原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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やっぱり間に合わなかったよ……orz
遅れてごめんなさい!


13-9

『それではラストセット、スタートォ!』

 

 開幕と同時にケンタロスは前足を高く振り上げながら、フィールドに響き渡る一声を吠え散らす。

 そして前足を振り下ろし地面に叩き付けた瞬間、大きな揺れが襲ってきた。建物全体がギシギシと軋み、私もカロッサも思わず転びそうになる。地震――だが、衝撃のダメージがない。不発か?

 いや、揺れるフィールドの上を、凄まじい蹄鉄の音が迫ってくる。この地震は攻撃じゃない、撹乱だ!

 揺れでバランスを崩したカロッサに向かい、ケンタロスが尻尾で自分を鞭打ちながら真っ直ぐに突進してくる。

 

「カロッサ、飛べ!」

 

 カロッサは私の言葉に即座に反応し、アクアジェットで揺れの届かない空中へ逃れた。のみならず、空中で水圧を利用して強引に身体を捻り照準を合わせ、空対地の水鉄砲で応射する。無茶な射撃姿勢にもかかわらず弾丸は吸い込まれるように命中し、盛大な水飛沫を上げた。蹄を引きずりながらゴリゴリと地面を引き裂き、ケンタロスは乱暴に停止する。

 だが、一度鼻息を荒く吐き出しただけですぐに方向転換し、カロッサの方を睨んだ。ダメージはまるで与えていない様子だ。見た目からしてガタイが違うとは思っていたが、恐るべき防御力である。離れた位置に着地したカロッサも、少し動揺しているように見える。

 

「ブモオオオオオオオオッ!」

 

 荒々しく怒り狂った闘牛と化したケンタロスは蹄を打ち鳴らし、またカロッサ目掛けて突進していく。真っ直ぐに突っ込むケンタロスに対し、攻撃を加える事は容易い。だが、全くダメージにならない。攻撃の当たらないペルシアンとはまた違った意味の不利。まさかパワータイプのカロッサが出るバトルで、攻撃力の不足が原因になるとは……。

 降りしきる雨の効果は健在であり、先程から水鉄砲と熱湯を織り交ぜながら連射して、全弾を当てている。なのに、ケンタロスの動きが鈍る様子はない。真っ直ぐにしか進まない突進はアクアジェットで避けているものの、それも際どい状態だ。

 

「また手詰まりか……? いや、あの電気技が使えるガルーラにだって、消えるペルシアンにだって勝ったんだ」

 

 必ず、何かあるはずだ。

 越えられないと思った電撃の弾幕を飛び越え、消える高速移動の足元を払った。暴走する戦車のようなあれを止める手段だって、何かあるはずだ。

 そうだ、泥濘では止まらずとも、凍結したらどうだ? フィールド全面が水浸しの今なら。

 

「カロッサ、フィールドに向かって冷凍ビームだ!」

 

 カロッサは突進をかわしつつ、キャノンを低く構えて冷凍ビームを広域に発射した。水浸しのフィールドはすぐに凍て付き、水が溜まっていたところは全て氷の張り巡る最悪の悪路と化した。転倒とはいかないまでも、これならかなり機動力を削げるんじゃないか?

 だが期待は裏切られ、ケンタロスは凍ったフィールドを頑丈な蹄で叩き割りながら、全く速度を抑える事なくフィールドを駆ける。

 くそ、氷漬けの路面でさえあの脚力の前じゃ意味なしか! となれば、もはや正攻法でなんとか突き崩すしかない。しかし、攻撃はこちらとて先程から何十発と加えている。それがダメージはおろか、足止めの効果さえ与えていないだけで。

 そもそも、戦車に対して拳銃で勝てるはずがない。その分厚い装甲を打ち破るのなら、もっと強い攻撃手段が必要だ。あのとてつもない体重から繰り出される突進の威力を考えれば、白兵戦に持ち込むのは愚策。遠距離技として水鉄砲も熱湯も通じないのなら、残るは水の波導か、ハイドロポンプくらいか。

 とは言えあのケンタロス、ペルシアンほどではないにしろ、かなりの速力だ。当たりにくいハイドロポンプが簡単に当たるほど鈍い相手ではない。ここは水の波導を離れたところから当てて、振動で混乱を誘うか……。

 

「ガメェッ!」

 

 と、戦術を決めかねていると、カロッサは突然ケンタロスに向かって走りだした。

 ちょっ、待て待て! まさかここでど突き合いか!?

