やはり俺のVRMMOは間違っている。《凍結》 作:あぽくりふ
どうしてこうなった。
―――戦闘開始から二十分。
ボスの体力はマックス。しかしこちらには既に多数の犠牲者がでている。
「うわああああああ!!!」
また一人ポリゴンとなって消えて行く。
先ほどの絨毯爆撃によって、隊列は崩壊。体制を立て直す暇すら与えてくれないボスの攻撃は爆撃によって削られていたプレイヤーの体力を容赦なくゼロにしていく。
「くそったれ」
かくいう俺は既に体力を回復しており、キリト達と合流するためボスのブレスを凌ぎながら焼けたボス部屋の床を蹴りつけて走っていた。
―――状況は考えうる限り最悪。
戦線は崩壊。仲間とは分断され、犠牲者は多数でている。だというのにボスの体力は開戦当初と同様に一ミリも削れていない。
しかも今気付いたことだが、このボスの攻撃は武器耐久値を著しく削る。
高熱の炎は鉄や鋼すら溶かす。
無駄にリアルに再現されているもんだ、と俺は走りながら内心愚痴った。
俺のブラッディマンティスはすでに耐久値は三割を切っている。下手すりゃアニブレをまた使うことになりかねない。
.............犠牲者からは全力で目を反らす。
自業自得とまでは言わないが、ここに立っているのは自己責任だ。
もとより、俺に出来ることは何もない。俺は自分のことだけで手一杯だ。
自分の命すら守れない奴に他人が守れる訳がない。それでも他人を庇うような、庇ってしまうような奴はもはや偽善者でも、聖人でもない。
―――それはもはや人として壊れている。そんなのはただの狂人だ。
だが―――もし。もしそんな生き方をするような奴がいたら。自分の命より他人の命のほうが価値が上だと思っている馬鹿がいたら。
そいつはまるで、剣のようだな―――と思う。
「って、そんな場合じゃねえ」
ぼっち特有の思考の無駄な脱線。それを停止させて――――――?
走りながらボスを見て違和感を抱いた。なにか違う。いや、体力のことじゃない。決定的な違和感。
冠?ある。
翼?羽根を撒き散らして尚健在。
胴体は傷1つなく、炎に包まれている。
3つの尾羽は悠然と宙を泳ぎ――――――3つ?
3つ。何度見ても3つ。
―――間違いない。これだ。
そこで誰かが駆け寄ってくる音がする―――って
「―――ハチマン!」
ほんとお前は丁度良いときにくるな―――キリト。
「尾羽だ」
「え?」
「あいつの回復は無限じゃねえ。尾羽が減ってる」
さすがはビーター。いや、黒の剣士か?自称廃人は伊達じゃない。今の言葉だけで理解したように頷いている。
「つまり、壊せば―――」
「―――回復することもねえ。やるぞ」
すかさず頷いてキリトは走り去って行った。おそらくアスナ達に知らせに行ったのか。
―――さて、じゃあやることやりますか。
俺は隠蔽を解除してボスを睨む。もはや戦線は崩壊している。タンクだなんだという区分はもはや意味をなしていない。
じゃあ、俺がやるしかないだろう。この中で二番目にレベルが高いのは俺だ。適材適所。―――キリトが攻略組を纏めあげるくらいの時間は稼いでやる。
すぅ、と息を吸い込み―――
「こっち向けやクソ焼き鳥ぃぃぃッッッ!!!!」
回復したことによって憎悪値はリセットされたはず、という読みは当たっていたらしく、一気に俺が稼いだヘイトによってボスがこちらを睨む。
―――体を動かした直後にボスの咆哮。ワンテンポ遅れて無数の炎の剣が数瞬前に俺がいた場所へ突き刺さる。
だが冷や汗を流している暇などない。ボスが放つ炎剣、足元から吹き出す炎柱、吐き出されるブレス。立ち止まった瞬間に黒こげになって脳ミソをシェイクされて破壊されること確定だ。
ジグザグに疾走しながらそれらを回避しつつ、ボスの懐に一気に飛び込む。
―――直後、いきなりボスの攻撃が変化した。
ブレスは嘴による突きに。炎柱は鍵爪による斬撃に。
―――そして炎剣は消えたが、代わりに体力が徐々に削れだしたのだ。
ボスの周囲にだけ異様な熱気が充満しており、ボスに近付けば近付くほど体力が速度を増してカリカリと減少していく。
「どこのテオだよ」
悪態を吐きながらも俺は焦っていた。例え俺がボスの攻撃を凌ごうと、このまま削られれば一分もかからずに俺のHPは半分を切る。距離を取ろうにもボスの猛攻がそうはさせじと叩きつけられる。
―――つまり、今のところほぼ詰んでいるのだ
「ッ」
放たれた炎の鍵爪による攻撃を片手用直剣のソードスキル・スラントで軌道をずらして回避し、左手の盾で受け流すようにして嘴によるついばみ攻撃を凌ぐ。
次いで飛んでくる再度の鍵爪攻撃をホリゾンタルで受け流す―――ッ!?
