原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 強引に引っ張られて足早に歩くうち、お姉さんは黒のパンツスーツ姿で、耳にはインカムを着けているのが目に入った。察するに、このゲームセンターのスタッフというところだろう。黒髪ぱっつんのボブカット、そして可愛らしい童顔にはどこかあどけなさの残る、焦った表情がありありと浮かぶ。そんな見覚えのないお姉さんに手を引かれ、店の奥へ奥へと進んでゆく。

 イベントの最中であるためか客足のまばらなメダルコーナーや麻雀・レトロゲームなどのコーナーをすり抜け、お姉さんが手をかけたのは最も奥で固く閉じられている『STAFF ONLY』という赤文字が掲げられた扉だった。

 何故だ? 私、何か悪い事したっけ? もしかしてカワイイ女の子とデートしてたから? あ、私が女だって事がバレて、だから女の子とデートしてるってのがマズくて……あれ、何考えてんだ、私?

 眠気と疲労感が満たされた頭脳はギチギチと歪な不協和音を立てるばかりで、明快な回答を一つも導き出せない。そうこうとしているうちに長く暗い廊下を突き進み、最奥で再び扉が現れた。扉には何も掲げられておらず、カードキーでロックされている。何故か監視カメラもあるし、ゲームセンターの扉にしてはここだけイヤに厳重だ。しかも、スタッフ専用のスペースで。

 

「え……っと、この扉の鍵は~……?」

 

 なんだか見ているこちらが緊張してしまいそうな慌てぶりで、わたわたとポケットを探しまわる。見た目通り、どうもどこか頼りなく、抜けた印象の人だ。ようやく胸ポケットから見つけ出したカードキーは真っ黒で、何も書かれていなかった。

 そして開いた扉の先には、私の眠気が一瞬で醒めるような光景が続いていた。

 扉の手前までは薄暗く、むき出しのコンクリートで囲まれた廊下が、眩しいほどの瀟洒な照明と、いかにも高級そうで繊細な彫刻の施された木製の壁に絵画、そしてチリ一つないレッドカーペットで彩られた空間に繋がっていたのだ。

 なんだ、ここは? どう見てもゲームセンターなんかじゃないぞ。まるでどっかの高級ホテルみたいじゃないか。

 扉を入ってすぐのところには受付のようなどっしりとしたカウンターがあり、そこにもお姉さんと同じような黒服姿の男がイラ立った様子で立っていた。そして私達を見るなり――と言うよりお姉さんに向かって、声を荒らげる。

 

「おい、遅いぞ! エキシビションマッチまであと十分もないじゃないか!」

「ご、ごめんなさい! どうやらこの子がちょっと迷ってたみたいで……」

「あー、もういいっ! ボディチェックするから、そこをどけっ!」

 

 カウンターを出た男はお姉さんを押し退けるようにして私に近づき、乱暴に身体を弄りながら金属探知機を当て回す。不躾で粗野な扱いに反論する間もなく、男は顎だけで奥のエレベーターに行くよう指図してきた。

 

「ご、ごめんね、もうちょっと私が早く見つけてあげられればよかったね……」

 

 何故かお姉さんの方が申し訳なさそうに謝るので、私もそれ以上追求することはせず、とりあえず指示に従う。

 そして乗り込んだエレベーターの中でようやく少し落ち着きを取り戻したらしいところを見計らい、まずは状況を確認した。

 

「あの……これは何ですか? 今、どこに向かっているんですか?」

「もちろん、エキシビションマッチの会場だよ。ここまでちょっと複雑だから、戻ってくるまでに道順がわからなくなっちゃったんでしょ?」

 

 お姉さんはニコニコと笑いながら、優しく答えてくれる。なるほど、どうやらそのエキシビションマッチに出場する誰かと間違われているらしい。また、下降するエレベーターの中で、私はあることを思い出した。

 タマムシのゲームコーナーの地下って……ロケット団のアジトか何かじゃなかったか!? マズイ、それはめちゃくちゃマズイぞ。ゲームのようにおちゃらけていてどこか憎めないスットコドッコイ団とは違い、こちらでは本物のマフィアなのだ。しかもオツキミ山の件やゴールデンブリッジの件なんかで、目を付けられている恐れがある。とても私一人でどうにかなるレベルではない。ここの扉だけ妙に警戒感の強さが際立っていた理由に、嫌な予感が過る。

 となれば、この柔和でいかにも天然そうなお姉さんとて、ロケット団員かもしれない。そう思うと俄に冷たい緊張が走ってきて、手の平に知らず汗が滲んでくる。

 するとお姉さんは私の様子を感じ取ったらしく「あれ、もう緊張してるの? 大丈夫、キミなら勝てるよ!」などと言いながら上手い具合に試合への緊張と誤解して、またニコリと微笑んでくれた。うーむ、この人を見る限り、ロケット団とは最も縁遠い感じなんだけどなぁ……。

 けれどエレベーターが到着のベルを鳴らし、扉が開くとそこはもう別世界だった。

 四方で交差する長く大きなエスカレーターで繋がれた吹き抜けのテラスが中央に開かれたホールを囲み、綺羅びやかな電飾がこれでもかとそこかしこを趣味悪く着飾っている。

 天井までの高さは、目測でも三階建て分くらいはある。あれ、ここ地下だよな……?

