取り越し苦労もなくブルーバッヂを手に入れて、電話で父親に「今すぐバーナード返せやゴルァ!!」と特攻をかけたところでようやく本調子が戻ってきた。
可及的速やかに送られてきたバーナードにどこも異常がないか念入りに調べて、無事の再会を喜べば相棒から特大の溜息をいただきました。なにさその顔は。え、疲れた? ジム戦だったもんね、お疲れ様。
素直に労われば、それはもう般若の顔で凄まれました。私が何したよ?
そして翌日。まだ昨日の状態を引き摺ったままの相棒を連れて、私はマサキが住むハナダシティの外れにある岬小屋を目指していた。
今日はいつもより人の往来も多く、賑わっているようで。周囲を見れば、屋台がちらほらと立っている。物珍しく歩いていると、道中でクレープ屋さんを見つけた。私は相棒を抱えて屋台に近づく。
「ジャンボ、何がいい?」
「…………チャー、ピカ」
見え透いたご機嫌取りだったが、相棒は「しょうがないなぁ」という様な顔をして選んでくれた。そんな寛大な心を持つお前が大好きだ!
お許しを貰えたことで、私は気分よく屋台でクレープの皮を作っているおにいさんに声をかけた。
「すみませーん、チョコバナナとブルーベリー下さい!」
「はいはい。ちょっと待っててね~」
クレープを待っている間にふと視線を彷徨わせれば、屋台横の壁に貼り付けられていたチラシが目に付いた。それを何気なく読み上げる。
「毎月開催、ポケモンバトル五人抜きイベント……?」
「知らなかったのかい? この道を真っ直ぐ進むとゴールデンブリッジって橋があって、そこでやってるんだ」
「ピカー?」
「君もポケモン連れてるなら挑戦してみなよ。参加は無料だし、五人抜きできれば景品も出るみたいだから」
言いながら渡されたクレープを相棒が受け取り、お礼を言ってお金を払った。会計を済ませて私のクレープを貰おうとジャンボの方を見れば、リュックの側面に付けていた自分のポケギアで写真を撮っている。最近の相棒は何かあればすぐにこれだ。お前はどこの女子高生かと問いたい。
店から離れて、食べ歩きながら先ほどのイベントについて考える。ゴールデンブリッジ……確か、金玉橋のことだっけ。記憶が曖昧すぎて断定はできないが、ロケット団が関わっていたはず。これは面倒くさいことになりそうだ。
ちらりと見るだけにして、問題がありそうなら通報しよう。そう決めて足を向かえば、イベント会場である橋が見えてきた。かなりの人が集まっているようで、遠目からではまったく様子が伺えない。仕方なく人込みを掻き分け橋の入り口にまで来てみれば、そこには見覚えのある人影が橋の上でポケモンバトルを行っていた。
「プリン、往復ビンタ!」
「マンキー、ひっかくだ!」
互いに近接攻撃を仕掛け、キャットファイトに突入した己のポケモンを固唾を呑んで見守るトレーターたち。暫し膠着状態が続いたが、甲高い声を上げたマンキーがその場に倒れて勝敗は決した。喜ぶ挑戦者に向かって走る相棒の後を私も追いかける。
「やったー五人抜きー!」
「チャー!」
「えっ、ジャンボ!?」
「おめでとうリーフ。こんなに強くなっていたなんて驚いたよ」
飛び掛ったジャンボを受け止めて驚いている挑戦者は、我が妹のリーフこと
そういえばトキワで別れた時に、こっちのお祖母ちゃん家に行くって言ってたっけ。賞賛の言葉を送りはしたものの、内心では「やっかいな事に巻き込まれてんじゃねーよバーロー!」と非難の嵐だ。恐らくイベントを勝ち抜いたリーフには、なにかしらの出来事が待ち受けているに違いない。さーて、どう切り抜けるべきか。
再開を喜んだのもつかの間、すぐにスタッフが寄ってきて「五人抜きおめでとうございます!」とリーフに花の首飾りをかけた。
「では、景品をお渡しいたしますのでこちらへどうぞ」
「はい!」
「それでは、次の挑戦者はいらっしゃいませんかー!?」
先ほど以上に場が歓声で包まれる。今まさに勝ち抜いた挑戦者を見て、我こそはと挙って名乗りをあげる者の多いこと。
司会らしき人に案内された裏手へ行こうとするリーフに付いて私も向かう。すると、別のスタッフが寄ってきて私の前を遮った。
「ちょっと君、困るよー。ここから先は、一応関係者のみの立ち入りになってるんだから」
「あ、すみません! 私の連れなんです」
「ご家族の方ですか?」
「姉です」
スタッフはリーフの弁護に渋々ながらも道を譲ったが、私にはそうは見えなかった。最後、ちらりとこちらを見たスタッフの視線はしっかりと相棒を見据えていた。狙いが何かなんてすぐにわかった様なものである。
二人して橋の向こう側に設置されたテントの中に入ると、ガタっという音と共に出入り口を塞がれた。テントの材質とはまったく違う木製の壁からして、外から板で閉じ込められたのだとわかる。私は咄嗟に相棒を後ろに隠す。
何かあると構えていた私と違い、リーフは突然の事態に驚いて大声をあげた。
