やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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バトルシーンって、ムズイです。。


十七話 ハーフポイント②

 

阿修羅、というモノがなにか知っているだろうか。

世間一般的に知られているモノは、簡単に言えば三面六臂のホトケのことだ。ホトケと言っても別にご臨終したアレのことではない。マルガイではないのだ。ガイシャでもない。BMWやベンツじゃねーのよ。ってそれは外車でしたっ☆

―――なんて心底どうでもいい思考を振り払って、俺は戦輪、鏡、長刀、槍、長剣を持つ巨大な金属の仏像めいたボスを見据える。いかん、現実逃避システムがオートで作動し始めた。ちなみにこれは仕事が辛いときも作動する。社畜の標準装備、それは現実逃避。

「おいおい、どうするんだこれ」

ハゲ......もといエギルが険しい表情で呟く。

正確にはハゲではなくスキンヘッドである。スキンヘッドの外人の威圧感は異常。ソースはエギル。

俺が初めてエギルを見たときは、絶対こいつカタギの人間じゃねえな......と思ったものだ。話してみるとかなり良いヤツなんだけどな。年上ということもあって萎縮してしまうところはあるが、タメ口で話しかけても違和感のない空気を醸し出している。ほう、これが新たなザ・ゾーンか......。クラインはほら、別の意味でタメ口きいても違和感無い。シンカーさんは敬語使っちゃう。キバオウ?知るかい。

「どうする?ハチマン」

即座に俺に回すリーダー。最近参謀役みたいになっている気がする。どこぞの腹黒眼鏡ではない。

......というか最近思考放棄してね?お前は結構頭回るんだから、少しは考えて欲しいんだけど。

だが、サチやエギルも俺をじーっと見ていることから、どうやら俺が打開策を考えるしかないらしい。......そういうのは俺じゃなくてユキノやアスナの役目なはずなんだけどな。とは言っても―――

「......どうしようもねえな。あの炎の壁をどうにかする方法を考えつつ、あのデカブツを捌くしかねえ」

奇策も奇跡もありゃしない。分断された時点でかなりヤバい状況なのだ。撤退は不可能、援軍は絶望的、戦場なら白旗挙げて降伏している。

結晶アイテムが封じられている今、ダメージを食らうのは極力避けたい。回避優先で、俺とキリト、そしてサチとエギルでスイッチしながらちまちま削るしかない。つまり、今まで通りというわけだ。タンクが欲しいが、この超火力ボスの前では並のタンクでは対処できないだろう、と思いなおす。それこそ不敗神話(ヒースクリフ)クラスでないと無理だ。

―――だが、そこで俺はふと引っ掛かるモノを感じた気がした。

茅場昌彦は天才で狂人だが、あくまで一人の人間だ。情報処理能力には限界があり、ゆえに群体型AIネットワークであるカーディナルにゲームバランスの調整を任せた。

そのカーディナルが、ハーフポイントとはいえ攻略組が対処できないほど致命的な能力をボスに与えるだろうか。

......なにかが引っ掛かる。なにか見落としている気がする。ヒントを見落としたような感覚。掴めそうで掴めない、そんな感覚を覚えながら思考するが、ボスはそれを待ってくれなさそうだ。

「―――来るぞ!」

「ああ......」

なにか引っ掛かるモノを感じつつも、俺は目の前のボスへ金刀の切っ先を向けるのだった。

※※※※※※※※

 「キリト!スイッチ!」

地を蹴って、キリトの横へとグラディウス・アウルムを向けつつ突進する。後退するキリトを尻目に高レベルの片手剣ソードスキルである《ヴォーパル・ストライク》を放つ。

赤いエフェクトを纏う奪命の一撃は、巨人の脛に直撃し、微かに巨人の呻き声が聞こえた―――気がする。ボスにそんな仕様があるかは知らないが、ボスの目には俺への殺意が込められてる気がする。ひょっとして増悪値を稼ぐには脛や小指狙うと効果的だったりして。うん、なんかごめんなさい。

内心謝罪しつつも俺は槍のぶん回しと長刀による一閃を獣じみた直感―――というか索敵スキルのフル活用によって回避する。いつも思うが、これはどういう仕組みなのだろうか。聞いてもわからないだろうが、少し気になる。

「腕六本フル活用してよく混乱しねえな」

思わず愚痴る。腕六本とか昆虫かっつーの。......いや、足こみで八本だからクモか?というかクモって昆虫だっけ?

