原点にして頂点とか無理だから   作:浮火兎

28 / 44
クチバシティ編

今回はゲームにもあった汚いシーンのため、一部文章の中に嘔吐表現があります。
一応内容は軽く書いていますが、嫌悪感を抱く方は読む前にブラウザバックをお願いいたします。


10

 太陽が水平へと沈みかかる夕暮れ時、私はクチバ湾港にあるフェリーターミナルへと足を運んでいた。

 さすがポケモン協会主催のパーティなだけあって、この場に集まっている人たちを見る限りでも豪奢であると言えよう。

 開場してまもない時間だからか、受付はどこも空いている。私は一番手近な受付に向かうと、スタッフに招待状を見せた。

 

「曽根崎征紀様代理の、日下部真紅様でございますね。承っております。それでは、こちらに必要事項のご記入をお願いいたします」

 

 渡された用紙は三枚あった。最初の一枚は正規参加者であるマサキ用、次は代理参加である私自身が書くもの、最後の一枚はポケモンを同伴参加する際に必要な手続きの為だ。

 主催者によるが、ゲストのポケモン持込は犯罪防止を兼ねて禁止しているところが多い。今回のパーティはポケモン協会が主催なだけあって、事前申請さえすれば持込は可能のようだ。これもマサキが手配してくれたのだろう。ありがたや、ありがたや。

 ロビーのソファーに腰掛けて、もらった筆記用具と用紙を机に広げる。横に座った相棒に3枚目を渡して共同作業をすれば、あっという間に視線が背中に刺さってくる。

 はいはい、どうせうちの子が珍しいんでしょうが。こういう場なのだから皆さんもう少し弁えましょうねー。あからさまに不躾なのはどうかと思いますよ。

 私が2枚目に手を延ばそうとしたところで、相棒から声をかけられる。隣を見れば、書き終わった用紙を片手に持った相棒が、とある一文を指していた。

 そこには『お連れのポケモン様にはお手数ですが写真を取らせていただきます。その後、パーティ会場内で身に着けていただくネックストラップを作成いたします。少々お時間をいただく事をご了承ください』と書いてある。

 なるほどね。迷うことなくGOサインを出せば、一筆したためた相棒が用紙を持って受付へと歩いていく。きっと「写真お願いします」とか書いてあるんだろうな。教育の甲斐があったってもんだよ。

 私も急いで書き終えて受付に行き、荷物チェックを終わらせる。途中でこちらに戻ってきた相棒と一緒にボディチェックをして、ようやく手続きは完了した。

 もうこれだけで疲れたよ。帰りたいと願いを込めて相棒を見れば、呆れた表情でサムズアップされる。なにその投げやり感。

 

 

 

 案内された船内会場へ辿りついた私たちがまずしたこと、それは研究室のメンバーと合流することだった。待ち合わせ場所など決めてもいないし、こんな場でポケギアを使う訳にもいかない。

 コツコツと普段からは聞き慣れない足音を響かせて、私は人が集う船上ラウンジをあても無く進んでいた。その足取りは重く、本人の意向に沿ったかのように気が乗らないことを如実に現している。

 頭部はウィッグとコサージュにより、重さに違和感を感じて頭がフラフラするし、素足なんて晒す事自体が滅多にないせいか、足元が心許ない上にスカートのヒラヒラが気になって仕方がない。

 スタイリスト基、ジャンボによれば《清楚且つ大人っぽさを感じさせるようなフェミニン》をイメージをしてコーディネートしたらしい。そんな本日の服装はこちら。

 素材はウエディングドレスサテンのAラインワンピース、色は落ち着いたネイビーで裾は4段ティアード、丈は膝上やや短め。腰を締めるようなリボンが巻かれており、側部には頭部と同じコサージュが反対側に付けられている。ベージュ色のボレロを羽織っているので見難いが、背中部分にある編み上げがワンポイント。髪型はあまり派手過ぎないようにと注文したはずが王道のハーフアップ。これでも譲歩したと相棒に訴えられて渋々私が折れる結果になったが、十分な派手さだと私は思う。

 どこからどう見ても女の子な格好に仕上がった私を見たマサキの感想がこちら。

 

「ええんとちゃうか。コンセプトから言わせてもらうなら、元々タッパもあるし細いから大人っぽく見えはるけど、子供特有の丸みは年齢積まへんと取れねんからな。ぱっと見14歳ってところか」

 