 

「落ち着け、カロッ……!」

 

 私が諌めようとした瞬間、カロッサが凄まじい勢いで加速した。

 あれは……背中からアクアジェットが吹き出してるのか!? なんだそりゃ!

 よくよく見れば、尻尾の穴の両側辺りがキャノンの開閉口のように迫り上がって開いており、そこからアクアジェットを噴射して加速しているようだ。なんというアクセラレーション。これは間違いなく某連邦の白い悪魔だ。ビームやらサーベルやらを振り回して活躍する、宇宙世紀的なロマンを感じる。

 ケンタロスまでの距離を一気に詰め、その拳に水色の光を瞬かせた。なるほど、走り出す前に距離を詰めれば突進を恐れる必要はない。アクアジェットの新しい活用法を見出したか。

 

「ガアアメエエエエッ!」

 

 咆哮に乗せた気合と共に、額のど真ん中に水の波導を纏った肘打ちを叩き込む。加速と波導の威力を乗算したあの一撃、まず間違いなく致命的なダメージを負うかと思われた。だが――

 

「ブモオッ!」

 

 あの重い一撃を食らいながらケンタロスは角を振り回し、逆に決して軽くないカロッサを弾き飛ばした。とてもダメージを与えたようには見えない。

 マジかよ……どんな耐久力してんだ、あのケンタロス。

 会心の一撃を見舞ったであろうカロッサは驚愕をその顔に張り付かせつつ、すぐさま体勢を立て直し、再びアクアジェットで距離を取った。しかし、後を追うようにしてケンタロスの突撃が始まっる。カロッサは更に甲羅の横側を開き、横向きのアクアジェットで大きく軌道を逸し、なんとか身を躱す。あいつ、あんなにどこからでもアクアジェットを出せるのか……器用なやつめ。

 だが、あまり細かい制動ができるわけではないらしい。フィールドを突撃姿勢のまま駆け巡るケンタロスを、ひどく大味な急制動のアクアジェットでなんとか躱すというだけだ。その回避行動も次第にアウトラインへと追い詰められ、徐々に逃げ場が失われてゆく。

 そしてついにカロッサは、右サイドのアウトライン際まで追い詰められてしまった。

 どうする。上に逃げるように指示してみるか? それでも、アクアジェットのジャンプで飛べる範囲には限界がある。ラインアウトしないようにフィールドの中心を目指して位置取りを戻したいところだが、着地を狙われてあの突進を食らう事になるだろう。と言って、地上ではこれ以上逃げる余地がない。

 そうだ、仮に場外判定だとしても、十秒以内にフィールドへ戻れば負けにはならない。なら、あえてラインを割ってみようか?

 いや、ダメだ。そうなればライン際を意地でも守りに来るだろう。あのケンタロスはただ猪突猛進なだけではない。カロッサの回避地点を予測しつつ咄嗟に方向転換する計算能力があるし、何よりそのせいでここまで追い詰められたのだ。攻撃を当てるばかりが攻撃ではない事を明確に認識した上で、更に直撃すれば致命的なダメージを与える攻撃を繰り返している。決してワンパターンに走り回っているのではない。自らの特性をも理解した上で、あえて突進という一つの技に絞り込んでいるのだ。

 ならば、あれは最終的には必ず突っ込んでくる――?

