「うおりゃあああ!!」
青年と呼べる体格の男性が、勢いよく声を張り上げて真正面から挑んでくる。力を溜めるように引いた右拳を見て、私は一歩前に踏み出した。
振り上げられた右拳をいなす様に、こちらも右腕を伸ばす。交差する腕を掬うように、身体ごと斜めに動かせば相手の腕が落ちてくる。
良い流れだ。自然と口角が上がる。
そのまま相手の側面に位置どった私は、掴んだ右腕を勢いに乗せたまま振り上げて、背後を取るように身体を捻りながら弧を描く。すると相手の男性は見事な一回転で床に叩きつけられた。
「もらったぁああ!!」
息つく暇もなく右後方から発せたれた声に、内心で「どこがだよ」と冷静な突っ込みを入れつつ、急いで迎撃体勢に入る。
突き出す形で出されたパンチを一歩横にずれる形でかわす。その際に相手の手首部分を両腕で掴み手前に引っぱる。向こうの押し出す力にこちらの引く力が加わり、突然の衝撃に驚いた相手は前のめりに体勢を傾けた。そのタイミングで力を殺さず、流れのまま腕を捻り上げるように持ち上げる。後は片膝を付くぐらい腕を下へ向けて振れば、くるりと男の姿が宙を舞う。
ドシンと派手な音を立てて相手は頭から転がり落ちた。しまった、雑に投げちゃったかも。
ぴくりとも動かない男の様子を見るために屈みこもうとした、その時。
「……っ?!」
それは咄嗟の判断だった。私は嫌な予感と同時に一歩引いて、軸足で回るように身体を回転させる。が、巨漢が接近する方が早かった。
焦る必要はない。落ち着いて対処すれば十分いける。
背後から両手を塞ぐようにやってきた相手には、逆にこちらから後ろ手でそれぞれの腕を掴んでおく。そのまま腕を、両手を前に突き出すように動かして、相手の身体ごと引き寄せると同時に、体勢をやや右斜めに構えておく。相手の肩甲骨あたりめがけて右肩を突き上げ、姿勢を崩して浮き上がった瞬間を狙い右上腕を掴み上げて前方に放り投げる。
でかい図体なだけあって、ずしんと身体に響く重量に負けないよう声を張り上げた。
「せいっ!!」
踏ん張る力を掛け声に込めたおかげで、今度は綺麗に投げることができた。簡単に言うと一本背負いである。よしよし、上出来かな。
外野からの「勝負あり!」という言葉に、私は緊張を解いた。
目の前で仰向けに倒れた男性に向けて手を差し出す。一言お礼を言えば、こちらこそと彼は手を握り返してくれた。そのまま引っ張って立ち上がらせると、驚いた顔をされる。そこいらの同年代女子をはるかに上回る筋力ですが何か?
周囲を見渡せば、先ほど投げた2人が互いに肩を貸して立ち上がっていた。大丈夫ですかと声をかけながら近づけば苦笑いで応えられる。
特に二人目の雑に投げてしまった人が心配だった。ふらつく頭を抱えながら立っているところを見るに、相当なダメージではなかろうか。受身も取れていなかった気がするし。
お節介だが、自分がやらかしておいて見知らぬ振りはできない。私は男性に声をかけた。
「すみません。もしかして、頭の中が揺れていたりします?」
「あー、うん。そんな感じかも……」
それは不味い。思いっきり回してしまったから三半規管に影響が出ているかもしれない。念のため医者に見せたほうがいいと言えば、彼は少し休んでいれば平気だからとベンチに向かって行ってしまった。
他の二人も同じような感じで、顔色を悪くしながらも必死に表情を取り繕っていた。無理して虚勢を張ることもないのに。それとも、こんな子供に負かされたのがプライドにでも障ったのだろうか。
どちらにせよ、今の私にはどうでもいいことだった。
先ほどの三人が視界から消えた途端に、またもや名状しがたい衝動が沸きあがってくる。
「さて、他に挑戦したい人はいませんか?」
再発したその熱に突き動かされる様、私は室内を見渡すように向けて公言する。縦横に広がるこの部屋には、足元にマットレスが敷いてある以外に何もない。
この場は私を中心に半径5m程間隔を空けて、数十名の青少年男子が円形に集っていた。彼らは皆ひそひそと声を潜めながら相談している様子を見せるばかりで、一向に名乗り出る者はいない。
そりゃそうだ。三人でかかっても返り討ちにされたくらいだもんな。
ただ待っているのも退屈なので、相手がいないのならと輪を抜け出た私は荷物番をしているジャンボのもとへと向かう。
少し離れた先にあるベンチでポケギアを弄りながら待っていた相棒に声をかければ、タオルと飲み物を渡された。ありがたくいただいて、まずは水分から補給させてもらう。350mlのペットボトルを一気飲みして、口の端から零れた雫を乱雑にふき取った。
「あー……ちっとも気が治まんねー」
ぽつりと呟けば、相棒にため息をつかれる。さらに私を指さしてから、両手で頭上に指を突き立てるポーズをとった。それは、鬼のような顔をしてるとでも言いたいのか?