「いきなり何ですか!?」
「まあ、落ち着いてください。我々は景品をお渡しするだけですよ。その前に少し、お話はしますけどね」
テントの奥、机に腰掛けていたリーダーらしき男が下種な笑いと共に告げる。その後方、控えるように立っている男が二人。合計三人か。まともにやり合うより強行突破する方が早いな。
頭の中で算段をつけている内にも、男はこちらのことなど気にもせずペラペラと喋り続けた。
「我々はただのイベントスタッフではありません。その正体は、あなた方も一度は耳に挟んだことがあるでしょう、闇夜に暗躍するロケット団。そしてこのイベントの本当の趣旨は、強いトレーナーの勧誘です。ここまでお聞かせすればもうお分かりでしょう? 君は選ばれたのです。さあ、我々の仲間になりなさい!」
絶対の自信を持って言ったのだろうが、ドヤ顔されても正直気持ち悪いだけだ。横にいるリーフを見れば、私と同じでどん引いている。ったく、良い歳した大人がいつまでも悪ぶってんじゃねーよ。
「素直に従えば、ご家族は無事に帰してあげましょう。ただし、身代金代わりにポケモンは置いていってもらいますがね」
なおも続ける有頂天男にリーフが私の顔色を伺うが、問題ないと意味を込めて笑って応える。
私はアルディナをボールから取り出して、後ろにいたジャンボを呼び寄せた。すると、おとなしく手渡すとでも思ったのか、取り巻きの男共が寄ってきてジャンボを奪う。一切抵抗せず渡してしまった形になる私に、妹が怒声を上げるが今は気にしない。
「ピカチュウにリザードンまで! 君のご家族は随分と珍しいポケモンをお持ちのようだ」
「お気に召したようでなにより。それじゃあ、こちらはどうだろう?」
私の言葉に合わせて、ジャンボが自分のポケギアを操作した。
『我々はただのイベントスタッフではありません。その正体は――』
「馬鹿なっ!」
「いつの間に!?」
驚いた男共がジャンボからポケギアを取り上げようと動くが、相棒は難なく拘束から抜け出してこちら側へ戻ってくる。
日々野外活動をしていると、何かと犯罪現場に出くわすことがあってだね。こういう場数だけは無駄に踏んでいるものだから、相棒も私も対処はこ慣れたものだ。
最後に、ジャンボが男たちを写真でパシャリ。これで証拠はバッチリだ。相棒のことだ、きっと録音データとこの件については、とっくに懇意にしている増田ジュンサー宛てに送信済みだろう。すぐにこちらに向かってくれていると私は信頼している。
目的だった景品も貰えなさそうだし、そろそろお暇するとしましょうか。私はリーフの腰を引き寄せて、男たちに言い放った。
「じゃあなオッサンたち。これを機に、真っ当に働くことをお勧めするぜ」
「逃がすと思うか!」
掴みかかってきた男たちには、アルディナが羽ばたいた風で相手を転がした。その隙に、私はリーフを抱いてアルディナの背中に飛び乗る。相棒はとっくに首元に座っていた。そしてドンと力強くアルディナは足を蹴り上げる。先ほどの羽ばたきから飛翔準備に入っていたため、すぐに浮上することが出来た。天井には都合よく穴などないため、強行突破で突き破る。バキィ!! という破壊音と共に降ってくるテントの破片から、妹を守るように身を寄せて頭を下げた。ほとんど直角に近い急上昇を行っていたのは最初の数秒で、すぐに辛い体制と風圧から解放されて安定した飛行に移った。
「ふぅ~……皆、おつかれさーん」
「グォオオオ!!」
「ピッカー!」
仲間たちからの返事は元気そのもの。うん、問題ないね。そして返事のなかった隣の妹を覗き込めば、一点を凝視したまま全く動かない放心状態でした。
「あれ、リーフ? おーい。万葉ー? まじで大丈夫?」
「…………いきなりすぎて、何がなんだか……」
「私も最近そんな経験したばっかりだから、気持ちすっげーわかるわ」
うんうんと頷けば、物凄く白い目で見られました。何その嘘くせぇって顔は。いやマジ本当だってば、妹よ信じておくれ。
「ところで何処に向かってるの?」
「マサキの小屋。今ハナダシティに戻っても狙われるだけだからね」
そして私がリーフに付きっきりな分、何から何まで相棒がやってくれています。進路の指示とか、今もポケギアを触っていることからして増田ジュンサーとやり取りしているのだろう。
「ジャンボ、ジュンサー何か言ってた?」
「チャー」
相棒が私に向けてポケギアを見せてくる。一度私の方からも連絡してほしいとの事だ。アルディナを掴む右手にリーフを抱える左手と、現在どちらも塞がっているため連絡は着陸してからになりそうかな。
ジャンボにそう伝えてもらえば、私はようやく肩の荷が下りた気分になった。連動して、腹の底から吐き出すほど長いため息が出てくる。とりあえず、何とかなったかな。
チラリと相棒に目線をやれば、それに気づいたジャンボがこちらを見ながらVサインをする。正義の勝利ってか? それに釣られて、私も口元を綻ばせた。