俺が戦いながら無駄な思考をしている傍らでは、サチが槍からビームを出して長刀が再度振るわれるのを封じ、エギルがかち上げるようにして、振り下ろされる長剣を相殺する―――どころか逆に跳ね返してボスがよろめく。

エギルすげえな、どんな筋力値してんだ。さすがハゲ。ハゲキャラの筋肉キャラ率は異常。腐ってるの?海老名さん喜んじゃうの?いかん、「キマシタワー!」とか叫んでるのが完全に脳内再現された。そんな塔は立てんでよろしい。

......サチはついにビームを出せるのか。ファンネルは?クシャトリヤは?貴族になんの?

そんな二人に俺は内心で感心しつつも、エギルによって若干たたらを踏んだボスの腕を、俺は軽業スキルを使って駆け上がる。カツカツと金属じみた音と感覚が足裏を伝う。

 

 「おいタコ―――」

たん、と上段左腕の肘を蹴って俺は跳躍する。軽業スキルのうち、《ムーングラビティ》のお陰で6分の1にまで減少した体重と、高いレベルによる筋力値。その恩恵に預かった俺は一瞬でボスの眼前(比喩でない)にまで肉薄し―――

 

「その目、貰うぞ」

宙で身をよじりながら《ホリゾンタル》を放ち、こちらを睨む阿修羅の三つの顔のうち、左の顔の双眼を切り裂いた。

るおおおお、と顔(左)が悲鳴を上げる。......目から血を流して。その様子を見て、どうやら盲目(ブラインドネス)状態にできたようだと俺は腐った目を細めて、空中を落下しつつほくそ笑む。

Mobのうち、ボスも含めて目を傷付けられれば盲目状態になることがある。目にタバスコかけたり布で塞いだりもアリだ。もちろん無駄にリアルなこの世界ではプレイヤーも同様だが。

もし目玉まで金属みたく固ければどうしようもなかったが、どうやら杞憂だったようだ。まだこれでも三つある視界のうち二つ残ってるわけだが、一つ減っただけでも儲けものだろう。

......だが、目を潰したことによって俺は完璧にロックオンされたようだ。

着地して即座に隠蔽を使ってもタゲが外れない。残る四つの眼球が、後方に退避する俺を正確に捕捉していた。

「ハチマン、スイッチ!」

「ああ」

キリトは俺に劣らぬ敏捷値を持つ。キリトは俺と同じく敏捷特化なプレイヤーなだけに、端からそのスピードを見ると「俺もこんな感じなのか」と思ってしまう。キリトが俺に声をかけ、ボスに剣を叩きつけるまで半秒もかかってない。

リアルでは中学生くらいだろうに、攻略組で戦うなんぞ並の精神力ではない。それはサチやアスナにも言えることだ。漠然とした不安によく押し潰されないものだ、と俺はあらためて感心する。そうならざるを得なかった、というのもあるかもしれないが。

少なくとも俺が中学生の頃なら、無理だっただろう。まあそれを恥じるつもりも無いし、今始まりの町に引きこもっているやつらを責める気なんぞ毛頭無い。それが最善の選択だろうし、俺も一時そうするか真剣に悩んだ。

......結局情報屋始めて、アルゴに潰されて、なんやかんや攻略組という致死率マッハな所で超厨二ネームつけられて毎日戦っているが。

それにしても攻略組はなかなかにブラック企業だと思う。毎日毎日レベル上げちゃ未知なる迷宮区に突っ込んでボス戦やって、ついでに死ぬ可能性大。ただし報酬はなく、トッププレイヤーであるという名誉欲が満たされるだけ。クソ企業だなオイ。

―――まあ、楽しいというのは否定しない。見たことのないMob、見たことのないフィールド、見たことのないアイテム。この景色を初めて見るのは自分だ、という感慨深さはあったりする。......俺も立派なゲーマーになりつつあるな、と少し苦笑した。材木座が見たらなんと言うだろうか。

「―――ッ」

悪寒が背筋を走る。一瞬で意識が現実に引き戻される。目を向けると、キリトやサチ、エギルが攻撃しているのに気にも止めずにこちらをじっと睨む阿修羅の目。

―――ヤバい。

上段右腕が振り上げられる。

―――よくわからんが、ヤバい。

阿修羅の手に握られた戦輪が輝く。

―――まさか。

戦輪が、投擲された。

 