ギロリと視線で応えれば「チャ~!」とわざとらしい声をあげてジャンボは逃げていった。触らぬ神に祟りなし、てか?
ふんだ、勝手にしろ。私は今猛烈にイラついているんだ!
どかりとベンチに腰を下ろして、タオルを頭に被ったまま上を向く。目を閉じて気を落ち着かせようと試みるが、身体の節々にいらない力が入った。
だめだ、まずは感情の整理からしていこう。私はここ最近にあった出来事を順を追って振り返ってみた。
◇
思い起こせば、バーナードを取られた時からストレスを感じていたのかもしれない。
立て続けにロケット団の事件にあえば、今度はマサキの研究を手伝わされ、行きたくもないパーティのために無理やりマナーや仕草を覚えさせられた挙句の女装。いや、正確に言えば女装という言葉の使い方もおかしいのだが。私の心情を表すならば女装という表現が的確なのだ。お察しいただけるとありがたい。
そこまではまだ平気だった。むしろ修羅場の研究室勤務に比べれば余裕なくらい。
問題なのは先日のサントアンヌ号の件。思い出したくもないが、グリーンと鉢合わすというトラブルが発生した。幸い、相棒による完璧な変装を施されていたおかげで、中身がレッドこと私だとは考えつくまい。
しかしだ。ここからが大問題。
あの場から一目散に逃げだした私だったが、思い返してみればグリーンの隣にはあいつがいなかったか?
そう、我が家の汚点筆頭とも言える存在。目の上のたんこぶ。大黒柱のくせして家庭内権力図のカーストに位置する男、私たちの父親こと日下部 茂だ。
いつもいつも余計なことばかりしては、その度に母から折檻を受けているというのに、あの父親は問題ばかり起こしては怒られの繰り返し。なまじ本人に悪気がないのがいけない。これは性格的な問題だからなのか、世間一般では優秀な部類に入るはずの父だがこういった類はとんと学習能力が働かない。研究者を名乗っているのが恥ずかしくなる頭の出来ではなかろうか、と実の娘でさえ思うのだ。
そもそも私は常日頃から女装している姿を他人に知られたくないと口煩く言っている。それを、あの父親が年頃の娘を思って配慮なぞできるはずもなく。グリーンに私のことを聞かれたら素直に喋ってしまったことだろう。いい歳した大人なんだから空気ぐらい読みやがれってんだ!
あああ本当にむかつくううう!! つか、グリーンと顔合わせたくねえええええ!!
なんなの親父、馬鹿なの? つける薬がないならいっそ、ジャンボの爪の垢を煎じて飲ませてやろうか!?
