マサラに帰ってきて真っ先に実家に向かう。呼び鈴を鳴らして暫く待つと、鍵の開く音がして少しだけ扉が開いた。
意地悪だな、と仕方なく自分で扉を開けると、そこには笑顔で仁王立ちする母親の姿。
「……母さん?」
「はいこれ、餞別。今回は特別に色をつけておいたから!」
抗議する隙もなく押し付けられた封筒。このずっしり感……どれだけ入ってんだよ。後で札を数えるのが怖い。
そして家の中に入ろうにも、玄関先に立ち塞がる母親のお陰で一歩も踏み入れられない。
一体どういうこと?
「かわいい子には旅をさせろっていうじゃない」
「はあ、そうですか……。ところで、カズは?」
「もうオーキド博士のところに行ったわよ。さあ、あんたも早く行っといで! お母さん以上のトレーナー成績を修めないと、家には入れませんからねー!」
そう言って母親は私をUターンさせて勢いよく背中を押した。躓く寸前に慌てて両手で地面に手をつく。
あっぶね、ギリギリセーフ……。
ホッとしたのも束の間、顔だけで振り返るとすでに扉は硬く閉ざされていた。
……これって、追い出されたも同然じゃないか?
呆然とする私に、後ろにいた相棒が元気を出せと頭を撫でる。
「…………とりあえず、オーキド研究所に行くか」
「チャー……」
とぼとぼと意気消失しながら、近所にあるオーキド研究所へと向かう。
恐るべし、死亡フラグ。妹は大変なものを盗んでいきました。それは、私の平穏な生活です。……これは洒落になんねえな。
怨むなら過去の自分を怨むべし。確か「どうせなら強くてカッコいい名前がいいね」と、なんとなく話していて、前世のポケモン世界で最強と言われていたのがレッドだったから、そう言ったんだよな。
カズにも他の名前をせがまれて、ファイアとかリーフとか提案した覚えがある。ああ、どうしてあの時レッドなんて言ってしまったんだろう……私の大馬鹿野郎!!
過去を嘆いていても仕方ない。こうなった以上、母を超えねばいけないのだ。
……あれ、母さんのトレーナー成績って私知らないぞ?
「おお、真紅君じゃないか!」
考えに耽っていたら、いつの間にかオーキド研究所にまで来ていたようだ。窓からこちらを覗く博士に声を掛けられて、ようやく気づく。
「ご無沙汰しています、オーキド博士」
「待っておったよ。ささ、中へお入り」
「お邪魔します」
駆け足で研究所の入り口へと向かう。先ほどの研究室からわざわざ出迎えてくれたオーキド博士が、扉を開けて待っていてくれた。
ついさっき受けた実の母親からの仕打ちに比べて、博士の対応の優しさに涙が出そうだ。
「忘れないうちに、先に渡しておこう。これが、君のトレーナーカードじゃ」
「ありがとうございます」
「これでようやく真紅君もトレーナーじゃな。おっと、これからはレッド君と呼ぶべきか?」
「できれば。暫くはトレーナーでいるつもりなので」
受け取ったカードをまじまじと見つめる。それは顔写真とリング名、そして固有番号が表記されているだけで他は一切なしのシンプルなものだ。
その理由として、個人情報保護の意味とジム戦がある度に情報更新をしなければいけない手間を省くためにICチップが組み込まれている。読み書き方式となっているわけだ。
それにしても、この写真……今の格好と大差ないことからつい最近のものだとわかる。いつ入手したんだ?
いいや、悩むのは後にしよう。トレーナーカードを胸ポケットにしまい、会話を弾ませながら二人揃って広い研究所内を歩いていく。
「そういえば、カズ……じゃなかった、リーフはどこに?」
「ああ、あの子達なら二階のバトルフィールドで早速一戦ならしとるわい」
「リーフはポケモンを持っていませんよ?」
「儂が一匹授けたんじゃ」
ということは、主人公はリーフか! それでもって、今はライバル相手の初戦中ということ?
やっふぉおおい、主人公フラグ敗れたり!! 喜べ相棒、今夜は祝杯を上げようぞ!!
内心で狂喜乱舞していると、ドシン! という音と振動が伝わってきた。
頑張っとるの、と暢気に博士は言うが、この研究所の耐久性は大丈夫なのか……?
上を見て考えていたら、博士がにこりと笑って「せっかくじゃから、見ていくか?」とお誘いしてくれた。
妹の初バトルに興味が湧いた私は、その言葉に甘えることにした。