やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》   作:あぽくりふ

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十六話 ハーフポイント①

 

―――それを一言で言い表すなら、阿修羅像、だろうか。

和風な作りの扉を開けて、ボス部屋に突入した俺が見たのは巨大な仏像だった。

 

 

「でかいな」

 

「それと、武器が多い」

 

 

隣のキリトの呟きに反応するような形で俺は感想を洩らした。

仏像めいたボスに視線を合わせると、名前がアルファベットで表示される。―――『The Asyura Of Element Master』。

 

 

全元素統べる阿修羅(ジ・アシュラオブエレメントマスター)、か。まんまだな」

 

 

俺のぼやきに反応したのではないだろうが、置物のように静止していたボスは戦闘体勢へと移行する。

組まれた四本の腕は解かれて背中の武器を抜き放ち、左右上段の二本の手に予め装備されていた金色の戦輪(チャクラム)と、緑色の鏡が禍々しい金と緑の光を纏う。

 

 

「―――行くぞ!!」

 

「俺たちもやるぞ、配置につけ!」

 

 

リンドの号令と共に横の遊撃小隊隊長(パーティーリーダー)キリトから激励が飛ぶ。ちなみに俺が配属されたパーティーのメンバーはキリト、サチ、俺、エギルだ。割と戦力過多な気がしないでもない。

最近黒猫団に入ったメンバーがなかなかに強いらしく、それを中核に月夜の黒猫団は六人パーティーを組んでいるそうだ。結果、あぶれたキリトとサチは俺みたいなソロやエギルと合流、超攻撃型な遊撃小隊が組まれたというわけだ。

 

キリトが背中の鞘から抜剣し、サチがしゅんしゅんと短槍を振るい、エギルがふんぬと斧を構える。

続いて俺もグラディウス・アウルムを抜刀して構える。

 

ちりちりと周囲の戦意と緊張感がうなじを刺激し、俺の中で闘争心と恐怖感が脹れ上がる。生死をかけた戦場特有の感覚。これに慣れなければ、最前線の攻略戦には立てない。そこらの中層プレイヤー上がりが攻略組に入ってまず直面する問題がこれだ。これは経験しなければわからない。興奮と恐怖がブレンドされた空気。全く嫌になる。

 

 

さあ―――戦闘開始だ。

 

 

 

 

※※※※※※※※

 

 

 

 

「―――雪ノ下ぁっ!」

 

 

俺は通信機器を兼ねた腕輪に向けて怒鳴る。

戦闘開始から30分。ボスの全六本のゲージのうち一本は削れ、二本目が黄色に突入しつつある。

ボスの武器は六つ、右手上段の戦輪、右手中段の長刀、右手下段の斧、左手上段の鏡、左手中段の槍、左手下段の長剣だ。

まだ戦輪は使ってきていないが―――

 

 

「くっ!」

 

「下がれハチマン―――スイッチ!」

 

「ああ......!」

 

 

凄まじい速度で迫る長剣をなんとかパリィし、俺は後方のキリトとスイッチ。キリトが片手剣と体術を駆使して槍を回避するのを見ながら俺はハイポーションを煽る。

正直、ボスの攻撃力と攻撃速度が凄まじい。さらに複数の武器を駆使してくるため気を抜けばあっという間に体力は危険域にまで追い込まれる。だが、まだ誰も死んでいない。

 

 

『―――比企谷くん?』

 

「もういいだろ、そろそろ撤退するべきだ」

 

俺は総司令部にそう打診する。ボスの攻撃パターンはある程度見切った。まだ使われてない戦輪が不気味だが、死者が一人もでてない今のうちに撤退するべきだ。当初の目的だったボスの情報の確保は成功したのだ、いらない欲をかいて死者を出せば笑いものだ。

 

 

『そうね、そろそろかしら』

 

「撤退のタイミングはそっちで頼む」

 

 

そう言って俺は前を見据える。

現在はリンド率いるタンク隊とユキノが率いるダメージディーラー部隊が右を抑え込み、黒猫団、軍、俺達が左と後ろを受け持っていた。

援護の意味を込めて俺は愛用ナイフの一つを投擲する―――が、不自然な軌道で逸れてボスの上段左手が持つ鏡に吸い込まれる。さらに、速度そのままに俺のほうへ飛んで帰ってくるナイフを叩き落としながら俺は舌打ちした。

 

そう、遠距離攻撃は全てあの鏡に吸い込まれて持ち主へとカウンターのように帰ってくるのだ。俺の唯一の特技、投剣が封じられたということでもある。投剣できないハチマンはただのハチマンである。

 