そんな思いで煮え滾った怒りが限界を突破したため、様子を見兼ねた相棒に連れてこられたのが此処、クチバジムだ。
ジムといっても表のポケモンジムではない。このジムはジムリーダーが副業としてスポーツジムのインストラクターをしているので、同じ館内にジムが二つ存在する複合施設となっている。私たちが来ているのは通称、裏の方のジムと呼ばれるスポーツジムの方だ。
朝からずっと体を動かしてストレス発散に勤めていたが、これが中々落ち着かない。いつもなら思いっきり暴れて一時間もたてばすっきりするはずが、今回に限って難航する一方で。
サンドバックに打ち付ける力がどんどん増していくばかりだった私だが、途中で思わぬ人物から声を掛けられた。
「こんなところで会うなんて奇遇だな、シンク」
「増田ジュンサーこそ。今日はお休みですか?」
「休日返上で部下の指導だよ」
苦笑しながら背後を指差した増田ジュンサーと同じく、身軽な格好をした男性が数十人並んでいた。
これまた随分と若い面構えですこと。増田ジュンサーも十分若手の部類に入るが、この人たちはまだ十代半ばくらいではなかろうか。緊張した様子でジュンサーからの指示を待つ姿から、きっと今年入ったばかりの新人さんだろうと当たりをつける。
何を思ったのか、ちょうどいいとばかりにジュンサーが私と新人たちの手合わせを提案する。
「私はいいですけど、今日はむしゃくしゃしてるんで手加減できませんよ」
「それはいい訓練になりそうだ」
人当たりの良い笑顔を向ける増田ジュンサーだが、そのお腹が真っ黒であることは長年の付き合いで重々承知している。
その後、私との手合わせを説明しているのを後ろから見ていたのだが。黙って聞いていた新人たちだが「こんな小さな子とですか?」と顔に書いてあるのを見てジュンサーは始終にこやか、基い内心でニヤニヤしているのだ。大人って怖いね。
可哀想だが、こっちもストレス発散目的で来ているんで。遠慮なくいかせてもらいますと挑んだ試合が両手の数を超えたところで、現在のベンチタイムである。
あー……だめだ。もう今日は疲れたし、これ以上やっても意味がなさそうだ。朝よりはマシになったことだし、宿に戻って不貞寝でもしようかな。
顔に被せていたタオルを取り払って相棒の姿を探す。見れば腕立て伏せをしている増田ジュンサーの背中に座って重し役をしていた。呼ぶのは邪魔になりそうだったので、こちらから赴く。いち早く気づいた相棒がこちらを見た。
「ピ?」
「もういいや。帰って寝る」
「チャー」
「あれ、もう行くのかい?」
動きを止めた増田ジュンサーが起き上がる前にジャンボを持ち上げて回収する。
タオルで汗を拭いながら座り込んだジュンサーに合わせて、私も向かい合った。
「さっきは急にお願いして悪かったね。後輩たちにはとてもいい刺激になったよ。ありがとう」
「いいえ、いつもお世話になってるのはこちらですし。これぐらいでしたらお安い御用です」
むしろ、ぼっこぼこにした新人さんのプライドの方が心配です。そう言えば、またもや増田ジュンサーはとびっきりの笑顔を浮かべる。
「最近は犯罪事件が多発しているから、新人たちもいつ出動するかわかったもんじゃない。本来なら新人をすぐに実践投入するのはお門違いなんだけど、緊急事態だってありえる。勿論そのための訓練もしているし、僕たちも必死に教育してるけど――いるんだよねえ、まだ訓練校気分でいる子が」
「それはつまり……」
「現場のイロハもわからないのにワクワクされちゃあ、こっちの精神が先に磨り減っちゃうよね」
あはは、と豪快に笑うジュンサーの顔は笑っているのに笑ってない。きっとこの人、今日私と会わなければ部下の人たちを一人で教育的指導という名のフルボッコにするつもりだったんだ。絶対そうに違いない!
哀れ新人たちよ。これを機に心を入れ替えることだな。じゃないといつか身を滅ぼすぞ。
私は心の中で合掌した。南ー無ー。
「でも休日なのに、部下を勝手に連れ回したりなんかして大丈夫なんですか?」
「そこは抜かりなく。強力な後ろ盾がついてるからね」
「ピカ?」
