原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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 人目を逸らせられるならばどこでもよかったので、向かった先はそう遠くない。降ろされた場所からすぐ、と言うかポケモンセンター前から見て丁度反対側にある、タマムシシティアミューズメントパークというゲームセンターに入った。五階建てのでかい箱型店舗であるこのゲームセンターはタマムシシティの中でもとりわけ大きく、休日なら子供やカップルでごった返す。

 足を踏み入れてまず感じたのは見渡す限りの広い店内、すし詰めにされたかのような高い人口密度から発せられる熱気、そこかしこに設置されたゲーム機の耳をつんざく轟音の嵐。パチンコ屋以上の音量に、相棒なぞ反射的に私へ飛びついてきた。よしよしと抱きしめてやると、自分の耳を両手で塞いでイヤイヤのポーズ。ブルーが心配そうに様子を見てきたので、慣れるまでの辛抱と言えばなんとも言い難い顔をされた。

 いやね、ぶっちゃけジャンボがボールに入れば万事解決なんですよ。こいつが自分で常時、外にいたいというから好きにさせているのであって、私が無理をさせている訳ではございません。まったく、変なところで頑固なのは誰に似たんだか。

 駄々っ子を宥めすかしながら、とにかく奥へとひたすらに突き進む。誰かが後をつけているかもしれない可能性を、この人混みで無くしてしまいたいからだ。一人と一匹を連れて、ひたすらに店内をぐるぐると歩き回る。途中で何度かエレベーターも使い、階を行き来して念入りに。

 途中で見つけた催し物会場らしき場所では、カードイベントが行われていた。打って付けと言わんばかりに嬉々として人山に飛び込んだのは、人生初めてだと思う。小さなお友達から大きなお友達まで、てんでに騒がしい歓声の中で私は背後に目を配る。よし、もう誰も居ないな。人山を抜けたところで目に付いた階段脇のベンチで、ようやく足を止めた。

 後ろを歩くブルーの肩は大きく上下している。お疲れと告げてベンチを指せば、彼女は破顔しつつ腰を下ろした。その横にジャンボも添えて、私は近くに設置してあった自販機でジュースを三本購入してそれぞれに配る。代金を払おうとするブルーには無理やり押し付けた。困惑しつつも文句一つ言うことなく付いてきてくれた彼女に、僅かばかりの心づけだ。

 ようやく一息つけたところで、私たちは互いの顔を見合わせて自然と笑った。

 

「久しぶり、ブルー。元気にしてた?」

「はい。レッドさんも、相変わらずの様子で」

「どういう意味?」

「だって、私を助けてくれた時とか、ニビでも大変そうでしたし」

「……まあ、退屈しない生活を送っている自覚はあるよ」

 

 トラブルメーカーなのは認めたくないが、アクシデントが日常茶飯事になっている辺り、私の感性はすでに麻痺しているのかもしれない。

 苦笑を肯定と見なしたブルーは、巻き込まれたことについて何も言わない。否、受け入れているように見える。お人よしにも程があるだろ。理由くらい聞いてもいいんだぞ。

 

「何も聞かないなら、今日は一日私の彼女ってことになるよ?」

「ブぼゎッ!!」

 

 タイミング悪く口にジュースの缶を傾けている所だったようで、ブルーの口元が噴水になってしまった。咄嗟に動いたジャンボが缶をキャッチ、私は咽るブルーにハンカチを渡して背中をさすった。

 周囲に飛び散った水滴を相棒がティッシュで拭いているが、その視線は間違いなく私を責めている。狙ってやった訳じゃないからな、断じて違うから!!

 

「大丈夫?」

「す、すみませ……っ」

 

 急に変なことを言い出す私が悪い。その結果、恥ずかしい思いをさせてしまった彼女の顔は真っ赤だ。大丈夫、私は気にしてないよ。だからそんなに謝らないで、むしろこっちがごめんなさい!

 落ち着いたところで、その場に居辛そうにしていたブルーを促して遊ぶことにした。目立つことを避けるつもりで、ある程度時間を潰したら出て行く予定だったけど、せっかく来たんだから少しくらい遊ばないと勿体無いよな。いっそ開き直るのも手か。

 

「今更だけど、デートってことでいいかな?」

「ひゃい!?」

 

 近づいて耳元で訊ねれば、飛び上がって驚いた表情でこちらを見るブルー。その顔がみるみる内に赤く染まるのを見て、さっきの失態を思い出した私は顔を手で覆った。オーマイガー、またやってしまったのか。

 

「ごめん。巻き込んだ上に図々しかったよね」

「いいいえそんなことないですちょっとびっくりしただけでっそそそんな滅相も無い!!」

 

 よかった、一緒に遊んで大丈夫みたい。

 一息で言い切った上に首をぶんぶんと横に振る必死な姿をとりあえず落ち着かせて、私は彼女の手を取った。エスコートなんて大層なものはできないが、少しは彼氏に見えるように頑張ろう。

 何故かジャンボがずっと白い目で見てくるので、こちらにもご機嫌取りのつもりでお小遣いを渡す。すぐさまクレーンゲームへと走っていったあたりがチョロイぜ相棒。

 その背中に「消え物以外は取るんじゃないぞ」と飛ばせば、元気な返事が返ってきた。さて、それじゃあ私たちも遊ぶとしますか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ピッ、カピッ、カチュー♪」

 

 鼻歌までするほどご機嫌な相棒の腕の中には、大きな袋が抱えられていた。その中にはクレーンゲームで彼が勝ち取った戦利品が山盛りとなっている。大半が菓子であるところから私の苦労をお察しいただきたい。

 基本的にクレーンゲームで取れる菓子類は店で買う物よりも損をすることが多いのだが、うちの子に限りそうではない。

 なぜなら、百発百中なのだから。

 悉く大きな詰め合わせ系を狙っては一発で取るため、調子に乗った結果がこの嵩張る荷物の山である。ちなみにジャンボだけじゃ持てないので私まで荷物係りだ。彼氏役としては間違っちゃいないだろうが、相手がジャンボに摩り替わってるのは何故だ?