 女兄弟もいるマサキが言うのだからその通りなのだろう。それでも4歳上乗せか。げんなりする私とは反対に、目標16歳を掲げていたにも関わらず相棒は浮かれていたのが癪に障るが。

 ナチュラルメイクを施され、黙っていれば紛うことなき美少女に変身した私だが、いかんせん中身に問題がありすぎる。

 それなりの場、それ相応の振る舞いがあると指摘したマサキにより、教育的指導が入った。

 完璧な猫を被るために開催前日から口調の練習、マナーの確認などを体に叩き込まれたが、所詮は付け焼刃。いつ化けの皮が剥がれるか気が気じゃない。

 恐る恐るこの場に挑んだ訳だが、入場は何事もなく終えることができた。まずは第一関門クリア。さーて、お次は渡すもの渡してとっととおさらばだ!

 皆は騒がしいところが嫌いだと目星をつけて、人気の少ない甲板に来てみたものの。地道に歩き回っていたが、そこにいたのはものの見事にスタッフばかりで。参加ゲストは全くと言っていいほど姿が見えなかった。

 よくよく考えれば当然のこと。夕暮れに伴って気温の下がり始めた港風は、大層冷たく肌を打ち付けている。つまり、寒い。

 

「そりゃ船内があれだけ込み合う訳だー……」

「チャー……」

「……しゃーねー、戻るか」

「……ピカチュ」

 

 無駄足を踏んだ結果に揃って肩を落とした。さらに沈んだ足取りで船内へと向かう途中、手摺にもたれ掛かるように蹲る男性が目につく。

 一度気になるとさすがに無視して行くのも憚れる。そのまま素通りできるはずもなく、私たちは男性へと足を向けた。

 

「あの、大丈夫ですか? どこか具合が悪いのですか?」

「…………き、気持ち悪い……」

「動けますか?」

 

 首を振って否定する男性の背中をジャンボが摩っているのを見て、ふいに頭を過ぎるものがあったあった。

 あれ、この展開どこかで見覚えが――ぁあーーー!?

 やっべ、これ絶対やばいぞ!!

 私は急いで周囲を見渡す。すると、まさに今ちょうど甲板へ出てきた人影を見つけた。遠目で誰かもわからぬ人へと大声を張り上げる。

 

「すみません、大至急医務員さんかスタッフの方を呼んできてください!! この人、嘔吐しそうなんです!!」

「え、は……俺?」

「早くっ!!」

「わ、わかった!」

 

 走り去っていった後姿を確認して、私は急いで鞄の中からビニール袋を取り出した。

 なんでそんな物持っていたかって? 月の石を包んでいた袋だよ! 

 一先ず月の石はハンカチで包んでおくとして、私はビニール袋を男性に手渡す。

 万が一のためにと用意した袋だったが、その出番はすぐにやってきた。

 袋の中へ顔を突っ込んだ男性が表現したくない音を立てる。臭気にこみ上げてくるものを必死に押し殺しながら、ジャンボに代わって背中を摩った。

 その相棒はといえば、現在少し離れたところで私の鞄を持って待機中。人間よりも鼻が利く分、彼には相当なダメージなのだろう。

 耐えろ私、しっかりするんだ。夏場締め切り間近の男臭さが詰まった研究室だってこれに負けてないぞ。

 なんとか介抱すること数分、どたどたと大きな足音を立てて数人がこちらに向かって走り寄ってきた。

 

「お待たせしましたお客様、後は私たちにお任せください!」

「船長! 無事ですか!?」

 

 医務員らしきスタッフに抱えられて運ばれていく船長を見送って、私はその場に残った他のスタッフから謝罪を受けた。

 どうやら朝から具合を悪くしていた船長は、潮風に当たってリフレッシュしてくると言って出て行ったままここで蹲っていたようだ。「そうなんですかー」と適当に聞いていたが、内心は「やっぱりこうなったかー」と思わずにはいられない。

 あの男性が船長だとは知らなかったが、気持ち悪いと体調不良を訴えかけられた途端、ここがサントアンヌ号だということで思い当たる節があった。本当によくぞ咄嗟に記憶を引き出せたもんだと自分を褒めたい。ゲーム知識だと船長って確か、船内の自室でゴミ箱に向かってリバースしてなかったっけ。しかも理由は船酔いとかだったような……。

 必死に頭を下げるスタッフに気にしないでくださいと答えたが、名前を控えられたので後日何かあるかもしれない。マサキの名前で来てるんだし、私には関係ないよな。一応のため下の名前は伏せて苗字だけ名乗っておいたし。