首を傾げる私たちの背後からバタン!! と大きな扉を開ける音がする。振り返るとそこには、迷彩柄のトレーニングウェアを着た巨漢がいた。短く逆立った金髪にサングラスと割れ顎が特徴的で、一見してヤのつく職種の人だと間違えかねない威圧感を放つ。はち切れんばかりの上腕二頭筋を惜し気もなく晒しながら、デカい図体がずんずんとこちらにやってくる。
徐に増田ジュンサーの傍にまで近づいたと思えば、通常の二倍はあるだろう手でジュンサーの背中をバシバシと叩いた。
「よぉー! ひっさしぶりじゃねぇか、元気にしてたか!? ワッハハハ!!」
「お久しぶりです。少佐もお変わりなさそうで」
「ったりめーよぉ! ところで、その嬢ちゃんが例の子かぁ?」
「はい。将来有望なんですよ」
「ほぉ~。そいつぁ、ちと興味が湧くなぁ」
突如話題をこちらに向けられて、しげしげと眺められる視線に戸惑う私。
「うちの若いもんを全員のしちまうとは、見かけによらずやるじゃねえか」
「はあ……どうも」
「おっと、申し遅れてすまねぇ。俺はここのジムリーダーのマチスってもんだ。よろしくな!」
サングラス越しだが、ニカっと笑うその姿はとてもじゃないがポケモンで戦うよりも自分で戦う方がはるかに似合う――ゴホン、他のジムリーダーとはまったく異なったタイプの人だという印象を受けた。
こちらもトレーナーカードを出して名乗りだす。
「レッドと申します。ジムリーダーの方だったのですね。増田ジュンサーとお知り合いなようだったので、てっきり警察関係のお仕事をされているのかと思っていました」
「ああ、俺は元海兵隊だからな。そんでもって、こいつの古巣の上司ってやつだ」
「えっ、じゃあ増田ジュンサーって元は軍人さんだったのですか?!」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「聞いてませんよ!」
まあ細かいことは気にしない、そう豪快に笑って誤魔化す二人の顔はよく見ればそっくりで、長い付き合いだというのがわかった。
道理で増田ジュンサーが同期の中で頭ひとつ分ずばぬけているはずだ。経験もレベルも段違いってことね。
そっか、だから増田ジュンサーの使用しているポケモンがエレブーなんだ。聞けば、そういうこと、と肯定される。
「そういう嬢ちゃんも電気タイプ持ってんじゃねえか」
しかもでけぇ! とジャンボを撫でるマチスの顔はとても嬉しそうだ。懐かしいなぁ、と零すジムリーダーは腰のボールに手を掛けながら言う。
「俺も昔っからの連れがいてな。出てこいよ!」
開閉スイッチが押されると同時に、赤い光が形作っていくその姿はどことなく相棒に似ていた。それもそのはず。出てきたのはピカチュウの進化系であるライチュウだった。
姿を現したライチュウは真っ先にマチスを見上げ、拳を振り上げてあいさつをした。そしてすぐに視線を相棒へと向ける。
知ってるか? ピカチュウって元は森に住んでるポケモンだからか、同種の縄張り意識がめちゃくちゃ激しいんだ。目が合えば文字通り火花を散らし、電光石火の勢いでゴングが鳴る、そんな野生の法則。
なのに何で今ここで出しちゃうかなー!?
うちのジャンボは基本的に温和な性格をしている。が、それは同種の雄を除く場合のみだ。過去に他のピカチュウと少々揉め事を起こしてから、相棒は同種に対し好んで近づかなくなった。
雌は別だけどね。ほら、うちの子紳士だからさ! 女子供には絶対に手をあげません。
お互いに人間がいる場だからだろうか、すぐに飛び掛ったりはしなかった。しかし表面上は取り繕っているものの、先ほどからすごい殺気を感じます。あと空気がピリピリしてる。まじで。
自然と二匹は互いに詰め寄っていって、どんどん眉間の皺が深くなる。つまり、ガン飛ばしあってる訳なのだが……どうすっかなーこの状況。
今すぐ相棒の首根っこ掴んでトンズラしたいのは山々だが、そうもいくまい。下手に手を出すと巻き込まれてこっちが危ないし。
考えていると突然、前後左右から圧迫感を感じた。咄嗟に退路を探すも逃げ場はない。それなら――
私は屈んで正面の相手の右足を両腕で抱えるように掴んだ。って、この足太っ! なにこれ西瓜より大きいんじゃない!?