 私は、賭けに出る事にした。

 

「カロッサ、その場でふんばれ!」

 

 私の指示にカロッサは頷き、低く腰を落とした。この体勢なら、位置取りなら、そして雨なら。

 ケンタロスが獰猛な声を上げ、突っ込んでくる。愚直なほど真っ直ぐに、決して揺るがぬ自信と共に。

 彼我の距離が詰まる。破滅的な蹄鉄の音が泥を蹴立て、ビートを刻む。もう少し、もう少し、もう少し――!

 

「今だ、ハイドロポンプッ!」

 

 号令に反応し、カロッサは水の大弾を二発、三発と見舞った。ケンタロスは真正面からそれを食らい、大きく吹き飛ばされた。

 回避の余地がないのは、つまり向こうも同じ事だ。ルールを意識するからこそ生まれた隙。ラインアウトを狙って突進をするのならその瞬間、間違いなくケンタロスにも回避の余地はなくなり、攻撃の一点がこちらにとって必中の一点に転換する。もしガルーラのように飛び道具を使われたり、ペルシアンのように搦め手で攻めてくる相手では成立しなかっただろう。

 ともあれ、ハイドロポンプの直撃を食らったのだ。これならさすがにダメージを……。

 

 だが、私の淡い期待は、またしても見事に裏切られた。

 

「ブモォ……!」

 

 足音荒くフィールドを踏み締め、力強く身体を立て直す。ブルブルと身を振るい、泥を振り落とす姿に疲労の文字は無い。

 

「嘘だろ……ハイドロポンプでもダメなのか……?」

 

 さすがにノーダメージと言う事はなさそうだ。ほんの少し、呼吸が乱れているように感じられる。だが、それだけだ。

 水鉄砲や熱湯を何十発と食らって、頭に水の波導を帯びた必殺の一撃を食らって、至近距離からのハイドロポンプを何発も食らって、やっとそれだけ。

 絶望的なレベル差――その一言で片付けてはならない圧倒的な何かが、断絶した崖のように茫漠と私達の間に開いている。

 

「ブガアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 しかも、今度こそ本気であの暴れ牛を怒らせてしまったらしい。眼の色はますます血走り、己を鞭打つ尻尾の勢いも更に増してゆく。ビシビシと鞭を連打し、空中に浮かぶ雲に向かって大きく吠え猛った。

 

「ブモ――――――――ッ!」

 

 すると雨が止み、雲が晴れて、どんどん温度が上昇してゆく。見る間に雨雲は霧散し、肌を焼くほどの日差しが現れる。

 まさか、ここにきて日本晴れか!? まずい、雨の天候を変えられたら技の連射が利かない!

 すっかり晴れ渡った日射の元、視線をカロッサに戻したケンタロスの身体から、次第に何かが弾ける不穏な音が連なってゆく。この音は――。

 

「ブガアッ!」

 

 地面を蹴り、再び突進を開始する。その身体に青白い電撃を纏いながら、雷鳴のような音を鳴り響かせ、真っ直ぐに。

 ワイルドボルト――あれも突進技の内というわけか!

 カロッサは慌ててアクアジェットを繰り出し、なんとかライン際を抜け出す。だが、連射が利かなくなってしまったが為に回避先の候補は限りなく絞られてしまい、ついにケンタロスの捉えられる範囲に逃げこむ形となってしまった。

 ダメだ、直撃する!

 

「ガアアアッ!」

 

 土手っ腹に強かに角を叩きこまれ、更に雨で濡れた全身に余すことなく電撃が走り抜ける。防御する事もできないまま、カロッサは敵陣側の場外まで不自然な体勢で吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。

 握り締めたボールから、警告音が鳴り響く。見れば、ディスプレイに危険を示す赤字が点滅していた。

 

『警告――<E-401>』

 

 400系メッセージ――これはポケモンに、重大な異常が発生した時の警告表示だ。

 ディスプレイをタッチして、詳細を表示する。

 

『バイタルサイン異常衰萎』

『モニターポケモンのダメージが許容値を超過しています』

『速やかにボールへポケモンを戻し、お近くのポケモンセンターで適切な診断・処置を受けてください』

 