 

「本当にご迷惑をお掛けいたしまして、すみませんでした」

「人間誰しも不調になる時だってありますよ」

「お気遣いありがとうございます。そちらのお客様も、ありがとうございました」

 

 そういえばいたっけ、と自分で顎に使っておきながら忘れていたもう一人へと視線を向ければ、信じたくない顔がそこにいた。

 

「いや、俺は偶然通りかかっただけで……」

 

 謙虚に否定する少年は困ったように笑いながら頬をかいた。

 見慣れぬフォーマルな格好と、いつもならツンツンと跳ねた髪を若干落ち着かせているせいか、咄嗟に判別できなかったのが私のミスか。

 

「お客様のお名前もお伺いしてよろしいでしょうか?」

「ええと、……大木戸翠です」

 

 そういえばあったね、ライバルイベント!!

 だからって現実でもタイミングよく現れるんじゃないよ!!

 

「大木戸様。もしや、あの大木戸博士のお孫様でしょうか?」

「……はい。祖父の代理で出席させていただきました」

 

 目の前で交わされる会話を尻目に、私の脳内では警報が打ち鳴らされていた。エマージェンシー! 敵に気づかれる前に戦線離脱せよ!!

 現段階では私がレッドだとバレてないはず……バレてないよね?

 これ以上何かあると嫌なので、私はそそくさとその場を抜け出した。少し早足に船内へと向かう。急いで人ごみに紛れてしまおうと人波に向かって駆け足すれば、背後からぐいっと腕を取られて踏鞴を踏むはめに。今度はなんだ!?

 必死に表情を取り繕って後ろを振り向けば、先ほど逃げ出した原因が私の腕を掴んでいた。ギャアアア!!

 

「あっ、その、……いきなりすみません!」

「……何か御用でしょうか」

「えと……知り合いに似ていたもので、つい……」

 

 バレバレかー!? やばい、今絶対心拍数が物凄い数値になってる。服が汗でびっしょり顔も熱いようひゃあああ!!

 明らかに挙動不審だよ私。こんな時こそ落ち着け、今の私はご令嬢、そうガラスの仮面を被るんだ!

 小さくスーハーと呼吸して一拍置く。自然に見えるよう笑顔を貼り付けて、グリーンと向かい合った。

 

「先ほどはお礼もせずにすみません。スタッフの方を呼んでくださりありがとうございました」

「いえっ、あれは緊急事態でしたし!」

 

 慌てて否定するグリーンの顔もよく見れば赤い。おいちょっと待てよ。お前さっき知り合いに似てるって言ったよな。

 誰にだよ。さすがにレッドとは似ても似つかないだろ。まさか万葉か? つまりうちの妹に惚の字ってこと?

 双子とはいえ二卵性で誰しもが似てないと断言するくらいの私たちだぞ。今度あいつに会ったらそれとなく聞いてみよう。

 しっかりと心のメモに記入して、私はこの場を脱出すべく切り出した。

 

「申し訳ありませんが、連れを待たせているので私これにて失礼いたします」

 

 はっきりと宣言すればグリーンも追い縋るような真似はせず、今度こそ私は人ごみの中へとその身を隠すことができた。

 適当に人波を割り進んだあたりで突然の方向転換、壁側へとずんずん歩いていく。この会場はご丁寧にも壁に沿った位置にソファーが置いてある。なるべく周囲に人のいない場所を選んで腰掛ければ、どっと疲れが押し寄せてきたように身体が重く感じる。

 はぁーとため息をついて、私はぽつりと零した。

 

「……お待たせジャンボ。もう出てきていいよー」

 

 ぴょんと目の前の人波から飛び出してきた相棒を受け止める。ぎゅうっと胸にかき抱けばこれほど癒される存在もいない。お疲れとお互いに背を叩き合い労う。

 実はグリーンがスタッフと一緒に船上へと走ってきた時からジャンボは身を隠していた。レッドの近くには常に規格外のピカチュウがいる、これは当然の認識だろう。私の正体をバラさないためにも、彼は咄嗟の判断で行動してくれた。本当に頭の良いパートナーでよかったと心から感謝。

 鞄を受け取って、さてもう一度メンバーを探すかと立ち上がれば腕の中にいる相棒が正面を指す。

 

「もしかして、追いかけてきてる途中で見つけた?」

「ピッカー!」

「でかした相棒」

 

