やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》 作:あぽくりふ
「兄さーん、そこのタバスコ取ってくれません?」
「お前、もう遠慮とか皆無だよな」
リビングに響く鈴のような声。それに対して、俺は無駄だと知りつつも抗議を返しながらタバスコを投げる。
......遠慮とか最初からゼロだった気がしないでもないが。うん、ねえわ。
そんな俺の咎めるような視線を受けて、はてとユイは首を傾げた。
「えー、何を言ってるんですか。私ほど礼儀正しい超絶美少女はいませんよ?」
「礼儀正しい奴はアイスにタバスコぶっかけて食いながら足ばたつかせねえよ。どこからその自信は沸いてくるんだ、どこから」
「源泉掘り当てました」
「源泉とかあるのかよ!?」
「ありますよ、いつもあなたの心の中にっ!」
「そんなイイ笑顔で言われても困るんだが」
うまうまと呟きながらアイス(タバスコ多量投入)を口に運ぶユイ。うわあ辛そう。相変わらずこいつの味覚はおかしい。そしてそのアイスは俺のなんですけど?
「細かいこと気にしたらハゲますよ」
「だからナチュラルに心読んでんじゃねーっつの」
さとりかよテメエは。幻想郷にでも行ってこい。―――まあ、SAO自体がもうファンタジーなんだけども。
ナーヴギア。10年前ならば有り得ない、と一笑に付されるモノだ。小説の中でしか有り得ない机上の空論。
だが稀代の天才にして狂人、茅場昌彦はそれを作り上げ、意識のみを仮想世界に飛ばすという行為を可能にしてしまった。「人間が想像しうる全てのモノは、全て現実に有り得るモノである」とは誰の言葉だっただろうか。
稀代の天才にして、3000を越える人間を殺した最悪の殺人者。ここまでの二面性を持つ狂人は、歴史上において皆無だ。発明家として、犯罪者として茅場昌彦の名前はこれからの教科書や歴史にしっかりと刻まれるだろう。
そんなことを考えながら俺はマッカンを口に運ぶ。嗚呼、この甘さだけが、俺を癒してくれる......
そこでぴんぽーんという間抜けな音がホームに響き渡った。俺の至福の時を邪魔するアホは誰だ!
「兄さん、来客ですよー」
「あー、知らん無視だ無視。どうせ新聞の押し売りか宗教の勧誘か借金取りだろ」
「SAOの中じゃどれもあり得ませんから!というか想像がリアルすぎます!」
ぎゃあぎゃあ喚くユイを無視して俺はマッカンを啜る。うーまーいーぞー!
そんな俺を見てユイは溜め息を吐くと、てこてこ扉に向けて歩いていく。―――って。
「おい、ちょっとま」
「こんにちはです。どちら様で?」
「―――比企谷くん、この子は誰かしら?」
わーお。
凍えるような笑顔でこっちを向くユキノを見て、俺は顔を引きつらせるのだった。
※※※※※※※※
「で、この子を何処から誘拐してきたのかしら拉致谷くん?」
「おい、俺の名前がもう犯罪者になってるんですけど......ああわかった説明するから刀から手を放せっつの!」
鞘からちらちらと白刃の煌めきが見え隠れしている。怖い!怖いよこの子!
「いや、そのだな......こいつは―――」
さて、どう説明したものか。
①正直に全部説明する。
これがベストな気がするが、さっきから本当の事を説明しようとすると、口が動かなくなるのだ。いや別に俺がアホになったわけじゃない。十中八九あのクソガキの仕業だろう。だって、こっち見ながら笑ってるし。管理者権限フル活用しているに違いない。というわけで却下。
②でっち上げる。
ようは雪ノ下雪乃が納得するようなウソを思いつけ、という無茶振りである。だってあいつ、僅かな矛盾さえも追及してくるんだもの。ほら、俺は真実しか言えない純粋な少年ですし。
―――おいクソガキ、なにぷーくすくす、って笑ってやがる。よしあいつ後で殴る。絶対に殴る。いやもうぶん殴った(錯乱)。
③逃げる。
正真正銘の最終手段だ。というか俺、なにも悪いことしてないよね?なんで逃げるとかいう選択肢が出てくるの?
