原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

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「本来ならば、使用ポケモン4体のダブルバトルが当ジムのルールなのですが……」

 

 そう語る審判の視線が、反対側に位置するトレーナーポジションへと向けられる。そこには本来立っているはずの人物は()らず、空席のままだ。

 腕時計を見れば、ジムに足を踏み入れてから既に30分も経過している。受付を済ませて待ち時間を入れれば、軽く二時間は待っただろうか。

 

 バトルフィールドに入るまでは、ロビーのソファに座っていられたからまだよかった。しかし、さすがに何もしないまま呆然と突っ立っているだけは、寝不足の体に堪えるというもの。

 その間に仮眠を取ればいいだろって? 実はちょっとしたアクシデントがあってね……。

 抑え切れなかった欠伸を掌で隠しながらやり過ごす私に、ビクっと大袈裟なくらい反応するジャンボ。何があったかは、まあ割愛させて頂く。

 

 前回のクチバジムがボクシングリングのような形状だとすれば、ここタマムシジムは植物園そのものだ。ガラス天井から降り注ぐ日光を浴びた様々な植物が、所狭しと己の体を主張している。細い通路以外は見事なまでに緑一色だ。

 うん、緑色って目に優しいよね。ちょうどお昼過ぎで満腹だし、この場所って凄くぽかぽかして暖かいんだ。

 ふらふらと頭が揺れそうになるのを、脚に力を込めて必死に耐える。目は虚ろで、気を抜けばすぐにでも瞼が落ちてしまいそうになるのを懸命に凌ぐ。

 エリカさんの方から取りつけた約束だというのに、一体どうなっているのだろう。私は審判に「あと10分だけ待って、来ない場合は棄権します」と告げた。本音を言えば今すぐにでも帰って寝たいのだが、一応顔が割れているからな。体裁は大事。

 

 船を漕ぎそうになる度に、背中に張り付いているジャンボが後ろからビンタを飛ばす。容赦のないビンタを何度繰り返したかは記憶が定かではないが、いつの間にやら周囲がざわつき始めたと感じた頃にバン! と強く扉が開いた音がした。

 その音にハっと焦点が合わさり意識がはっきりしてきたと思いきや、先ほどまでの審判と二人きりだった空間がいつの間にやら大勢の人によって人口密度が異様に上がっているではないか。私が落ちていた数分の間に一体何が起きたというのだ。呆気に取られたまま立ち尽くしていれば、対面側に息を切らしたエリカが走りこんできた。

 

「遅くなりまして、誠に申し訳ございませんでした!」

 

 深々く腰を折り曲げて謝罪する彼女の姿に、私は半覚醒ながら慌てて顔を上げさせる。口がうまく回らなくてしどろもどろになっちゃったような気もしたけど、エリカが顔を上げてくれたのでなんとか言えたのだろう。

 

「遅刻をした身で大変恐縮なのですが、あまり時間が取れない為……今回は特別ルールを適応させていただけないでしょうか?」

 

 またもやペコペコと頭を下げてこちらの様子を伺う姿に、正直私はどうでもよくなっていた。

 周囲から聞こえてくるざわめきの中から察するに、エリカの遅刻の原因は、珍しくジムへと姿を現したことにより押しかけたファンによるものらしい。なんて傍迷惑な。どうやらこの後にはジムで生け花教室の予定が詰まっているらしく、着物を着た生徒さんらしき人たちが話している。

 エリカに頭を下げさせた私に対する悪口もちらほらと耳に入ってくるし、それに対して背後から放たれるジャンボの殺気が怖いのなんの。

 このバトルフィールドは吹き抜けの二階建てで、二階部分が客席になっている。そこにびっしりと埋め尽くされた大勢の観客からするに、エリカの人気ぶりを改めて認識した。ほんと、苦労してるんだね。

 マチスの時と同じく、再度場を設けるので今回のチャレンジを取りやめても問題ないと言われるが、私は「構いません」の一言で開始を促した。

 正直に言えば、不躾に向けられる視線にうんざりしているのと、どう足掻いても眠気が取れないのでさっさと終わらせたいんだ。もうそれしか今の私の頭の中にはない。

 審判からの前口上を虚ろな感覚で済ませて、ぼんやりと誰で挑もうかボールに指を滑らそうとした途端、目の前に壁ができた。

 

「ゴン!」

 

 愛称を職人と呼ばれているうちのカビゴンは、両拳を交差させた状態から押忍! と言わんばかりに頭を下げた。おや、珍しい。

 野生の自由奔放なカビゴンと違い、見ての通りとても礼儀正しい彼が勝手に出てきた理由とは何か。すぐに察した相棒が、エリカの後方に聳える一本の木を指差した。

 

「……ああ、そういうことか」

「ピカー」

 

 ジャンボの呆れたような一言に反応して、職人が恥ずかしげに頭を掻いた。

 彼とはゴンベの頃に旅の途中で出会い、ジャンボに舎弟入りして私の手持ちとなった経緯を持つ。そして当初から非常に小柄な体躯で、進化した今でも身長は標準を下回り、体重に至っては半分以下である。当に動けるデブ、筋肉の塊、厚い脂肪なんてなかったんや。

 やる気満々に四股を踏む職人のために、私はキレイハナを出した相手へ視線を戻した。

 

「エリカさん、勝ったらひとつお願いを聞いてもらえませんか?」

「ものにもよりますが、それでもよろしければ」

「ありがとうございます」

 

 たぶん大丈夫だろう、そんな難しいことではないし。そう軽く考えていたことが、後々えらい目にあうなんて。私はこの時、微塵も感じていなかった。ただ、はよ終われとしか考えていなかったんだ。

 私は勿論、エリカも己の勝利を確信していたのだろう。時間短縮のために通常ルールよりも総ポケモン数が多くなることがある特別ルールを選んだということは、自分の手持ちにそれだけの自信があったということ。自慢の一匹で速攻6タテ余裕だと考えていたのでしょうな。

 

「それではこれより、タマムシシティジムリーダーエリカと、マサラタウンのレッドによる公式バッジ戦を行います。両者、礼!」

「……お願いします」

「こちらこそ、精一杯努めさせていただきます」

 

 これぞお手本と言える、きっちり45度腰を曲げた礼を見せたエリカの表情が、空気が、すぅっと変わっていく。文字通り飲み込まれそうな笑みを湛えた彼女に、観客の誰もが釘付けになる。

 それを私はぼんやりと、雰囲気が変わったな程度にしか思わなかった。反対に、対峙する職人はしっかりと臨戦状態に入っており、審判からの合図を今か今かと待ち構えていた。




【職人】
種族:カビゴン
性別:♂
性格:真面目
アレコレ:ゴンベの頃に出会いジャンボに弟子入りする形でパーティin。本来の名付けた名前は「ワーグナー」だったが、真面目な性格に「ワークマン」と揶揄したのが発端で「職人」と呼ばれるようになった。

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