 私は思わず叫んだ。

 

「なっ!?くそっ……あいつ、やっぱりとっくに瀕死状態なんじゃないか!」

 

 瀕死状態とは、ポケモンの体力が著しく低下した状態を指す。それはゲームと変わらない。ただしゲームと違い、彼らは瀕死状態だからと言って、必ずしも倒れ伏すとは限らない。

 特に野生の本能――つまり闘争心が衰えていない時などは、限界を超えても戦い続ける。それは主に野生ポケモンに見られる兆候で、本能的な性格として全てのポケモンに共通することだ。故にトレーナーがポケモンと共に戦う事を目指すのなら、そのダメージコントロールの事も教え、身体の限界が来たなら諦めさせなければいけない。

 今の時代、ボールには<ポケセーバー>という生命維持装置が搭載されているし、このように警告音とメッセージも出す。例えトレーナーが未熟でも、血が上って冷静さを失っていようとも、これが鳴ったら即終了のゴングだとわかるようになっている。ボールにさえ戻せば滅多な事は起きない。ただ、このまま戦い続ければ滅多な事になる。

 自制の効かなくなったポケモンは――死ぬまで戦い続けるのだ。

 

「やめろ、カロッサ! もういい、もういいんだ! 早く交代しろ! じゃないと、お前の命が……!」

 

 もはや、ルールを無視してでも戻そうかと思った。あいつの頑張りは尊重してやりたい。フィールドにさえ戻れば、まだ戦う事はできる。だが、こんなところで命を落としてまで意地を張らせるような事だろうか?

 ダメトレーナーと罵られてもいい。カロッサに嫌われてもいい。どちらにしても、あいつが死ぬよりマシだ。

 そうしていよいよ最後の采配を下そうとボールのハットスイッチに指を伸ばしかけた時、ケンタロスが倒れたカロッサに向けて再び走り始めた。

 なんでだよ!? カロッサはまだ場外じゃないか!

 

「追撃なんて……!」

 

 そこで私は今更ながらに気付いた。このフィールドには審判が一人もいない事に。

 もし公式戦ルールが本当に適用されているのなら、初めから第三条の審判員規則違反だ。そしてカロッサが場外に弾き飛ばされてそろそろ十秒が過ぎる頃だが、試合が停止される様子もない。

 審判員も、場外判定もないのなら、今ここに公式戦ルールなんてそもそも、ないんじゃないか――?

 ここに来る前から、ずっと試合内容についてはボカされ続けてきた。誰とどう戦うかもわからないまま転送され、何の前触れもなく始められた。本当なら11歳の、おそらくは何も知らない子供が挑むバトルにしては、あまりに状況が物騒過ぎる。そして一戦目から異常な戦闘能力を持つポケモンが投入されてきた時点で、元々プレイヤー側に負けを仕込む為だけに用意された試合なのだろうと推測はしていた。

 だがこれまでの状況を統合して類推する限り、実態はもっと悪質だ。あちらの本意としては、あの一匹目で大人しく負けておけ、と言う事だったのだろう。ガルーラはそのリードをする為に投入された、ジムで言うところの、わざと相手に負けの意味を味わわせる為の“指導ポケモン”としての役割だったのだ。どこまでも挑戦者に勝ちを譲る余地など一分もない、全ては予定調和の為の設定というわけである。

 だとすれば、ここまで何度も交代を躊躇った意味や、さっき命懸けで守ったライン際の攻防など、まるでこちらが道化でしかない。ルールが適用されていないのなら、律儀にラインを守る必要なんてどこにもなかったのだ。

 なんて汚い連中だろう。こちらに条件が提示されていない以上、あちらのさじ加減で勝手にルールを持ち出したり、なかった事にしたり、どうにでもできるイカサマ前提のバトルメイク設定だ。しかも普通のバトルでは当たり前に考えて然るべきの常識がことごとく無視され、下手をすればどちらかのポケモンが死亡する事だって起こり得る。これが意図的に仕組まれていると捉える以外に、どう捉えろと言うのか。

 結局、これは最初から正々堂々の勝負に見せかけた薄汚い出来レースであり、理不尽なデスマッチを興行して客から金を搾り取る、どす黒い悪意とエゴだけで進行する最悪のイベントと言うことだ。

 

 ああ、もう限界だ。ここまで来て、ルールなんか知った事か!