「ッッッ―――!」

俺の特化した敏捷値、Mobとの戦闘で養われた反射速度、そして経験。この三つのうちどれかが欠けていれば、俺の体は真っ二つになっていただろう。

反射的にステップで回避。全力で横に跳ねた俺の頬を熱いものがかすり、俺の体力がガリリ、と五ミリほど削れる。俺は条件反射で左腰のベルトに繋がれた鞘の止め金を瞬時に指で下ろし、手のひらで柄を包むようにして抜刀。逆手に持った霊鋼を回転させて、二刀を握りしめ―――

「ハッ―――!」

 

―――俺の後方に飛んでいき、さらに俺をホーミングするように返ってきた戦輪を受け止めた。

「ぐッ!!!」

戦輪の速度は凄まじい。二刀と戦輪が激突した瞬間、跳ね飛ばされはしなかったものの俺のブーツが大地に二本の轍を刻む。完全に力負けしていた。

ギュイイイイン、とストーンカッターを連想させる勢いで超回転する戦輪。二刀と戦輪が触れ合う部分が凄まじい量の火花を散らしながら赤熱しているのを見て、俺はぞっとした。......明らかに、食い込んでいる。恐ろしい勢いで耐久値が減ってるに違いない。

俺の身長の二倍はある戦輪、つまり2ハチマンの戦輪がプラズマ(に似たエフェクト)を撒き散らして目の前で猛回転する様は、恐怖を煽る。俺の体がさらに後退して二本の線がさらに伸びる。

「うぉぉおおお!!」

全身の力を二本の短刀に集結させ、ゆっくりと刃を傾けていく。少しでもミスをすれば俺の頭が輪切りにされてしまうことは間違いない。だが、力で押し返すことができないなら。

 

「らァッッッ!!!」

―――技で、どうにかするしかない。

渾身の力を振り絞り、短刀を上へ跳ね上げる。ここで力が足りなければ、俺の首は飛んでいただろうが―――果たして俺は賭けに勝った。

僅かに上方へと力のベクトルを変えられた戦輪は斜め上へと一直線に飛翔し、途中で向きを変えて再び阿修羅の手に収まる。直後、限界を迎えた二本の短刀が俺の手の中で砕け散った。

忌々しげな視線を感じつつも、俺は上方へと飛翔した戦輪に引っ張られた結果地面を転がる。本日二回目の地面との熱い接吻。全然嬉しくねえなちくしょう。

どうにか上半身と下半身がサヨウナラする事態は防いだが、二度は防げない。右手にある金の短刀は炎を撒き散らしながら再生したが、黒い短刀は半分に砕けてしまっている。内心でリズベットに土下座しつつ、立ち上がった俺は砕けた霊鋼をアイテムストレージに収納して予備の剣を取り出す。

―――そして砕けて大地に転がった霊鋼の半刀身、それが炎を反射しながらポリゴンになって消えていくのを見た瞬間、俺の脳裏に電撃が走った。

フィールド変化、封じられた戦斧、砕けた半刀身、そして戦輪!

 

「―――そうか!」

そうだ、忘れていた。炎の壁も塔も、すべての原因はあの斧。

『なに、炎の壁を突破できない?逆に考えるんだ八幡、突破できなくてもいいさ、と。』

―――なら、斧破壊すればいいじゃん。

思わず変な声が漏れる。こんなガキでもわかるようなことに、今さら気付くとは。

るぉぉおおぉ、と再び咆哮したボスが再び戦輪を投擲するのを見て、俺は走りだした。戦輪はホーミング性能を持つが、そこまで優秀ではない。回避したら暫くそのまま直進した後に、弧を描いてカウンター気味に返ってくる。

「間に、合え―――!」

後ろから凄まじい風切り音が迫るのを感じつつも走る。走る。走る―――今!