周囲を見渡せば、サチは再び湧いてきた狛犬のようなMobを三体同時に相手取っていた。エギルがスイッチして一体の頭を粉砕する。

そろそろか、と俺は考えるとキリトに叫ぶ。

 

「キリト、スイッチだ」

 

「―――了解!」

 

 

キリトが最後にボスの腕へと《ホリゾンタル・スクエア》を叩きこむのと同時に俺が割り込み、《ソニックリープ》で跳躍するようにして下段左腕に斬撃を見舞う。

 

さらに空中で体術スキルの《弦月》を使用して蹴り上げ、衝撃を利用して地面へと降りる。すぐ真上を長剣が通り過ぎるのを感じながらも、俺はすぐに《スラント》を発動する。

 

 

「―――フッ!」

 

 

口から押し出される呼気。それと共に斜めの斬撃がボスの足に叩きつけられる。鉄でも斬ってるんじゃないかと思うような衝撃が短刀ごしに伝わってくるが、無視してさらに《バーチカル・スクエア》の四連撃を刻んだ。

 

 

『―――比企谷くん!』

 

「うおっ!?なんだ、撤退するのか?」

 

 

腕輪から放たれた声に一瞬ビビりながらも俺はボスの蹴り上げるような攻撃を回避。さらに槍の突きをステップで避けて声を返す。

 

 

『冷静に聞いてね。―――ここ、転移結晶使用禁止エリアよ』

 

「―――な」

 

 

一瞬意識に空白が生まれ、長剣を回避するべく動いた足がもつれた俺は回避が遅れる。

 

 

「がふッ!」

 

『比企谷くんっ!?』

 

「ハチマンっ!」

 

 

胴体を切り裂くようにして吹き飛ばされ、俺は地面にうちつけられた。衝撃が腹と背中から伝わって息が詰まるが、ふらつく足を叩いてすぐに立ち上がる。キリトが俺の代わりにボスの長剣を防いでいるのか、激しい金属音が響いている。

 

 

「っ、悪ぃ、少し貰っちまった」

 

『―――そちらに合流するわ』

 

「いい、いらん。お前はそっちを纏めろ」

 

 

幸運だったのは、俺が直撃を貰った長剣が、ソードスキルを使用していなかったことだろう。もろに食らったせいか一撃でイエローにまで体力が減少している。ポーションでは間に合わないと判断して、俺は回復結晶を砕こうとするがーーー砕けない。舌打ちして俺はポーションを飲み下す。

 

 

「転移結晶が使えねえなら、扉から出るしかないだろ。誘導してくれ」

 

『......死なないでね』

 

「そっちもな」

 

 

腕輪の通信をオフに切り替えて、俺はキリトに近付こうとボスを見据える。

見ると、丁度ボスは二本目のゲージを削りきられるところだった。二本目の赤く染まったゲージが削られ、数ドットにまで減少し―――消えた。

 

―――嫌な予感が、背中を走った。

 

全身が粟立つような感覚。そして憤怒に染まったボスの表情を見た瞬間、嫌な予感は根拠の無い確信へと変わる。

 

 

「―――避けろ、キリト!」

 

 

サチの首筋を掴み、エギルを蹴っ飛ばしながら俺は叫んだ。サチがなにやら抗議し、エギルがなんか叫んでるが知ったこっちゃねえ。違ったら後で土下座すれば良いのだ。

キリトも予兆を感じていたのか、全力でこちらへ退避してくる。

 

るぉぉぉおおぉお、と奇妙に人間じみた咆哮を上げながら憤怒に染まったボスは中段の右腕に持つ斧を振り上げる。

そして、赤い、紅いライトエフェクトを纏う斧が振り下ろされ―――

 

 

「―――ぐぅっ!?」

 

 

豪、という音を伴って爆発し、炎と衝撃を撒き散らした。

爆風が俺やキリトを吹き飛ばし、地面を転がる。口に入った砂ががり、と嫌な音をたてる。

だが、すぐに立ち上がって周囲の状況を確認する。キリト、サチ、エギルは無事。他はわからないが―――

 

 

「なっ」

 

 

先程まで自分達がいて、斧が振り下ろされた爆心地を見て俺は言葉を失った。

 

―――クレーターのように抉れているのは、まだ良い。

 

だが、振り下ろされた斧の延長線を描くように、間欠泉のごとく炎の壁が吹き上がっていた。

 

 

「―――!」

 

 

思わず驚愕してしまう。炎の壁は4メートルほどの高さがあり、ボス部屋の壁まで延々と続いている。斧によって作られたクレーターは丁度コロシアムのようなボス部屋の中央。

つまり、ボスの左に陣取っていた俺達は、扉までたどり着くためには迂回するか、あの炎の壁を突破する必要があるということだ。

 