 目的地が判っているなら人波も幾分かは乗り越えやすい。流されないように下半身に力を入れて、ぐいぐいと押し進めば段々と聞き覚えのある声が耳に届く。間違いない、彼らだ。

 

「副室長! 皆!」

「あんれ、シンクじゃん。それにジャンボも」

「ピッカチュ!」

「おっひさー。お前も参加してたんだ?」

「なんだぁ、珍しくめかしこんでるぞ」

「見ない内にまた背伸びたか? って、お前それヒールかよ。今身長いくつ?」

「この前健康診断行ったら155cmだった。ヒール込みで大体160cmくらいかな」

「にょきにょき伸びやがってコノヤロー」

「ジャンボはちょっと太ったか?」

「確かに。ぷにぷに度上がってんな」

「ピギャッ?!」

 

 ようやく会えたと一息つく間もなく揉みくちゃにされる私たち。久々の再会だってのに相変わらず容赦がない。

 肝心の父親は姿が見えなかったが、どうやら主催者に挨拶に行っているらしくまだ当分かかるそうだ。本当はとっとと渡す物を置いて帰りたかったが、また暫く彼らとも会えないし少しくらいは、と輪に混ざらせていただくことにした。

 研究室の中では一番年下な私たちは、自分で言うのも何だが相当可愛がられているのだと思う。勿論、仕事をするにあたって甘えは不要。研究期限の追い込みともなれば修羅の人と化するので話は別だが、普段接することに関してはまだ私が子供だということで何かと世話を焼いてくれている。

 待っている間に飲み物や食事を貰い、これまでしてきた旅の話をすれば、けらけらと笑ってくれる。

 

「聞いたぞ。また事件に首突っ込んだらしいじゃねえか」

「お前のことだから心配いらねえとわかっちゃいるがな。あんまし危ないことはするなよ」

「そうだぞ。室長以上に俺らが気にしてるんだからな」

「そんな皆にプレゼント。偶然にもお月見山の頂上に辿りついてしまったシンクさんが必死に取ったレポートがこちら」

「なんだって!?」

「おいおいマジかよ!!」

「記録媒体で纏めてあるから、研究室に戻ったら解析よろしく」

「うぉおおお誰か俺にパソコンをー--!!」

「よっしゃ、お前これからもどんどん冒険してこい!!」

「ちょっとやそっとの危険は付き物だ!!」

「おいおい、さっきと意見が180度違いやしませんかね? 私の心配はどこ行ったよ薄情者共」

「うるせえ俺たちゃ生粋の研究者だ!」

「そーだそーだ! よくやったぞシンク!」

 

 盛り上がるメンバーから順々に賛辞の言葉を受けるが、皆揃って頭をわしゃわしゃと撫でていくので地味に痛い。せっかくセットしたのに、とジャンボが怒って抗議するも、ハイテンション状態の彼らには全く届いていないようだ。どんまいジャンボ。

 そこに、「おーい!」と少し離れたところから父親の声がした。全員の視線がそちらに向かう中、私だけが悲鳴を上げそうになる。何故なら父親の横に、またもや見たくもない顔がいたからだ。

 

「私帰るね」

「って、おい待てよシンク! 月の石は!?」

 

 副室長からの指摘に、私は鞄の中から石を掴んで狙いを父親に定める。他の人を巻き込まないよう、人が重ならない一瞬を狙って思いっきり投球。それは標的の頬に見事どストライクした。

 これにて任務完了である。もう私がこの場にいる必要はない。ないったら無い!

 周囲が唖然とする中、私は急いでその場から走り去った。野外でフィールドワークに勤しむ足の早さは伊達じゃないのさ。

 三十六計逃げるに如かず。敵前逃亡も立派な作戦である。

 その後、私が去ってからグリーンと父親が何を話していたのかは知る由も無かった。




「あいたたた……」
「大丈夫ですか日下部さん!?」
「いやあ、まいったねえ。紹介する前に逃げられちゃったよ」
「もしかして、今走り去って行ったのが」
「ああ、君とは6年ぶりになるのかな。昔、といっても少しの間だったけど。君とうちの娘は一緒に遊んでいたんだ。って、もう覚えてないかな」
「……覚えてますよ。俺の、初恋でしたから」
「へぇ~! ちなみに娘っぽいのと娘もどきと普通の娘で言うとどれ?」
「え!? ふ、普通だと思いますけど……」
「そっかー。うん、わかったー」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。