結論、②以外無し。さあ誤魔化しきれるか......!
「待ってください、兄さんは悪くないんです!」
「ユイ―――」
と、俺が決意を固めた所でユイが割り込んだ。ユイの目にもある種の決意が浮かんでいる。まさかこいつ、俺の代わりに誤魔化して―――
「全部、私の美貌が悪いんです!」
「―――頼む、黙ってくれ」
―――くれるわけがなかった。それどころか更に悪化させやがった。こいつ一体誰の味方なんだ。
「―――比企谷くん?」
「お、落ち着け雪ノ下。ゆっくりと刀から手を放すんだ、な?」
ぎぎぎぎぎい、とユキノが振り向く、と同時に一閃。俺の喉元に白刃が突きつけられた。おい、速すぎて見えなかったんですけど?
「......私、残念だわ。いくら比企谷くんと言えども、道を踏み外すとは思わなかったのに」
「え、ちょ」
待て待て待て待て待て。雪ノ下さん、なんでそんな悲痛そうな顔で刀に力込めてるの?あといくら俺と言えども、ってなんなんだよ。俺どう思われてるんだ。アレか、目か。目が腐ってるのが悪いのか。謝れ、全世界の死んだ魚に謝れ!
「同級生のよしみとして、一思いに一撃で殺ってあげるわ」
「うおおおお!?」
俺がイナバウアー、もしくはマトリックスのアレみたいな感じで上体を全力で後ろに倒す、と同時に鼻先を銀光が掠める。―――危ねえ、あと一瞬遅ければ首が裂かれてた。
「チッ」
「なに舌打ちしてんの!?あとここ圏内!圏内だから!」
「犯罪者の戯れ言に傾ける耳はないわ」
「違う!俺無実!俺無実だから!」
いくら圏内と言えども、首を真っ二つにされるのは嫌なので全力で俺は避ける。ひゅんひゅんと肩とか頭とか掠めるのを感じながらも俺は家具を盾にして
から逃げ惑う。
「くっ、ちょこまかと鬱陶しい......!」
「待て、話し合おう!日本人なら話し合いの精神!戦争は最悪の外交!歴史は繰り返しちゃダメなんだ!」
途中から俺も何言ってんのかわかんねえなこれ。
椅子で刀を受け止めながらラスボスチックな台詞を吐くユキノを俺は説得しようと試みるが―――
「とりあえず斬る、残りは後から考える」
「キャラ崩壊してるから!」
※※※※※※※※
「―――ふぅん、拾った、ね」
「あ、ああ」
胡散臭そうにこっちを見るユキノを見て、俺は冷や汗を流した。なんでこの人こんなに怖いの?多分検察官とか適職じゃないの?冤罪だろーがなんだろーが全部有罪にしちゃいそうな気がする。
疑わしきは死ね、とばかりの視線がびしばし肌に突き刺さるのを感じながら俺は体を縮める。
数分前まで俺はユキノと斬るか斬られるかキルラキルしていたのだが、俺の必死の説得が功を奏したのかようやく話を聞いて貰って今俺は正座している。......なんで正座?
「たまたま森で親とはぐれたらしい少女を言いくるめて、親を見つけるまで保護するという名目で拉致してきた、ということね、ロリ谷くん?」
「説明に悪意しか感じられないが、概ねそういう事だ」
結局、俺は「親からはぐれたらしい少女を、22層の森で拾った」ということにしている。ユイも口裏を合わせてくれたお陰で、色々と突っ込み所は満載だがこれをごり押しで通すことができた。かなり怪しまれてはいるが、多分大丈夫だろう。多分。......大丈夫だと、いいなあ。
ちなみにこの事態を引き起こした原因は、コーヒーに七味とタバスコを突っ込んだ真っ赤な液体をぐびぐび飲んでいる。刺激臭がものっそい漂っている。もはや辛党とかいう概念を斜め上にロケットでぶち抜いてるレベルだが、気にしたら負けだ。
「............色々と言いたい事はあるけれど、まあいいわ。今はそれどころじゃないもの」
「あ、ああ。―――え?」
思わず生返事を返してしまったが、それどころじゃないってどゆこと?