 

「不味いぞハチマン、あっちも!」

 

 

青ざめた表情のキリトが指す方向を見て、俺は呻く。クレーターからさらにもう1つ、炎の壁が作られていたのだ。

 

 

『―――比企谷くん?』

 

「ああ、ヤバいことになった」

 

 

腕輪をオンにする、と同時に繋がる通信。声から察するに、あちらもヤバいようだ。

 

 

『こちらからは、壁は二つ確認できているわ。さっき、キバオウから連絡がきたけど......あちらも二つ。そちらは?』

 

「こっちも二つだ。―――ああくそったれが、俺達は、三分割されたのか」

 

『......そちらからは、ボス部屋の扉は確認できるかしら?』

 

「......いや。そっちは?」

 

『―――無いわ。キバオウも同様。最悪よ、比企谷くん。三分割じゃないわ、四分割よ―――しかも、扉があるところだけ綺麗に誰もいないわ。外部に助けを求めることもできない』

 

 

止めとばかりにクレーターから巨大な炎の塔が立ち上ぼり、完全に分断される。炎の塔から聞こえてくる哄笑からして、あの阿修羅自身はダメージを食らわないようだ。

 

 

「......退路無し、ってことかよ」

 

『考えうる限り最悪ね。正直、想像を越えすぎて逆に冷静になったわ』

 

 

確かに、と俺は同意した。フィールドに作用するスキルを持つフロアボスやフィールドボスはいままでも何体か確認されている。3層のボス部屋を水没させるボスや、アリジゴクみたいなボス、竜巻を発生させる鷲のようなボスもいた。だが、ここまでの攻撃力を持ちつつ、ここまで悪辣なフィールド変化をさせてくるボスはかつていなかった。

 

 

「どうしようもねえぞ、これ」

 

『なんとか解除させる手段があれば良いけど―――』

 

「なければ、各個でボスとタイマン、ってわけか」

 

 

炎の壁や塔によって巻き上げられた熱気。それに顔をしかめながらも俺は現状を打開する策を考えるが、

 

 

「......無理だ。この壁をどうにかしねえと」

 

『強引に突破、は無理そうね。予備の武器を近付けたら溶けたわ。これだけで立派な攻撃よ』

 

「なんだそりゃ、ふざけてんのか」

 

 

頬がひきつるのを感じながら俺は腕輪に呟いた。炎というか、マグマじゃねえかそれ。メラメラはマグマグに勝てねーってのに。

 

 

『先程の爆発だけでも、二人死んだわ。そちらは?』

 

「わからん。だが、俺の周りはおそらく欠員無し、だ」

 

 

周りを見渡すと二つのパーティー、俺達を含め三つのパーティーがいた。大部分はキバオウ達のいた背面へと流れたらしい。右はユキノやリンド達、背面はキバオウや月夜の黒猫団、最も手薄な俺達は左で、扉がある前面は空っぽ。

 

 

『そう、それは良かったわ。―――そろそろボスが動くわよ』

 

「ああ、また後で連絡する」

 

 

通信を切り、俺は炎の中からこちらに歩いてくる六本の腕を持つ巨人を睨んだ。―――と、そこで違和感を覚えた。

 

 

「斧が、ない?」

 

「斧なら、そこに刺さってますよハチマンさん」

 

 

サチが指し示す方向―――すなわちクレーターを見ると、炎の塔の中心に、ぼんやりとした影が見える。索敵スキルによって解像度がぐんと増し、炎の光に目を細めながら凝らすと、かろうじて斧らしきモノがあるのが見える。

 

 

「...よく見えたな」

 

「鍛えてますから!」

 

 

......そーゆーもんなのだろうか。

とりあえず、炎の壁によって分断された挙げ句撤退を封じられたのは最悪だが―――不幸中の幸い、と言うべきなのか、ボスの武器を1つ封じることはできたようだ。戦力を分断された今では焼け石に水だが、前向きに考えなければ心が折れる。HBの鉛筆より簡単に。

 

「―――やっぱり、そうなるよな」

 

 

こちらに歩いてくるボスを見据えて、俺はぼやく。

分断された敵のうち、最も数が少ないモノから各個撃破するのは常套手段。つまり、あのボスがまともな思考なら狙うのは俺達だ。

 

俺は再度短刀を握りなおす。味方は分断され、撤退は不可能、最高だよクソ野郎。

 

 

―――さぁ、絶望的な第二ラウンドの始まりだ。


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