 

「戻れ、カロッサ!」

 

 私はボールのハットスイッチを作動させ、逆戻レーザーを照射した。

 だが、カロッサは倒れたままそれを振り払い、なおもフィールドに居座る。何度射ってもダメだ。

 マーカーを打刻されたポケモンは、自分の意思で逆戻レーザーを拒絶する事が可能である。これはポケモンの自由意志を守る為、またはその身を自分で守る為、標準的な安全装置として自ら逃げ出せる仕組みだ。

 だが、ボールの中は基本的に外敵や環境の脅威から離れた安全な領域であり、ポケセーバーの存在も含めて非常に快適な空間である。ましてや死ぬほどの傷を負ったポケモンなら尚更、自分から戻りたくなるくらいのはずだ。それなのに。

 

「バカッ! なんで戻らないんだ!? こんな下らないところで、命を懸ける必要なんてないだろうが!!」

 

 私の叫び声などまるで聞こえていないかのように、カロッサは倒れ伏した体勢からアクアジェットで強引に体勢を立て直し、ケンタロスの追撃を何とか躱した。

 私はもう、どうしていいか判らなくなってしまった。

 あいつが何の為にこんな無茶をするのか。一体、何と戦っているのか。

 命を懸けてでも、この戦いに勝ちたい理由。まさか、この罠だらけのバトルに憤っているわけではないだろう。それは私の都合だ。それにあいつは今まで熱くなる事はあっても、冷静さを欠いた事は一度もない。そのように見せかけて、実際はすこぶる頭の切れる奴だ。

 ならば、一体何を望んでいる? とっくに引き際を飛び越えて危険な領域にいる事を知りながら、何に拘っている?

 いくら防御に優れたカロッサと言えど、そう何度もあの高レベルなパーティの攻撃に耐えられるはずはない。そもそもガルーラとペルシアンから続いている戦いなのだ。蓄積されたダメージは、もうとっくに限界を超えているはずだろう。

 それでも、カロッサは下がろうとしない。昔から負けず嫌いなやつなのだ。力尽きて倒れ伏しても、まだ諦めない。ただ往生際が悪いのとは違う。他の誰よりも、あの甲羅のように決意が固いのだ。

 ふらつきながら立ち上がる。ボロボロになった身体を引きずり、闘志が萎えない瞳をきつく絞って、痛みで無様に膝が笑おうとも。

 

「……もういい、好きにしろ。ただし、絶対に死ぬんじゃないぞ!!」

 

 私だってそんないたいけな努力を見せつけられたら、黙って見守るしかない。

 転んでも、怪我をしても、中々立ち上がれなくても、手を差し伸べてはいけない。何も言わず、自分の力で成し遂げるまで全てを見届ける。もどかしいけれど、カロッサはそう求めている。ならば、任せるより他に無い。

 いいさ、それならとことんやってやれ。目の前のそいつもぶっ飛ばして、カジノの奴らの度肝を抜く三連勝を飾ってみせろ。そしたら今度こそ、目一杯褒めてやる。

 

 カロッサは動きを止めた。構えも崩し、自然体の形になる。傍から見れば、それは諦めて棒立ちしているようにも見える。やぶれかぶれになったようにも見える。

 だが、その目には確固たる決意が宿っていた。駆け回るケンタロスの動きをつぶさに数えて、今か今かとそのタイミングを図っているのだ。

 荒々しい足音は曲線を描き、ついにカロッサへの再突撃のコースを取った。ど真ん中、ど真ん前。男気さえ感じられる直球勝負に、カロッサは逃げも避けもせず、自然体のまま迎え撃つ――かと思われた。