不味い。鍵爪攻撃はエフェクトを纏いながら放たれていた。つまりソードスキル。
一撃目はホリゾンタルで反らした。しかし、この鍵爪攻撃は二連撃のソードスキルだったらしい―――かろうじて盾で受けたものの、盾は砕けちってデータの海へと還元された。
バウンドしながら地面を転がる。残るHPは四割。次を食らえば命はない。
キェェェェェェェ!と勝ち誇ったかのように咆哮し、ジ・イグニファトゥス・フェニックスロードが自慢の鍵爪を振り下ろす―――が、俺は避けなかった。いや、避ける必要がなかった。
「らああああッ!!」
バーチカル・スクエア。片手用直剣の上級スキルでもあるそれは一撃目で不死鳥の鍵爪の勢いを殺し、二撃目で逆に吹き飛ばす。三撃目でボスの体をかすり、四撃目で完全に直撃した。
そして最後に正方形のエフェクトを発生させる上級剣技。
「―――遅えぞ」
「悪い、大丈夫か?」
振り向く童顔のイケメン。キリトはそのまま俺に向かって回復結晶を投げてくる。
「サンキュ」
「一人で相手して貰ってたんだ、これくらいは何でもないよ」
キリトがバーチカル・スクエアを終了させたのと入れ替わるように今ボスに攻撃しているのはアスナ。それをサポートするようにクラインがカタナを振るい、聖竜連合のギルドリーダーは両手槍で突く。
さらにいくつかのパーティがボスのヘイトを散らすためにボスに攻撃を仕掛けていく。
「ハチマンは休んでいてくれ。後は、任せろ」
「...........あいよ」
ほんとイケメンだわ、こいつ。
※※※※※※※※
三十分後。ついに戦局は逆転した。
ボスの尾羽は既に全て破壊ずみ。HPバーも残るは1本。キリアスコンビ+αの尽力のおかげだ。
俺の推測通り、尾羽が無いボスは回復転生メテオを使用できなかった。
あのあと慎重に、着実に削られたボスのHPバー。当初絶望的かと思っていたボス戦だが、いまや勝利は目前。
―――キリトがホリゾンタル・スクエアで鍵爪を止め、アスナが上方突進技(名前がわからん)を王冠へ放ち―――ついに王冠が砕けちった。
そして、直後に爆炎が撒き散らされた。
「―――ッ、こいつはびっくり箱かなにかかよ................!」
またか。
王冠は砕けると同時に爆発した。逆鱗かなにかと同じような扱いだったのか。
俺や他のプレイヤー達は無傷。つまり、あの攻撃を食らったのは張り付いていたキリトとアスナ、そしてその他数人のプレイヤーだけだ。
―――なんとなく、嫌な予感がした。
直感に従って俺は爆炎によって充満した煙が未だに晴れないボスの近くへ飛び込む。こういう時の俺の危機センサーは外れない。
―――そこで俺が見たのは、砕けた細剣の柄を呆然と見つめるアスナ。そして素手になって壁へ吹き飛ばされていくキリトと、アスナに迫る激昂した不死鳥の爪だった。
※※※※※※※※
キリト及びアスナのHPはすでに三割以下。ボスの鍵爪が直撃すれば間違いなく死ぬ。
―――死ぬ。死ぬ。死ぬ。
俺の周りの時のみが止まる。
―――命ってこんなに軽かったか?
ゆっくりと流れる時の中、俺はゆっくりとブラッディマンティスを持った右手を後ろへ引いていく。
―――死ってのは、もっと重いものじゃないのか?
呆然としたようなアスナの表情。必死に立とうとするキリトの表情。
―――違う。
恐怖が消えていく。思考がクリアになる。ガキリ、と何かが噛み合うのを感じる。ナニカが目覚めていく。
―――俺が勘違いしていただけだ。この世界では、俺達の存在価値などない。
見える。視える。
引き絞った片手を放つ。投剣基本ソードスキル、シングルシュート。それは寸分違わずジ・イグニファトゥス・フェニックスロードの目を貫き、攻撃をキャンセルする。
燃え盛る目がこちらを睨みつける。が、なにも感じない。感じる必要などない。不要な感情など切り捨てろ。
地面から斧を拾いあげる。―――軽い。こんなものか。
ブラッディマンティスならば先程投擲した。だが、武器ならばそこらじゅうに転がっている。プレイヤー死亡時の装備ランダムドロップ。死した人間の形見とも言える装備。―――その人間が存在した証。
―――ならば。
《You get an Extra skill―――
「―――来いよ焼き鳥」
―――『手裏剣術』》
「俺がお前を越えてやる」
次回、「リセイノバケモノ」