驚いている暇はない。すぐに思考を切り替えて右足を相手の両足の間に通し、振り払うように勢いづけて相手の左足の後ろに持っていく。うまく足払いがかかった相手は体勢を崩した。さらに後押しするよう肩で押して相手に尻餅を付けさせる。
と、普通の相手ならここで倒れこむのだが、生憎と目の前の男は違った。浮いた足はしっかりとその巨体を支えていて、膝をつくこともなく巨大な壁として私の前に立っている。
なんとなく、一般人が相撲選手に向かって必死に押し出しをしている図が目に浮かぶ。うん、すごく無駄だよね。今ならそれが理解できる気がするよ。
どうやったって目の前の壁は壊されない。ならばと私は全身の力を抜いた。
「降参です、参りました」
「良い線いってるぜ嬢ちゃん。トレーナーやめて軍人なんかどうよ?」
「スカウトなら随分前にお断りしているので」
「惜しいなぁ。お前さんなら絶対に上にいけるぜ」
バンバンと肩を叩くマチスの腕の中から抜け出して、私は背後の増田ジュンサーを見た。
「で、これは一体何だったんですかね?」
「シンク君にもちょっとした警告だよ。いくら強いからって、危険なことには変わりないんだから。これから先、いつどこで何が起こるかはわからない、ってね」
「なるほど。それで先ほどはわざわざあんな話を」
「ヒントはちゃんとあげてたでしょ?」
「分かり辛いにも程があります」
「あはは~!」
確かに、増田ジュンサーが心配してくれる通り私はまだ10歳になったばかりの子供だ。大人と張り合える技術を持っていても、力そのものは圧倒的に劣っている。マチスのような巨体を相手にするとなると勝利は難しい。
私は自分が守られる女であることを嫌っている。だから基本戦術は《捕まえられる前に倒してしまえ》だ。
正直、最近の私は粋がっていたと思う。今回も倒せると踏んで立ち向かったが、本当は十分に走って逃げ出す時間の余裕があった。
「今回のようなパターンはどうすればよかったか、わかるかい?」
「………………すぐに逃走、または周囲に助けを求める、ですか」
「正解!」
にっこりと笑ってジュンサーは私の頭を撫でる。
いつもなら子ども扱いに腹立たしさを感じるところだが、今回ばかりは完敗だ。
実践してみてわかる弱さというものもある。私はマチスのような大柄な相手に対しての有効打がなかった。それは紛れもない事実。しっかりと受け止めなければならない、自分がちっぽけで弱い子供なのだということを。
増田ジュンサーにはいつもお世話になっている。そして同時に心配もされていた。部下の人たちと同じく、調子にのったガキに灸をすえる目的だったのだろう。そう考えると若干腹が立たないでもないが、大人は心配するのが仕事と理解している身としては、ここは甘んじて受けておくことにしよう。
ジュンサーに頭を下げて、マチスにもきちんとした礼をする。
「ご指導ありがとうございました」
「俺は元部下から聞いた面白い奴をからかって遊んでただけだぜ?」
なんてことないように言うマチスに肩の力が抜ける。こういう大人の男性に少年は憧れるんだろうな。ちくしょー、かっこいい。マッチョは嫌だけど。
「それよか、嬢ちゃんはポケモントレーナーなんだろ?」
その問いかけに是と答えれば、マチスは「挑戦待ってるぜ」と告げて部屋から出て行った。
増田ジュンサーも「お疲れ様」と一緒に後にする。追いかけて出て行くライチュウが、わざわざ振り返りジャンボを見て笑っていった。
それを見届けると、一気に疲れが全身へとのしかかってきた気がする。あー……つっかれたー。色々な意味で、主に精神的に。
「ジャンボ、つき合わせて悪かったな。今日はもうポケセンに帰……」
振り返るとそこには、尻尾を地面にビシビシ叩きつける相棒の姿が。
あ、これキレてる。完全にキレちゃってるよ、やべえ。
さっき完璧に挑発されてたもんな。気持ちはわからないでもないよ。でもちょっと落ち着こう?
ピカチュウの尻尾は犬のような感情が篭って動くものではない。はっきり言って攻撃用だ。武器といっても過言ではない尻尾を叩きつける場合、それは怒っているという意思表示である。
この状態のジャンボの半径2m以内は危険区域だ。8年も一緒に暮らしてきた私がいうのだから間違いない。
おそるおそる近寄って、安全領域ぎりぎりでぴたりと止まり口を開く。
「……ジム、挑戦していきますか?」
「チャァアアアア!!!」
咆哮と稲妻の気合十分な返事に私は一歩どころか数歩後ずさる。
やったるわーーー!! と相手を殺しかねない勢いの相棒をどーどーと宥めること30分。
ようやくクールダウンした相棒を連れて、私は表のジムへと移動を開始した。
番外編やオマケ小話を読んでいる方はもうすでにおわかりでしょうが、作中でシンクが述べていた「父親がグリーンに女装をバラした」事実はございません。
むしろ初恋と聞いて「普通の娘」に関する話ばかりしていました。
つまり、勝手にシンクが勘違いしているだけなんです(笑)