプレイヤー。恐怖していたと言ってもいい―――後に、アルゴに真相を教えて貰って謝罪されるまでは。

......初めは怒る、というよりは戸惑った。だが、自分がどれだけ多くの人に心配をかけたかを自覚すると、俺はアルゴに謝り返した。自分から敵を作るようなことをしないでくれ、と切に訴えられて何も思わないほど俺は壊れてない。ソロでの行動も減っていった。

......ハチマンは、なんというか、俺にとって『兄』だった。リアルだと妹―――いや、妹に等しい存在がいる俺には、兄や姉はいない。だからわからないが......少なくとも、俺にはハチマンは、兄のように思えた。

「キリトとハチマンさんが並んでると、兄弟みたい」とサチに言われたりもした。......ハチマンは嫌がっていたけど。

「ハチマン......」

青いポリゴンが四散し、ユキノさんが泣きながらハチマンの短刀を拾い上げる。サチは「うそ......」と呟いて呆然とし、エギルは歯を食い縛っている。

―――ハチマンは、言い訳したり誤魔化したりすぐ「働きたくない」とか文句言ってたけど、なんだかんだ言ってよくケイタやテツオ、ササマルの練習に付き合ってくれたりして面倒見は良かった。

たまにラーメンを作ってくれて、アルゴや黒猫団のメンバー、そしてクライン達風林火山のメンバーとハチマンのホームでラーメンパーティーをよく開いていた、というよりは開かされていた。ハチマンはラーメンに関しては妥協が一切無くて、クラインとラーメンについて一時間くらい話をしていたものだ。

―――嗚呼、もう全部過去形だ。これから、はない。

「俺の......」

『せいだ、とでも言うつもりか?馬鹿かお前は、お前が直接関与したわけでもないのに自分のせいにしてんじゃねえよ。それはただ悲劇のヒーローぶって、自己陶酔に浸ってるだけだ』

「―――ッ」

......昔、ハチマンに言われたことがあった言葉が再生されていく。

『―――そうやって後悔なんざしてる暇があるなら』

「―――ああ、」

『仇の一つでも、取ってやれ』

「そうだな―――ハチマン」

ハチマンは何故か双剣を使うのを好んでいた。俺はソードスキルが使えないのは致命的だ、と何度も言ったのだが......「俺にはこっちのほうがあってる」と言って全く聞く耳を持たなかった。実際、強かったから何も言えなかった。

ユキノさんがハチマンの短刀を落として咆哮し、不可視の筈の阿修羅を切り刻んでいく。さらに何かの拍子で不可視化が解除され、空気が揺らいでボスが虚空から姿を現す。

―――俺は、ハチマンほど上手く双剣を使えない。それどころか、初心者だ。

左手に拾い上げた金色の短刀、右手には愛用の黒い片手剣。即席の双剣を腰を落として構える。頬を、何かが伝っていくのを感じながらもボスを睨む。

さあ―――行こうぜ、ハチマン。

《You got an Extra skill―――

「うおおおおオオオオッ!!!!!」

―――【二刀流】》

※※※※※※※※

―――ハチマンの死亡から10分経過後、血盟騎士団が増援として到着。

戦闘開始から2時間14分で50層フロアボスは撃破されたのだった。

――――――――――――――――

・50層フロアボス討伐戦報告書

戦闘参加人数 52人 総パーティー数 12

戦闘開始時刻 PM 2:52

戦闘終了時刻 PM 5:06

総死者数 24名

―――尚、備考として【ハチマン】は死亡を多数のプレイヤーに確認されたにも関わらず【生命の碑】にプレイヤーネームを確認できないため、【行方不明者】として扱うものとする。

 





八幡はね・・・星になったのよ(震え声)。


・・・いや終わらないよ?俺達の戦いはこれからだぜ!みたいなエンディングじゃないよ?

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