 広く高い天井を埋め尽くすシャンデリア。回るルーレットボード。飛び交う色とりどりのチップに喜怒哀楽を爆発させる男に、冷笑を湛えるディーラー、その手元で踊るカード。

 馬鹿でかいスロットマシンが耳を劈くような電子音を上げたかと思えば、遠くの方ではコインのジャラジャラとした音が絶えず響いている。

 ドラマや映画なんかでしか見たことはなかったけれど、ここがカジノである事は私にもすぐにわかった。

 だが……ここがカジノだとすると、私の知識とは明らかに食い違ってくる。どちらにせよ違法な場所である事は明白であるものの、ロケット団との関連性はあるのだろうか?

 確かな事はわからないまま、導かれるままに中へと進む。行き先は中央のホールだった。その上にはこれまた無駄にでかいモニターが四方に向けられていて、誰かのバトル風景を流している。

 私の手を引くお姉さんが視線に気付き、にこやかに教えてくれた。

 

「今流れているのは過去の勝った人たちのエキシビジョンマッチよ。今日のバトルで勝てたら、君もあそこに映るようになるね」

 

 このブレの無さ、天然恐るべし。もっとも、悪い人でないことはよく伝わってくる。だからこそ始末におえないってのもあるけど。

 それにしても、妙なカジノだ。カジノには初めて来たから他の場所と比較ができるわけじゃないけど、場内を見回っている黒服達が全員武装している。

 身のこなしも素人のそれじゃない。何か護身術、ないしは武道経験者って感じで隙がない。カジノってこういうところなのか?

 そもそも、カードゲーム大会を開くような普通のゲームセンターの地下に賭博施設があるっていうのも怪しい。それに、増田ジュンサーの"お仕事"もこの近くだった。

 ゲーム知識や天然のお姉さんに惑わされてすっかり判断が遅れてしまったけれど、点と点とを繋いで見えるのは――やはりここが、ロケット団の運営する違法カジノである恐れがあるってこと。

 しかもそんなところにうっかり一人で飛び込んでしまった重大さ。迂闊とか、うっかりとか、そんな話じゃ済まないよ。いつも油断大敵とか言っておいてこの様である。我ながら情けない。

 ここが違法カジノだとしたら、私は本当に命の危険がある。ロケット団にはもう顔がバレている。過去に彼らの活動を阻害したことから考えれば、私は排除すべき対象だろう。

 マフィア対子供一人。考えるまでもない。

 とにかく、相棒に連絡しよう。不幸中の幸い、隣にいるのは見るからに屈強そうな黒服ではなく、天然のひ弱なお姉さんだ。

 繋がれた手とは逆、左手をポケットの中にするりと忍ばせ、中でポケギアを開く。

 ポケギアには旅をするトレーナーの身に危険が迫った時の為、本体側面に『緊急連絡スイッチ』というものが装着されている。これを押すと、予め指定した相手に指定した動作を実行できる。

 私の場合はジャンボのポケギアに『緊急事態発生。増田ジュンサーに至急連絡を』というメッセージとGPS情報を送信し、通話と録音が常時オンになる。もちろん本体を見られても通話状態とはわからないよう、バックグラウンドモードなのでご安心。

 メッセージさえ見てくれれば、あとは相棒がきっとなんとかしてくれる。まぁ「また一人で勝手に動いて」ってめっちゃ怒られるんだろうけど……背に腹は代えられない。連絡しなくても怒られるんだろうし、どっちにしろ怒られるんだ。しゃーない。

 さて、ここからやるべきことは状況の伝達、そしてここがカジノってことの証拠集め、あとは……時間稼ぎか。

 わざとらしく声を張り上げて「すみません!」と尋ねれば、怯える子に接するように「なぁに?」と振り返ってくれた。ここまで勘違いしてくれるなら結構、こちらも存分に利用させていただこう。

 いかにもこれから何が始まるのかわからないといった風を装い、とってつけたような子供らしさを全面に押し出してシナを作る。

 

「あの、これから始まるエキシビジョンマッチについて教えてくださいっ!」

 

 自分でやっておいて何だが、鳥肌が立ちそうだ。心配そうな目で見るお姉さんに、こんな子供だましで通用するかと一瞬不安になったが、彼女は安心させるように笑ってくれた。

 

「君がこれから参加するエキシビジョンマッチは、3対3のシングルバトル。専用のフィールドに転送されるから、そこで戦うんだよ。それ以上はごめんね、お姉さんもバトルには詳しくないからあんまりわかんないんだ」

 

 言いながら、てへっと可愛らしく笑うお姉さん。うーん、なんか上手く誤魔化されたような気もするな……。

 やっぱりこんな狭い場所でバトルは無理か。でも転送ってことは、テレポーター? なにそれ、そんな超高級な希少品あったの?

 テレポーターとは正式名称を「全物質相転移送装置」というシロモノで、簡単に言えばポケモンの技であるテレポートを擬似的に再現することで、様々な物質を遠くに運ぶことのできる最先端のハイテク装置だ。今日のトレーナーボックスシステムを支える基幹技術でもあり、遠方に一瞬で荷物を送る革命的な手段でもある。とは言えまだまだ機械そのものがとんでもなく高価なので、こんなものを常設しているのは我らがタマムシ大学かシルフカンパニー、ポケモン協会直轄の施設くらいだ。ちなみに開発者はマサキで、これをリリースした頃に親父を通じて彼と知り合ったのが馴れ初めである。

 何にせよテレポーターを設置できるほどの資金力がある組織が運営するカジノとなれば、私の推察はいよいよ悪い方へと固まってくる。こうなった以上は、もうロケット団という最悪の敵陣のど真ん中にたった一人で巻き込まれてしまったという事を、重く受け止めざるを得ないだろう。

 このまま引っ張られているだけじゃダメだ。とにかく少しでもいい、何か情報を集めないと。


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