目前には炎の塔。凄まじい熱気がちりちりと肌を焦がして体力がカリカリ減るのを見ながらも、俺は全力で伏せる―――というよりかは滑り込む。

豪、と図上ギリギリを戦輪が通過し、そのまま炎の塔へと突っ込む。そして―――

 

 

バキン、と妙に澄んだ破砕音が響き―――炎の塔が崩壊した。

 

 

 

澄んだ破砕音と共に炎の塔が崩壊し、燃え盛る炎の隔離壁も鎮火していく。

崩壊した炎の塔の残骸の中で、真っ二つになった巨大な斧と、半月になって熔解しかけている戦輪の残骸が目に写る。

「よし」

自分でも驚くほど上手くいったものだ、と俺は驚いていた。最悪なパターンでは斧を破壊できず、カウンター気味に返ってきた戦輪に真っ二つにされる未来も想像していたのだが。

 

「よし、じゃないだろ」

 

 

後ろから呆れたような少年の声。同時に首ねっこを掴まれてぶらーんと持ち上げられる。振り向けばキリトとエギルがいた。

 

「ハチマンは先走りすぎだ。一瞬自殺する気かと思った」

「キリトが言うとおりだな。突発的に行動するのはやめろ、心臓に悪い」

エギルが手を離し、ようやく俺は地面に立った。まあ、思いつきで即行動したからな。俺らしくもなかった。

「......だな。すまん」

「次からはなんか言ってくれ。じゃないとパーティー組んでる意味ないだろ?」

普段ソロで行動してる弊害か、周りのことを考えずに行動する傾向があるのは否めない。気を付けなければいけない。......だが、まさかキリトにパーティーについて諭される日が来るとは。ギルドに所属したことで突貫する傾向も少なくなっているようだし、俺も何処かのギルドに所属するべきなのだろうか。......うん、無理だな。とてもじゃないが円滑な人間関係を築ける気がしない。内輪もめ(ただし俺は内輪にいない)が大好きな俺が団体行動なんて出来るわけがない。

俺達の他の二つのパーティーが解放されたボス部屋の扉を見て歓声を上げ、競うように走っていく。......閉鎖された空間は恐怖を増幅しやすい。隔離されていたことによる恐怖が逃走へと転化したのだろう。だが、ユキノのほうでこれらと同様のことが起きているなら、たった一つしかない扉を目指すプレイヤーによって混雑することは想像に難くない。だが問題は、

「誰が殿を受け持つか、だな」

一刻も早くユキノやキバオウらと合流し、プレイヤー達を統率する必要がある。下手すれば混雑した扉付近に群れるプレイヤー達がボスの大技を受けて壊滅、なんて笑えない事態が起こりかねない。

―――だが俺は甘く見ていた。

「―――え?」

呆然と誰かが呟いた気がした。

「が、ふ」

声は出ない。代わりに、間抜けな吐息とが俺の口から漏れた。

視線を下ろすと、見慣れた仮想体の胴体ではなく、鈍く光を弾く黒い鋼が一瞬見え、脈打つようにして空気に溶けて―――消える

 

「――――――」

声は出ない。胸を、物理的に貫くような激痛が走って声を出せない。激痛に耐えながらも手を胸に持ってくるが、見えざる鋼の感触がそれを阻む。

―――はは、なんだよそれ。チートかよ。

激痛に身を捩りながらも脳の片隅は思考を続ける。おそらくこれは、ボスの特殊能力だろう。俺が知る限り、これに該当する能力を持つボスが一体いた。......かつての30層にいたフィールドボス。竜巻を発生させる、東洋の龍に酷似したフィールドボス《The Snake of Air Master》。

―――不可視状態(インビジビリティ)

 

蛇どころじゃなかったけどな、アレ。......そうか、つまりこのボスは、10層・20層・30層・40層・50層のフィールドボスの特殊能力+αを操るということか―――

そこまで思考した所で、不可視の大剣が上昇し、必然的に俺の体も持ち上げられる。重力が体にのしかかり、さらに貫かれた胴体が痛む。ペインアブソーバーが作動してこれなら、現実で胸を剣に貫かれた時の痛みはどれほどのモノなんだろうか。

剣が引き抜かれたのか、突然痛みから解放された。俺の体重を支えていたモノがなくなったお陰で、自由落下が始ま―――ろうとした瞬間、俺の目はこちらに迫る大気の揺らぎを補足していた。

「―――すまん」

最後の呟きは、誰に当てたのか。俺自身すらわからない。

「―――ハチマンッ!?」

―――不可視の一撃が俺の胴体にぶち抜き..................俺の意識は、砕けて散った。

 

 





はっちまーん!(棒読み)

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