はてなと首を傾げる俺にユキノはこう返した。
「詳しい事は向こうで説明するけれど―――50層攻略戦が始まるわ」
「―――マジか?」
50層のフロアボス攻略戦。レベル的には高く纏まっている現在の攻略組なら可能かもしれないが、だが―――
「
遠征―――大抵の場合、これはフィールドボス討伐等を指す。今の血盟騎士団は48層かそこらのフィールドボスの低確率ドロップを狙って、数日間~一週間ほど周回する予定だと聞いている。
「ええ。今残っていて戦力になるのは、私くらいのものよ。......一体、何を考えているのかしら」
「どうせまた軍がやらかしたんじゃないのか?」
適当に言ってみたが、普通に有り得そう、というか最も確率が高いだろう。とりあえず困ったら大体キバオウのせいにしとけば正解だ(酷い)。
「とりあえず、行きましょう」
「ああ......めんどくせえ」
50層、つまり全部で100層あるアインクラッドの半分であるハーフポイント。クォーターポイントである25層のフロアボスが生半可な強さではなかったことから、25層ごとに強力なフロアボスが配置されている―――と考えれば、ハーフポイントの50層は隔絶した難易度だと踏んだほうがいい。
だと言うのに、足並みが全く揃う気配の無い攻略組。不安要素しかないボス攻略会議の事を考えて、俺は溜め息を吐くのだった。
※※※※※※※※
50層の主街区にある巨大なホール、そこで攻略会議は開かれていた。
「......血盟騎士団が戻るまで、フロアボス攻略は止めるべきだ」
「ほーう、暗殺者はんは、攻略組は血盟騎士団以外はザコばかりや、と言いたいんか?」
「違う。だが、血盟騎士団が攻略組の中核を成しているのは事実だろ?」
全力で煽りに来てやがるモヤッとボール頭を見て、俺は内心舌打ちする。
結局俺の予想通り、キバオウが絡んでいたのだが......いかんせん俺は説得に苦戦していた。
「せや、だから偵察込みでフロアボスに挑むだけや」
「.........」
「それとも、ワイらがそれすらも出来へんようなザコやと言いたいんか?」
血盟騎士団がいなくとも、ボスの情報を集めることくらいならばできる―――とキバオウは主張している。
確かに、その判断は正しい。平均的に高いレベルの今の攻略組ならば、血盟騎士団がいなくてもいつかの軍みたく即全滅、とはならないだろう。しばらくボスの行動パターンを収集してから転移結晶で撤退すれば良い。
だが―――嫌な予感がする。根拠などないし、説明などできないが、背筋がざわつくような―――取り返しがつかなくなるような、嫌な予感がするのだ。
いわゆる勘、というやつだから説得も何もできない。客観的に見れば、俺が心配性なだけかもしれないのは否定できない。俺は歯噛みしつつも、キバオウの案を却下できずにいた。
「―――ハチマンさん、俺も賛成だ。血盟騎士団が戻ってくるまでの間、何もしないなんてことはできない」
「リンド...」
不味い、というかもう無理だ。
その時、キリトが立ち上がり言い放った。
「『月夜の黒猫団』は反対だ」
「同じく、『風林火山』も、だ」
クラインも同意するように言うが―――おそらく無駄だ。
確かにこれで2対2、拮抗しているかのように思えるが、
「はっ、好きにせえ。ワイらだけでもフロアボス攻略したるわ」
「なっ―――!?」
やっぱり、と俺は肩を落とした。
ギルドの数で言えば拮抗しているかのように見えるが、ギルドの構成員の数でカウントすれば向こうが上なのだ。
軍を30数人、聖竜連合も30人前後。だが対する風林火山は十数人、月夜の黒猫団に至っては十人にも満たない。人数で言えばこちらの二倍、止めたくとも止められない。
いかにキリトやユキノ、そしてクラインが強くとも、絶対的な人数差は埋められない。
「―――無理ね」
「ああ、もう止められん」
左隣で呟くユキノにそう返しながら俺は天を仰ぐ。
―――不安要素しかないボス戦が、始まる。