 ケンタロスの角が真正面にカロッサを捉え、その駆け足を打ち立て始めたその時、カロッサもまたそれに相対するように勢い良く前へと飛び出した。ただ、その姿勢はあり得ないほど前のめりで、突進にしてはあまりに低すぎる体勢だ。あれでは当たったとしても力は乗らず、ほんの少しでもバランスを崩せばそのまま転倒し、頭からモロに踏み付けられてしまうだろう。

 それでもカロッサはその不自然な体勢のまま、迷いなく踏み込んでいく。殺人的な威力で突っ込むケンタロスの正面に、真っ向から相対する。その距離は一秒を数えないほどで縮まり、私はその瞬間をただじっと見つめる。

 両者はフィールドの中心で激突した。ケンタロスの最高の威力を持った突進による角がカロッサの右肩を貫き、気味の悪い破裂音が場内に響き渡る。だが、カロッサは笑っていた。

 前のめりに傾かせた体重をそのまま前に崩し、右手を地面についた。割れた甲羅を引きずり、転がるような勢いで角をいなして、ケンタロスの首の下に潜り込む。そして、右肩のキャノンを展開した。

 

「ガァメエエエエェェェェェッ!」

 

 刹那、カロッサの巨体と豪脚を押し戻すほどの膨大な質量の水が発射され、ケンタロスの重い身体が木の葉のように軽く、高々と舞い上がった。顎下をコンクリートや岩盤さえぶち抜く水圧で打ちのめされ、為す術なくそのままフィールドに叩きつけられた。あれほど盛んに勇んでいたケンタロスは完全に動かなくなり、カロッサはこちらに向かって満面の笑みを作って見せた。

 

「……よくやったな。ほんとに、お前はすごいよ。よく頑張った、お疲れさん」

「ガ、メ……」

 

 満身創痍のまま、それでもカロッサは満足そうに笑っている。まったく、こいつはこういうやつだから仕方ない。

 私は静かに崩折れたカロッサを、今度こそボールに戻した。

 

『警告――<E-102><E-303><E-405>』

『モニターポケモンを確認しました』

『バッテリーモード、省電力モードより生命維持モードへ切り替えます』

『ポケセーバー、救急モードアクティブ』

『出血状態につき、セルフリカバリーチューニングモードで止血中です。トレーナーは速やかにポケモンセンターへ向かってください』

『自動排出機構、一時ロック』

 

 ボールのディスプレイにアナウンスが表示され、カチッというロック音がした。ボールにさえ戻ってくれれば、とりあえずは大丈夫だ。あとはポケモンセンターに行けば回復できる。ちなみに割れた甲羅もしばらく時間を置けば脱皮を繰り返して、ちゃんと元に戻りますのでご心配なく。

 しかし、あの土壇場でまさかハイドロカノンなんて大技が見れるとは思わなかった。最強の威力を誇るものの、隙と技の反動があまりに大きく、実用性は極めて低い。カロッサはずっとこの技を撃ち込むタイミングを図っていたのだろう。遠くから撃ったのでは当たらず、不用意に近付けばその隙を突かれて発射できない。だからこそ耐えに耐え、あっちから近づいてくるのを待ち続けていたのだ。

 とは言え、自分の身体を犠牲にしてまでゼロ距離の勝負を挑むなんて、勝負師なのか策士なのか。まったく、困ったやつだ。こういう無茶は見てるこっちの心臓に悪い。今度、厳しく叱ってやらないとな。それと同じくらい、褒めてもあげるつもりだ。

 

『しっ……試合、終了――――――ッ!? これは前代未聞の展開ッ! ワタクシ、俄には信じられませんッ! 伊藤くんのカメックスが、まさかの全戦全勝だァ――――ッ! 当ホールが誇る精鋭チームを次々と下し、勝利を手にしたのは伊藤くん、そしてトレーナーベットのプレイヤー達だぞッ! おめでとう、伊藤くん! おめでとう、トレーナーベッター! それでは伊藤くん、こちらのステージに戻ってきてくれッ!』