 ほんとにねー、もうどこでこんな特技磨いたのか不思議で仕方ないんだけど。四六時中一緒にいるから変な遊びはしていないはずなのに……やはり育て方に問題があったのか。今度、育児書買おう。

 楽しそうに並んで歩くジャンボとブルーには悪いが、徹夜明けの身体ではしゃいだ代償に、私はいつになく消耗していた。彼らには悪いが、断りを入れて少々休ませてもらう。

 

「ちょっと休憩しよう」

 

 それならばと相棒が指したのは、フードコートの手前側に見えるワッフルの屋台だ。何やら甘い良い匂いが漂っていると思ったら、これだったのか。都合よく広々としたイートインスペースもある。私は荷物番を買って出て、一足先に腰掛けた。

 自然と口から疲労の篭った溜息が出てしまうことに、そんな年でもないと虚しくなる。まだ十代入りたてのはずなのにな……。

 しみじみと思うのは、先程とったプリクラについて。写真すら好んで写らないのに、せっかくだからと多数決で負けて渋々カメラの前に立ちはしたが、何をすればいいのか全くわからないまま撮影は終わった。反対に、女子チームの凄さといったら。

 ブルーはさすが年頃の女の子といった感じで可愛いいといえるものだった。ジャンボは……おまえ、そのポーズは波紋でも生むのか? 撮った後のお絵かきなんて私にはわからない世界だったから、おとなしく出来上がるまで待機。正直何が楽しいのかはまったくわからなかったが、彼らが満足したならそれでいいや。

 若い子の楽しさは年寄りにはわからん……ああ、世代の違いってこういうことね。おいちゃん疲れたよ。これが逆ジェネレーションギャップか。

 

「戻りましたー」

「チュー!」

 

 それぞれがトレーを持って席に着く。ブルーが生クリームと苺が挟まれたワッフルで、ジャンボがチョコソースのかかったバナナ入り。ジャンボに向けて口を開ければ、何も言わずとも相棒は一口分を食べさせてくれた。うん、美味しい。この甘さは初めて食べた。なんだろう?

 不思議に思えば、察した相棒がレシートを見せてくれた。そこには《当店限定、キレイハナの甘い蜜をお好きなだけかけてお召し上がりください》と記載されている。なるほど、さすが草ポケモンジムのお膝元なだけあるな。ワッフルにかかった黄金色の蜜の正体に納得した私は、自分もと席を立つ。

 

「買ってくる前にお手洗い寄って来るから、ゆっくり食べてて」

「わかりました」

「ピッカー」

 

 荷物を置いてウエストポーチだけを着けたまま、案内板の示す通りに飲食エリアの奥へと進んでいく。やはりイベントのおかげか、ゲームコーナーまでとはいかないが、こちらも結構な込み具合を見せていた。人気チェーン店などは店の外にまで行列ができている。それは例外を見せず、人並みを掻い潜り目的地まで行けば案の定、この階のトイレまで満員御礼状態だ。私は仕方なく他の階まで足を運ぶことにした。

 下に進めばゲームコーナーやイベント会場に近い分、人口も多いだろう。ならば上にいくしかない。そう当たりをつけて上階に向かえば、そこは見事に誰も使用していない様子。ビンゴ!

 なるべく人目のない方がやっぱり入りやすいよね。私なんて尚更、この格好で女性用の場所に入る時は怪訝な顔をされることが多いし。ついてないから! 変態じゃないから!

 ささっと済ませて階段に向かったところで、上がってきた女性とぶつかりそうになったのを横にずれることで回避。向こうもたたらを踏んだみたいで、仰け反って後ろに倒れそうになるのを咄嗟に手を引くことで事なきを得る。

 

「わわっ、すみません!」

「いえ、こちらこそ引っ張ってしまって。怪我はありませんか?」

「はい、大丈夫です。急いでいて不注意を……ん?」

 

 こちらを見た女性の顔が急に険しくなる。え、私何かしたか? それともどこかおかしい?

 しまった。もしかしてこの人、おっかけの人か!?

 ヤバイと感じる前に、目の前の女性が声を上げる方が早かった。

 

「ようやく見つけたー! もうっ、どこにいってたの? 時間がないよ、急いで!!」

 

 言いながら腕を捕まれて、ぐいぐいと引っ張られる。身に覚えはないが……はて、私は何か時間に追われるような事柄があっただろうか。

 疑問符を浮かべながらも、そのまま連れられて行った私はご覧の通り、女性に弱い。ここで何故振り払わなかったのか、率直に人違いと名乗らなかったのか。後々後悔することになるのだが、処理能力の落ちたその時の私にはこれっぽっちも大危機を感じ取ることができていなかった。


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