 

 司会の終了を告げるわざとらしい宣言が響くとテレポーターが作動し、光り始めた。多分、エキシビションマッチとやらはこれで終了なんだろう。

 私は再び訪れた頭痛感を伴う酩酊に身を預け、またカジノのホールへと転移した。




【モンスターボール】

正式名称は「九〇式特性生物捕獲器丙型」だが、81年の再発売の時に公募によって付けられた
「モンスターボール」という名称が製品名として採用され、以降はこちらの方が一般化している。
または、単に「ボール」とも言われる。
ただし社内、特に開発部の間では昔からの習わしで、ロールアウト時に設定される号数と型式による呼ぶ方が定着している。
(モンスターボールは現在四号機であるため「丙型四号」と呼ばれている)

ポケモンの捕獲器としては安全性・堅牢性・捕獲性能のどれを取ってもトップクラスの製品であり、シルフカンパニーの高い技術力を証明する最たるものであると同時に、他社類似品の追随を許さない。様々な種類のボールがある中で、全てのポケモンに対し比較的高い捕獲性能を有する。
このボールの前身であるシルフボールの初期型が発売された40年前から現在に至るまで、ボール製品に関してはトップシェアの座を譲ったことはない。

またこのボールは政府(正確には特生省)の認可が降りた「政府公認捕獲器」とされるものであり、販売や購入における助成金が国家予算として編成されているため、トレーナーや販売業者は非常に安価な値段で購入・仕入れが可能となっている。
(ちなみに助成金がなくシルフ側の希望小売価格で購入する場合、一個15000円(税別)である)



○諸元

型式番号 SCCS-90-A4(SilphCompanyCatcherSystem90年式A型4号)

直径 約80mm

重量 約221g

材質 ニアポケメタル778-γ、ステンレス

価格 200円(政府定価)

連続使用時間 250時間(省電力モード時)

法定検査時期 6~7月、11~12月の年2回

推奨交換期間 2年周期

最大耐用年数 5年



○搭載機能一覧

ボールマネージャー Ver6.57

新式捕獲波発生装置三号丙型

TIDAKS Ver4.03(トレーナーID管理・打刻システム)

逆戻レーザー(特性生物電子変換光線銃)

ポケセーバー二号(非常救急救命機能付き生命維持装置)

ミラージュヴィジョン(筐体情報表示ディスプレイ)

自動排出機構

捕獲制御機構

TBLS Ver1.00(トレーナーボックスリンクシステム)



○表示情報一覧

100系(軽度、または重要度の低い筐体情報)

E-101 バッテリー残量減少(60%未満)
E-102 ハッチロック中
E-103 法定検査期間の超過(1ヶ月以内)
E-104 TIDAKS弾切れ
E-105 ポケセーバー作動中(セーフモード)

200系(軽度、または重要度の低いモニターポケモン情報)

E-201 空腹状態
E-202 不満状態
E-203 睡眠状態
E-204 軽微な状態異常
E-205 上記以外の体調不良

300系(重要度の高い筐体情報)

E-301 バッテリー残量低下(30%未満)
E-302 法定検査期間の超過(2ヶ月以上)
E-303 ポケセーバー作動中(救急モード)
E-304 内圧異常(緊急排出)

400系(重要度の高いモニターポケモン情報)

E-401 瀕死状態
E-402 毒傷状態
E-403 火傷状態
E-404 凍傷状態
E-405 出血状態
E-406 骨折状態
E-407 モニタリング不能

500系(緊急の対処または修理を要する情報)

E-501 ハットスイッチ異常
E-502 筐体損傷
E-503 ポケセーバー動作不良
E-504 逆戻レーザー動作不良
E-505 自動排出機構動作不良の為、使用不可
E-506 捕獲制御機構動作不良の為、使用不可
E-507 TBLSリンク切れ

600系(原因不明、要修理)

E-600 使用不能

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